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流民と孤児 9
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「お代わりまだあるよー」
孤児らの食事量が、随分と落ちてきた……。
あれからまた数日経過し、無事研修を終えたクロードとアーシュを伴い、近くセイバーン村に出向かなければと思っているのだけど、孤児らは相変わらず手のかかる状態が続いている。
ただし、上記の通り、食事量に関しては落ち着いてきた。
「今日はもう良いのかい?」
「…………」
プイッと顔を背けた少年の頭をポンポンと撫でて、今一度部屋をぐるりと見渡した。
皆、食事はひと段落した様子。お代わりを欲しそうにしているものは見受けられない…………ん?
「トゥシュカ、また体調が悪いのか?」
女の子の一団の一人、ひょろりと細長いトゥシュカの食事は、進んでいなかった。
彼女はいつも食が細い。一番初めから、彼女ただ一人が、一食分を食べきることができていないのだ。
俺が声を掛けたことで、トゥシュカは怯え、余計に顔色を悪くする……。
「なぁ、やっぱり一回ナジェスタに診察してもらったらどうだろう?」
マルも大概食は細いが、トゥシュカとは質が違った。
彼女の食欲の無さは心因性だと思う。周りの何もかもに神経をすり減らし、せっかく食べても吐いてしまうことが多いのだ。
年齢は十四。孤児の中では最年長であるのに……まだ十歳程の幼子よりも、軽く細い。
「別に怖いことは無い。ナジェスタも女性だし、優しいよ。
それに、薬湯で胃の痛みは緩和できるって言っていたんだ。
ただ、トゥシュカの体重から薬の分量を調節するらしいから、それを測らないと準備できないってだけで。
治療院に行くのが嫌なら、ここにナジェスタを連れてきても良いんだよ?」
この説明は何度も行なっている。だけど彼女は、ただひたすら萎縮して、首を横に振るばかり……。
そうこうしてるうちに、俺とトゥシュカのやり取りを見つけたもう一人の十四歳が、怒り顔でやって来た。
「あんたいい加減しつけこいよ! トゥシュカが嫌がってんの見たら分かんじゃん⁉︎」
スティーン。顔立ちの綺麗な娘だ。
そして中心人物となる四人のうちの一人。初日、一番初めに勇気を振り絞り、前に出た少女だ。
「それ以上近寄んな糞野郎が!」
とにかく彼女らは男という存在が嫌いで、特に大人はいただけない様子。無理もないと思う……。孤児である彼女らは、日々身を守るために、神経をすり減らしていたろうから。
こんな幼い子らの中にも、既に凌辱されている者もいるのだ。
だから、スティーンも俺が怖くて仕方がない。だけど、トゥシュカを庇いに走ってくる。
「悪かったよ。だけど俺は君たちに何もしないし、トゥシュカの身体が心配なんだ。
医師は女性だし、心配しなくて良いから……」
「関係ねぇよ!」
……男性が怖くて拒絶するのは分かる。だけど、女性職員、女性医師……どちらもダメな理由が、まだ見つからない……。
「……分かった。だけどスティーン、人は食べなければ生きれない。トゥシュカは痩せすぎているんだ。
このままこれ以上に食が細ってしまったら、食べ物自体を受け付けなくなる可能性もある。
そうなってから、食べたいと思っても遅いんだよ。だから……少しでも、勇気が出たら、いつでも構わないから、職員に言って。ナジェスタにすぐ、来てもらうから」
食事も……日数をかけて、ちゃんと毎日、三食貰えるのだということを浸透させたのだ。だから、これもとにかく言って、聞かせるしかない。
「じゃあ、今日は戻ることにする。皆、また明日ね」
いつも同じ挨拶を最後に付けて、俺は館に戻った。
◆
ここのところ、日々が次第に重苦しくなってきていた。
原因のひとつは孤児らだけれど、勿論それだけじゃなく、カタリーナのことも厄介だったのだ。
カタリーナの夫はプローホルにある宝石商、ヤロヴィの支店店主。名をブリッジスと言った。
カタリーナとこのブリッジスとの間に愛は無く、貴族から押し付けられた妻。しかも、既に身篭った身であったわけで、ブリッジスが彼女を妻として受け入れたのは、あくまで貴族との取引の一環であったのだろう。
で、カタリーナの子、ジーナの本来の父親にあたる人物は……。
セーデン子爵家の、現当主。
セーデーン子爵家もオゼロの傘下だ。あの日……ジーナの本当の父親についてを、マルに聞いた日。ここのところオゼロとの縁が続くな……。そう思っていたのだけど。
「セーデン…………」
「……オブシズ? 知ってる家名?」
