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ここが私の……

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 ロジェ村を去ったのは、楽しかった宴の翌日。採掘場の視察と、嗅覚師の選定を終えてから、急遽出発となった。

 本当は、更に翌日、朝から帰還の予定であったのだけど、山城の村は正直避けたいのだという話をしていたら、森の中で一泊することになるけれど、エルランド達がいつも利用する野営場所があるという。なので、そちらを利用させてもらうことに。
 そのため、少々慌ただしい出発となってしまった。

 もう半日いると思っていた俺たちが、急に帰ることになってしまったから、ロゼは当然猛抗議。大粒の涙を零してベソをかくロゼに、また拠点村にも遊びにおいでと抱擁を交わした。グリグリと首元に頭を擦り付けてくるロゼ……。

「西を繋ぐ道も、早めに整備するよ。そうすれば、拠点村までの距離は馬車で二日ちょっとか……。随分と近くなるから」

 それまでもうちょっと、待っててくれな。

 サナリとレイルにも別れの挨拶をした。
 抱っこしてあやしていたら、サナリは垂れていた俺の髪をひとふさ掴んでしまい離してくれなくなって……。

「赤ちゃんは反射で握ってしまうので……」
「よだれまみれですよ……」
「サナリ~、それ食べれないものだから離してくれぇ」

 しゃぶられて毛先がベトベトになった……。平謝りするノエミとホセに、まぁ赤子のすることだからと笑って伝えたけどね。

 次にレイル。
 もはやヨチヨチ歩きも卒業してしまい、いっぱしに小走りできるようになってしまっている。ここ数日の運動が効いたのか、はたまた既にできてたのに、してなかっただけなのか……。
 まぁ、さすが狼というか……自立が早い。おくるみにくるまってるより断然良い!と、気付いてしまい、もうじっとしなくなったため、好きに走らせておくことになった様子。普通にウォルテールの足元に子犬よろしく座っている。お利口さんだ。
 これからもこっそり人になれるよう、練習を積むのだろう。
 ウォルテールに、レイルを頼むなって視線を送ったら、小さく頷いてくれた。

「レイルも……ウォルテールをよく見て勉強するんだぞ」

 俺の意味不明な言葉に、レイルを含め、周りもきょとんとしていたけれど、笑って誤魔化す。
 いつかレイルにも、人の姿を手に入れてほしい。
 ここの皆はレイルが狼でも全然気にしていない様子だけど、やはり人としての人生も得てほしいと思うのだ。

 抱き上げたら、潤んだ鼻の頭を擦り付け俺の匂いを嗅いで、首をぐりぐり。匂い付けをされてしまった。さすがロゼの弟。やることが一緒だなぁ。

「元気に大きくなれよ。また、遊びに来るから」

 そうしてロジェ村を出発し、森での野宿をしたことで、一日ほどを節約できたことになる。

 拠点村に帰り着いたのは、六の月半ば近くの、夕暮れ時となった。

「おかえりなさい。結構掛かりましたねぇ」
「うん、西への道は早急に進めないと色々困りそうだ。山城の村に立ち寄ると、一日多く掛かってしまったよ」

 迎えてくれたマルに留守番ありがとうと、半月近くも拠点村を空けたことを詫びた。
 行き道は五日半、帰りは村に立ち寄らなかったから、四日半で帰ってこれたけど、やはり道の整備は急がないとな。こんなに日数が掛かっていては、視察もままならないし。

「山城の村ですかぁ。最寄りの村がそこしかないですもんねぇ。休息を考えると半日無駄にするのもやむなしと思ったのですが……」
「せめて来年中に西回りの道を整備してしまいたい。西回りが開通すれば、片道分で往復できるんだし。
 まぁでも、行くのは大変だったんだけど、収穫は多かった。
 玄武岩の採掘は環境的にも問題無さそう。作業人数が限られるし、供給量も増えていくことはないだろうから、他からの買い付け……オーストの玄武岩を仕入れに加えることにしよう。
 あと、嗅覚師の選別も終わった。とりあえずは獣人三名と、次点で人が一名。ロゼには劣ったんだけど、この人もかなり鼻が良かった。人であれば表に立てるし、一応そういう役割の者も必要かと思って、この四人にしておいたよ。
 面白いんだよ。みんな女性なんだ。女性の方が嗅覚が優れるものなのかな?
 あと、女性の内職もひとつ定まったし、干し野菜作り、狩猟肉の販売もと考えると、あそこの収入源はまぁ問題ない状態にまで持っていけたんじゃないかな。
 あ、その狩猟肉。販売経路を確保できないかって話が入ってるんだけど……」

