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流民と孤児 5

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 母親が病の子供三人は、孤児らの中でも孤立している。彼らだけは服の中に食べ物を仕込まないし、風呂にだって出向くから、身綺麗だ。
 何故かというと、綺麗にしてないと、治療院の母親に面会できないのである。
 身体が弱っている状態だから、少しだって悪いものを近づけないためだと言われたら、彼らはそのためにできる努力を精一杯する。
 例えそれが、他の孤児らの反感を買おうとも。
 そんなわけで、だいたいはその三名で固まっており、彼らは食事量も、正常範囲内だ。お互いに気を配り合うこともしている様子。
 二十七名の中では、一番手のかからない子たちだ。

 次に形成されている集団が、女の子の集団。十六人という大所帯なのだけど、その中にも組み分けが存在する様子。
 年長者の四人からなる集団が中心となっているみたいだけど、その四人もいまいち集団らしくないというか……なんだか、貴族社会と似た構造であるように思う。ようは、優勢劣勢があるように感じる。
 上位の四名……その中でも特に二名の意向が、この集団の行動の決定付けをしている様子。
 彼女らは、人前で肌を晒すことを極端に嫌がる。だから新しい服に着替えさせる場合も、寝室に閉じこもり、見られないようにしなければ、着替えない。
 女性職員であっても中に入れない。
 問題行動は少ないけれど、どう手をつけて良いやら困る感じ。
 それと、気になる点が一つ。
 十六人の中に一人、すぐに体調を崩してしまう娘がいる。腹痛やら嘔吐やらを繰り返すから、ナジェスタに診察してもらおうと言っても、聞かない。心配だ。
 とりあえず、今は様子をを見ておき、頃合いでまた、声を掛けてみようと思う。

 残りが男の子の集団。現在、最も問題となっているのが彼ら。
 八名が常にいがみ合っている。
 そのうちの五名は元々窃盗団の一員で、お互い仲間と言える間柄であったはずなのだけど、今は何故か争いが絶えない。
 ジェイド云く、頂点を見極めている最中とのこと。

「チッ、俺が行って全員叩き潰しゃ、一発だっつうのによ……」
「だから駄目だぞ」

 窃盗団にいた時は、上の大人が指示者であり、頭はそちらが指名した。だから皆がそれに従っていたのだと思う。

「何か、良い方法って、ないものかな……」
「あるだろ。お前が頂点って示しゃ良いンだから」
「だから、力や物で示すんじゃなくって、もっとこう……他の方法だよ」
「知るか」

 ……つまり自分で考えろってことですね。
 気を取り直して、もう一度硝子筆を墨に浸した。

 ……近々、何かしらの事件が起こるのじゃないかと、思っている。
 最近のあの子たちはよくイライラしているし、人の目があり、序列をつけようにも邪魔が入り、思うようにことが進まない環境に、腹立たしさを隠せない様子。
 だんだんと、空気が張り詰めていっていると感じている。
 その糸が切れるのを待つしかないとはいえ、それが彼ら自身を傷付けるようなことにならないかが心配だ……。
 ハインの時みたいに、心に傷が残るようなことには、ならないでほしい……。

 本日の日誌を書き終わり、俺はその紙に穴を開け、書類ばさみに纏めた。
 孤児の子らと接する時間は、毎日必ず作るようにしているのだけど、仕事もあるから、思うように時間を取れていないのが現状だ。
 けれど、毎日会っていれば、やっぱり変化は見えてくる。
 とりあえず今、この中では男の子たちがちょっと、心配だ。

 書類ばさみを棚に戻し、そろそろブンカケンの方の仕事に戻ろうかと、気合を入れ直したのだけど……。
 コンコンと、扉が叩かれた。

「レイシール様、カタリーナが到着しました」
「え……今?」

 しかもこの時間って、まさか朝一番の馬車で来た⁉︎

 孤児らの管理が始まり、ちょっと問題は多いものの、当初の約束通りにカタリーナを呼ぶこととなった。
 本当はもう暫く落ち着いてからにしたかったのだけど、もう孤児がいることを知られれば、神殿が何を言ってくるか分からない。
 アレクセイ殿の顔を立てなければならないということもあって昨日、そろそろこちらに来てもらえるよということを、手紙に記して送ったばかりだった。
 明日以降なら、いつでも受け入れ可能と記し、こちらにくる期日を知らせてほしいと記しておいたのだけど、連絡はすっ飛ばして、早々に来てしまったという。

「追い返しますか」
「こら。そんなことするわけないだろ。今行くからちょっと待って……あっ、サヤ、カタリーナたちの入る部屋、もう確保できてたっけ⁉︎」
「はい。女長屋の一つを確保してあります。
 あ、でも……他の流民家族と同室になるので、もしカタリーナさんが嫌であれば、また別を当たろうと思っています」
「分かった。とりあえず一回確認する。
 サヤとハインと……オブシズ、一緒に来てくれるか?」
「僕は良いですか?」
「マルは二人の研修をお願い」

 現在マルには、アーシュとクロードに土嚢壁管理をお願いするため、情報共有を兼ねた研修をお願いしていた。
 こちらも時間が押しているから、気にせず進めておいてくれと言い置いて、俺たちは部屋を出る。

「昨日の今日で荷物とか大丈夫だったのかな……」
「元々少なかったですし、あちらにはワドさんがいらっしゃいますから」

 ギルはまだ王都より戻らない。現在メバックのバート商会は、ワドが一手に引き受けていた。
 執事とはいえ、元々はバート商会勤続四十年以上の熟練使用人であるワド。望めば、暖簾分けだって許されたろうに、ギルがまだ子供である頃に、彼の補佐に徹する道を選んだ。
執事に転職して長いのだけど、それでも彼の采配は衰えていない。いつも日陰に立ち、ギルを支えてくれているのだ。