オブシズが急に表情を固めた。
彼が貴族の家名に何かしらの反応を示したのは初めてのことだったから、ついそう問いかけたのだけど……。
「いや……聞いた覚えくらいは、あるなと……」
笑って誤魔化したけど、最近隠していない瞳が、笑ってない……。
これに関しても後で聞いてみなきゃなと思いつつ、今は、マルの情報に耳を傾けておくことにした。
現当主は、名をレイモンドと言うらしい。
レイモンドは、セーデン子爵家の四子だったが、一子が当主となってすぐに事故死、二子は女性であったため、他家に嫁ぐことが決まっており、三子は当主となることを拒否。結果として四子のレイモンドがこの座に収まった。
「一子が、事故死?」
「狩りの最中の滑落事故であったようですよ」
高さ自体は大したことなかったのだけど、運悪く乗っていた馬の下敷きになったという。
で、新たに当主となった四子のレイモンドは、幼き頃より顕示欲の強い男であったそうで、当主となってからは特に粗暴が酷く、己よりも地位の低い者に対して、容赦のない対応を取ることで知られているという話だった。
また、狭量で執念深く、下手に怨みを買うと後が怖い人物であるそうだ。
そんな彼が頭の上がらない妻は、顕示欲の強さゆえに得た伯爵家の娘で、妻の不興を買うと資金援助が途絶えると気を揉んでいるらしい。
「じゃあ女中なんかに手を出さなきゃ良いと思うんですけどねぇ」
こんな人にはホント関わりたくないんですけど……と、マル。
「これは……カタリーナが自ら望んでとは、考えにくいな……」
「まぁそうでしょうねぇ……。下手に断ったら、実家まで巻き込んで不興を買います。
実際そういった被害を受けて、他領への家移りを余儀なくされた家もあるようですし。
ですから、カタリーナに拒む選択はできなかったと思いますよぅ」
なんて、酷い……。
そうやって身篭ったジーナを、カタリーナはそれでも大切にし、今日まで育ててきたのだ。
「レイモンドの妻は? 悋気の強い女ならば、夫が外で作った子を集めるなどしたら、怒りを買うとしか思えないが」
オブシズの質問。
それは俺も同意だ。
だって、不況を買わぬために、ジーナが生まれもしないうちから、カタリーナを懇意の商家に押し付けるなんてことをしたのだろう?
「状況が変わったのじゃないですか?
レイモンド、浪費が激しい男でもあるようで、妻の実家も資金援助を渋りだしている様子なんですよ。
それで、子を嫁がせて新たな血縁を得ようとしているんですけど、正妻には娘が一人しかおりません。
でもその娘はここで使いたくないみたいでねぇ」
代わりの娘を用いようとしている……ということか。
「貴族との血縁を欲する商家にばら撒く娘が欲しいんですよ。
実際そうされたカタリーナからしたら……娘を差し出すなんて、とんでもない! って、思いますよねぇ。
でも……その事情が分かったとしても、僕はカタリーナと手を切って欲しかったんです。
カタリーナを守るために我々が取れる手段は、限られます。僕が今思いつく手は三つ」
ひとつ、拠点村に神官を置くことを了承すること。
前にも述べた通り、それは獣人を置いているこの村にとっては自殺行為だ。
「次のひとつ、ジーナを孤児にする」
「マルクス、なんてことを言うんだ⁉︎」
マルのとんでもない提案に、オブシズが怒りの声を上げた。
うん。到底選べないけれど、マルならば、手段としては出してくるだろうと思っていた。
ジーナを狙っているレイモンドが本来欲しいのはカタリーナではない。カタリーナが守っているジーナだけなのだ。
ジーナが孤児となれば、もう神殿の許可を取っている孤児院に、ジーナを加えることができる。
孤児院は神殿の管轄だ。だから、レイモンドは手出しできない。できないが……当然、カタリーナとジーナは共に暮らせなくなり、親娘とは名乗れない身となる。
「最後の一つは、レイ様がカタリーナを妾として囲うです。まぁ、レイ様じゃなくても良いんですけど」
それも、言ってくるだろうと思っていたけれど……。
思っていたけれど、言葉にされると正直、重かった。
俺がカタリーナを妾とすれば、他の貴族はカタリーナ共々、ジーナにも手出しなどできなくなる。
レイモンドがジーナの父であろうと、もう既に彼は二人を手放しているのだ。だから、俺がカタリーナらを手中に置くと先に宣言、手続きを済ませれば、ことは収まる。だけど……。
俺はサヤを守るためにも、サヤのみしか受け入れられない。皆にも、公にも、サヤしか望まないと公言している身だ。
サヤは異界の娘であるため、俺とは種が違う。だから、俺の子を身籠ることはできない。と、本人にも言われた。
