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流民と孤児 4

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 孤児らは相変わらず慣れてくれない。
 衣服の新しいものを与え、着替えさせることには成功したものの、結局古い服は自分の持ち物。絶対に奪われてなるものかとばかりに、皆が各々の場所に隠してしまった。
 そのうえ相変わらず、食べ物を服の中に隠す。おかげで服が汚れてしまうのだけど、それを気にすることもない。
 また、垢まみれの汚いままであるから、衣服を変えたところで結局汚れるし、すえた臭いは相変わらずだ。
 ただ……一度に食べる量は、だいぶん減って来たように思う。
 お代わりの回数も半分くらいになったし、食べきれないものは他に分ける……ということを、始めた子もいた。残すという発想には行き着かないのだ。どうしても残りそうな場合は、無理をしてでも食べ切る。気持ちが悪くなるまで食べる。

 それは、今までどれだけ飢えていたかということだから、自然と満足するまでは、何も口出しをしてはいけない。と、皆には言い聞かせた。
 ただ、今にありったけを詰め込まなくても、これからはずっと、ご飯があるのだと、それをただ、伝え続けるだけに徹しようと。
 隠して持ち歩かなくても、もう飢えさせないのだと。

「……本当は、職人らだって、こんなには食べれてないのに……」
「贅沢だよな。腹一杯に詰め込めるって」

 そんな風に言う者もいたけれど、これはこの子たちの、今までの飢えが招く暴走なのだと伝えた。
 今だけなのだ。そのうちちゃんと落ち着く。だから、子供らに向かってそんな言葉を言ってくれるなと。

「……俺自身に、身に覚えがあるんだから仕方ないよ……。
 持って良いってサヤに言われてから……何をどれだけとか、どこまでならとか、その加減が全然分からなくて、初めは特に、ちょっと変だったと思うし……」

 そう言うと、ハインが初めだけのつもりかよ?    と、言いたげな半眼で俺を見る。
 い、いや……そりゃ確かに、サヤに対してこう……我ながら結構拘ってしまっているなというか、心が狭いなとか、嫉妬深すぎじゃないかとか、思って凹むこと、未だにあるけども。

「……飢えって、そういうものだと思う……。お前だって、初めは同じことしてたろう?    服の中や枕の下に麵麭や果実を隠したりさ……」
「記憶にございません」

 プイッとそっぽを向いたハイン。いや、覚えてるからそうやって顔を背けるんだろ?
 ジェイドにも自覚があるようで、視線を合わせてくれない。
 まぁつまり、二人にだって身に覚えがあるのだから、少しくらい大目に見てやってほしいと思うのだ。

「今まで枯渇していたんだよ。心がずっと乾涸びていたんだ。だから、そこを潤すまで、満たすまで、他の人には足りる量でも、彼らには足りない。それだけのことだろ。
 特に、今は親が病の子が三人混じっているし、自分には無いものを持っている奴が、自分と同じ扱いを受けているってことに、反発があるのだと思う」

 その三人以上に得ようと、自分の方が沢山を持っているのだと、そう感じたいのだ。
 彼らが意識しているかどうかは分からないけれど、俺にはそう見える。
 だから、少々乱暴であろうと、無茶苦茶であろうと、今は受け入れてあげなければと思うのだ。

「気を許せる人間が、一人もいない環境に、急に押し込められているんだよ、あの子たちは。
 俺たちに危害を加える気があるかどうかなんて、彼らには分からない。
 今までの経験からしか、先を推し量れないんだから。
 だからもう少し、許してやろう。自分の足元が崩れないのだって理解できるまで、こちらの都合で色々を急ぐべきじゃないよ」

 気持ちで理解できなければ、例え彼らのためのことであったとしても、全てが暴力と一緒なのだ。

「……あー……くそっ!」
「洗い物をしてきます」

 一生懸命伝えたのに、二人は不機嫌な顔のまま、部屋を出て行ってしまった。伝わらなかったのかな……と、少し気落ちしてしまう。
 孤児であった二人だからこそ、分かってくれると思っていたのに、どうにも上手く、伝わらない……。
 溜息を吐いて、書類仕事に戻ったのだけど、そんな様子を黙って見ていたオブシズは、彼らの態度に違う印象を受けたらしい。

「……あの二人が腹を立ててるのは、子供らにじゃないと思う」
「どういう意味?」

 そう聞くと、何故かポンポンと頭を撫でられ……。

「お前がそれくらい、あの子らを大切に思ってるっていうのが、あの子らになかなか伝わらないのが、もどかしくて腹立たしいんだろ」

 と、そんな風に言われた。
 ……………………え?
 だけどあの二人、俺のやることにいちいち、嫌そうな顔をしていたんだぞ……?
 そう思ったのだけど、マルも、ですよねぇと、意見はオブシズ寄りである様子。

