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バート商会 8

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「…………は?」
「女子供を、何に使うと?」
「流民対策の一環なんだよ。男手は交易路計画が始まれば雇用も進むけど、女性や子供は基本ああいった場所では雇わないから、仕事があるなんて思ってないと思うんだ。
 だけど、小物関係の職人を増やすんだから、当然その周りの備品だって多く必要になるし、探してみたら、他にも女性を雇える仕事が結構あった。
 紙の包装品作り、風呂敷作り、掃除婦、洗濯女、針子、賄い作りの補佐……それから、店舗の売り子、新たにできる孤児院や幼年院にも人を雇いたいし、治療院にも人手が必要だと思う。託児所っていうのも作るつもりだし、なんにしてもまずは人手」

 指折り数えてそう言うと、ギルが「だけどそれ、人集まんのか?」と、口を挟む。

「女と子供だけ募るって、むちゃくちゃ怪しいぞ……」
「その怪しいのにも縋らなきゃならないくらい困窮している人は、急務だろ。まぁ……こういう言い方は、ちょっとあれなんだけど……。
 アイルたちは、そういう、生活に行き詰まっている者らを見つけるの、得意なんじゃないかって、思うんだよ」

 流浪の民として彷徨っていた彼らは、元々そういった出身の者が多い。
 だから、その境遇ゆえの雰囲気というか、匂い……限界に近い者ら独特の感覚を、理解できるのじゃないかって、思ったのだ。
 困惑を隠せない様子のアイルに、その隣で、また変なこと言い出しやがったぞ。って感じのジェイド。うーん……伝わらないかなぁ。

「なんて言えば良いんだろう……過去の君らと同じ者たちを、そのままにしたくない。
 吠狼の皆には、そういった困窮者たちの救い手となってほしいんだ」

 ただ堕ちるだけの今を、今のままにしてほしくない……。

「その救いの手が、お前たちの来世まで、続いてほしいと思うんだ……。だって、ただ堕ちるだけなんて……。そんなの、おかしいだろ。
 それで色々、考えて、検討してみたんだけど……前世の罪を来世で償えと言うなら、徳だって、来世に持ち越せて然るべきだよな。
 今世で手掛かりを作っておけば、例え今世で全ては償いきれなくったって、負の連鎖から抜け出す道は、残せると思うんだよ……」

 来世なんてあるかどうか分からない。
 そもそも獣人が、悪行を重ねた人の成れの果て……という考えは、間違っていると思う。
 だって俺たちは、元々別の種として存在していた。それが交わってできた混血種なのだから。
 だけどそれを言ったところで、今までの全部を簡単に割り切れやしないって分かっているし、今までそうだと思い込んできたことを、忘れることもできないだろう。
 このまま、ただ方便をこねくり回し、否定を重ねたって、今世の彼らは救われない。
 だけど俺は、絶望しながら来世になど、旅立ってほしくないのだ。
 今世を一生懸命生きて、幸せを噛み締めて旅立つべきなんだよ。来世への旅立ちは、送る方も、旅立つ方も、よく生きたって、笑って迎えなきゃ駄目だ。
 ハインにも、ローシェンナにも。生まれ変わりたくないなんて、思ってほしくない。
 ダニルや、ガウリィにも。幸せになって良いのだって、言いたい。

「俺は、嬉しかった……。それを、俺も他の誰かに、与えられたらと思えた。
 だから、そういう……えっと、なんて言えば伝わるだろうな……。
 皆が優しくした人たちが、また誰かに優しさを与えてくれたら、それがずっと続いていく。そして来世に生まれ変わった皆の所にも、巡ってくると思うんだ。
 そんな風になれば良いと思って……その……綺麗事だってのは、分かってるんだけど……」

