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新風 13

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「仕掛けて来るだろうというのは、考えていらっしゃったのですか?」
「うん」

 訓練所に足を進めながら、このことはサヤには内密にと、約束を交わした。

 サヤのいない所でこんなことがあったなんて知られてしまえば、彼女は怒るし、自分を責める。
 今回の人物には、とにかくサヤを関わらせたくなかったものだから、上手いこと釣られてくれて、良かったと心底思っている。
 まぁ、思っていた以上の大物が、おまけについてきてしまった感じなんだけど。

 ホッと胸をなでおろしていると、クロードより……。

「それにしても……先程の輩は何故、諦めるに至ったのでしょう……」

 との質問が。

「懐に襟飾をしまっていたみたいだったから、ここで意識を手放したら、主人殿の身元が判明してしまうよって脅したからかな」

 そう答えると、少しの沈黙の後、また別の質問が返ってきた。

「…………何故襟飾がしまってあると思われたのです?」
「襟に跡が残っていたし、胸元を気にする素振りがあったし、他二人が意識を手放していないことを確認していたから、身元を証明する何かを所持していて、引くべきか否か思案しているんだと思ったんだけど」
「……………………ちょっと待ってください、あの場の判断なのですか?」

 信じがたいと言いたげなクロード。それにオブシズは苦笑気味だ。

「そもそも、なんで黒幕がいると思われたのです?」
「十一人の表情と緊張感に、ばらつきがあったからだよ。
 あの三人だけ、本気度合いが違ったし、担がれていた方の意思や思考を念頭に置いている節が無かったから。
 クロードのこと、分かっていたろうに、忠告ひとつしなかったし……、彼の方は、ただ言い訳としての、囮なんだろうなと」
「クロード様、レイシール様は読心に長けていらっしゃるので、ちょっと我々では気付き難いようなことも、推測できてしまうみたいなんですよ」
「読める範疇のことなのですか…………⁉︎    あの短時間で、十一人ですよ?」
「一人一人を確認してるんじゃないんだ。広の視点といって、全体をふんわりと把握する視界の取り方を、前にサヤが教えてくれてね。
 ずっと練習してきたから、だいぶん広い範囲が認識できるようになってきてて、それで状況把握が格段に早くなった」

 俺の説明に、二人は顔を見合わせて、オブシズは苦笑。クロードは困惑。
 だけどこれは本当で、読みに関しては、広の視点がすごぶる有効だったのだ。

 それまでの俺は、表情や視線の動きを判断材料にしていたのだけど、広の視点によって、ざっくりと大まかなものでよければ、場全体の雰囲気が掴めるようになった。
 一人に集中していられるならば、ちょっとした肩の揺れや、指の動きなど、全身を余すことなく網羅できるから、まるで少し先の未来が見えているかのような感覚なのだよな。
 つま先に体重がかかったことが分かれば、次は踏み込んでくるだろう……とか、肩が跳ねれば、図星なんだな……とか、表情と視線の動き、その答えを身体の動作が補足してくれる感じだ。
 コツを掴むまでが長かったけど、分かったら一気に楽になった。

「とは言っても、結局短剣じゃ、やれることが限られるし、宝の持ち腐れも良いところなんだけど」

 左手を使うようになって、剣を受けること自体は体力の続く限りできるようになったけれど、戦力としては、全くと言って良いほど、足しになっていない。

「さっきの彼の方。多分また来るのだろうなっていうのは、井戸の時の表情で分かっていたし……ああいう方の思考だと、今度は人目につかない、邪魔の入らない場所でって思うのだろうなって。それと、きっちりこちらの対応を教えておかないと、しつこく来そうだったから」

 洗礼が黙認されていることから、その返礼だってある程度目溢しされているのだろうことが推測できたし、流血沙汰だけ避ければ問題無いだろうと考え、あの喧嘩を買うことにしたのだけど、抜剣して、俺たちに怪我を負わせることを厭わなかったことで、これは洗礼に見せかけた妨害行為なんだろうという結論に至った。
 だから、脅すだけじゃなく、情報を極力引き出そうと思ったのだけど……。そちらは流石に、なかなか掴ませてはもらえそうになくて、ここで得られるものは得られたと思った段階で、ケリをつけたのだ。

