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寂しくても

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 で、皆が料理を持ち寄ってあつまり、集会所で行われた宴会は、山城の村とはうって変わり、とても楽しいものとなった。

 サヤのメンチボールは大好評。
 そのまま食べても美味だけど、香味塩をふりかけると、風味が増して、また違った味を楽しめる。
 玉葱とパン粉でかさ増しされているから、びっくりするくらいの量があったのだけど、あっという間になくなってしまった。

 俺たちも、皆が提供してくれた料理を、端から少しずつ食べた。
 簡素な味付けのものが多かったけれど、皆の心尽しが有難くて、どれもこれも美味だった。
 今回は酒も無かったので、俺も痴態を晒す心配をしなくて良かったし、とても居心地の良い、楽しい時間となった。

 宴も終盤となった頃。
 幼い子供達はもうおねむの時間。最後まで残っていたロゼも、先程ホセに担がれて家路に着いた。
 そうして、俺たちもそろそろお腹いっぱいだなぁなんて、サヤと二人、話していたら、ハインがもう一品、自身の作った料理を小皿に少量持ってきて、サヤにどうぞと差し出して……。

「味見をお願いします。
 まだサヤが、食べたことのない料理を、作りましたから」

 ハインが、他家の調理場を、わざわざ借りるまでして作ったのは、鹿肉の蒸焼き。
 下味をつけた肉を、低温でじっくり蒸し焼きにする、手間のかかる料理だ。
 貴族ならば祝いの席などでよく出てくる、定番のものなのだけど……わざわざサヤに食べさせようと、切り分けてきたらしい。
 その光景は、俺にとっては、なんだか懐かしいものだった。

 学舎にいた頃……こんな風に自分の作ったものを持って来るのは、テイクの所へだったよな……。
 両親共に料理人で、自身も世界一の料理人を目指すテイクの舌に、自分の料理は認められるのか。それを試すため、瞳をギラギラさせながら、挑んでいた。テイクには怖がられていたけど……。

 …………ま、サヤには流石に、瞳をギラつかせてはいないけども。

 受け取ったサヤは、なにやら不思議そうな顔。
 何故そのような表情になるのか……、ハインがサヤに味見を求めるなんて、別に珍しいことじゃないと思うのに……。

 ……まだ赤みの強い肉の、火の通りを心配しているのかな?

 だけど肉や魚を生で食べる文化があると、前に言っていたし……そんなに驚くほどではないと思うけど……。
 内心ではそう思いつつ、大丈夫。生に見えるけど、ちゃんと火は通ってるよと伝えると、サヤは、少し逡巡しながら、小さな一切れを取り、添えられたタレに絡め、口に運んだのだが……。

「ローストビーフ⁉︎」

 そう、驚きの声を上げた。

「鹿肉の蒸焼きですが」
「でもローストビーフの味がします!」

 目一杯、瞳を見開いて。
 唖然としたその表情のまま、少し震える手で、もう一切れを取り、口に運ぶ。
 ゆっくりと噛みしめるみたいに、丹念に咀嚼して……。

「おんなじ味……京都で食べたんと、変わらへん味がする……美味しい」

 言葉まで訛りに戻って、もぐもぐと噛み締めつつ、急にうるっと、瞳を潤ませたものだから…………ハインの顔面から表情が抜け落ちた。

 ポロポロと涙を零しつつ、鹿肉の蒸焼きを咀嚼するサヤ。
 その前に凍りついたように止まって動かないハイン。

 ハインのこれは……頭が真っ白になってるな。

 自分の料理で泣き出してしまったサヤに狼狽え、頭と身体が機能停止したらしい。
 暫く微動だにせずそこで固まっていたのだけど、そのうち、ギギギと、軋む音がしそうなほどにぎこちなく動いた手が、何故か俺の肩を掴んだ。…………ん?

「こっ、これで良いなら、また、いつでも……作ります!」

 そんなことを口走りつつ、俺をサヤの方に突き飛ばす!

