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新風 11
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会議室を出て、クロードの助言により、あまり目立たぬ場所を通って、騎士訓練所に向かうことにした。
彼の教えてくれた道は少々遠回りであったけれど、成る程。確かにすれ違う人数も少なく、気が楽だ。
公爵家の彼がいるのだから、気にせずどこでも通れば良いのかもしれないけれど、俺は別に、特別反感を買いたいわけでもなかったし、ずっと王都にいるわけでもない。
今日を乗り切れば済む話なら、極力穏便にいきたかった。
それと、ほんの少しの懸念……。その対策を兼ねて。
まぁ、杞憂で済むことを期待してはいるのだけど、念のため、想定だけはしておく方が良いかなって。
道行く中で洗礼について、今一度話を聞いたのだけど、成人前で仕官する者は、年に一人か二人であることもザラで、大抵は孤軍奮闘しなければならないらしいのだが、今年は女性陣の参入があり、洗礼の標的は比較的多い。
そういった意味では、仲間に恵まれ、少し楽な年なのかもしれない。
「逆にレイシール様は、長として、ただお一人の参入。前例も、無いに等しいものですから……」
「悪目立ちしているかもしれないって?」
「は……」
「まぁそれは元々、分かっていたことだしな」
良さそうな小石を見つけて、それを手に取った。うん、重さも具合良い。上着の懐に放り込んでから、次を探す。
正直今回、俺自身がどうこう言われることは、全く気にしていなかった。
今までだって、似たり寄ったりのことを言われ続けてきていて、慣れているわけで、俺にとっては当たり前に通る道という認識。
どうせ何をしたって言われることで、聞き流せば済むことだ。
だから、会議の時に言ったのが、正直に言えば、俺の本音。重要なのは、何事にも振り回されることなく、求められた役割を、きちんとこなす。それができるか否かだけだった。
「領主代行になった時だって、似たようなものだったし、ある意味慣れてきたのかもしれない。
見てくれている人はいる……きちんと形を見せれば認められるってことも、身に染みて分かってるし。
何もないうちから求めない分、他の方々より気が楽なのかもな。
まぁ、邪魔をされるのは困るけれど、影で何か言われる程度なら、今はもう、気にならない」
だけどサヤは、そうもいかない。
彼女の場合は、身に刻まれた恐怖を呼び起こしてしまうから。
女性に対する洗礼は、能力の有無すら関係無く、性別を揶揄されることが多くなるだろう。
その場合、野卑たことを言われたり、無体なことを想像され、不埒な目を向けられることになる。彼女にとってそれは、何にも勝る苦痛だ。
先程、大司教が俺を舐めるようにして見ていた……あの視線のようなものが、彼女を、絡め取る。
実際の恐怖を体験している彼女には、耐えられない重圧なのだと、今日改めて実感した。
だから……来るならば、今が、良いんだけどな……。
そう思いつつ、見つけた小石をまた拾う。
今度、ジェイドに石飛礫をいくつか貰っておこう。いざ手頃なものを探すとなると、結構難儀することが分かったし。
「レイシール様……サヤは、何か持病を抱えているのですか?」
少し、緊張を孕んだ声音。
それで、思考を切り離した俺は、瞬きをして声の主、クロードを見返した。
聞こうかどうしようか、悩んだ末に、やっぱりと思ったのだろう。俺を伺う表情に、口角を上げて、笑ってみせる。
「…………そういうのじゃないよ。彼女はある種の悪意とかに敏感なだけ。今回は、それが少々、許容量を超えてしまったんだ」
申し訳ないけれど、そういう風に誤魔化しておく。そのうち薄々気付くかもしれないけれど。
「今日一日、色々言われ続けてる。彼女は耳が良いから、きっと俺たち以上に沢山を拾っていて……責任感が強いから、俺たちに迷惑をかけてしまう、申し訳ないって、考える。
それで余計、思い詰めるんだ。
