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閑話 学び 2

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「先ほど述べた中にも同列とみなされる事柄、下位とみなされる事柄、上位とみなされる事柄全て含まれますし、どれを優先して考えるかで結果が異なります。
 また、場所によってその優先度が左右されることもございます。
 例えば、王都の式典等に参加されている場合は役職が最重要とみなされますから、そちらを基準に考えますけれど、他領に賓客として招かれた場合は出自が優先されます。けれど、主催者の方の地位にもよりますし、職務として招かれ、賓客として扱われた場合や、こちらは職務のつもりであっても、あちらは職務外のつもりであったりなど、状況は様々です。
 その時何に重きが置かれているかは、その場によって異なります。
 なので、その状況の見極めを身につけなければ、立場を読むことは難しいかと。
 けれどサヤ様は……今の説明でも色々と、理解してくださったようですわね」

 なんてややこしさだと頭を抱えたくなっていた俺だけど……。
 サヤは、その説明の中でも色々と理解を深めていた。少し考えるように、視線を彷徨わせて……。

「……あの、貴族は成人していることが全ての前提にあると、お聞きしたことがあるのですが……。
 でもクロード様は、レイシール様をいつも立ててくださいます。
 また、職務の中でも、レイシール様を侮った対応をしてくる方も、いらっしゃいました」

 サヤの質問に、セレイナは困ったように眉を寄せる。

「嘆かわしいことですけれど……そこが、その時それぞれで判断が異なるとお伝えした理由です。
 たとえ職務中であったとしても、敢えてそうでない対応をしてくる者も、少なからずおりますわ。
 其の者は、自分の立場が上となる場が欲しいがために、状況を指定してきているのです。
 それを立てて差し上げる必要のある場なら、それに従って振る舞えば良いのですが……それも、相手の方の立場や、その場の自らの立場との兼ね合いで判断せねばまりません」

 お茶の延長線上のように始まった講義であったけれど……。
 セレイナは、とても丁寧に、サヤに分かりやすく話をしてくれているのが、見ていても理解できた。
 立場を読むのは、本当に難しいのだけど……俺が聞いていても勉強になると思える内容。
 長く貴族社会を離れていた俺も、忘れていた部分が多々あり、ちょっと俺もセレイナの講義を受けようかなという気分になってしまった……。

「つまり、クロード様が常にレイシール様を立ててくださっているのは、レイシール様の立場を作り上げるための一助としてなのですね」
「左様ですわ。貴族社会は周知によっても力関係が左右されます。幸いにも、夫は申し分ない出自ですから、それを利用した立場作り、掌握術というのを日々意識しております。
 でも……それは、レイシール様が、夫がそうしたいと思える方であればこそ。
 ですから、苦労をかけて申し訳ない……などと考える必要は、ございませんわ。夫は、あれでとても、楽しんでおりますから」

 俺の考えていたことまで読まれていた。
 男爵家成人前というのは、理由などいくらでも掘り出せるほど侮りやすい立場。交易路の現場でも、クロードが常に俺を立て、周りを牽制してくれているのは分かっていたから、いらぬ手間をかけてしまっているなと、考えていたのだ。
 けれどセレイナは、それは違うと首を振る。

「あれでいて、夫は頑固なのです。嫌だと思えば絶対に譲りませんし、例え上位の方のご命令であったとしても、受け入れません。
 ですから、レイシール様は夫に申し訳ないなどと思う必要は、いっさいございませんの。
 夫がとても自慢げにしているのを、私、日々見ておりますのよ?    あの人は今がとても充実していると感じているようですから、ご安心くださいませ」

 そう言いにっこりと微笑むセレイナ。

「つまり、私がサヤ様をサヤ様とお呼びしたいのも、私がそうしたいからでございます。
 相手方が貴女より上位のものであったとしても、敬いたいという気持ちの表れでそうしているのですから、申し訳なく思う必要も、ございませんわ。
 まぁ、私がそうしていることに、もう一つ理由をつけるとしたら……サヤ様が、この呼ばれ方に慣れるため……その一助になればと思ってですわね」

 そんな風に言われ、サヤはやはり、困ったように眉を寄せたのだけど……。

「有難うございます。
 頑張りますので、これからどうかよろしくお願いいたします」

 そう言い、頭を下げた。


 ◆


 本日の授業もほぼ終盤となった頃のこと……。

 お茶を楽しみつつ、話に花を咲かせていたのだけど……そのうちふと、サヤは動きを止めた。

「……あの、シルビア様が、いらっしゃっているようです」
「まぁ!    申し訳ございませんわ。
 授業の間は、妨げてはならないと言い含めておいたのですが……」
「あ、いえ!    そういう意味で気になってはいないのです。
 その……お会いできたらなと思っていまして、今日はお土産を持ってきていたので……」

 結局、応接室にシルビアも招かれることとなった。
 護衛のオブシズよりも先にサヤが気配を察知したことに、メイフェイアは驚いたのか、少し表情を動かしたものの、それだけ……。
 主人と定めたサヤの行動を妨げる気は無い様子。けれど、警戒を強めたことは感じた。

「ご、ごめんなさい……」

 こっそりと部屋を伺いに来ていたシルビアは、怒られると思ったのだろう。
 袴を強く握り、部屋に招かれた途端、謝罪から入ったのだけど……。

「いえ、私がお会いしたかったんです。
 シルビア様は、あまり外へ遊びに出たりはできませんから、お家の中で遊べるお友達を持って来ました。
 良かったら、貰っていただけますか?」

 そう言いサヤが鞄から取り出したのは、あの縫いぐるみ。
 本日は、猫と……熊?    で、あるらしい。
 なんか……不思議な色合いだな……。これはあえて意図して布色が選ばれているように見えるが…………。

