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式典 13

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 リカルド様、ハロルド様に連れられて歩くというのは、とても目立つ……。悪目立ちも甚だしい。
 特にハロルド様が、親しげに俺に話し掛けてくるものだから、あいつなんなんだ?    という視線が痛いほどだ。
 それはそうだろう。だって男爵家の成人前が公爵家の領主と親しくする状況って、なんなの。俺だってそう思う。

 任命式に出たとはいえ、まだ皆に周知が広がっているわけではないのだろうし、祝賀会には成人前も多く出席している。本来なら俺もその中で埋没するはずなのに、この状況じゃあ埋没しきれない……。
 俺の特徴的な三つ編みを覚えていた者は、役職を賜っているのだから、そんなこともあるだろう……くらいに思えるだろうけれど……。いや、だからって無いよな、これは……。

 俺が視線に居心地悪くしていると思ったのだろう。人が少ない時を見計らって、ハロルド様が自ら説明をしてくださった。

「王都は上下関係がはっきりとしている。
 其方は成人前の身だし、ただでさえ立場が弱い。だから、我らと直に言葉を交わすことができるというだけで、それなりの保障になる。
 戴冠式、任命式に出席していない者もここには沢山いるから、しっかりと見せておこうと思うんだ。居心地悪いだろうが、付き合っておくれ」

 うわ、俺のためにこうしてくださっていたらしい。それは流石に恐れ多い……!

「いえ……私などにそこまでして頂いては申し訳が……」
「見返りを求められるのではと心配している?」
「い、いえっ、そんな……⁉︎」

 さっきオゼロ公爵様にもあんな風にされた後だ。
 あの時は駆け引きもあり、探りを入れるのに必死であまり意識していなかったのだけど、あの状況も周りに見られていたろう。
 と、なると、たかだか男爵家の俺が、公爵家三家と懇意だって誤解される……それは流石に、不味いんじゃなかろうか。
 それが心配になってしまったのだ。
 けれど、俺のそんな心境など知らぬわとばかりにリカルド様が。

「アギーとオゼロだけと思われるなど、癪だ。ヴァーリンの痕跡もきっちり刻め」

 容赦ない……。
 しかし、そんなリカルド様にハロルド様は「それじゃ説明が不充分だろうに」と苦笑。

「オゼロの印象を薄めるためにも、我らと触れ合っておく方が良い。
 後でベイエル殿にも紹介しよう。そうすれば、四家とも等しく其方に接したこととなるし、其方の立場を強化することにもなろう。どの家かが突出するという状況よりは、その方が幾分かマシだ。
 陛下は、元よりそうするつもりでいらっしゃったと思うがね」

 とのこと。
 色々考えてくださっているのだな……。俺の賜った役職など、公爵家の方にそこまでしてもらうようなものでもないと思うのだが……。

「心配せずとも、この程度のことに対価など求めはしない。
 其方は、ヴァーリンを救ってくれた。こんなことくらいでは、返しきれないと我らは思っている。
 だから、そんな風に申し訳なくせずとも……其方はもっと、踏ん反り返っていて良いくらいだぞ」
「滅相もございません!」
「ふふ。そういう気質なのだと伺っている。だから、こちらで勝手に押し付けているのだ。其方は受け取っていれば良い。このくらいのことはさせてほしいと、私もリカも、思っているのだ」

 そんな風に話すうちに、入場口まで戻って来ていた。
 そのまま前を素通りして、隣の階段に向かう。上階に上がってすぐ、入り口前に護衛の立つ歓談室へと案内された。
 流石の公爵家、武官も当然貴族なのだなと、どうでも良いことに感心したのだけど……。
 部屋の中にいたのは、ただ一人。任命式で、ハロルド様かと勘違いした青年だった。

「兄上、時間が掛かりましたね」
「此奴が無駄に彷徨いておったので捕まえるのに難儀した。しかもオゼロに食われかけていたわ」

 身内前だとリカルド様も茶目っ気が出るらしい……。
 まぁ、洒落にならない程度に食われかけていた自覚があるので、俺は神妙に「申し訳ありませんでした」と言っておく。
 それにしても……この方がお二人の弟君か……。三十歳くらい?    もう少し下かな…………。
 確かに柔和そうな雰囲気はハロルド様に似ている気がするけれど、色合いはどことなくリカルド様に近い。そんな風に考えていたら、視線が合った。なので、慌てて名乗ろうと、したのだけど……。