さっきのあれが、決定打になったというだけだよ」
そう説明したのだけど、クロードはどこか腑に落ちないといった表情。
ごめんな。だけど、嘘は言ってないから、今はこれで納得しておいてほしい。
少し歩調を緩めて、俺は庭園の一角で、足を止めた。
ここは薔薇園なのかな……。弓状にしならせた垣根に蔓薔薇がまとわりつかせてある。白と薄桃色の屋根がなんとも見事で、できるならばサヤと二人で散策したい風景だなと思った。申し分ない。建物からも遠いし、この垣根が良い目隠しになっている。彼らも気にいることだろう。
「綺麗な場所だな……無粋なものは本当に、似つかわしくない場所だけど……」
足を止めたのは、ついてきているなと、分かっていたから。都合の良い場所を見繕っていたのだけど、マルと合流する前に見つかって良かった。
「フォーツ様の顔を潰すおつもりか。
せっかく有耶無耶になったのに、なんでわざわざ、蒸し返そうとするんです」
呆れてそう声を掛けたら、一瞬息を飲むような間があった。
「う、煩い。お前が先に、こちらの顔を潰したのだからな!」
バレているとは思っていなかったのか、少し戸惑うような気配の後、垣根の裏から複数の人影。……五、六、……八人。
当然中心は、フォーツ様にいなかったことにされていた彼の方だ。わざわざ人手を増やして再度挑みに来たらしい。
順番とか、どうでも良いと思うんですけどね。それ以前の問題なので。
「いちゃもんをつけて、高価なものを無心するのは恐喝ですよ。俺の主張は至極当然と思いますが」
「なんだと⁉︎」
「それから、そちらの垣根の裏側、まだいらっしゃるの、バレてるんで出てきてもらって大丈夫です」
オブシズが俺に背を向けたまま警戒している先。指摘され、更に三人がしぶしぶ姿を現した。
人数としては先程の三倍……だけど、質的に力不足だなと判断する。とりあえず頭数を揃えただけといった様子で、状況が分からず視線を泳がせている者もいたからだ。
「そこの方、これは集団暴行の現場です。巻き込まれたくないと思われたなら、さっさとこの場を離れてください」
とりあえず泣きそうなくらいにオロオロしている一人にそう声を掛けたら、さあっと、更に血の気が引いた様子。
「しゅ、集団暴行⁉︎」
「たった三人を、二桁の人数で囲って他にすることありますか? こんな人の通らない庭の端で」
その言葉で一歩下がったその方であったけれど……。
「この人数相手に強がったって無駄だ」
いちゃもんの方……名前が分からないのでとりあえず仮にそう呼ばせてもらう……が、せせら笑って、涙目の方を睨んだ。
すくみあがってしまった涙目の方は、逃げそびれて仕方なく、その場に踏み止まることにしたようだ。……やれやれだな。まるでチンピラの所業だ。
意思の統一も図れていないのに、なんで人数だけ揃えれば、我を通せると思うのだろう。
一歩前に出て、名乗りを上げようとしたクロードを押し留め、俺は腹を括る。
広の視線で確認したが、半数は泣きそうな方同様、寄せ集めだと思われる。挙動に一貫性が無く、覇気も薄く、やる気もなさそうだ。
残り半分のうち、二人は先程もいた武官の方で、職務として逆らえなかったのだと推測。最後の三人のみ、意思の統一が図れているのを感じる……目配せが、その三人で完結しており、いちゃもんの方を全く意識していなかった。
その様子に、いちゃもんの方は焚きつけられただけと判断する。
それでこうして、のこのこ出てくるのだから、裏の誰かはそれなりの地位の方なのだろう。伯爵家のこの方が、図に乗ってしまうくらいの、立ち位置の方。
「レイシール様⁉︎」
「……クロードが名乗っても、きっと引かない。男爵家に仕える公爵家の人って、冗談にしか聞こえないよ。
それに、裏に誰かの影がある様子だし、その方がなんとかしてくれると、思っているのだろう。
あの人は自分の好むことしか信じない質の人だ。利用されてるとは思ってないさ」
「…………え?」
「最も左から三、五、九番目。この三人が主軸。あの人と、その両側は昼間、俺にたかった方。主にはこの六人だけ相手にすれば良い。
