704 / 1,121
試練の時 1
しおりを挟む
「え……」
「あっ、そこまで深刻じゃないよ⁉︎ ここ連日セイバーン村に赴かれてたから、ちょっと疲れが出ただけだと思うしね」
「そう……なんだ…………」
「ホントよ? 何日かゆっくり休めば、熱も下がると思うから」
昨日、夕食の席に父上はおらず、今日は早めに休ませてもらうとの伝言があったため、挨拶も本日へと先送りにしていたのだけど……。
今朝も父上は朝食に現れず、これはおかしいと思い確認したところ、体調を崩されていたことが発覚した。
朝には疲労も回復するだろうと、昨日は早めに休まれたけれど、結局熱が上がってしまったとのこと……。
食欲は問題無く、朝食もきちんと食べたそうで、本当に疲れだけだと思うよ。と、ナジェスタは言ってくれたけれど……俺が長く拠点村を離れてしまったから、父上に無理をさせてしまったのかもしれない……。
「ちょっと見舞いに行ってくる」
「あっ、私もご一緒します!」
結局いつも通り、サヤとハインを伴って父上の部屋へ。お会いできるかルフスに確認してほしい旨を伝えると、すぐ中へ通された。
「父上……」
「視察ご苦労だった。すまぬな、忙しい時期にこの体たらくで」
「いえ、俺が長くここを空けてしまいましたから……」
「西はどうしても時間が掛かるものなのだよ。心配しなくとも、その辺りはお前より、私の方がよく知っている」
寝台に横になった父上は、少し火照った顔であったけれど、恙無いように見えた。
ハキハキと歯切れよく喋っているし、表情も、苦しそうではない。けれど……。
「無理はなさらないでください……」
元気なふりは、しなくて良い……。
今まで、父上が俺を部屋に迎える時は、寝台の上であっても、身を起こしておられた。
だけど今父上は、横になったまま……。それは、起きるのもお辛いからだと思うし、ナジェスタのところへ先に伺ったから、その熱が微熱程度ではないことも知っているのだ。
「お休みください。今日から俺がいますから、半月仕事をお願いしていた分、今度は俺が父上の代わりを果たします」
「お前だって忙しいだろうに」
「どうとでもできますよ。それに、セイバーン村へはどうせ立ち寄る予定だったんです。交易路計画の方も、ありますから。
昼から向かうつもりなので、言伝等ありましたら、それまでにご一報ください。
熱が下がっても、ナジェスタの許可がおりるまで、ちゃんと療養してくださいね」
「ふふ……大げさな」
「大げさなものですか!」
常に医師が付き、体調管理をせねばならない状態なのだ。大げさでもなんでもない。
毒物のことがあり、健康な者より疲労も蓄積しやすいのだし、ここで無理をさせるなんてとんでもない!
視察の報告も、体調が良くなってからにしますと伝え、とりあえず部屋を出た。俺たちが部屋にいたら、父上はゆっくりできないだろうから。
「ルフス、後で引き継ぎを頼む。特別なことがなければ、俺も去年までやってたんだ、問題無いから」
「は。有難うございます」
「当然のことだろ、領主を引き継げば、俺の仕事になることなんだし。
それよりも両立するって言っておいて、領地運営の方を父上にお願いしてしまっていることの方が……」
無理を強いてるのはこっちの方だ。ほんと、力不足で申し訳ない。
そう思ったのだが、ルフスは苦笑と共に首を横に振った。
「いえいえ、それこそ貴方様はまだ成人前。本来であれば、領地運営へは関わらずとも、済んだお年です。
それに、国のお役目を担っておられるのです。大変なのは当然なのですから、まずはお役目をしっかりと努めていただきたいのですよ、我々も。
なにせセイバーン始まって以来の、大出世なのですから」