そんな中で俺が妾や第二夫人を得て、あまつさえそちらが身籠ることになれば、サヤの立場を悪くする。
子が産めない正妻など、妻の一番の役割が果たせない者など、当然周りは望まない。そうなれば、一庶民でしかない彼女は、簡単に正妻の座を追われてしまうのだ。
この世界でたった一人の孤独を、彼女に強いるなんて、断じてできない。だから、俺は生涯サヤだけしか娶らないと決めた。
子が成せずとも、血を繋げずとも、俺はサヤと歩むのだ。
それと、マルは伏せたけどもう一つの手段が俺には残っている。
ジーナを、セイバーン男爵家の養子にすることだ。
だが、カタリーナを妾とすることも、ジーナを養女とすることも、カタリーナ自身が承知しないだろう。
だってそれは、レイモンドがしようとしていることと、同じことであるから。
例えそれが二人を守るためであったとしても、権力という腕に首を握られるも同然だ。下手をしたら、カタリーナを精神的に追い詰めてしまうだろう。
「…………その他の手段を、探す」
「そんな都合の良い手段が出てきてくれれば良いんですけど…………。
まぁ、今はとにかく、時間を稼いでおくしかないですよねぇ。
ブリッジスをできる限り長く、誤情報で踊らせます。
でも、ブリッジスがレイモンドを担ぎ出してきたら、もうお手上げですからね?」
◆
「手押し汲み上げ機の量産、やっぱり一番の問題は燃料費……。木炭ですね……」
「外枠を鋳物にするというのは良い提案だと思ったんだけどなぁ……金属が液状になるまでの温度を維持するとなると……うーん……これじゃ金貨二枚も削減できない?」
「下手打ったら削減どころか追加になりそうです」
「もう数量制限掛かってきたかぁ……」
セイバーン領内に流通する木炭の値段が上がった。
まぁ、春にはありがちなことなのだけど、今回のものは明らか、オゼロによる価格操作だろう。通常ならば、越冬によって中断を余儀なくされていた、木炭とするための木材伐採が再開されれば、自然と下がってくるものなのだけど……、六の月を目前にしてその兆しが見えてこない……。売り渋りが始まっている証拠だ。
「そうなるのは見越して、ある程度は先買いしてましたけど……こんなの一瞬で吹き飛びますよねぇ」
「父上の車椅子制作で、冬のうちに結構消費してしまったからなぁ」
オゼロは既に、セイバーンに対して木炭の販売量を極秘に制限しているのだろう。
この状態があまりに続くと、ブンカケンだけにとどまらず、領内のありとあらゆる仕事を圧迫し続けることになるから、早急になんとかしなければならないのだけど……。
「と、なると新たな燃料の確保が結局、大切になってくるのですけど……これしようと思ったら、炉の製作等に最低三年はかかりますよね」
「…………それもほんと現実的じゃないんだよなぁ……出費が跳ね上がって経費削減どころか、手押し汲み上げ機の料金を刎ねあげることになってしまう……」
木炭で得られる最高温度では、大量の鉄を液状にするには至らない。
だから、鋳型を用いて手押し式汲み上げ機を作るためには、もっと高温を得る手段が必要だった。
「あるんです。木炭よりも高温を得られる燃料。レイシール様たちもご存知だと思いますけど、石炭。これです」
「……石炭の最高温度は木炭とさほど変わらないと聞いているけど?」
「はい。石炭のまま使うのではそうなります。そもそも、爆ぜたりしますし危険で、あまり使われていませんよね。
ですが、石炭の不純物を除去することで、二千度近い温度を得られますし、質の高い高温を維持できる物質に生まれ変わらせることができるんです」
「不純物を取り除くって言っても……石炭自体、固形物だよ。どうやって固形物から不純物を除去するの……?」
「お二人には、もうその方法を一度お見せしていますよ」
意味深なサヤの言葉。
マルと顔を見合わせ、さて、見せられたっていつの何だろうなと考えていたところ……執務室に孤児院の職員が駆け込んできた。
「レイシール様! 子供たちが!」
子供たちが、職員に襲いかかった…………そう、言われた。
孤児らの食事量が、随分と落ちてきた……。
あれからまた数日経過し、無事研修を終えたクロードとアーシュを伴い、近くセイバーン村に出向かなければと思っているのだけど、孤児らは相変わらず手のかかる状態が続いている。
ただし、上記の通り、食事量に関しては落ち着いてきた。
「今日はもう良いのかい?」
「…………」
プイッと顔を背けた少年の頭をポンポンと撫でて、今一度部屋をぐるりと見渡した。
皆、食事はひと段落した様子。お代わりを欲しそうにしているものは見受けられない…………ん?