残りは放っておけば、多分状況を見て、どこかで逃げるよ」
「……え? あの……」
彼の教えてくれた道は少々遠回りであったけれど、成る程。確かにすれ違う人数も少なく、気が楽だ。
公爵家の彼がいるのだから、気にせずどこでも通れば良いのかもしれないけれど、俺は別に、特別反感を買いたいわけでもなかったし、ずっと王都にいるわけでもない。
今日を乗り切れば済む話なら、極力穏便にいきたかった。
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まぁ、杞憂で済むことを期待してはいるのだけど、念のため、想定だけはしておく方が良いかなって。
道行く中で洗礼について、今一度話を聞いたのだけど、成人前で仕官する者は、年に一人か二人であることもザラで、大抵は孤軍奮闘しなければならないらしいのだが、今年は女性陣の参入があり、洗礼の標的は比較的多い。
そういった意味では、仲間に恵まれ、少し楽な年なのかもしれない。
「逆にレイシール様は、長として、ただお一人の参入。前例も、無いに等しいものですから……」
「悪目立ちしているかもしれないって?」
「は……」
「まぁそれは元々、分かっていたことだしな」
良さそうな小石を見つけて、それを手に取った。うん、重さも具合良い。上着の懐に放り込んでから、次を探す。
正直今回、俺自身がどうこう言われることは、全く気にしていなかった。
今までだって、似たり寄ったりのことを言われ続けてきていて、慣れているわけで、俺にとっては当たり前に通る道という認識。
どうせ何をしたって言われることで、聞き流せば済むことだ。
だから、会議の時に言ったのが、正直に言えば、俺の本音。重要なのは、何事にも振り回されることなく、求められた役割を、きちんとこなす。それができるか否かだけだった。
「領主代行になった時だって、似たようなものだったし、ある意味慣れてきたのかもしれない。
見てくれている人はいる……きちんと形を見せれば認められるってことも、身に染みて分かってるし。
何もないうちから求めない分、他の方々より気が楽なのかもな。
まぁ、邪魔をされるのは困るけれど、影で何か言われる程度なら、今はもう、気にならない」
だけどサヤは、そうもいかない。
彼女の場合は、身に刻まれた恐怖を呼び起こしてしまうから。
女性に対する洗礼は、能力の有無すら関係無く、性別を揶揄されることが多くなるだろう。
その場合、野卑たことを言われたり、無体なことを想像され、不埒な目を向けられることになる。彼女にとってそれは、何にも勝る苦痛だ。
先程、大司教が俺を舐めるようにして見ていた……あの視線のようなものが、彼女を、絡め取る。
実際の恐怖を体験している彼女には、耐えられない重圧なのだと、今日改めて実感した。
だから……来るならば、今が、良いんだけどな……。
そう思いつつ、見つけた小石をまた拾う。
今度、ジェイドに石飛礫をいくつか貰っておこう。いざ手頃なものを探すとなると、結構難儀することが分かったし。
「レイシール様……サヤは、何か持病を抱えているのですか?」
少し、緊張を孕んだ声音。
それで、思考を切り離した俺は、瞬きをして声の主、クロードを見返した。
聞こうかどうしようか、悩んだ末に、やっぱりと思ったのだろう。俺を伺う表情に、口角を上げて、笑ってみせる。
「…………そういうのじゃないよ。彼女はある種の悪意とかに敏感なだけ。今回は、それが少々、許容量を超えてしまったんだ」
申し訳ないけれど、そういう風に誤魔化しておく。そのうち薄々気付くかもしれないけれど。
「今日一日、色々言われ続けてる。彼女は耳が良いから、きっと俺たち以上に沢山を拾っていて……責任感が強いから、俺たちに迷惑をかけてしまう、申し訳ないって、考える。
それで余計、思い詰めるんだ。
さっきのあれが、決定打になったというだけだよ」
そう説明したのだけど、クロードはどこか腑に落ちないといった表情。
ごめんな。だけど、嘘は言ってないから、今はこれで納得しておいてほしい。
