上 下
687 / 1,121

一級品

しおりを挟む
 赤子の愛くるしさはいつまでも見ていたかったのだけど、生活についてを考えようと気持ちを切り替えた。

 そうして現在、集会場には、吠狼の頭目としてローシェンナ。ロジェ村の村長。更に、その二人から選別された代表者を数人集めている。

「今回ここに寄せてもらった理由なんだけど、現在この村の収入源は玄武岩に頼っている形になる。
 だけど、玄武岩だけが村の収入源だと、何かあった時や玄武岩の採掘ができなくなった場合に困るし、働ける人も限られるだろう?
 それで、別の産業を立ち上げるための何かがないかと思って、立地やら環境やらを、確認したくてね」

 一応、ここの獣人たちにならばというものをひとつ定めてきているけれど、外貨を稼げる手段は多いに越したことはない。
 だから、もし他にも可能性があればと、足を運んだ。サヤにこの地を見てもらえば、サヤの世界では実用化された何か……みたいなものが、見つかる可能性もあるから。

 けどまぁその前に、マルと、サヤとで話し合い決めた、こちらの話から。

「まずね……この地の獣人は、ローシェンナのいた北の地の獣人よりも、鼻が良いかもしれないんだ。
 冬にもロゼが、干し野菜の痛みをいち早く教えてくれたおかげで、腐らせずに済んだ。
 それを活用できればと思った。
 ここには吠狼らもいて、ウルヴズの行商団という外回りを担当できる者もいる。
 だから、野菜は作れなくても、季節の余った野菜を買い付けて、干し野菜を作ったらどうだろうと思って」

 俺のその言葉に、吠狼の代表者の一人が手を挙げた。

「あの……だけど干し野菜は、作り方を公開する予定だって、聞きました」
「うん。実用化の目処が立てば、洗濯板や硝子筆同様、国から無償開示する予定だ」

 干し野菜自体は、誰にでも作れるものとしようと思っている。
 しかし、誰もが作れるなら、干し野菜を作ることを収入に繋げるのは難しいのでは?
 そこを吠狼の者に指摘されたのだけど……俺が作り上げようと思っているのは、その中でも別枠となれるもの。他に真似のできない特別な技術を用いた、特別な保存食だった。

「それよりも、もう一つ上の段階の、高級品……一級品が作れないかと思っているんだ。
 干し野菜は、量産できるようになればかなり越冬を助けてくれると思う。だけど、今回みたいに途中の段階で痛みが出てくるかもしれない……。
 正直、俺やハインには、干し野菜の痛みを匂いで判断するなんてできない。
 ローシェンナにも、特定の一部の野菜の匂いを瞬時に嗅ぎ分けるというのは、なかなかに難しいらしい」

 そうなんだろう?    と、視線をやると、こくりと頷くローシェンナ。

「傷んだものが紛れているかどうかくらいなら、瞬時に判断できるけれど、傷みの根本をロゼほど早く正確に判断するのは無理だったわねぇ」
「そう。ロゼは人なのに、それができてしまった。
 実際こちらでは、痛みそうな干し野菜から先に使ってくれていたから、越冬中の干し野菜には、何の問題も起きなかったのだよね?」

 それにまた、こくりと頷いたのは、村の代表者のひとり。五十歳前後の女性で、名はトフリルと言うらしい。
 彼女も獣人なのだけど、特徴は尾があるのみ。その尾も袴の中に隠してしまっているから、一見では獣人だと判断ができない。

「それでね。吠狼らが作り上げた干し野菜を匂いで審査して、より日持ちするものを、貴方たちで判断し、選別できないかなと思ったんだ」

 そう言うと、トフリルは驚いたように瞳を見開いた。

「匂いで、日持ちを判断……ですか?」
「うん。匂いが分からない俺たちには助言も何もできないのだけど……これは絶対に大丈夫だと言い切れる根拠を、探し出してほしいと思っている」

 隣の者と、顔を見合わせ、戸惑うトフリル。

 ここにはロゼという例外がいるけれど、これは人間にはまず無理な離れ業。
 前にハインは、獣人は混ざった匂いから、一つの匂いを選別することが可能であると言っていた。
 サヤの世界でも、犬や狼は人の何百万倍もの嗅覚が備わっているらしい。

 だから、保存食の匂いから、これは絶対に大丈夫という根拠を見つけ出せたなら、その嗅ぎ分け技術は、獣人にしかできない特別な技術に昇華できると思った。
 サヤの世界では、二年や三年保つ食品も存在するようなのだけど、それには特別な道具や用法が必要で、こちらでの再現は色々難しいという。
 ならば、この世界特有のもの……獣人の技能を活用し、その長期保存を確立できないかと考えた。

