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試練の時 1

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「え……」
「あっ、そこまで深刻じゃないよ⁉︎    ここ連日セイバーン村に赴かれてたから、ちょっと疲れが出ただけだと思うしね」
「そう……なんだ…………」
「ホントよ?    何日かゆっくり休めば、熱も下がると思うから」

 昨日、夕食の席に父上はおらず、今日は早めに休ませてもらうとの伝言があったため、挨拶も本日へと先送りにしていたのだけど……。
 今朝も父上は朝食に現れず、これはおかしいと思い確認したところ、体調を崩されていたことが発覚した。

 朝には疲労も回復するだろうと、昨日は早めに休まれたけれど、結局熱が上がってしまったとのこと……。
 食欲は問題無く、朝食もきちんと食べたそうで、本当に疲れだけだと思うよ。と、ナジェスタは言ってくれたけれど……俺が長く拠点村を離れてしまったから、父上に無理をさせてしまったのかもしれない……。

「ちょっと見舞いに行ってくる」
「あっ、私もご一緒します!」

 結局いつも通り、サヤとハインを伴って父上の部屋へ。お会いできるかルフスに確認してほしい旨を伝えると、すぐ中へ通された。

「父上……」
「視察ご苦労だった。すまぬな、忙しい時期にこの体たらくで」
「いえ、俺が長くここを空けてしまいましたから……」
「西はどうしても時間が掛かるものなのだよ。心配しなくとも、その辺りはお前より、私の方がよく知っている」

 寝台に横になった父上は、少し火照った顔であったけれど、恙無いように見えた。
 ハキハキと歯切れよく喋っているし、表情も、苦しそうではない。けれど……。

「無理はなさらないでください……」

 元気なふりは、しなくて良い……。
 今まで、父上が俺を部屋に迎える時は、寝台の上であっても、身を起こしておられた。
 だけど今父上は、横になったまま……。それは、起きるのもお辛いからだと思うし、ナジェスタのところへ先に伺ったから、その熱が微熱程度ではないことも知っているのだ。

「お休みください。今日から俺がいますから、半月仕事をお願いしていた分、今度は俺が父上の代わりを果たします」
「お前だって忙しいだろうに」
「どうとでもできますよ。それに、セイバーン村へはどうせ立ち寄る予定だったんです。交易路計画の方も、ありますから。
 昼から向かうつもりなので、言伝等ありましたら、それまでにご一報ください。
 熱が下がっても、ナジェスタの許可がおりるまで、ちゃんと療養してくださいね」
「ふふ……大げさな」
「大げさなものですか!」

 常に医師が付き、体調管理をせねばならない状態なのだ。大げさでもなんでもない。
 毒物のことがあり、健康な者より疲労も蓄積しやすいのだし、ここで無理をさせるなんてとんでもない!
 視察の報告も、体調が良くなってからにしますと伝え、とりあえず部屋を出た。俺たちが部屋にいたら、父上はゆっくりできないだろうから。

「ルフス、後で引き継ぎを頼む。特別なことがなければ、俺も去年までやってたんだ、問題無いから」
「は。有難うございます」
「当然のことだろ、領主を引き継げば、俺の仕事になることなんだし。
 それよりも両立するって言っておいて、領地運営の方を父上にお願いしてしまっていることの方が……」

 無理を強いてるのはこっちの方だ。ほんと、力不足で申し訳ない。
 そう思ったのだが、ルフスは苦笑と共に首を横に振った。

「いえいえ、それこそ貴方様はまだ成人前。本来であれば、領地運営へは関わらずとも、済んだお年です。
 それに、国のお役目を担っておられるのです。大変なのは当然なのですから、まずはお役目をしっかりと努めていただきたいのですよ、我々も。
 なにせセイバーン始まって以来の、大出世なのですから」

 にこやかにそう言ってくれたから、少し気持ちが救われた。
 そんな風に、応援してもらえることが有難い。早く仕事に慣れて、領地のことも手伝っていけるようにならないとな。改めて、そう思ったのだけど……。

「私は、レイシール様が領地運営のことに関心を示してくださることが、とても有難いことだと思っておりますけどね」
「ええっ」  

 普通のことだと思うよ⁉︎    

「昨年までは……そんなこと、望むべくもなかったのですよ」

 微笑んでいたけれど、ルフスの言葉には、重みがあった。
 去年の今頃はまだ……父上のことも知らず、土嚢壁作りに奔走し始めた頃だったかな……。

「亡くなられた方を、悪く言うなど……しかも不敬ですから、手打ちも覚悟せねばならぬことですが……。口にすることをお許しください。
 ご存命の際もフェルナン様は、領地の何事にも、関心をお示しにはなりませんでした……。成人されてからもそれは変わらず……アルドナン様も、そのことに一切触れはしませんでした。元より、期待などしていない……私にはそう見えました……。
 フェルナン様が領主となれば、セイバーンは傾くと分かっておりましたから、アルドナン様はそうならぬよう、役職を賜る者を育てることに邁進しておられました。
 フェルナン様の次の代……もしくは、次にこの地を任される方のためへの準備として……。
 ですから今日、こうしていられることが私どもにとっては、夢にまで見たことなのです。
 アルドナン様も、同じお気持ちかと……。
 あんな風に穏やかにしておられるなど、かつてはお元気な時でも、ございませんでした。
 もう少し、お身体を労って頂きたいとは思いますが……楽しいのだと思います。貴方様に残すものを、慈しむことが」

