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試練の時 13

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「……拠点村に孤児院がそろそろできるんだ。
 今受け入れている孤児には女の子が多くてね……。大きな子だと、十四とかだから、どっちにしても直ぐに働き口を、見つけてやらなきゃならない」

 そう、急に違う話を始めた俺に、ダニルは赤子を見下ろしていた瞳を、俺に向けた。

「何人か、引き受けてくれないか。
 その子らを、一人前の料理人に、育ててやってほしい。手を穢さずとも、ちゃんと自分で稼いで、生きていけるように。
 食うに困ってた子らだ。お前の過去と、同じ道を歩んで来ていると思う……。だからこそ、ダニルになら、その子らの気持ちを分かってやれるのじゃないかって、俺は思うんだよ」

 俺じゃ駄目なんだよ。分かってやりたいと思う。少しでも良い道を、与えてやりたいと思うけれど、俺はあの子らの見てきたものを見てないから、どうしても分かち合えないもの、理解してやれないものが、ありすぎる。
 だけど、同じ道を歩んでいたダニル、お前になら……あの子らのことが、俺よりずっと、分かってやれると思うんだ。

「ダニルにだから、見えるものがあるのだと思う。お前だから、拾える。掴める手が、あると思うんだ。
 俺にもね、良い父親がどんな風かなんて、分からない……。だけど、俺の父上は……苦しくても、耐えて、進んできた人だった。今もそうしてる人だ。
 だから俺も、そうあれたらと思うし、そうあれるように、なろうと思ってる……。
 だからダニルもさ、良い父親なんて曖昧なものよりも、お前の子に、諦めないこと、捨てないことを、教えてやれる父親になれよ。
 孤児を引き取って、一人前に育てるっていうのは……相当大変なことだろ。それをどうか、お願いできないか。
 そうしてさ……罪を、少しずつでも、贖おう。それだってきっと神は、見ていてくれていると、俺は、思うよ。
 だって、お前たちに祝福を授けてくださった方なんだから」

 その腕にいる愛し子が、神の与えたもうた答えだと、俺は思うよ。

 そう言うとダニルはまた、視線を赤子に戻した……。
 そうして愛おしそうに、寝顔を見下ろし、この世に二つとないその宝を、己の手で守るのだと誓う、そんな意思を、瞳に覗かせた……。

「まあでもとりあえずは……カーリンに謝って、カーリンの家族にも、了解してもらわないとかな」

 肩をすくめてそう付け足すと、ダニルははたと、現実に気付いた様子……。

「……………………え、それ許される気がしねぇ……」
「誠心誠意、謝れ。それしかない。俺も一応、援護してやるから。
 それに、そこはカーリンと、その子のために頑張らなきゃだろ。子供押し付けて一年近くだぞ。それくらい耐えないでどうする」

 三年くらいかけて謝り倒せばまぁ……認めてくれるんじゃない?    結局のところ、カーリンは一度だって、お前を疑いはしなかった。今だってお前を待ってるんだ。
 カーリンの幸せがそこにしかないんだから、結局最後は認めてくれると思う。

「………………っすね。気合い入れます」

 若干悲壮な表情ではあったけれど、ダニルはそう言った。
 ちゃんと前に進もうと、決意を固めて。
 だから俺も……そんなダニルが前に進めるように、この土地で幸せになれるように、頑張らなきゃなと、決意を新たにした。


 ◆


 まぁ、翌日からも色々あった。

 結局治療院に入院するという形になったこと。赤子らに会えぬまま、それが強行されたこともあり、カーリンの家族はかなりの不安と混乱の渦中に叩き落とされた。
 結果、翌日には拠点村に駆けつけるという事態になったわけだ。
 そして、ナジェスタから子が未熟な大きさで生まれてきていることから、子の安全を第一に考え、もう大丈夫だと保証できるまでは医師の管理下にいてもらうこと。極力安全性を高めるための処置で、母子ともに無事であり、健康であることを説明され、やっと一息入れることができたそう。

 子供を産んだ女性の身体は見た目以上に消耗が激しい。
 どうも楽観しすぎるきらいがあるカーリンだから、入院して療養……とする方が、ゆっくりできると思うよと説明がされ、実家に戻っても、三日と寝ておれず、動きだすに違いないと判断した母親は、渋る父親を説得し、娘の入院を半ば強引に継続することを選んだ。
 唯一、費用だけは心配であったのだけど……それに関しては全額ダニルが負担するということを伝えた。