にこやかにそう言ってくれたから、少し気持ちが救われた。
そんな風に、応援してもらえることが有難い。早く仕事に慣れて、領地のことも手伝っていけるようにならないとな。改めて、そう思ったのだけど……。
「私は、レイシール様が領地運営のことに関心を示してくださることが、とても有難いことだと思っておりますけどね」
「ええっ」
普通のことだと思うよ⁉︎
「昨年までは……そんなこと、望むべくもなかったのですよ」
微笑んでいたけれど、ルフスの言葉には、重みがあった。
去年の今頃はまだ……父上のことも知らず、土嚢壁作りに奔走し始めた頃だったかな……。
「亡くなられた方を、悪く言うなど……しかも不敬ですから、手打ちも覚悟せねばならぬことですが……。口にすることをお許しください。
ご存命の際もフェルナン様は、領地の何事にも、関心をお示しにはなりませんでした……。成人されてからもそれは変わらず……アルドナン様も、そのことに一切触れはしませんでした。元より、期待などしていない……私にはそう見えました……。
フェルナン様が領主となれば、セイバーンは傾くと分かっておりましたから、アルドナン様はそうならぬよう、役職を賜る者を育てることに邁進しておられました。
フェルナン様の次の代……もしくは、次にこの地を任される方のためへの準備として……。
ですから今日、こうしていられることが私どもにとっては、夢にまで見たことなのです。
アルドナン様も、同じお気持ちかと……。
あんな風に穏やかにしておられるなど、かつてはお元気な時でも、ございませんでした。
もう少し、お身体を労って頂きたいとは思いますが……楽しいのだと思います。貴方様に残すものを、慈しむことが」
ですので、どうか領地運営に関してはお気になさらず。まずはお役目に努めてください。と、ルフスは言った。
それで結局、日常業務はルフスらである程度回せるので、村の巡回と父上の判断を仰ぐ必要のあることは、俺にとなった。……結局仕事量を気遣われてしまったな……。
「……ごめんなサヤ。あの件もまた後日……」
サヤとのことも、この状態の父上にお伝えすることは憚られて、保留にしてしまった……。
日常業務の合間に小声で謝ると、お父様の容態が快復してからで構いませんよと言ってくれたけれど、サヤも内心では落ち着かないだろうな……。
「自分のことよりも、今はお父様のご容態が気になります。
あの……差し支えなければ、私は本日、午後からメバックへ出向いても良いでしょうか。何か柑橘系の果物が買い付けできればと思うのですが……」
「柑橘系?」
「疲労回復ならば、柑橘系が良いんです。クエン酸が豊富に含まれているので。でも時期的にレモンは無いと思うので……代用できる柑橘類を探してこようと思うんです」
「…………くえんさん?」
この時期はまだ柑橘類が出回る時期じゃない……。と、いうか、あれの時期は早春……もう終わってしまっているだろう。
けれどサヤは去年、五の月の終わりに酸味が強く、食べられないからと料理に使った柑橘類を覚えていて、あれがまた手に入ればと思ったという。
「馬で駆ければ、半日で充分戻ってこれますし」
「え、ちょっと待って、一人で行くつもり⁉︎」
「え? はい……」
「だ、駄目だよ⁉︎ 女性一人でなんて、危ないから!」
「……じゃあ男装します」
「もう男装しても駄目なんだってば!」
「…………日中ならば女性のひとり歩きなんて、どこででもしてるじゃないですか……」
過保護すぎ。と、サヤは思った様子。だけど違う、サヤにはもう、立場がある。黒髪なんて特殊な特徴を持つ者もサヤしかいないし、今更男装したって、きっと通用しない。絶対に目立つんだから駄目!
