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式典 10

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 大廊下を歩き回っていたのを、見られていたのかもしれない。
 内心で舌打ちしたものの……ふと思い至り、その思考は捨てた。
 その間も、顔だけはにこやかに見えるよう心掛けて、エルピディオ様を迎えておくことは忘れない。

「舞踏場に、我々が集っているのには気付かなかったかな?」

 無論、気付いていましたとも。

「そうだったのですね」

 大廊下にいるのだから、舞踏場の様子は見渡すことができた。当然、役職を賜った方々が、そこに集っていらっしゃるのも。事前にホーデリーフェ様からも教えられていたしな。
 だけど、待合室の感じからして、俺があそこにいること自体が既に、他の一般官僚の方々にとって迷惑になっているのだと理解できたから、あの場には行かないことを選んだだけだ。

「申し訳ございません。
 何分、夜会慣れしておりませんし、こういった場の定石には疎いもので」

 けれど、それは口にしない。眉の下がった、自信の無さそうな笑顔の仮面で本当の気持ちを覆い隠す。
 まるで、知ってはいたけど、居心地悪くて遠慮してしまった風に、見えるように。
 本当の所は、あの場に潜ませてあった針に、気づいているからだけど……そのことをこの方に、わざわざ知らせてやる義理はないだろう。

「そうであったか。
 今年は戴冠式という特別な大義が執り行われたゆえ、少々行事ごとも続き、重なったからね。
 大抵は、上の者が誰かしら、事前にそれとなく教えておくのだが……私も気が回らなかったね、すまないことをした」

 その言い方で、状況にまんまと踊らされている風を装えたのだと解釈した。
 とりあえず本音を聞き出すために、まずは歩み寄ったふりをしようと思ったのだけど、思いの外あっさりと信じてもらえて、むしろ拍子抜けだ。
 まぁ、公爵家の方にとって、公爵家との縁に魅力を感じない貴族なんて、想像できないのだろうな。
 でもこれで確信が持てた。
 多分、この方の手だ。他の方々が俺と絡みたがらぬよう、何かしらを吹き込んでいたのではないかと思う。この式典で、俺を孤立させたかったのだろう。

 俺のことを調べている人間は、ここのところ多い。
 そりゃそうだよな。成人前の分際で役職を賜る。それは一体、どんな奴だ?    と、なるだろう。
 そうして調べられた内容は、概ね以下の通りとなっているはずだ。

 今まで爪弾きにされてきた、男爵家、妾腹の二子。
 学舎にやられ、十年間をそこで一人過ごした。
 成績は、座学に関してならば、決して悪くはなかった……けれど、特別良くもなかった。
 武術の成績は悪く、在学中の怪我により手に障害を負ってからは特に低迷。
 平民とつるむことを好み、貴族との交友関係に特別深いものを作らなかった。強いてあげられるのが、アギーの十数番目にあたる、病弱なご子息との縁くらい。
 十六で学舎から逃げるように去り、実家に連れ戻され二年を過ごしたと思ったら、三年目で金山を掘り当てるに等しい功績を得る。
 都合良く、長男も病死したため、繰り上げで後継の座を手に入れたうえに、成果が姫様の目に留まり、運良く役職を賜るに至った……。

 マルにある程度だが、情報の統制をかけてもらっているから、力を入れて調べた者であっても、このくらいの情報量だろう。
 そして、そこから導き出された答えが、手垢の付いていない世間知らず……だったのだろうな、エルピディオ様の場合。

 だから、俺を孤立させる戦法を取ったのだと思う。
 ただでさえ馴染みの薄い貴族社会で、急な役職まで賜り、居心地悪くしている俺を孤立させれば、勝手に一人で追い詰められていくだろうと。
 そうして頃合いを見て、救いの手を差し伸べる役を自らが演じる……。そうすれば俺は、自ら尻尾を振って付いてくるようになるだろう……こんな感じの筋書きかな?