 それにより、カーリンの腹の子……その相手が誰であるかが、確定される事態となった。

 医師は高額だ。まして、入院など……。簡単に支払いますと言えるような金額にはならない。
 まぁナジェスタらはそこまで法外な金額ではなかったのだけど、それでも安いわけがなく……そうまでするのは、その理由がある証拠。と、いうことになる。

 家族は当然、察してはいたのだ。誰が腹の子の父親であるのか……ということは。
 けれど、カーリンの強い要望により、口を挟まないよう、気合いと根性で気持ちを抑え込んでいたそうなのだけど、ここに来てその我慢が限界を迎えた。
 なにせ娘は、父無し子を既に産み落としたのだ。この後に及んでまだしらを切るのかと、怒り心頭であった男性陣は、実力行使に出た。
 カーリンの父親ホラントは、厳つい外見に反して気の小さい、穏やかな男なのだけど、その彼が面会に来たダニルを部屋から引きずり出し、殴りつけ、カーリンの兄らも同様に、ダニルに怒りをぶつけたのだそう。
 ダニルは一切抵抗しなかった。
 されるがまま、殴ろうが蹴ろうが、呻き声一つこぼさなかった。
 そんなダニルの手に、カーリンの手形が痣となって残っていたことを目敏く見つけたカーリンの母親……オルガが、怒れる男性陣を近所迷惑だと治療院から叩き出し、ダニルとサシで話しをつけたそうだ。
 カーリンを拒む理由を述べよと言われたダニルは……もう、逃げないことを伝え、カーリンと夫婦になりたいと告げたそう。
 そうして、自分が元々孤児であり、幼い頃からそれなりに手も穢してきており、カーリンに子ができたと知った時、その穢れに彼女らを巻き込むかもしれないと考えたこと、夫や父親、家族というものが自分には分からず、きちんとした、そういったものになれる自信が持てなかったこと。
 今までの自分の所業が、彼女や生まれる子の来世を堕としてしまうのじゃないか……その不安が拭えず、臆してしまったことを、正直に話したそう。

 ならば何故、今になって夫婦になりたいなどと望むのか……と、オルガは問うた。
 そうしたら、ダニルは泣き笑いのような、なんともいえない表情をしたという。

「やっぱりかって、思ったんだ……」

 こんなにも早く破水してしまった。その時、やはりかと、思ったらしい。
 自分に得られるはずのものではなかったのだと。
 自分の今までの行いが、こうやって不幸を呼んだのだと。
 結局カーリンを、子を、巻き込んでしまっていた。そのことに絶望して泣いたのに、まだだと、頬を叩かれた。

 まだ失っていない。カーリンは、ここにいる。子を産み落とすために、今を戦っている。
 それを支えてやらなくてどうすると、言われた。
 来世ではなく、今なのだと。

 そうして周りが、カーリンと自分の子を残そう、繋ごうと、必死になってくれた。
 手を差し伸べ、励まし、支えてくれたと……。

「あの子こそが、神の祝福なのだと、言ってくれたんです……。
 幸せになれと望んでくれた。なっていいのだと、カーリンをそうできるのは、今の俺だと……。
 だから……カーリンたちの来世を穢さないよう、贖罪を重ねます。絶対にこの先を、繋いでみせる。
 あの子は、俺の子なんだ……。生まれてきてくれた……。カーリンが、俺の子を、ああまでして無事に産んでくれた……。
 絶対に俺には無いと思ってたものを、与えてくれた……。俺は逃げたのに、家族を得る機会を、皆が繋いで、残してくれた。
 愛しいんです。失いたくないんです。だからどうか、お願いします」

 現在ダニルは、拠点村の食事処で働きつつ、毎日昼と夜、治療院に足繁く通う日々を始めている。
 カーリンの食事を毎食作り、届けているのだけど、カーリンの食事中は赤子の世話もこなしているそう。
 ダニルは日々、父親になるための努力に全力を注いでおり、その決意は固い様子。
 そんなわけで、ダニルとカーリンは退院後、一応夫婦となることが決まったのだけど……。

 無事退院したら、カーリンの実家で三年間の同居を受け入れること。
 それが条件だと、言われたそう。それが飲めないならば認めない。
 当然、その三年で信用に値しないとなれば、村からも叩き出すし、カーリンが何を言おうと離婚させると。

 無論、ダニルはそれを了承した。

 それがこの話の現在。
 結果は三年後。とりあえず今は、今も、現在進行形で続いている。
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