「トゥシュカ、また体調が悪いのか?」
女の子の一団の一人、ひょろりと細長いトゥシュカの食事は、進んでいなかった。
彼女はいつも食が細い。一番初めから、彼女ただ一人が、一食分を食べきることができていないのだ。
俺が声を掛けたことで、トゥシュカは怯え、余計に顔色を悪くする……。
「なぁ、やっぱり一回ナジェスタに診察してもらったらどうだろう?」
マルも大概食は細いが、トゥシュカとは質が違った。
彼女の食欲の無さは心因性だと思う。周りの何もかもに神経をすり減らし、せっかく食べても吐いてしまうことが多いのだ。
年齢は十四。孤児の中では最年長であるのに……まだ十歳程の幼子よりも、軽く細い。
「別に怖いことは無い。ナジェスタも女性だし、優しいよ。
それに、薬湯で胃の痛みは緩和できるって言っていたんだ。
ただ、トゥシュカの体重から薬の分量を調節するらしいから、それを測らないと準備できないってだけで。
治療院に行くのが嫌なら、ここにナジェスタを連れてきても良いんだよ?」
この説明は何度も行なっている。だけど彼女は、ただひたすら萎縮して、首を横に振るばかり……。
そうこうしてるうちに、俺とトゥシュカのやり取りを見つけたもう一人の十四歳が、怒り顔でやって来た。
「あんたいい加減しつけこいよ! トゥシュカが嫌がってんの見たら分かんじゃん⁉︎」
スティーン。顔立ちの綺麗な娘だ。
そして中心人物となる四人のうちの一人。初日、一番初めに勇気を振り絞り、前に出た少女だ。
「それ以上近寄んな糞野郎が!」
とにかく彼女らは男という存在が嫌いで、特に大人はいただけない様子。無理もないと思う……。孤児である彼女らは、日々身を守るために、神経をすり減らしていたろうから。
こんな幼い子らの中にも、既に凌辱されている者もいるのだ。
だから、スティーンも俺が怖くて仕方がない。だけど、トゥシュカを庇いに走ってくる。
「悪かったよ。だけど俺は君たちに何もしないし、トゥシュカの身体が心配なんだ。
医師は女性だし、心配しなくて良いから……」
「関係ねぇよ!」
……男性が怖くて拒絶するのは分かる。だけど、女性職員、女性医師……どちらもダメな理由が、まだ見つからない……。
「……分かった。だけどスティーン、人は食べなければ生きれない。トゥシュカは痩せすぎているんだ。
このままこれ以上に食が細ってしまったら、食べ物自体を受け付けなくなる可能性もある。
そうなってから、食べたいと思っても遅いんだよ。だから……少しでも、勇気が出たら、いつでも構わないから、職員に言って。ナジェスタにすぐ、来てもらうから」
食事も……日数をかけて、ちゃんと毎日、三食貰えるのだということを浸透させたのだ。だから、これもとにかく言って、聞かせるしかない。
「じゃあ、今日は戻ることにする。皆、また明日ね」
いつも同じ挨拶を最後に付けて、俺は館に戻った。
◆
ここのところ、日々が次第に重苦しくなってきていた。
原因のひとつは孤児らだけれど、勿論それだけじゃなく、カタリーナのことも厄介だったのだ。
カタリーナの夫はプローホルにある宝石商、ヤロヴィの支店店主。名をブリッジスと言った。
カタリーナとこのブリッジスとの間に愛は無く、貴族から押し付けられた妻。しかも、既に身篭った身であったわけで、ブリッジスが彼女を妻として受け入れたのは、あくまで貴族との取引の一環であったのだろう。
で、カタリーナの子、ジーナの本来の父親にあたる人物は……。
セーデン子爵家の、現当主。
セーデーン子爵家もオゼロの傘下だ。あの日……ジーナの本当の父親についてを、マルに聞いた日。ここのところオゼロとの縁が続くな……。そう思っていたのだけど。
「セーデン…………」
「……オブシズ? 知ってる家名?」
オブシズが急に表情を固めた。
彼が貴族の家名に何かしらの反応を示したのは初めてのことだったから、ついそう問いかけたのだけど……。
「いや……聞いた覚えくらいは、あるなと……」
笑って誤魔化したけど、最近隠していない瞳が、笑ってない……。
これに関しても後で聞いてみなきゃなと思いつつ、今は、マルの情報に耳を傾けておくことにした。
現当主は、名をレイモンドと言うらしい。