 留守番のマルと情報共有を進めつつ、こちらでのことも簡単に報告してもらう。
 交易路計画の方は、概ね問題なく進んでいるよう。国境領地からの使者も到着し、視察も始まっているという。

 孤児院に関しては、あれ以来大きな問題も起きず、子供らも比較的穏やかに生活しているとのこと。
 現在カタリーナや流民の女性らから、孤児院で働く意思のある者をどう受け入れるかの検討が進んでいるそうだ。
 カタリーナ個人の問題の方も、今のところは進展無し。カタリーナの夫は、まだ彼女を見つけ出せていないとのこと。

 拠点村は、無償開示の秘匿権品を習得するために来た職人。彼らの受け入れが始まっており、村には結構人の出入りが増えて来たそう。

「まぁ、色々と他にも報告すべきことはあるんですけど……それは一旦保留、明日にしましょうか。
 今日はもう残り少ないですし、遠征の疲れを癒してください」

 そう言うマルに従い、本日の仕事は無し。重要性の高いものはマルや父上が処理してくれているから、こちらも問題無いということで、私事を優先させてもらうことにした。
 夕食よりも何よりもまず……っ。

「お風呂、入りたい!」
「そう言うと思ってました。そのためにわざわざ吠狼の先ぶれ、寄越したんでしょう?」

 そうだとも!

 とりあえずサヤが何よりも欲していると思っていたので、早くサヤを風呂に入れてやりたくて、知らせに走ってもらった。

「ご自分じゃなくてサヤくんなんですか」
「だって俺たちはどこでだって湯浴みでもなんでも、適当にできたから。
 だけどサヤは流石に……女性だから場所を選ぶし、湯浴みができたのは街に泊まった時と、ロジェ村でも大汗をかいた時に一度だけだったから」
「数えてたんですか……もはや変態ですね」
「気遣い大切だろ⁉︎」

 彼女の民族は綺麗好きでも知られていて、風呂は毎日入るものであったらしい。
 それが数日に一度、身体を濡らした手拭いで拭うだけだなんて、サヤからしたら拷問に等しいことだ!
 宿なんかでも風呂を完備しているような所は少ない。せいぜい湯浴み用に湯がもらえる程度。ああいった所は人の目もあるし……、耳の良い彼女からしたら、落ち着いて身を清められるような環境じゃなかった。
 女性だから、俺たちと同室というわけにもいかず、一人離れていたし。ああいった宿で女性の小部屋使いは何かと物騒。だから、大部屋で他の客と同室だ。更に落ち着かない。
 無論サヤはそのことに文句のひとつだって言いやしなかったが、彼女が風呂を切望していたのは分かりきっていたので、帰ったら一番に入れてやろうと思ってた。

 従者が一番をいただくなんて申し訳ないと言うサヤに、俺優先してたら、時間が掛かってしまうから、早く行っておいでと送り出した。
 皆で良いからとせっついたから、しぶしぶ……だけど嬉しさは隠しきれないといった様子で、風呂に向かうサヤ。
 その表情がなんとも可愛くって内心で愛でまくっていたのだけど、見送っていたマルがポツリと……。

「サヤくん、表情の陰りも若干和らいだようですし、まぁ良かったです」

 襟首を引っ掴んで部屋の隅に連行した。

「……ローシェンナのあれはマルの入れ知恵かっ⁉︎」
「何をしろ。なんて指示は出してませんよ。様子を見といてほしいって、手紙に書いただけです」

 なんだ。やっぱり荷物の中に手紙、入ってたのか……。
 。
 勝手にやきもきして、ローシェンナの言葉に熱くなっていた自分が恥ずかしい……。
 まぁ、お陰様でこじれかけていたサヤとの関係も修復できたし……別に怒ってはいないのだけど……。
 ローシェンナとのやり取りがやはり、頭に残っているんだよな……。
 あの時のローシェンナの言葉。全部が演技だったとは思わない……。そうであったのなら、俺だってあそこまで振り回されはしなかった……と、思うし。