「より日持ちのするものは、従来のものよりも高級な品として、品質保証を付けて売るんだ。
 だから、一年……まずは一年を保証できるようにしたい。
 春の食物を、翌年の春まで保たせたい。できるならば、それ以上にしていけたらと思っている。
 それをこの地で、吠狼の作る干し野菜を吟味する形で、研究してほしい。
 そのためにまずは鼻の良い者を、獣人、人の判別なく、研究員として雇いたい。研究のための費用もこちらで出す。
 期間は三年。その間に、保存期間の嗅ぎ分けができるかどうかを、検証してほしい。
 もしそれが可能となれば、その後は保証期間の判断ができる者を特別職とし、別途手当を払い雇うつもりだ」

 干し野菜の作り方自体は無償開示する予定だ。
 越冬は人類の問題。特に北の地では喉から手が出るほどに欲しい技術となるだろうから、秘匿なんてしている場合ではない。
 だけど、干し方、切り方で品質が変わることが、昨年の越冬で分かった。
 同じ干し野菜でも、より長期の保存が可能であるというものを、ブンカケンの保障付きで出すことができれば、それは秘匿権などを用いずとも、特別な技術として別枠にできるはずだ。

 この一級品の製造に成功したら、まずこれを売り込むのは、国の機関にしようと思っている。
 ブンカケンが保証し、国の機関が品質を認めた干し野菜という、同じ干し野菜の中でも特別な枠を作り上げるのだ。

 他が真似のできない技術や能力は、獣人の強みになる。
 人間に真似のできない、獣人たちだけの強みを作り上げることができれば、それは獣人という種の地位向上に大きく貢献するだろう。

「手探りで見つけ出さなければならない。
 大変な作業だろうし、成功するとも限らない。だけど……どうか、手を貸してほしいんだ。
 この技術が確立できれば、越冬を恐れる必要など、無くなるかもしれない。
 それだけじゃなく、獣人の存在価値を世に認めさせる一助にもなると思うんだ。
 だからまずは三年、協力してくれる者を探してほしい。
 ロゼと同等か、それ以上の嗅覚を持つ者を選定してもらえるか」

 これは、俺たちにとっても大きな危険性を伴う賭けだった。
 ここに住む獣人を、無条件で信じるということだから。
 彼らが選び出した人物が、本当に嗅覚の優れた者かどうかの判断は、こちらではできない。
 だけど、彼ら獣人は種の性質として、とても純粋で忠実で、役割というものに強い責任感と矜持を持つ。
 だから、彼らができると判断したなら、それはできることなのだと、思う。

 ロジェ村の村長と代表者は、戸惑っている様子ではあったけれど……。
 越冬を恐れなくてもよくなる……その言葉には、皆が反応した。
 そうしてもう一度顔を見合わせ、決意を込めて頷き合って……。

「分かりました」

 直ぐに適任者を選び出すと、確約してくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に引っ越しする予定じゃなかったのに

ブラックベリィ
恋愛
主人公は、高校二年生の女の子 名前は、吉原舞花 よしはら まい 母親の再婚の為に、引っ越しすることになったコトから始まる物語り。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け ※一言でも感想嬉しいです! 孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。 ——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」 ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。 ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。 ——あぁ、ここで死ぬんだ……。 ——『黒猫、死ぬのか?』 安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。 ☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

【R18・完結】おっとり側女と堅物騎士の後宮性活

野地マルテ
恋愛
皇帝の側女、ジネットは現在二十八歳。二十四歳で側女となった彼女は一度も皇帝の渡りがないまま、後宮解体の日を迎え、外に出ることになった。 この四年間、ジネットをずっと支え続けたのは護衛兼従者の騎士、フィンセントだ。皇帝は、女に性的に攻められないと興奮しないという性癖者だった。主君の性癖を知っていたフィンセントは、いつか訪れるかもしれない渡りに備え、女主人であるジネットに男の悦ばせ方を叩きこんだのだった。結局、一度も皇帝はジネットの元に来なかったものの、彼女はフィンセントに感謝の念を抱いていた。 ほんのり鬼畜な堅物騎士フィンセントと、おっとりお姉さん系側女によるどすけべラブストーリーです。 ◆R18回には※がありますが、設定の都合上、ほぼ全話性描写を含みます。 ◆ヒロインがヒーローを性的に攻めるシーンが多々あります。手や口、胸を使った行為あり。リバあります。

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...