レイモンドは、セーデン子爵家の四子だったが、一子が当主となってすぐに事故死、二子は女性であったため、他家に嫁ぐことが決まっており、三子は当主となることを拒否。結果として四子のレイモンドがこの座に収まった。
「一子が、事故死?」
「狩りの最中の滑落事故であったようですよ」
高さ自体は大したことなかったのだけど、運悪く乗っていた馬の下敷きになったという。
で、新たに当主となった四子のレイモンドは、幼き頃より顕示欲の強い男であったそうで、当主となってからは特に粗暴が酷く、己よりも地位の低い者に対して、容赦のない対応を取ることで知られているという話だった。
また、狭量で執念深く、下手に怨みを買うと後が怖い人物であるそうだ。
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「じゃあ女中なんかに手を出さなきゃ良いと思うんですけどねぇ」
こんな人にはホント関わりたくないんですけど……と、マル。
「これは……カタリーナが自ら望んでとは、考えにくいな……」
「まぁそうでしょうねぇ……。下手に断ったら、実家まで巻き込んで不興を買います。
実際そういった被害を受けて、他領への家移りを余儀なくされた家もあるようですし。
ですから、カタリーナに拒む選択はできなかったと思いますよぅ」
なんて、酷い……。
そうやって身篭ったジーナを、カタリーナはそれでも大切にし、今日まで育ててきたのだ。
「レイモンドの妻は? 悋気の強い女ならば、夫が外で作った子を集めるなどしたら、怒りを買うとしか思えないが」
オブシズの質問。
それは俺も同意だ。
だって、不況を買わぬために、ジーナが生まれもしないうちから、カタリーナを懇意の商家に押し付けるなんてことをしたのだろう?
「状況が変わったのじゃないですか?
レイモンド、浪費が激しい男でもあるようで、妻の実家も資金援助を渋りだしている様子なんですよ。
それで、子を嫁がせて新たな血縁を得ようとしているんですけど、正妻には娘が一人しかおりません。
でもその娘はここで使いたくないみたいでねぇ」
代わりの娘を用いようとしている……ということか。
「貴族との血縁を欲する商家にばら撒く娘が欲しいんですよ。
実際そうされたカタリーナからしたら……娘を差し出すなんて、とんでもない! って、思いますよねぇ。
でも……その事情が分かったとしても、僕はカタリーナと手を切って欲しかったんです。
カタリーナを守るために我々が取れる手段は、限られます。僕が今思いつく手は三つ」
ひとつ、拠点村に神官を置くことを了承すること。
前にも述べた通り、それは獣人を置いているこの村にとっては自殺行為だ。
「次のひとつ、ジーナを孤児にする」
「マルクス、なんてことを言うんだ⁉︎」
マルのとんでもない提案に、オブシズが怒りの声を上げた。
うん。到底選べないけれど、マルならば、手段としては出してくるだろうと思っていた。
ジーナを狙っているレイモンドが本来欲しいのはカタリーナではない。カタリーナが守っているジーナだけなのだ。
ジーナが孤児となれば、もう神殿の許可を取っている孤児院に、ジーナを加えることができる。
孤児院は神殿の管轄だ。だから、レイモンドは手出しできない。できないが……当然、カタリーナとジーナは共に暮らせなくなり、親娘とは名乗れない身となる。
「最後の一つは、レイ様がカタリーナを妾として囲うです。まぁ、レイ様じゃなくても良いんですけど」
それも、言ってくるだろうと思っていたけれど……。
思っていたけれど、言葉にされると正直、重かった。
俺がカタリーナを妾とすれば、他の貴族はカタリーナ共々、ジーナにも手出しなどできなくなる。
レイモンドがジーナの父であろうと、もう既に彼は二人を手放しているのだ。だから、俺がカタリーナらを手中に置くと先に宣言、手続きを済ませれば、ことは収まる。だけど……。
俺はサヤを守るためにも、サヤのみしか受け入れられない。皆にも、公にも、サヤしか望まないと公言している身だ。
サヤは異界の娘であるため、俺とは種が違う。だから、俺の子を身籠ることはできない。と、本人にも言われた。
そんな中で俺が妾や第二夫人を得て、あまつさえそちらが身籠ることになれば、サヤの立場を悪くする。