「クロードと申します。我が一族の救い手であられます、レイシール様にお会いできましたこと、光栄に思います」

 俺に先んじて、胸に手を当て、礼を取るクロード様に、慄いた。
 男爵家の成人前に、何をしてる⁉︎    しかも何それ、なんか変なこと言ってるよ⁉︎

「此奴はこれが性分だ。誰に対してもこの口調だから気にするな」

 リカルド様にそう言われ、ハロルド様にも笑われた。いや、そこじゃないでしょ⁉︎

「口調以前に、言ってることとやってることがそもそもおかしいでしょう⁉︎」
「言ったろう?    其方は我々にとって恩人なのだよ。特にクロードは、娘を救ってもらった身だ」
「面識すら無いのにそんなわけないですよ⁉︎」
「いえ、貴方はその面識すら無い我が娘を見つけ出し、あまつさえ救ってくださったのですよ。
 娘だけではなく、我が妻も……血の鎖から、解き放ってくださったのです」

 そう言ったクロード様が、俺の前に進み出て更に深く頭を下げる。

「ちょっ、勘違いです、人違いです!」
「適当な逃げ口上を吐くな。勘違いでも人違いでもないわ。
 事の発端はセイバーンで、私を脅しつけ、脅迫まがいの交渉で真実を暴き出したのは其方だ」

 リカルド様にそう言われ……可能性に思い至る。まさか⁉︎    だけど、それ以外に考えつかない……。

「…………白い、方、の?」
「はい。私の娘です。先月無事、七歳を迎えました。
 私は、クロード・ベイエル・ヴァーリン。妻は子爵家の者ですが……血の、近しい者です。
 私の一人目の息子は、やはり白く、生まれ落ちたその日のうちに、来世に旅立ちました……。二人目は、性別も分からぬうちに、流れてしまった……。
 やっと授かった三人目の娘でしたが……父と、叔父の妄執により、取り上げられたも同然だったのです。
 それを我が手に取り戻すことができました。あの色が、病だということや、その対処法すら授けてくださった。
 恩人と言わずしてなんと言えば良いのでしょう……。私も妻も、貴方様には本当に、感謝しているのです」

 それで合点がいった。ヴァーリンの前領主が、長老の妄言に乗った理由。
 自らの孫が、王家と同じく高貴な血を持って生まれたと……そう思った。だから……だから、夢に溺れたのか……。
 七歳になったと言った。そんな幼い子を、家族から引き離していただなんて……。

「……お加減は?    恙なく、健やかにお過ごしなのでしょうか」

 陛下と同じ病であるなら、やはり陽の光に弱いはずだ。健康状態が心配だったから、そう問わずにはおれなかった。
 するとクロード様は、とても幸せそうに、ふわりと笑い……。

「はい。今まで触れるどころか、会うことすら叶わなかった母の腕に、抱かれることができるようになったのです。
 近頃は、笑顔も増えました」

 そう言ったクロード様は、何故か俺の手を取った。
 そのまま片膝をつき、自らの額を手に押し付ける。まるで主君に傅くように。

 …………いや、いやいやいや、おかしい!    何この状況⁉︎

 頭の中は、混乱など通り越し、恐怖が渦巻いていた。
 俺は一体どこに迷い込んでしまったのだろうかと、泣きたい気分だ。
 とはいえ、公爵家の方に手を握られ、無理やりもぎ離すわけにもいかない。リカルド様に弟君をなんとかしてください!    と、視線で訴えるも腕を組み、真顔の無言で見返された。
 ちょっと⁉︎    この状況ちゃんと目に写ってますか⁉︎

「クロード、其方は本当にそれで良いのだな」
「はい。構いません。と、いうか……お会いしてますます、この方しかないと、決意が固まりました」
「そうか…………前代未聞だが……まぁ、今更だな。此奴は元々前代未聞だらけだ」
「なんの話です⁉︎    それよりもクロード様、後生ですからおやめ下さい⁉︎」
「本当は魂を捧げたいくらいの気持ちなのです。ですが、それは妻に捧げてしまいましたので……」
「勿論要りませんよ、魂なんて!」

 それは正しく奥様に捧げて下さい!
 ていうか、魂も要りませんが、こんな風に敬われるのも苦痛ですよ⁉︎
 俺は何もしてない、だいたい白の病についてだって、俺はただ、サヤに聞いたことを伝えただけなのだから。

「私は別に、何もしていません!    このようにされることなど、何も……っ、そう!    何もなかったことになってるんですから!」

 そうだ、何もなかったことになっているのだ。なのにこんなの、おかしいでしょうが⁉︎

 必死で宥めすかして手を取り戻した。膝なんてつかないで下さい、立って下さいと訴えるが、クロード様はそちらはやめてくれない。それどころか、胸に手を当て、熱のこもった瞳で俺を見上げ、言うのだ。

「レイシール様、お願いがございます。どうか、我があるじとなっていただきたい」
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