けれど俺がそれを口にする前に、ピシリとハインが叱責を飛ばした。
「サヤ、貴女にはもう、レイシール様の婚約者という立場があります。興味がある者、目的がある者は、当然貴女のことを調べ、知っていますし、付け入る隙を伺っているのです。拠点村の中でならともかく、もうメバックにひとりで行ってはいけません。
貴族入りすると決まっている娘が、ひとり馬で駆けて買い物に行くなど言語道断です」
「ですけど、本日中に手に入れたいんです。蜂蜜レモンを作るには、一晩漬け置きしておかないといけませんし……」
「アルドナン様の健康管理はナジェスタに任せておけばよろしいのです」
取りつく島のないハインの言葉に、サヤはもどかしげに唇を引き結び、眉を寄せる。
確かに、ナジェスタに任せておけば良いことなのだけど、サヤは自らも何かをしたい……動きたいと、そう思っている様子。
俺も申し訳ないが、ハインに同意だった。だってサヤの立場は、色々と危うい。失くなった腕時計のこともある。どこかで誰かに狙われている可能性は、否定できないのだ。
と、そんなやりとりになど我関せずと作業を進めていたマルが「頃合いですかねぇ」と、口を開いた。
「そろそろサヤくんにも直属の配下を置いてはどうです? 確かにサヤくんはレイ様の従者ですけど、ハインの言う通り、レイ様の婚約者という立場にもなったんですから。
いつまでもレイ様の武官を借りて護衛ってわけにもいきませんもん。人の出入りも増えていますし、むしろ武官、増やしてほしいくらいなんですから」
「……なり手がいるのでしたら増やしますが……オブシズ」
「はい。探してはいるのですが……なにぶんセイバーンは平和でして……」
それなりの腕前の者を探すのがまず困難であり、未だに良い人材を見定められていないとのこと。
今年拠点村に配属になった騎士も、役職があって来ているのだから引き抜きにくいし、ならばと衛兵を見定めていたが、やっぱり武官とするには圧倒的に実力不足だという。
「我々にも職務がありますし、武官探しのために、ここを長く離れるなんてできませんしね……」
「僕も王都にいた時に、就職し損ねた学舎の卒業生を漁ってみはしたんですけど……都合の良い方はなかったですしねぇ……」
そんなことまでしていたとは……。
「まぁ、レイ様の武官は、武官じゃない者でもそれなりに腕が立つのでまだ保留でも良いでしょう。それよりも、まずはサヤくんの配下ですよ。
別に武官や文官、従者でなくとも、女従者を目指す者を育成するとかでも良いわけですし、とりあえず吠狼から二人ほど、見繕います。
女性が良いでしょうしね。男性だとサヤくん緊張するでしょうし。
それからその柑橘類を探して買ってくるってやつ、ジェイドに言って、吠狼の誰かを走らせときます。本日中に手に入れば良いんですね?」
「は、はいっ、お願いします!」
「あーそれから……サヤくんの礼儀作法の教師。思い当たる方がいらっしゃいますから、僕から打診しておきます。
と、いうわけで。さっきからクロード様たち、待ってますから、まずは報告を聞いてあげてください」
しまった。もう職務の時間に入っていたか。
慌てて机に移動し、報告書類やら捺印署名待ち書類やらを横にずらして、クロードとアーシュの交易路計画進捗を確認。慌ただしい拠点村の一日が、本日より再開となった。
この後波乱の数日が待ち受けているなど、この時俺ははまだ、知りもしなかったから……。
「あっ、そこまで深刻じゃないよ⁉︎ ここ連日セイバーン村に赴かれてたから、ちょっと疲れが出ただけだと思うしね」
「そう……なんだ…………」
「ホントよ? 何日かゆっくり休めば、熱も下がると思うから」
昨日、夕食の席に父上はおらず、今日は早めに休ませてもらうとの伝言があったため、挨拶も本日へと先送りにしていたのだけど……。
今朝も父上は朝食に現れず、これはおかしいと思い確認したところ、体調を崩されていたことが発覚した。
朝には疲労も回復するだろうと、昨日は早めに休まれたけれど、結局熱が上がってしまったとのこと……。
食欲は問題無く、朝食もきちんと食べたそうで、本当に疲れだけだと思うよ。と、ナジェスタは言ってくれたけれど……俺が長く拠点村を離れてしまったから、父上に無理をさせてしまったのかもしれない……。
「ちょっと見舞いに行ってくる」
「あっ、私もご一緒します!」
結局いつも通り、サヤとハインを伴って父上の部屋へ。お会いできるかルフスに確認してほしい旨を伝えると、すぐ中へ通された。
「父上……」
「視察ご苦労だった。すまぬな、忙しい時期にこの体たらくで」
「いえ、俺が長くここを空けてしまいましたから……」
「西はどうしても時間が掛かるものなのだよ。心配しなくとも、その辺りはお前より、私の方がよく知っている」
寝台に横になった父上は、少し火照った顔であったけれど、恙無いように見えた。
ハキハキと歯切れよく喋っているし、表情も、苦しそうではない。けれど……。
「無理はなさらないでください……」
元気なふりは、しなくて良い……。
今まで、父上が俺を部屋に迎える時は、寝台の上であっても、身を起こしておられた。
だけど今父上は、横になったまま……。それは、起きるのもお辛いからだと思うし、ナジェスタのところへ先に伺ったから、その熱が微熱程度ではないことも知っているのだ。
「お休みください。今日から俺がいますから、半月仕事をお願いしていた分、今度は俺が父上の代わりを果たします」
「お前だって忙しいだろうに」
「どうとでもできますよ。それに、セイバーン村へはどうせ立ち寄る予定だったんです。交易路計画の方も、ありますから。
昼から向かうつもりなので、言伝等ありましたら、それまでにご一報ください。
熱が下がっても、ナジェスタの許可がおりるまで、ちゃんと療養してくださいね」
「ふふ……大げさな」
「大げさなものですか!」
常に医師が付き、体調管理をせねばならない状態なのだ。大げさでもなんでもない。
毒物のことがあり、健康な者より疲労も蓄積しやすいのだし、ここで無理をさせるなんてとんでもない!