 ですので、どうか領地運営に関してはお気になさらず。まずはお役目に努めてください。と、ルフスは言った。
 それで結局、日常業務はルフスらである程度回せるので、村の巡回と父上の判断を仰ぐ必要のあることは、俺にとなった。……結局仕事量を気遣われてしまったな……。

「……ごめんなサヤ。あの件もまた後日……」

 サヤとのことも、この状態の父上にお伝えすることは憚られて、保留にしてしまった……。
 日常業務の合間に小声で謝ると、お父様の容態が快復してからで構いませんよと言ってくれたけれど、サヤも内心では落ち着かないだろうな……。

「自分のことよりも、今はお父様のご容態が気になります。
 あの……差し支えなければ、私は本日、午後からメバックへ出向いても良いでしょうか。何か柑橘系の果物が買い付けできればと思うのですが……」
「柑橘系?」
「疲労回復ならば、柑橘系が良いんです。クエン酸が豊富に含まれているので。でも時期的にレモンは無いと思うので……代用できる柑橘類を探してこようと思うんです」
「…………くえんさん?」

 この時期はまだ柑橘類が出回る時期じゃない……。と、いうか、あれの時期は早春……もう終わってしまっているだろう。
 けれどサヤは去年、五の月の終わりに酸味が強く、食べられないからと料理に使った柑橘類を覚えていて、あれがまた手に入ればと思ったという。

「馬で駆ければ、半日で充分戻ってこれますし」
「え、ちょっと待って、一人で行くつもり⁉︎」
「え?    はい……」
「だ、駄目だよ⁉︎    女性一人でなんて、危ないから!」
「……じゃあ男装します」
「もう男装しても駄目なんだってば!」
「…………日中ならば女性のひとり歩きなんて、どこででもしてるじゃないですか……」

 過保護すぎ。と、サヤは思った様子。だけど違う、サヤにはもう、立場がある。黒髪なんて特殊な特徴を持つ者もサヤしかいないし、今更男装したって、きっと通用しない。絶対に目立つんだから駄目!
 けれど俺がそれを口にする前に、ピシリとハインが叱責を飛ばした。

「サヤ、貴女にはもう、レイシール様の婚約者という立場があります。興味がある者、目的がある者は、当然貴女のことを調べ、知っていますし、付け入る隙を伺っているのです。拠点村の中でならともかく、もうメバックにひとりで行ってはいけません。
 貴族入りすると決まっている娘が、ひとり馬で駆けて買い物に行くなど言語道断です」
「ですけど、本日中に手に入れたいんです。蜂蜜レモンを作るには、一晩漬け置きしておかないといけませんし……」
「アルドナン様の健康管理はナジェスタに任せておけばよろしいのです」

 取りつく島のないハインの言葉に、サヤはもどかしげに唇を引き結び、眉を寄せる。
 確かに、ナジェスタに任せておけば良いことなのだけど、サヤは自らも何かをしたい……動きたいと、そう思っている様子。
 俺も申し訳ないが、ハインに同意だった。だってサヤの立場は、色々と危うい。失くなった腕時計のこともある。どこかで誰かに狙われている可能性は、否定できないのだ。
 と、そんなやりとりになど我関せずと作業を進めていたマルが「頃合いですかねぇ」と、口を開いた。

「そろそろサヤくんにも直属の配下を置いてはどうです?    確かにサヤくんはレイ様の従者ですけど、ハインの言う通り、レイ様の婚約者という立場にもなったんですから。
 いつまでもレイ様の武官を借りて護衛ってわけにもいきませんもん。人の出入りも増えていますし、むしろ武官、増やしてほしいくらいなんですから」
「……なり手がいるのでしたら増やしますが……オブシズ」
「はい。探してはいるのですが……なにぶんセイバーンは平和でして……」

 それなりの腕前の者を探すのがまず困難であり、未だに良い人材を見定められていないとのこと。
 今年拠点村に配属になった騎士も、役職があって来ているのだから引き抜きにくいし、ならばと衛兵を見定めていたが、やっぱり武官とするには圧倒的に実力不足だという。

「我々にも職務がありますし、武官探しのために、ここを長く離れるなんてできませんしね……」
「僕も王都にいた時に、就職し損ねた学舎の卒業生を漁ってみはしたんですけど……都合の良い方はなかったですしねぇ……」

 そんなことまでしていたとは……。

「まぁ、レイ様の武官は、武官じゃない者でもそれなりに腕が立つのでまだ保留でも良いでしょう。それよりも、まずはサヤくんの配下ですよ。
 別に武官や文官、従者でなくとも、女従者を目指す者を育成するとかでも良いわけですし、とりあえず吠狼から二人ほど、見繕います。
 女性が良いでしょうしね。男性だとサヤくん緊張するでしょうし。
 それからその柑橘類を探して買ってくるってやつ、ジェイドに言って、吠狼の誰かを走らせときます。本日中に手に入れば良いんですね?」
「は、はいっ、お願いします!」
「あーそれから……サヤくんの礼儀作法の教師。思い当たる方がいらっしゃいますから、僕から打診しておきます。
 と、いうわけで。さっきからクロード様たち、待ってますから、まずは報告を聞いてあげてください」

 しまった。もう職務の時間に入っていたか。

 慌てて机に移動し、報告書類やら捺印署名待ち書類やらを横にずらして、クロードとアーシュの交易路計画進捗を確認。慌ただしい拠点村の一日が、本日より再開となった。
 この後波乱の数日が待ち受けているなど、この時俺ははまだ、知りもしなかったから……。
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