 うまい言葉が見つからず、しどろもどろ、ごにょごにょ言ってると、くすりと笑う声。

「あー……らしいつーか……。
 貴方みたいな考え方のできる者が増えれば、そりゃ、世界は平和で優しくなるんじゃないですか?」

 そう言ったオブシズに、こくこくと頷くシザー。良い考えだと思う!    って、ことかな?
 ハインはなんともいえない渋面になってしまっていたけれど、ギルはそんなハインの頭を撫で回して殴り返され、サヤはとても優しい笑顔で、俺に頷いてくれた。

「ふむ……そもそも、孤児や不幸に見舞われた人たちが、前世の行いゆえに不幸という試練を与えられる。……っていうくだりだって、別にその者たちの不幸を、周りが一生懸命上塗りしてやるべきだ……なんて風には、書かれていませんもんねぇ。
 でも、普段の生活を律し、善行を積むようにとは、記してありますよねぇ。徳を積めば、来世は良い人生を得ることができると……。
 確かに、善行を施す相手の指定は特に無いですし、孤児や不幸に見舞われた者らを手助けしてはいけない……なんて文言も、経典には無いです」

 衝立の向こうから、マルのそんな言葉が聞こえ、続いてくすくすと笑い声。

「レイ様、孤児院の良い言い訳、できたじゃないですか」

 うん、まぁ……それもあって考えてきてたんだけどね。

「そう思う?」
「ええ、一応の言い訳の筋は通ってると思いますよぅ。
 後は……カタリーナを納得させられるかどうかって所じゃないですか?
 まぁ、そこは僕、レイ様にお任せしてるんで、思うようにやっちゃっていただいたら良いですよぅ。
 じゃ、ロジェ村宛の手紙も追加しなきゃですねぇ。流石にここでは書ききれないので、次の村で記して、吠狼に託しますか……」
「適当に箇条書きで良い。俺が直接届けて伝える」

 いつもの冷めた、そっけない様子を取り戻したアイル。
 そして至極冷静に「その任、受けた」と、返事をくれた。

「うん、宜しく頼む」

 獣人は、決して悪事を働いた人の、堕ちたすえの姿ではない。
 だって彼らはとても義理堅く、純粋だ。
 与えられた役割には、とことん忠実に、全身全霊で挑む。例えそれが、どんな役割であったって。
 そんな気質が何者かによって悪用されたから、彼らは今、悪魔の使徒なんて言われている……。ただそれだけだ。
 獣人も、人だ。それをいつか絶対に、証明する。

 そして、獣人をそんな風に扱う北の地…………。
 いつかそれだって、覆してやるのだ。

「では。各自役割を果たしてくれ。
 暫しセイバーンを離れるが、宜しく頼む」


 ◆


 あの折は……皆には敢えて、触れる程度の内容に、留めておいたのだけど……。
 この時には既に、俺は、ある疑念を抱いていた。

 王家の血の濃縮には、何者かの意思が絡み付いていたのじゃないか……と、そういう疑念。
 マルは、白く産まれる方が増えることに、偶然気付いた者がいたのでは……と、言っていたけれど。そんな偶然に、たまたま気付いたとか、そういったのじゃなく……もっとはっきり、目的を持って動いた者がいたのではないか……と、そう考えていた。
 いつの間にか、当然のことのように刷り込まれ、慣習として続けられてきた、公爵家との婚姻……。
 四家から繰り返し続けられてきたという部分に、どろりと濁った、人の意思を感じていた。

 白く生まれることを神の祝福とし、声高に叫ぶことで王家を縛り、絶対的な付加価値をつけると共に、肉体は弱らせ、寿命を縮めさせる、絶妙の采配……。
 五百年も前のその呪いが、ここまで王家を縛るだなんて、その人物は考えていたろうか。
 そうして、王家の滅びまで、招こうとしていることを……。

 この仕組みは、他家の血を入れにくいよう、計算されていたと思う。
 公爵四家で繰り返されてきた婚姻には、勢力の均衡を保とうとする力が少なからず働いていただろう。
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