「カタリーナ、待たせて悪かった。
 もう来たと聞いてびっくりしたよ、こんなに急がなくても良かったんだぞ?」

 カタリーナが待たされていた応接室は、一番簡素な家具の部屋。
 ここは、一般の職人とやりとりするための部屋としている。あまり過度な装飾は、彼らを萎縮させてしまうから、あえてこうしているのだけど、カタリーナは、その部屋ですら怯え、身を固めていた。
 けれど、隣のジーナはパッと表情を明るくしてくれた。

「ジーナ、元気そうで良かった。メバックでは楽しくできていたかい?」
「うん!    おともだちできたよっ。また来たときはあそぼうって、やくそくしたの」

 ジーナは随分と明るくなっていた。
 ハキハキと喋るし、こちらの態度を伺う様子も無い。だけど、せっかくできた友達と離れてしまったのは、悲しく感じている様子。一瞬だけ表情が陰った。
 でも、母親を心配させまいと、それを隠し、明るく振る舞う。

「そうか。メバックなら近いから、遊びに行くことも、来てもらうこともきっとできるよ。
 そうだ。メバックとはね、近く辻馬車が通るようになるから、行き来もしやすくなる」

 元気付けたくてそう伝えると、パァッと蕾が花開くように綻んで。

「ほんとう⁉︎」
「うん。六の月には運行が始まる予定」

 その言葉に、期待を込めて母親の方を見たジーナは……胸の前で結ばれていた両手を、そのまま静かに、膝の上へと戻した。

「そうなんだ……うれしいなぁ」

 力のない、言葉。
 期待しては駄目なのだと、分かっているとでもいうように。そして……。

「今日は、わんちゃん、いないの?」

 話題を逸らした。

「うん……今は訓練で、ここを離れているんだ。ごめんジーナ」
「ううん。元気ならいい」
「元気だよ。元気に勉強してる」

 子供なのに……。
 だけど、ジーナが気を使ってしまうのも頷ける。
 それくらいカタリーナは、精神的に追い詰められているように見えた。
 俺が視線を、ジーナからカタリーナに戻しただけで、肩を緊張させたのが分かる……。

「……カタリーナ。この時間にここへ到着するなんて、朝も早かったのだろう?
 荷物の整理もあるだろうし、まずは、今から暮らしてもらう、借家へ案内するよ。
 急ぐ仕事も無いから、今日は一日、荷物の整理に時間を割いたら良い。
 一応、長屋の一室を確保しているのだけど、まずは一回見てみて。
 気に入らないようだったら、別を用意するから」

 あぁ、嫌だ……。
 カタリーナの雰囲気、それが嫌で仕方がない。
 これは、良くない……嫌な感じだ。
 ジーナに視線が向いていない。なのに、ジーナの腰に回した手を、片時も離そうとしない。
 怯えが……伝わってくる。まるで大量の針が、全身から伸びているみたいに、カタリーナは極限まで緊張し、今にも破裂しそうだ。
 この感じ、俺には身に覚えがある。忘れたくても忘れられず、何年も引きずってきた、あの記憶……。

 まるで、泉に向かう前の、母様みたいだ……。

「サヤ、案内してもらえる?」

 そう言い席を立ち、ハインとオブシズには、ここに残るよう目配せした。
 サヤも不安そうに俺を見ていたけれど、大丈夫、分かっているからと頷いておく。
 カタリーナの視線の動きから、彼女の緊張が、男性に対してなのだと理解できたから、二人を置いていくだけだ。こちらに気付かないよう、離れて付いてくる分には構わない。
 カタリーナは、とても怯えている。男に対し警戒している。だけど、ハインやオブシズが恐怖の根本じゃない。俺も違うだろう。そうじゃない、別の何かがある……。

 もっとしっかり、カタリーナの心を探りたかったけれど、俺の視線は彼女を今以上に不安にさせるに違いない。そう思ったから、広の視線で、それとなく見ておくだけに留めた。
 万が一、ジーナを巻き込み暴走するようなことがあれば、すぐに取り押さえられるよう、意識だけは切らさず、向けておく。
 そうして応接室を出て、徒歩で外に向かった。

 全く言葉を発しないカタリーナに抱きかかえられるように、ジーナは母に、ピタリと身を寄せて歩く。
 その姿が過去の自分と重なり、胸が苦しい……。ジーナ……この子を悲しませるようなことだけは、起こってほしくない……。

「……そうだ。先に、説明しておこうか」

 カタリーナを刺激しすぎないように、少しゆっくりとした口調を意識した。
 どこに連れて行かれるのか、警戒している素振りを見せたから、先に目的地を教えておこうと思ったのだ。
 ただ黙って歩いても緊張が増すばかりだし、少しでも、気を逸らすことができれば……。

「用意したのはね、女長屋の一室だ。
 この長屋、流民の母子だけを集めている長屋でね、男性は極力近付かない環境にしてある。
 水路で囲われていて、出入りできる箇所も限られているし、一応、職員に男性もいるのだけど、最低限の人数だし、通いだから。夜間は女性職員しか在中していないしね。
 あいにく一部屋を丸々確保するのは難しかったから、カタリーナと同じ、母娘の親子と同室になるのだけど……」

 最後まで言い切る前に、カタリーナの様子が一変した。
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