「これは猫と、パンダです」
「ぱんだ?    熊ではないのですか?」
「熊の親戚です。熊は肉食ですが、パンダは笹の葉を食べる草食なんです」

 ぱんだと言う名の熊の親戚は、白と黒い布が使われており、手足は黒く、胴体は白い。顔も目の周りと耳だけ黒かったりと、なんだかちぐはぐしている。
 猫は全身が灰色がかった布で統一されており、ろしあんぶるーという種類だと言われた。
 細身の猫に対し、パンダはどこかぽってりと丸い、愛嬌のある形だ。……色んなものを作ってるな……。
 そして肝心のシルビアの感想はというと……。

「変な熊」

 反応が鈍いシルビアに、サヤは少々居心地悪そう、選ぶものを間違えてしまったと感じたのだろう。
 このパンダという熊は、サヤの国では大変有名なものであるみたいだな。絶対に知ってると思っていたようだ。

「こちらにはいない種類なんですね。失礼致しました。
 私の国では、可愛いってとても人気だったので、こちらにいないことは考えていませんでした……。
 白と黒が仲良しみたいで、良いかなと思ったんですけど……」
「…………」

 その言葉にピクリと反応したシルビア。
 白と黒……というのが、何を指している言葉かを、考えた様子。

「…………私、サヤ様のお髪の色、とても好き」
「私も、シルビア様のふわふわしたミルク色の髪、とても好きです」
「みるく色?」
「はい。私の国では、白にも色々な呼び名があります。
 陛下の白髪はスノウ・ホワイト。雪のような白という意味です。シルビア様の白髪は、ミルキー・ホワイト。乳のような、柔らかい白です」
「……素敵。ただ白髪と言われるより、ずっと豊かな気がするわ……」

 少し頬を染めて、うっとりとそう答えたシルビアは、何とも可愛らしくて、頬が緩む。
 陛下の鋭い力強さとは、全く違う。本当に、同じ白にも色々あるな。

「サヤ様のお髪は、何と言うの?」
「私ですか?    うーん……レイヴン……鴉……でしょうか。鴉の濡羽色と表現されたりもしますし……」
「鴉……素敵。幸運を呼ぶ鳥ですものね。サヤ様にぴったりだと思うわ」

 その言葉に、面食らったように瞬きを繰り返したサヤ。
 けれど次に「ありがとうございます」と、はにかむように笑った。

「鴉は、幸運を呼ぶ鳥なのですか?」
「そう。サヤ様は、神話にはあまり、お詳しくないの?    鴉は神様がひと柱であった頃からお仕えしている聖鳥なの」
「そうなのですね。良いことを教えていただきました。有難うございます」
「いえ……差し出口でしたのに……。
 あの……サヤ様。私、ぱんだ、とても気に入りました。有難う存じます」
「気に入っていただけて、良かったです」
「……あの……良かったら、シルヴィと、呼んでいただけますか?
 まだ七つの幼子に、敬称など……何だか恥ずかしいのです。
 それにあの……サヤ様のことも、できたらその……姉様とお呼びしたいです」

 腕に抱いた縫いぐるみに顔を埋めるようにして、そう言ったシルビア。
 まだこちらで友人を作る機会にも恵まれていない……。今まで、幽閉同然であったこともあり、勇気を振り絞った言葉であることは、容易く想像できた。
 そんな彼女の頑張りが、サヤに分からないはずはなく……。

「……私で良ければ……」

 その返事に、パッと顔を上げたシルビアは、瞳を輝かせた。白い肌ゆえに、頬の紅潮がとても顕著で、なんとも愛らしい。

「シルヴィさん……」
「シルヴィで良いです、サヤ姉様」
「……さんだけお願いします……呼び捨て苦手なんです……」

 なんとかお願いして、そこだけは受け入れてもらった。


 ◆


「どうだった?    今日の授業」

 帰り道、サヤにそう問うと。

「疑問が氷解しました。まだ判断は難しいと思いますけど、その仕組みは理解できたので、あとは経験かなって。
 貴族社会って、シーン設定により前提条件を入れ替えつつ、マウントの取り合いをしていたんですね。道理で基準が掴めなかったはずです」

 結局、やっぱりサヤは凄いのだと思う……。
 いや、セレイナの説明も上手かったと思うけれど、それでもこのたった一度の授業で、全貌は把握したとサヤは言っているわけで……。
 確かに経験の積み重ねなのだけれど、それを理解しているといないとでは、全く違う。
 大抵は、その経験を重ねていく上で、仕組みに気付いていくのだ。

「とはいえ、私はまだ平民ですから、とりあえず皆さんを立てておくのが正解ということですよね」
「うん、そう」
「婚約者として振る舞う場合はどうなるのでしょう……」
「うーん……俺が今ここで教えても良いけれど……次の時、セレイナに質問してみたら?」
「そうですね。それが良い気がします」
「次は五日後か。今度は一人だけど……」
「シルヴィさんが一緒に授業を受けてくださいますから、寂しくないですよ?」

 笑ってサヤ。
 その経験を積むために、シルヴィが相手役として一緒に授業を受けてくれることになったのだ。
 どうせ彼女にも必要なことだし、丁度良いということで。
 俺としては少し寂しい気もするが……。まぁ、サヤの世界が広がるのは、良いことだ。

「俺も復習したいから、教えてもらったことはまた、俺に話してくれる?」
「はいっ、畏まりました」
「……じゃぁ、すり合わせの時間、復活させようかなぁ……」

 もう、婚約者なのだし……多少は触れても良いわけだし……、二人きりの時間も、欲しいし…………。

 そんなことを思いつつちらりとサヤに視線をやると、頬を染めたサヤが、さっと俺から視線を逸らし……でも、こくんと頷いてくれた。
 ……くっ、可愛い……。
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