視察の報告も、体調が良くなってからにしますと伝え、とりあえず部屋を出た。俺たちが部屋にいたら、父上はゆっくりできないだろうから。
「ルフス、後で引き継ぎを頼む。特別なことがなければ、俺も去年までやってたんだ、問題無いから」
「は。有難うございます」
「当然のことだろ、領主を引き継げば、俺の仕事になることなんだし。
それよりも両立するって言っておいて、領地運営の方を父上にお願いしてしまっていることの方が……」
無理を強いてるのはこっちの方だ。ほんと、力不足で申し訳ない。
そう思ったのだが、ルフスは苦笑と共に首を横に振った。
「いえいえ、それこそ貴方様はまだ成人前。本来であれば、領地運営へは関わらずとも、済んだお年です。
それに、国のお役目を担っておられるのです。大変なのは当然なのですから、まずはお役目をしっかりと努めていただきたいのですよ、我々も。
なにせセイバーン始まって以来の、大出世なのですから」
にこやかにそう言ってくれたから、少し気持ちが救われた。
そんな風に、応援してもらえることが有難い。早く仕事に慣れて、領地のことも手伝っていけるようにならないとな。改めて、そう思ったのだけど……。
「私は、レイシール様が領地運営のことに関心を示してくださることが、とても有難いことだと思っておりますけどね」
「ええっ」
普通のことだと思うよ⁉︎
「昨年までは……そんなこと、望むべくもなかったのですよ」
微笑んでいたけれど、ルフスの言葉には、重みがあった。
去年の今頃はまだ……父上のことも知らず、土嚢壁作りに奔走し始めた頃だったかな……。
「亡くなられた方を、悪く言うなど……しかも不敬ですから、手打ちも覚悟せねばならぬことですが……。口にすることをお許しください。
ご存命の際もフェルナン様は、領地の何事にも、関心をお示しにはなりませんでした……。成人されてからもそれは変わらず……アルドナン様も、そのことに一切触れはしませんでした。元より、期待などしていない……私にはそう見えました……。
フェルナン様が領主となれば、セイバーンは傾くと分かっておりましたから、アルドナン様はそうならぬよう、役職を賜る者を育てることに邁進しておられました。
フェルナン様の次の代……もしくは、次にこの地を任される方のためへの準備として……。
ですから今日、こうしていられることが私どもにとっては、夢にまで見たことなのです。
アルドナン様も、同じお気持ちかと……。
あんな風に穏やかにしておられるなど、かつてはお元気な時でも、ございませんでした。
もう少し、お身体を労って頂きたいとは思いますが……楽しいのだと思います。貴方様に残すものを、慈しむことが」
ですので、どうか領地運営に関してはお気になさらず。まずはお役目に努めてください。と、ルフスは言った。
それで結局、日常業務はルフスらである程度回せるので、村の巡回と父上の判断を仰ぐ必要のあることは、俺にとなった。……結局仕事量を気遣われてしまったな……。
「……ごめんなサヤ。あの件もまた後日……」
サヤとのことも、この状態の父上にお伝えすることは憚られて、保留にしてしまった……。
日常業務の合間に小声で謝ると、お父様の容態が快復してからで構いませんよと言ってくれたけれど、サヤも内心では落ち着かないだろうな……。
「自分のことよりも、今はお父様のご容態が気になります。
あの……差し支えなければ、私は本日、午後からメバックへ出向いても良いでしょうか。何か柑橘系の果物が買い付けできればと思うのですが……」
「柑橘系?」
「疲労回復ならば、柑橘系が良いんです。クエン酸が豊富に含まれているので。でも時期的にレモンは無いと思うので……代用できる柑橘類を探してこようと思うんです」
「…………くえんさん?」
この時期はまだ柑橘類が出回る時期じゃない……。と、いうか、あれの時期は早春……もう終わってしまっているだろう。
けれどサヤは去年、五の月の終わりに酸味が強く、食べられないからと料理に使った柑橘類を覚えていて、あれがまた手に入ればと思ったという。
「馬で駆ければ、半日で充分戻ってこれますし」
「え、ちょっと待って、一人で行くつもり⁉︎」
「え? はい……」
「だ、駄目だよ⁉︎ 女性一人でなんて、危ないから!」
「……じゃあ男装します」
「もう男装しても駄目なんだってば!」
「…………日中ならば女性のひとり歩きなんて、どこででもしてるじゃないですか……」
過保護すぎ。と、サヤは思った様子。だけど違う、サヤにはもう、立場がある。黒髪なんて特殊な特徴を持つ者もサヤしかいないし、今更男装したって、きっと通用しない。絶対に目立つんだから駄目!