少し歩調を緩めて、俺は庭園の一角で、足を止めた。
ここは薔薇園なのかな……。弓状にしならせた垣根に蔓薔薇がまとわりつかせてある。白と薄桃色の屋根がなんとも見事で、できるならばサヤと二人で散策したい風景だなと思った。申し分ない。建物からも遠いし、この垣根が良い目隠しになっている。彼らも気にいることだろう。
「綺麗な場所だな……無粋なものは本当に、似つかわしくない場所だけど……」
足を止めたのは、ついてきているなと、分かっていたから。都合の良い場所を見繕っていたのだけど、マルと合流する前に見つかって良かった。
「フォーツ様の顔を潰すおつもりか。
せっかく有耶無耶になったのに、なんでわざわざ、蒸し返そうとするんです」
呆れてそう声を掛けたら、一瞬息を飲むような間があった。
「う、煩い。お前が先に、こちらの顔を潰したのだからな!」
バレているとは思っていなかったのか、少し戸惑うような気配の後、垣根の裏から複数の人影。……五、六、……八人。
当然中心は、フォーツ様にいなかったことにされていた彼の方だ。わざわざ人手を増やして再度挑みに来たらしい。
順番とか、どうでも良いと思うんですけどね。それ以前の問題なので。
「いちゃもんをつけて、高価なものを無心するのは恐喝ですよ。俺の主張は至極当然と思いますが」
「なんだと⁉︎」
「それから、そちらの垣根の裏側、まだいらっしゃるの、バレてるんで出てきてもらって大丈夫です」
オブシズが俺に背を向けたまま警戒している先。指摘され、更に三人がしぶしぶ姿を現した。
人数としては先程の三倍……だけど、質的に力不足だなと判断する。とりあえず頭数を揃えただけといった様子で、状況が分からず視線を泳がせている者もいたからだ。
「そこの方、これは集団暴行の現場です。巻き込まれたくないと思われたなら、さっさとこの場を離れてください」
とりあえず泣きそうなくらいにオロオロしている一人にそう声を掛けたら、さあっと、更に血の気が引いた様子。
「しゅ、集団暴行⁉︎」
「たった三人を、二桁の人数で囲って他にすることありますか? こんな人の通らない庭の端で」
その言葉で一歩下がったその方であったけれど……。
「この人数相手に強がったって無駄だ」
いちゃもんの方……名前が分からないのでとりあえず仮にそう呼ばせてもらう……が、せせら笑って、涙目の方を睨んだ。
すくみあがってしまった涙目の方は、逃げそびれて仕方なく、その場に踏み止まることにしたようだ。……やれやれだな。まるでチンピラの所業だ。
意思の統一も図れていないのに、なんで人数だけ揃えれば、我を通せると思うのだろう。
一歩前に出て、名乗りを上げようとしたクロードを押し留め、俺は腹を括る。
広の視線で確認したが、半数は泣きそうな方同様、寄せ集めだと思われる。挙動に一貫性が無く、覇気も薄く、やる気もなさそうだ。
残り半分のうち、二人は先程もいた武官の方で、職務として逆らえなかったのだと推測。最後の三人のみ、意思の統一が図れているのを感じる……目配せが、その三人で完結しており、いちゃもんの方を全く意識していなかった。
その様子に、いちゃもんの方は焚きつけられただけと判断する。
それでこうして、のこのこ出てくるのだから、裏の誰かはそれなりの地位の方なのだろう。伯爵家のこの方が、図に乗ってしまうくらいの、立ち位置の方。
「レイシール様⁉︎」
「……クロードが名乗っても、きっと引かない。男爵家に仕える公爵家の人って、冗談にしか聞こえないよ。
それに、裏に誰かの影がある様子だし、その方がなんとかしてくれると、思っているのだろう。
あの人は自分の好むことしか信じない質の人だ。利用されてるとは思ってないさ」
「…………え?」
「最も左から三、五、九番目。この三人が主軸。あの人と、その両側は昼間、俺にたかった方。主にはこの六人だけ相手にすれば良い。
残りは放っておけば、多分状況を見て、どこかで逃げるよ」
「……え? あの……」
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