「ハイン⁉︎」
「貴方の得意分野でしょう⁉︎」

 なにその得意分野って⁉︎
 サヤにぶち当たるギリギリで態勢を立て直したけど、その間にハインは逃げ去っていた。
 前から慰めるという行為が大の苦手だったけどお前…………俺を生贄にするってどういう了見だ。
 とはいえ、万が一慰める方を選んだとしても、逆にサヤを追い詰めたり心を抉ることを言ったりしそうだしなぁ……。

 それに、俺には涙を零すサヤを放っておくなんて、無理に決まってる。結局こうなったのだろうなという結論に至ったので、サヤの慰め役を甘んじて受け入れることにした。

「懐かしい……本当におんなじ味してる……なんでやろ……ハインさん食べたことないはずやのに……そもそも牛肉やのうて鹿肉やんか……」

 ポロポロ涙を零しながら、小皿の上の肉片をちまちま口に運ぶサヤ。
 ゆっくり少しずつ食べているのは、長く味わっていたいと、思っているから……?

 サヤの肩を抱き寄せた。会場の皆から、サヤが隠れるように。
 彼女が泣いているのに気付かれてしまったら、きっと皆が慌ててしまうし、心配するだろうから。
 幸いにも、こちらへ視線を寄越す人は見受けられず、俺はそっと、後方に下がった。気を利かせたシザーとオブシズが、俺たちの抜けた穴をさり気なく隠してくれる。

 …………自分で作ったものじゃないのに、故郷のものと同じ味がしたから……感極まってしまったんだな……。

「サヤ、夜風に当たりに、外に出ようか」

 そう促すと、こくりと頷くから、肩を抱いて扉を出た。
 小皿を持ったままサヤは俺に続き、集会所の外へ。丁度壁際に置いていた、荷造りで余ってしまった空箱へ腰掛け、ちまちまと食べ続ける。

「…………美味しい?」
「ん……美味しい……」
「……それ、ハインの得意料理なんだよ。
 だけど良質の鹿肉の入手が困難だし、作るのにかなり気を使うらしくてね。時間も掛かるから、普段は滅多に作ってくれないんだ。
 貴族の、祝いの席ではよく出る品なんだけど、各家ごとに味も違う……。気に入ったのなら、次のサヤの誕生日には、またこれを作ってもらおう」

 そう囁くと、こくりと頷く。
 涙は止まっていたけれど、まだ瞳は潤んだまま……。故郷の味を、懐かしんでいるのだなと思ったら、なんだか切ない気持ちになってしまった。
 …………懐かしいとは言っても、帰りたいとは、言わなかったサヤ……。
 昨日散々、帰りたいと言わないでほしいって念じた身としては、こんなこと、言えた義理じゃないのだけど……。

「この世界は、繋がってるんだろうね、サヤの世界と……。
 だから、懐かしく思うものに、巡り会えたりするんだよ」

 そう思えば、少しは寂しさも、紛れるのではないか……。
 帰れないけれど、もう目にすることすら、叶わないけれど、それでもきっと何かが繋がってると思えば、慰めになりはしないだろうか……。
 そんな都合の良い、単純な話じゃないのは分かってる。だけどそれでも、ほんの少しでも、サヤの気持ちが晴れればと思った。

 空になった皿を脇に置いて、二人で暫く、お互いに寄りかかるようにして、ただ沈黙を愛で、そろそろサヤも落ち着いたようだし、中に戻ろうかと、思いだした頃……。

「帰れへんけど……寂しいこともあるけど……」

 囁くような小さな呟き。
 サヤの腰へ回した手に、自然と力が入ったのは、悲しませたくないと、思うから……。
 だけど、どれだけそう思っても、それは叶わない……。俺は、まだサヤの寂しさを埋められるものには、なれていない……。
 サヤにとって、俺という存在は……まだ全然、故郷を失ったことの慰めには、ならない……存在の価値が、遠く及ばない……。

 でも、一生をかけて大切にして、いつかそうなれるように、努力しようと思う。
 不安や悲しみに翻弄されることなく、ただ懐かしく……宝物を愛でるように、故郷を思い出せるように、してやりたいと思う……。

 そう決意を新たにした。

「…………そろそろ中に戻ろうか。少し、冷えてきたし」

 そう促し、腰を上げたら……袖が引かれた。
 視線をやると、サヤの左手が、俺の右袖を摘んでいて……。

「それでも私、今は……ここにおること、幸せやなって、思うてる」
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