「伯爵家以上か、もしくは長より上の役職……ってなると、もう大臣のどなたかしかいない感じだけど」
「ではやはり、オゼロ公爵様……⁉︎」
「どうかな。上の方だと思い込まされて、気が大きくなっていただけって可能性も大いにあるしね。
 あの三人も、顔を晒していたから、直属の上司を俺たちに知られることは、織り込み済みだと思うんだよ。だけど、懐の襟飾は気にした……」
「…………顔割れは厭わないのに、襟飾は駄目……?    そんなことってありますかね」
「普通に考えれば無いけれど、使い分けているんだと思うんだよね」
「使い分ける?」
「表の職務と、裏の職務。仕えている相手が、違うんじゃないかな」
「っ⁉︎」

 まぁその辺りのことは、彼らの外見的特徴をマルに伝え、調べてもらおうと思っている。
 身の安全を優先し、深追いを避けたのも、こちらにマルという奥の手があるからだ。
 ここで無理してまで情報収集に躍起にならずとも、彼の分析があれば、あちらが想定している以上の情報が得られると、俺は確信を持っているから。

「だから今は、あそこら辺が妥当だったと思う。
 これで俺たちを簡単には処理できないって、裏の方には分かっていただけたろう。
 公爵家が関わっているかどうかは、次の対応で考察できると思う。今はここまで分かれば充分かな」

 あの程度では、俺たちは引き下がりはしないと、理解していただけたはずだ。
 今回殺気は無かったから、少々手傷を負わせ、脅しをかけるだけのつもりであったのだろうけど、次の出方しだいであちらの望みもだいぶん絞り込めると思う。
 そうすれば……もっと、視界が開けてくるはずだ。

 オゼロとは限らない。アギーやヴァーリンだって、一枚岩では無いだろうし。今の情報量でそこまで絞り込めるとは思っていない。
 ただ……影を持つ家なのだろうとは、考えていた。
 顔を共有し、表と裏に立場を持つなんて、組織で相当な工作を重ねなければ、成立させられないだろうから。

 だから、公爵四家と、ジェスル…………まずはこの五家が、候補の筆頭だ。

「マル、そろそろ終わってる?」

 無事訓練所まで到着し、マルとの合流を果たせた。
 思っていた通り、打ち合わせは終了していて、これから俺たちを探しに行こうかと考えていたらしい。

「どうやら単独行動は控えた方が良さそうだよ」
「おや。またちょっかいですか」
「うん。さっきの方だったけど、それを利用した別口」

 かいつまんで状況を説明し、襲撃者の特徴を伝えると、調べておきます。とのこと。
 リカルド様はご立腹であったけれど、今度は返り討ちにしたとお伝えしたら、溜飲が下がった様子。そんなに腹立たしかったんですね。

「でも、許したんですかぁ。お優しいですねぇ」
「焚きつけられたにせよ、二度目なんですから、役人に突き出してやっても良かったと思いますけどね。実際下手をしたら怪我じゃ済まなかったんですから」
「今回はあくまで、洗礼に対抗しただけとしておく方が、穏便かと思ったんだ。こっちが気付いてることは、当事者にだけ伝われば充分だろう?
 それに……実力差は歴然としていたし、皆大丈夫だと、思っていたから」

 二人とも、何を言わずとも鞘ごと剣を抜いたのだ。抜剣した者を相手取って、普段より重い鞘付きの剣を振るうなんて、実力と自信が伴わなければ、取れない行動だろう。
 まあ当然、三度目を許すつもりは無い。そこまではしてこないと思うけど。
 今度はちゃんと、陛下が直属の上司って伝えておいたし、更に上なんて存在しないから、担がれる心配も無いだろう。

 そんな風に話す俺たちから少し離れて交わされた、クロードとリカルド様の会話は、俺には届いていなかった。

「兄上……レイシール様は、予想外のお方でした……」
「なんだ、もう後悔しているのか?」
「いえ……思い違いをしていたのだと、気づいたのです。
 私は彼の方を、美しい声で歌う大瑠璃オオルリだと思っておりました……。ですが彼の方は……ただ美声を響かせ鳴くだけの小鳥ではございませんね。強いて例えるなら……雀鷹ツミ……でしょうか。
 自覚はしておられぬようですが、我が主と定めた方は才器……炯眼の士です」
「大瑠璃。
 ……雀鷹………………くっ」

 急に笑いし出したリカルド様に、訓練所の皆がビクリと反応。しかしすぐ視線を逸らし、引きつった顔で見ないふり。
 俺は珍しいこともあるものだなぁと、楽しそうな二人につられ、口元が綻ぶ。

「弟の前だと、リカルド様も普通に笑うんだな」

 それに対し、マルとオブシズは、ちょっと意味ありげな微苦笑。

「……そうなんですかねぇ……」
「あれ絶対レイシール様案件だよ……」
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