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式典 11

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「そうか。まぁ無理強いはせぬがね」

 そう言いつつ、近くの長椅子に足を進める。

「其方はもう一通りの挨拶は済ませているし、義理は欠いていない。
 だから残りの時間をどう過ごすかは自由だよ。
 でもまぁ……どうせなら隣にどうかね?    私も義理は果たしたので、交流ごとはもう休憩にして、ゆっくりしたい。
 歳だからね。ずっと立っておくのも、ずっと喋っておくのも、結構体力を使うんだよ」

 そう言いつつ、通りかかった使用人を呼び止め、飲み物ふたつと、つまみを注文する。
 ふたつ……つまり、俺が断りにくいよう、仕向けているわけですか。
 気の弱い人間なら、そうされて、その場を離れる勇気など、持ち合わせていないだろう。
 だから俺も、少し悩むふりをしてから、おずおずとそちらに向かった。するとエルピディオ殿は、隣りの一人掛けの椅子を指で示す。

「其方の土嚢壁、あれには正直度肝を抜かれたよ」
「あっ、オゼロ公爵家からも、支持と支援金を賜っていました!    その節は、本当に有難く!」
「いやいや、当然のことをしたまでだよ。
 実際、公爵四家のうち、三家までもが支持と支援金を出しているだろう?
 それはあの土嚢壁に、それだけの価値があると、皆に判断されたからだ。
 あんなものをどうやって見出したのか、聞いても良いかね?」
「いや、見出したとか、そんな大層なものではなく……。
 ……学舎で、長年主席をいただいていた、平民の知人がいるのです。
 彼が、あの方法を私に提案してきたものですから……彼ほどの頭脳の持ち主が、言うならばと……。
 ただ、そのために必要な力を、私は持ち合わせていなかったため、やはり知人の助言により、あの手段をとったというだけなんです」

 そう言うと、エルピディオ様はふむ。と、俺を見る。

「平民の言うことを、そのまま間に受けたと?」
「平民であっても、在学中常に座学主席であった男です。
 一度の主席も取れなかった俺などより、よほど秀でた頭脳を持っているのです」
「けれど平民だろう?」
「私も…………庶子ですから。私だって半分は、平民です…………」

 貴族の中に紛れ込んでしまった異物は自分なのだと、そう思っている風を、演じる。
 それと同時に、極力エルピディオ様の挙動を観察した。
 不安で仕方がないように見えるよう、視線をひとところに落ち着かせぬよう、気を付けて。けれど、見逃さぬよう、広を見る目を意識する。

「いやすまん。別に責めてるわけではないんだよ。
 我々貴族にとって庶民の声というのは、耳に届きにくいものと言われている。
 なのに其方は、それを苦にせぬのだなと、感心した。ただそれだけのことなんだ」

 そう言ったエルピディオ様は、使用人に向かいこちらだと手を挙げた。
 先程注文していた品が届いたのだ。
 つまみは春の果物と乾酪。飲み物は葡萄酒で……あ、しまった。と、思ったが、もう遅い。そこまで意識してなかった。

「どうかしたかね?」
「あっ、いえ……な、なんでもございません……」

 酒は駄目なんですよ。と、口にできる性格を演じていない……。
 ここは極力話して誤魔化すしかないなと腹を括る。
 俺のそんな内心の苦悩を知らぬエルピディオ様は、酒を硝子の器に注ぎ、一つを俺に差し出してきた。
 これも本来は、公爵様が自らするようなことではないから、俺に否やを言わせぬためなのだろう。
 小声で礼を述べ、恐る恐る受け取るしかない俺……。いや、ここはもう本心からで、演技ではない。

 酒は……飲めないわけじゃないけど……ほんと弱いのだ……。

「君の着眼点は、間違っていないんだよ。
 貴族の我々は、フェルドナレンの人口のうち、二分にも満たない人数だ。
 そんな我々が、この広大なフェルドナレンを余さず見通せると思うかな?
 というか、フェルドナレンの中だけ見ていて良いはずがない。大地は外にも繋がっている。スヴェトランにも、ジェンティーローニにも、シエルストレームスにも樹海にも。
 このフェルドナレンを取り巻くものにも目を向けておかなければならない」