子が産めない正妻など、妻の一番の役割が果たせない者など、当然周りは望まない。そうなれば、一庶民でしかない彼女は、簡単に正妻の座を追われてしまうのだ。
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それと、マルは伏せたけどもう一つの手段が俺には残っている。
ジーナを、セイバーン男爵家の養子にすることだ。
だが、カタリーナを妾とすることも、ジーナを養女とすることも、カタリーナ自身が承知しないだろう。
だってそれは、レイモンドがしようとしていることと、同じことであるから。
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「…………その他の手段を、探す」
「そんな都合の良い手段が出てきてくれれば良いんですけど…………。
まぁ、今はとにかく、時間を稼いでおくしかないですよねぇ。
ブリッジスをできる限り長く、誤情報で踊らせます。
でも、ブリッジスがレイモンドを担ぎ出してきたら、もうお手上げですからね?」
◆
「手押し汲み上げ機の量産、やっぱり一番の問題は燃料費……。木炭ですね……」
「外枠を鋳物にするというのは良い提案だと思ったんだけどなぁ……金属が液状になるまでの温度を維持するとなると……うーん……これじゃ金貨二枚も削減できない?」
「下手打ったら削減どころか追加になりそうです」
「もう数量制限掛かってきたかぁ……」
セイバーン領内に流通する木炭の値段が上がった。
まぁ、春にはありがちなことなのだけど、今回のものは明らか、オゼロによる価格操作だろう。通常ならば、越冬によって中断を余儀なくされていた、木炭とするための木材伐採が再開されれば、自然と下がってくるものなのだけど……、六の月を目前にしてその兆しが見えてこない……。売り渋りが始まっている証拠だ。
「そうなるのは見越して、ある程度は先買いしてましたけど……こんなの一瞬で吹き飛びますよねぇ」
「父上の車椅子制作で、冬のうちに結構消費してしまったからなぁ」
オゼロは既に、セイバーンに対して木炭の販売量を極秘に制限しているのだろう。
この状態があまりに続くと、ブンカケンだけにとどまらず、領内のありとあらゆる仕事を圧迫し続けることになるから、早急になんとかしなければならないのだけど……。
「と、なると新たな燃料の確保が結局、大切になってくるのですけど……これしようと思ったら、炉の製作等に最低三年はかかりますよね」
「…………それもほんと現実的じゃないんだよなぁ……出費が跳ね上がって経費削減どころか、手押し汲み上げ機の料金を刎ねあげることになってしまう……」
木炭で得られる最高温度では、大量の鉄を液状にするには至らない。
だから、鋳型を用いて手押し式汲み上げ機を作るためには、もっと高温を得る手段が必要だった。
「あるんです。木炭よりも高温を得られる燃料。レイシール様たちもご存知だと思いますけど、石炭。これです」
「……石炭の最高温度は木炭とさほど変わらないと聞いているけど?」
「はい。石炭のまま使うのではそうなります。そもそも、爆ぜたりしますし危険で、あまり使われていませんよね。
ですが、石炭の不純物を除去することで、二千度近い温度を得られますし、質の高い高温を維持できる物質に生まれ変わらせることができるんです」
「不純物を取り除くって言っても……石炭自体、固形物だよ。どうやって固形物から不純物を除去するの……?」
「お二人には、もうその方法を一度お見せしていますよ」
意味深なサヤの言葉。
マルと顔を見合わせ、さて、見せられたっていつの何だろうなと考えていたところ……執務室に孤児院の職員が駆け込んできた。
「レイシール様! 子供たちが!」
子供たちが、職員に襲いかかった…………そう、言われた。
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侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
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