「僕からも言ったんですけどねぇ。レイ様胆力お化けなんだから、これくらいのことじゃへこたれませんし、気にするだけ無駄ですよって。
 実際貴方は、時間が掛かって当たり前って思ってるみたいですし、焦ってもいないのでしょう?    だから、気を揉むだけ損なんですけどねぇ」

 硝子筆を置いて、サヤにお茶くださいとマルは言う。温かいのが良いですか?    と、聞くサヤに、ある分で良いと、冷めたお茶を所望した。
 そうして、注がれたそれをこくこくと飲み、一息着いてから。

「そもそもハインの時だって、周りから見てたら相当じれったい時間の掛け方して、ちまちまコツコツ関係を作っていってましたもん。
 距離感測って、踏みこめるギリギリまで踏み込んで、それにハインが慣れるまでじっと耐える……みたいな感じです。
 そんなことやってた人が、今更焦ったり急いだりなんて、するわけないじゃないですか。
 ……ハインの場合、獣人特有の感情の荒れもあったし、傷害事件まで起こしてるし、絶対に手懐けるのは無理だって思ってたんですけどねぇ」

 クスクス笑うマルに、シザーまでこくこくと頷く。
 ハインが従者見習いの時、シザーはハインとよく衝突していた。
 無口な彼だけど、譲れない部分は頑として譲らないのだ。

 従者見習いになった当初、ハインは罪悪感から暴走し、過保護になりすぎることがあった。
 俺に手を使わせないよう、なんでもやろうとするハインを、俺もまだ御せずにいた。従者を持ったこと自体が初めてだったから、俺も彼の扱い方が、まだよく分からなかったのだ。

 シザーは、なんでも先回りしてしまうハインが、俺の指を壊死させていっているように感じていて、だけど言葉でそれを説明できなくて、年度末の進学試験で組まされた時、俺に指を使わせようとし、練習時間をほぼそれに注ぎ込んだ。
 ハインにはそれが、俺に対する侮辱に見えた。それで怒ってブチ切れて暴れて……という、結構な修羅場だったのだよな。

 結果的にギルが仲介に入り、シザーの言い分を根気強く聞き出してくれて、彼が俺の指を少しでも動かせるようにしようと、一生懸命動き、労力を割いてくれていたと知った。
 その気持ちを汲んで半年指の稼働訓練を続け、実際に少しだけ、指が動くようになり……それで二人は、和解したのだ。

「あれは見ものでしたねぇ。びっくりしました。感動的な展開でしたよほんと」
「……俺はお前が、そんな昔から俺のこと観察してたのかっていう……その事実の方がびっくりだよ」

 因みにこの時、マルはまだ上の学年で、俺は存在を知りもしなかったのだ。

「ま、話を戻しますけど。
 あの二人は僕らも注意して見ておきます。
 でも、レイ様だって、あまり気にしなくて良いと思いますよ。
 どうせあの二人も、心の奥では分かってるんです。貴方のやることを否定しようだなんて風にも、思ってない。
 だけど、裏切られた貴方ががっかりするのが見たくなくて……ああしてやきもきしてるだけです。
 …………裏切られるだろうことだって、覚悟しているんでしょう?」

 意味深にニヤリと笑って、そんな風にマルが言う。
 ……うん。それは、覚悟してる。
 と、いうか。必ず起こることだと、思っている。

 彼らがこの場を受け入れるためには、ある儀式が必要なのだ。
 自分の足場を確認するための儀式。それはまだ、行われていない。
 彼ら自身が本当の意味で納得し、俺たちを受け入れるためには、その過程が必ず必要なのだと、俺は思っている。

「まぁ、それを許すための準備はちゃんと行ってますから、レイ様は気兼ねなく、思うようにしてくれたら良いですよ」

 カラッとそんな風に言い、作業に戻るマル。

「とりあえず身の安全は俺たちが守るから。ハインに身体の怪我だけは、心配させないようにする」

 オブシズもそう言ってくれ、シザーも任せて!    と、拳を握った。
 そんな俺たちのやり取りを、サヤはニコニコと笑って見ていて、最後に「私もお手伝いします」と、言葉を添えてくれ……。
 その温かい雰囲気に、俺の多少はすり減っていた気持ちが、癒されるのだった。
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