「……どこかで時間ができたら、マルもロジェ村に行ってあげなよ」
「ええぇ、僕を森にやってどうしようっていうんです?    森の中を徒歩で移動なんてしたら、絶対道中で野垂死にじゃないですか」

 じゃあ雪深い北でどうやって生き延びてたんだよお前……。

 ちょっとそう思ったものの、学舎での遠征実習や進級試験の時みたいに、破格の料金を支払って体力自慢の者たちに背負ってもらってたのかなと思った……。
 まぁ、どんな手段であれ、目的地には到着したから、合格は合格なんだよなぁ……。

 サヤは半時間ほどで戻った。ゆっくりしたら良いのに、結局急いだようだ。
 だけど、丹念に洗われた黒髪は、輝かんばかりに艶めき、頬も薔薇色。本日はもう仕事もないということで、従者服ではない、普通の女性の装いに着替えており、それも久しぶりで新鮮。
 随分と長くなった黒髪を、緩く編んで左肩から流している姿が、なんだかこう、大人っぽくてつい見惚れていたら、早くお風呂に行ってくださいと追い払われてしまった。
 しょうがないなぁと思いつつ、俺たちも風呂を堪能させてもらい、長旅の疲れを湯に流す。
 大人三人が一度に入れるほどの大きさなので、ハインが俺の世話ついでに一緒に入るのが、拠点村に移動してからの習慣。

「あー……久しぶりに浸かるとやっぱりいいなぁ……」

 手足を伸ばして湯に浸るって、ほんと贅沢……気持ちが良い。
 あんなに手間が掛かり、費用も嵩むのに、上位貴族が風呂を求めたのは、やはり疲れを癒すためだったのだろうと思う。
 なのにこの風呂は手間も半減、費用も手頃で最高だ。
 湯を沸かすための鉄塊は、調理場の麵麭焼き窯やかまどに放り込んでおけば、勝手に熱くなっている。
 頃合いで取り出し、使い残しの薪とともに風呂裏の窯で再度熱するから、ほんと無駄が無いんだよな。

 サヤが少量の椿油も提供してくれたので、本日は俺も髪を丹念に洗ってもらった。

「風呂は髪を洗う手間が激減して素晴らしいです……。久しぶりに利用すると実感しますね」
「ホントだよ。ざっと流してしまえるって凄い。素晴らしい。もう騎士訓練所の湯屋も完成している頃合いだろうし、上手く使っていただけてたら良いなぁ」

 しっかりと温まってから湯を上がり、俺たちの次はシザーとオブシズ。
 そろそろ水を足して、もう一度温め直すように言っておいた。その後は多分ジェイドとアイルが利用するはず。

 夕食を待つ間、なんとなく部屋に帰るのが惜しくて応接室に。髪を拭いてもらいつつ寛いでいたら、サヤがお茶を用意してくれた。
 二人にも座るように促して、一緒にお茶を堪能していたら……。

「帰って来たって気がしますねぇ……」

 一口お茶をすすったサヤが、ホッと息を吐きつつそんな言葉を、しみじみ呟くものだから……。

「おかえりサヤ」

 口元に垂れてきていた横髪を耳にかけてやりながらそう言うと、はにかんだ笑顔を見せてくれた。

「一緒に帰って来たのに……」

 良いんだよ。
 だってその言葉、ここをサヤが、自分の家だと思ってくれているからだろう?
 俺の隣が、自分の居場所だって言ってくれたその言葉が、心からの言葉だって、そういうことだろう?

 にこにこと笑って返事を促したら、きちんと応えるまで俺が待っていると察したらしいサヤは、少しだけ頬を膨らませた。
 我儘さんなんやから……と、小さく口が動き、それから恥ずかしそうに……。

「ただいま帰りました……。
 ……レイも、おかえりやす」

 その訛りの可愛さに悩殺された。
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