 けれど、それは思いの外上手くいかなかった。

 アギー公爵様の介入は意図していたろうな。
 だけどアギー公爵様は、自ら動く者を好まれる。その気質に俺の経歴や性格はそぐわないだろうし、俺が居心地悪くしてる程度ならば、特に興味も引かないだろうと考えていたと思う。だから、まさか娘を遊びにやるくらい親密だとは、思ってなかったろう。
 次の誤算は、リカルド様と俺に、面識があったこと……。
 表向きは、何も無かったことになっている、昨年の夏の邂逅……エルピディオ様はこれを掴んでいなかったと思われる。
 実は義理堅いリカルド様が、俺の貸しにもならない貸しを律儀に返そうと動くだなんて、想像だにできなかった。
 そして最後の誤算は、学舎の縁。
 確かに俺は、貴族の方々と特別に深い縁を得てはいない。
 ギルほどに深く関わった方を、貴族側で強いてあげるなら、クリスタ様だった……という解釈は正しい。
 だけど俺は別段、貴族方との交流を好まなかったわけではないし、避けていたわけでもない。
 拒むという選択肢を持っていなかったこともあり、だいたい誰にでもホイホイ付いて回っていた俺は、子犬の如く思われていたのか、大層可愛がられた。
 結果的にそれが、特別な深さを作らなかったというだけだ。
 特に俺は、平民との間に身分という垣根を有していなかったこともあり、両者の仲介役めいた状態で学舎の日々を過ごしていた。
 だからどの学年の者らとも、案外関わってきているため、結構知人は多かったのだ。
 ……まぁ、それを全て捨て去り、セイバーンに戻ったつもりで、いたのだけど……。

 そんなわけで、任命式の時、あんな大誤算が起こった。
 陛下とアギーのごり押しで出来た、急な役職だ。上位貴族の賛同者も少なかったことだろう。
 なのに、アギーだけに留まらず、ヴァーリンが認めた。
 公爵二家の賛同を得たうえ、数に入ってすらいなかった下位貴族からも、歓迎の声が上がった。

 公爵二家の賛同を得るというのはとても珍しいことだ。その家同士の婚姻なりが近く予定されているならばともかく、俺は全く関係の無い男爵家の成人前。
 まぁ、妙なしがらみもなければ権力も無い相手だから、手ぐらい叩いてやれ。と、軽い気持ちでできたのが要因かと思うが……。
 俺を孤立させる作戦は、正直破綻したも同然だったのだよな。

 だから、期待せずにいたであろうエルピディオ様。
 だけど俺がこうして一人、居場所が無いのか彷徨き歩いている様子を見て、ちょっかいをかけに来たということだろう。

 で。この際だからと、俺も乗ることにしたのだ。
 この方が俺を孤立させようと画策していた理由を、俺は知りたかった。自分におもねらせたいと考える要因が、どこにあるのか。
 陛下は、オゼロと無駄口を叩くなとおっしゃっていたけれど、そのオゼロとは、血筋全般を指すのか、それともこの方限定のことか……。やはり事情も思惑も知らないのでは、何が無駄口かの判断も難しい。
 それに……陛下が思っていた以上に、この方は俺に執着を持っていると、考えられやしないか。
 陛下は、関わらなければ突きにこないだろう……くらいの考えで、あの助言を寄越したのではと、思った。
 だけどエルピディオ様は、明らかに目的を持って、俺への接触を行なっていると感じていた。
 単に成人前を無理やり役職に取り立てたことを、とやかく言いたいんじゃない。
 俺なんかを陛下がお気に入り扱いしていることに反感を持った……ってわけでもなさそうだ。

 俺の役職は、この方の役職には絡まない立ち位置であると思うのだけど……何故こうも、接点を作ろうとするのだろうか?
 その答えを得ようと思うなら、手っ取り早く、この方が望む場所に立ったと見せることだろう。

「今からでもどうかね」

 エルピディオ様のその呼びかけに俺は、少し逡巡する素振りを見せてから、かぶりを振った。

「いえ……どのみち私は、王都にて職務に就くわけではありませんし……地道にコツコツと、一人でやっているのが性に合っていますから」

 これくらいならば、今までの対応や、状況的な違和感も少ないかな。
 求められれば普通に交流を持つけれど、本当は一人でいる方が気が楽なんだ……と、そんな感じが理想的。
 けれど、そう口にしつつも不安は拭えず、誰かに縋りたいと無意識に視線が泳いでいる……。そういった雰囲気を、丁寧に演じた。

 学舎は地域、身分、年齢等幅広く、様々な人に接する機会を得られる場だった。だから、色々な人を見てきた。どんな時どう動くか、どう考えるかを、俺はずっと、十年間、観察してきたのだ。
 だから、大体の気質は、演じられる。

「そもそもが場違いです……。本日も、残り数時間のことですし……」

 そう言い苦笑いしておくと、エルピディオ様の瞳が鈍く反応した。
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