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対の飾り 7
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リヴィ様が初めて作った菓子はとても好評で、皆の胃袋に収まった。
そうしてギルも作業に戻り、それから夕食までの時間は各々が好きに過ごした。
サヤはリヴィ様と料理のお話をすると応接室に残り、俺はハインと共に報告にやってきたウーヴェの対応。
そうしている間に夕食の時間が来て、分離した乳……ホエーで作った麺麭が夕食に並んだ。
「ほんのり甘くて美味だわ」
「普段の麺麭とまた違う味わいですね」
酸味は感じるほどに無い。
麺麭の食感は、そこはかとなくもっちりふんわりしているような気がする。
「料理長が、今まで乳酪の絞り汁は捨ててたそうでな、喜んでた」
そう言いパンを口に放り込むギル。
その言葉にサヤはニコニコと笑顔だ。
「私の国でもかつてはそうしてたみたいですよ。でも、とても栄養価が高いものなので、水と置き換えられる部分で置き換えて使用する方が良いです。
檸檬や酢を絞り入れているので、多少の酸味があるのですけど、こうして麺麭にしたり、汁物にしたりすればさして気になりません。
酸味の強い食材との相性も良いので、赤茄子(トマト)料理なんかにも向いてますね」
「……俺に言われても覚えきれん……料理長に言ってやってくれ……」
渋面でそう言うギルに、リヴィ様はくすくすと笑う。いつもの上品な笑顔だ。
「それからルーシーが悔しがってた……」
「あ、ルーシーさんの分はとってありますよ!
言い忘れてました。貯蔵室に置かせてもらってたんです。よかったら食後にでもって、お伝えください」
「分かった」
ルーシーも今、忙しくしている様子。今日は晩餐にも同席できないみたいだ。
貴族とののやりとりは、家の事情も多々含まれるから、あまり関わらないようにしなければならない。
だから、あちらの状況はいまいちよく分からないのだけど、ギル曰く「問題無い」とのこと。
そうして夕食を済ませたら、ギルはお茶の時間もそこそこに、作業に戻っていった。
「間に合うかしら……」
「間に合わせますよ。ギルですから」
そのために今、こうしているのだろう。
言葉少なにお茶と歓談の時間を過ごし、そろそろ就寝だと言う頃合いになり、退室前のリヴィ様が、改まったように口を開いた。
「レイ殿……私も、明後日の昼にはここを発とうと思いますの……」
「そうですか……」
「一度アギーに立ち寄らなければなりません。その後はまた、王都でお会いすることになりますわ。
正装の完成が間に合わなかった場合は……」
「はい。俺がお届けに上がります。
アギーには立ち寄らず、直接王都に向かいます」
「よろしくお願い致しますわ。
では、そろそろ……。また明日」
「おやすみなさいませ」
リヴィ様が退室し、俺たちだけが応接室に残った。
俺は久しぶりの犬笛を取り出し、窓辺から外に向かって吹くと、程なくして露台から人の気配。
「ジェイド、悪い。
正装作りが、期日内に間に合わなかった場合、王都に向けて狼を走らせてもらうことになるかもしれない。
結構な荷物になると思うのだけど……」
「雪がもうねぇしな……橇が使えないから、背負える分だけってなる。量は最低限にしてくれ。
背に荷物があるなら……王都までは、余裕を持って六日。最悪五日で行ける」
「充分だ。それなら残りの日数はあと四日、最大で五日確保できるってことだな」
俺たちがここにいるのも、明後日の昼……リヴィ様がお帰りになった後で、いったん拠点村に戻る必要があるだろう。
だから、ギルが作業可能なのは、更に翌日の昼までだ。行きがけに荷物を受け取って、王都を目指す。間に合わなければ狼を残し、後を追いかけて届けてもらう。
道中で追いつけるならそれに越したことはないけれど、無理であれば王都まで来てもらうことになるな……。
それでも間に合わない場合は……一応完成している、当初正装にする予定だった細袴を使用する方向になるか。
「大丈夫でしょうか……」
「一応保険としてお願いしただけだよ。多分杞憂に終わるから」
不安そうに眉を寄せるサヤにそう笑って伝えた。
大丈夫、ギルだもの。あいつはちゃんとやり遂げる奴だから。
◆
そうして翌日の昼頃。
有難いことに、俺の心配は杞憂に終わることとなった。
「出来た」
そう言いギルが持ち込んだ袴。
それはなんとも不思議な形状をしたものだった……。
「これは、どうなっておりますの?」
首を傾げつつリヴィ様。その言葉も当然か。それは、かなり幅広の細袴だったのだ。
片足の部分に両方の足が通ってしまうほどに幅広な細袴なんて、今まで見たことがない。その太さを、ひだとして折り重ねることで、ある程度隠しているような構造。
二つの袴は一見同じ形に見えた。けれど、よくよく見ると違う。片側は細袴なのだが、もう片方は一枚の布状になっていて、腰で巻く仕様だった。