けれど俺がそれを口にする前に、ピシリとハインが叱責を飛ばした。
「サヤ、貴女にはもう、レイシール様の婚約者という立場があります。興味がある者、目的がある者は、当然貴女のことを調べ、知っていますし、付け入る隙を伺っているのです。拠点村の中でならともかく、もうメバックにひとりで行ってはいけません。
貴族入りすると決まっている娘が、ひとり馬で駆けて買い物に行くなど言語道断です」
「ですけど、本日中に手に入れたいんです。蜂蜜レモンを作るには、一晩漬け置きしておかないといけませんし……」
「アルドナン様の健康管理はナジェスタに任せておけばよろしいのです」
取りつく島のないハインの言葉に、サヤはもどかしげに唇を引き結び、眉を寄せる。
確かに、ナジェスタに任せておけば良いことなのだけど、サヤは自らも何かをしたい……動きたいと、そう思っている様子。
俺も申し訳ないが、ハインに同意だった。だってサヤの立場は、色々と危うい。失くなった腕時計のこともある。どこかで誰かに狙われている可能性は、否定できないのだ。
と、そんなやりとりになど我関せずと作業を進めていたマルが「頃合いですかねぇ」と、口を開いた。
「そろそろサヤくんにも直属の配下を置いてはどうです? 確かにサヤくんはレイ様の従者ですけど、ハインの言う通り、レイ様の婚約者という立場にもなったんですから。
いつまでもレイ様の武官を借りて護衛ってわけにもいきませんもん。人の出入りも増えていますし、むしろ武官、増やしてほしいくらいなんですから」
「……なり手がいるのでしたら増やしますが……オブシズ」
「はい。探してはいるのですが……なにぶんセイバーンは平和でして……」
それなりの腕前の者を探すのがまず困難であり、未だに良い人材を見定められていないとのこと。
今年拠点村に配属になった騎士も、役職があって来ているのだから引き抜きにくいし、ならばと衛兵を見定めていたが、やっぱり武官とするには圧倒的に実力不足だという。
「我々にも職務がありますし、武官探しのために、ここを長く離れるなんてできませんしね……」
「僕も王都にいた時に、就職し損ねた学舎の卒業生を漁ってみはしたんですけど……都合の良い方はなかったですしねぇ……」
そんなことまでしていたとは……。
「まぁ、レイ様の武官は、武官じゃない者でもそれなりに腕が立つのでまだ保留でも良いでしょう。それよりも、まずはサヤくんの配下ですよ。
別に武官や文官、従者でなくとも、女従者を目指す者を育成するとかでも良いわけですし、とりあえず吠狼から二人ほど、見繕います。
女性が良いでしょうしね。男性だとサヤくん緊張するでしょうし。
それからその柑橘類を探して買ってくるってやつ、ジェイドに言って、吠狼の誰かを走らせときます。本日中に手に入れば良いんですね?」
「は、はいっ、お願いします!」
「あーそれから……サヤくんの礼儀作法の教師。思い当たる方がいらっしゃいますから、僕から打診しておきます。
と、いうわけで。さっきからクロード様たち、待ってますから、まずは報告を聞いてあげてください」
しまった。もう職務の時間に入っていたか。
慌てて机に移動し、報告書類やら捺印署名待ち書類やらを横にずらして、クロードとアーシュの交易路計画進捗を確認。慌ただしい拠点村の一日が、本日より再開となった。
この後波乱の数日が待ち受けているなど、この時俺ははまだ、知りもしなかったから……。
0
お気に入りに追加
837
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。
Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる