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式典 14

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「お断りします!」
「……何故即答するのですか」

 いや、するでしょ。だって洒落にもならない。普通に考えて欲しい!

「貴方は公爵家の方、しかもベイエルとヴァーリンの血に連なる方なんですよ⁉︎
 何をどうしたら男爵家に仕えようなんて思うんです、おかしいでしょう⁉︎」

 ありもしない恩を恩と感じ、身を差し出してくるなんて、どうかしている。
 だってあれは、そういったものじゃない。感謝されるようなことではないのだ。
 俺は別に、何も望んでいない。
 病のことだって、本当はサヤの言葉をそのまま伝えただけ。

 だけど、そのことは伏せてある。陛下の身辺の、ごく少数の方と、俺の周りにのみ知らせてあることだ。
 サヤが特別過ぎることは、ごく一部の方にしか伝えていない。現状で既に色々が逸脱しているのだから、これ以上は駄目だ。
 秘匿権の殆どがサヤから出てきているだなんて知られてはいけない。そんなことになったら、サヤの身が危険に晒される。
 だから、この方を傍に置くなんて、論外だった。

 先程の、オゼロによる親切の押し売りも困ったけど、これは一層困る!
 だって、この方が俺に仕えるということは、公爵家の目がセイバーンに潜り込むということだ!

「私はしがない田舎の下位貴族ですよ。公爵家の方を雇えるような甲斐性なんてないです。
 だいたい、役職を賜ったと言ったって、殆ど王都にはいないんですよ、セイバーンにほぼ引き篭もっておく予定なんですから!
 そんな場所に、貴方のような方は不釣り合いです。あの辺は畑くらいしか無いんですよ⁉︎」
「当然承知しております。正直収入に拘りは無いのですよ。私は元々王都にて住み込みの文官をしておりましたし、生活の一通りは自分でこなせます。蓄えも充分すぎるほどにあります。
 元々妻も、人前に姿を晒せぬ身でしたから、使用人だって少ない。ですから、生活自体は問題無いと思っております」
「家族で移住するつもりなんですか⁉︎」

 更にとんでもないんですが⁉︎

 これは絶対に断らなければならないと思った。
 だから断固拒否するため、理屈攻めで行こうと口を開きかけたのだけど……。

「レイシール殿、其方にクロードは必要だと思う」

 まさかの事態。ハロルド様がクロード様に助け舟を出してきた。いや、反対しましょうよ!    この方男爵家に仕えるって言ってるんですよ⁉︎

「其方は身の守りが必要だ。現に先程も、オゼロに押し負けかけていたではないか。
 クロードは聞いた通り、血筋に関しては最も位が高いと言える身。そうそう侮られはせぬし、文官としての経験も長い。必ず役に立つ。
 それに、こう見えてもヴァーリンの者だ。武にも秀でているから、どうしても文官が必要無いというなら、武官でも構わぬ。
 本人もそこに拘りは無いと言っていたし、望むならば従者でもなんでも……」
「いや、文官が駄目とか、そういった話じゃなく!」

 根本的に駄目だって話なんですけど⁉︎

 正直、既にカタリーナという不穏分子を抱えている今、これ以上なんて有り得ないのだ。
 だから、断固拒否すると、強く決意していた。なのに、そう思いつつも、嫌な予感が拭えない……。
 だってこの方は、内心を隠し、建前を並べていたエルピディオ様とは、根本的に違う。
 本心から俺に仕えるつもりでいる。地位も身分も捨てるくらいの気持ちでいる。強い熱意のこもった瞳が、それを嫌という程伝えてきていた。
 こういう目には、だいたい押し負ける……いや、負けたら駄目なんだけど!

「無理ですよ!
 ヴァーリンが、優秀な文官を多く輩出する血筋だということは、私だって承知しています。
 だから尚更そんな方は、あの田舎には不釣り合いですよ……」
「…………ほう。学舎で十八年主席に座した者が部下にいる。だから、我が弟ではそれに及ばぬ。到底勤まらぬと?」

 若干怒りを滲ませて、今度はリカルド様。
 い、いや、そういうことじゃ、なくてですね……力押しで来るって、卑怯じゃないですか……?
 そう口にしたいけれどできない。どう返事を返したものかと焦っていると、そんな俺の様子を見ていたリカルド様は、瞳に滲ませていた怒りを、するりと消した。
 そうして、策謀を巡らす冷静で冷たい瞳が、俺を見据える。
 ぞくりと背筋に悪寒が走った。

「其方が我が弟を受け入れられぬと言うならば、受け入れると言わせるまで」

 そう言い、俺の前に足を進めてきたかと思うと、襟首を掴まれた。そのまま腕力にものを言わせ、吊り上げられる。

「兄上⁉︎」

 慌てたクロード様が、腕に取りすがろうとするが、それを「下がれ」と一喝。
 騎士団長の本気、腹の底から響くような重い声に、クロード様の足が縫い止められた。覇気で威圧してくるとか、それ今ここですること⁉︎
 そうして、邪魔者を排除したリカルド様は、俺に向き直り……眼前まで俺を引き寄せてから、ニヤリと笑った。

「其奴の妻はな、ヴァーリンにおいては人前に姿を晒すことが叶わぬ。名を口に上げることすら躊躇われる身よ」

 っ、これ、聞いてはいけないやつだ。

「あれは長老の落とし胤。本来なら結ばれてはならぬ方との間の、過ちだ。それゆえ、子爵家に養子に出すという形で、無かったことにされた。だのにあの老害、その母方の血を手放す気は無かったのだ。十六になるや、クロードに嫁がせ、手元に戻した……」

 とんでもないことを口にしだした。慌てる俺を見て「其方、ある程度は知っておったのではないのか?」と、獰猛な笑顔を更に深める。
 両手で耳を塞ごうと思った。だけど、俺の襟首を掴むリカルド様の手が、それを許さない。耳を塞ごうとしたら、さらに吊り上げられ、両手でリカルド様の腕に捕まっておかないと窒息する状態に調整されてしまう。
 容赦ない……それくらい本気だ。

「いざとなれば、クロードから引き剥がし、誰ぞに与える気でおったのだろう。
 どうせ政略的な婚姻だ。形だけ……駒を手元に戻す手段として、婚姻を利用した。それくらいのこと、なんとも思うておらぬ男だった。
 誤算は……此奴がそんな妻でも愛し、子を成し、それがまさか、王家と同じ色を持って生まれたことよ。
 しかもその一人目が生まれたのは、私のエレンが、旅立って間もない頃。白を失った衝撃が、大きく公爵家を揺るがしていた時だった。
 あの老害からすれば、とんでもない宝を得た気でいたのだろうな」
「聞きたくありません!」
「聞かぬなど許さん。
 俺の目から見ても不憫だった。その日のうちに来世へと旅立った息子を抱いて泣く、産後すぐの娘に、あの老害、早く次の子を成せと言い放ったのだぞ」

 クロード様の顔が苦痛に歪む。
 その様子に、俺も胸を掻き毟られた。
 それだけじゃない。エレンと口にしたリカルド様が、自らの心の傷をも抉っていることが、見えてしまった……。身を削って、血の秘密を吐いているのだと、俺の襟を掴む手からも、伝わってくる。

「そうしてやっと恵まれた娘を、更に奪った。そんな風に過ごしたヴァーリンの地が、あの母娘にとってはどういったものか……其方には理解できるな?
 母方に似てしまった此奴の妻は、あの地では人前に立つことすら許されぬ。一生を壁に囲われ、その中で生きて、死ぬのだ。
 更にその娘は、陽の光の下に姿を晒せぬ身……。不憫とは思わぬか?」

 まるであの時の再現であるかのように、リカルド様は俺の心を攻めてくる。
 いや、多分意識してる。あの夜をリカルド様は、俺に突きつけているのだ。

「あの老害は、やっと昨年、来世へと旅立った。
 我が父も、ハロルドに跡目を譲った。もう口出しはさせぬ。やっと、お膳立てが整ったのだ。
 この秘密を知る者は少ない。その数少ない中の一人に、其方も含まれた」

 だから、断るなど、言わせぬ。と、強い瞳が、俺を突き刺す。

「セイバーンならば……あのような田舎ならば、あの者の顔を見て、その血の連なりを悟る者はおるまい……。名を呼ぶことを厭う必要も無い。
 あれらは、セイバーンであれば、ただの母娘。ここにいるよりもずっと、のびのびと、生きて行ける……。
 最後の仕上げだ、協力してもらう。否やは無い。分かったな?」
「…………はい」

 …………そう、言うしか、ないじゃないか……。
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