 なにやら熱く語り出したぞと思いながら、おっしゃる通りですね。と、合いの手を入れておくことは忘れない。
 なにも俺が喋らずとも喋ってくれるなら、それでも時間は潰れる。情報も得られる。むしろ喋っておいてほしい。

「正直、それを我々貴族のみで完璧に行おうなんて、無理な話なんだよ。
 だってそうだろう?    私はオゼロの領主だが、その領内のことにだって、全て目を通すなんて無理なんだ。見落としなんていくらでも出てくる」
「そうですね。……本当にそうです」

 言っていることは至極まともだよなと思った。
 というか、むしろ肯定できる。全くその通りだ。

「だからこそ、民の声を聞く必要があるのだよ。
 我々の目の届かない場所を見てくれた声だ。我々の手が届いていないところを教えてくれた声だ。
 なのに我々貴族には、その声が届いていないことが往々にしてある。耳を素通りさせてしまっている。
 私は常々、それを嘆かわしく思っている。私のこの考えが、理解されないことが歯痒くてならない」

 ……ほんと、至極まともだな……。
 あれ?    姫様の言うオゼロはこの方ではなく、やはり血筋を指すのだろうか?
 そんな風に考えてしまいそうになるくらい、オゼロ公爵様の言葉は、俺の耳に馴染んだ。

「で、あるから、民の声に耳を貸せるレイシール殿は、得難き逸材だという、陛下のお言葉には私も賛成なんだ。
 けれど……それを理解できない貴族は、本当に多いのだよ。
 だから私は、君が早々に折れてしまわないか、潰されてしまわないか、それが心配でならない……。
 久しぶりに価値観の合いそうな若者に巡り会えたのに、そうなってもらっては困るんだよ」

 耳に心地よい言葉だったけれど……。
 全てを仕掛けているのがオゼロ公爵様でなければ、その言葉の重みはずっと違ったと思うんですけどね……。

「私は……ご覧の通りの者ですよ……。
 たまたま学舎でクリスタ様との縁を賜っており、それがどういうわけか、土嚢壁を陛下の御耳に入れるような、とんでもない幸運に結び付いたというだけです。
 逸材でもなんでもなく……本当に、ただの幸運で……」

 苦笑しつつそう返す。
 手の中の酒を揺らしつつそう言うと、エルピディオ様の瞳が瞬間鋭くなったのが、視界の端に映った。

「たまたまなものか。
 たまたまであったのだとしたら、其方は金の卵を招く稀有な才能の持ち主なのだろう。
 でなければ、ほんの一年足らずで、何故あんなに沢山の秘匿権を得られる?」

 秘匿権?
 あんなに沢山?

 その言葉に瞳を見開いて、エルピディオ様を見た。
 秘匿権は、確かに沢山得た。けれど……どこの誰が、どんな秘匿権をどれだけ申請したか。それを何故貴方は調べている?

「其方を心配してしまう理由は、そこにもあるのだよ。
 あれだけの秘匿権を有しておきながら、其方はそれの価値ある使い方を理解しておらぬ様子だ。
 ……無理もなかろう。貴族としての振る舞いを、其方に教える者が、今までいなかったようだからね……」

 エルピディオ様の声に、粘り気が増したと感じた。
 瞳の奥底に、影がチラつく。
 成る程。陛下がおっしゃっていた無駄口を叩くなは、これか。

「成人前の身である上に、父君はご病気が、まだ思わしくない様子だ。
 今まで環境に恵まれてこなかったことも、其方にはどうにもできぬことであったと、私は考えている。
 しかし、これからは役職を賜り、貴族の手本とならねばならん。知らなかったでは、済まさせないことが沢山出てくる。
 レイシール殿、私は其方が心配だ。どうか気を悪くせずに聞いて欲しいのだがね。
 其方……私の元で、貴族社会の渡り方を、学ぶ気はないかな?」
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