「このひだの重なり部分が思いの外難しくてな……なんとか形になって良かった。
これは、サヤの国の袴と、なんとかって袴の構造を取り入れたもんなんだ……」
「巻きスカートです」
「……覚えられねぇよ。お前の国、袴に名前ありすぎだろ。なんでいちいち形状で名前変えるんだよ……」
少々無精髭が伸び、目の下にくまを刻んだギルが不満げに、だけどどこかホッとした顔でサヤに言う。
そんなギルに変わり、サヤが細袴の構造を説明してくれた。
「これ、ひだで分かりにくいのですが、股下がちゃんとあるんです。私の国の騎士……侍の正装なんですよ。
これで剣を振るっているので、実用性は保障されていました。
もう一つが巻きスカートなのですけど……こちらは細袴の上から巻く袴です」
…………聞いてもよく分からない……。
やっぱり首をかしげる俺たちに、サヤは苦笑するばかり。
そしてギルは、そんなサヤをやや呆れ気味にじっとりと見下ろす……。
「ほんとややこしかった……ひだが重なるように織り込むのが難儀でな……。
サヤのやつ、肝心の部分うろ覚えでやがって、試行錯誤するしかねぇし……」
「申し訳ありません。でも、とても綺麗に出来てますよ?」
「そりゃな! こだわり抜いたからな⁉︎」
どこかやけくそ気味な様子のギル。寝不足と達成感で興奮しているのかもしれない。
とりあえずリヴィ様の分を、細袴。サヤの分をマキスカートなる袴で作ったから、試着してみろと言う。
すぐに小部屋が用意され、二人が袴を持って中へ。
疲れ切って長椅子に伸びたギルに、俺も「よくやってくれた」と労いの言葉を掛けた。
「まだ終わってねぇ。使用感を見てみないことにはな……」
その言葉に苦笑する。
暫く待つと、袴を身につけた二人が小部屋から出て来た。
まずリヴィ様だ。
立っている姿に変化がほぼ無い。と、いうか……袴を穿いているようにしか見受けられない。ひだの作用なのか、歩いても形が大きく崩れない。ギルによると、細袴の左右……両足のひだが、互い違いに重なるよう、折り込まれているという。だから歩いても、ひだの重なりが全て離れてしまわないのだそうだ。
「ひだは内側からギリギリで端縫いして形が崩れないようにしてある」
「…………端縫い?」
「熱や重しで形を作るだけじゃなく、見て分からない程度に縫い止めてある」
物凄く手間がかかってるってことだな。
リヴィ様は、そんな袴の構造に驚嘆の表情だ。何度も歩き、腰を振り、剣を抜いて構えを取る。
ゆっくりと基本の型を始め、その動きは次第に早くなった。そこに、リヴィ様の興奮が見て取れる。
「素晴らしい……素晴らしいですわ。これだけ動いても、足の動きが現れない……!
動きやすいのに、形状が袴に見えるなんて!」
その様子に、やはり袴の裾さばきを気にされていたらしいと悟った。
何もおっしゃらなかった……だけど、やっぱり彼女は女性。しかも貴族の中の貴族として育ったアギー家の方なのだ。
その様子を見ていたギルが、とても誇らしげに微笑む。どこか眩しげに、リヴィ様を見つめて……。
足の動きが隠されているからか、リヴィ様の型はまるで流水のように流れ、翻る袴が美しかった。
剣の型なんて見飽きるくらいに見ているはずなのに、まるで違うものに見える……優美だ。
大変満足そうなリヴィ様にホッとしつつ、俺はサヤの方に視線を向けた。
「それで、サヤの方は一体どうなってるの?」
「こちらは、細袴の上から巻きつけてあります」
サヤの身につけている方は、袴が一枚の布状となっており、腰に巻く仕様になっているようだ。
その重なる部分の下は、同じくひだを沢山折り重ねた部分があり、足を大きく開いたとしても広がる。だから、中が簡単に見えることはないし、足さばきにも対応できる様子。
「でもこれの良いところは、こうすると即座に外れる所です」
サヤがそう言い、腰の部分の紐を解くと、ストンと落ちる……お、落ち⁉︎
「脱いじゃ駄目だろ⁉︎」
前それ俺たちに怒られたのもう忘れた⁉︎ っていうか、なんでこんなもの作った⁉︎
「ギル⁉︎」
衝撃と焦りを即座にぶつけると、ギルが喚き返す。
「しょうがねぇだろ⁉︎ サヤは脚を使って攻撃するんだぞ⁉︎
オリヴィエラ様の細袴じゃ、剣術の足さばきには対応できても、蹴り技には対応できなかったんだよ!」
「裾が広がって視界を遮るので邪魔なんです」
至極当然のことのようにサヤ。
そう言われ、ハッとした。
サヤの脚は、俺の顔にだって届くのだ……。そこまで脚を上げることも、この新たな細袴には可能だろう。
けれど規格外に広い幅が、逆にサヤの視界を塞いでしまうのか……。
「女近衛は、剣術以外を得意とする方が多いと記してありました。
槍や弓矢……私の無手。全てが同じ衣装では、誰かの動きに支障をきたします。
なので、見た目はほぼ同じ形で、形状の違うものを作ろうと思ったんです」
だから、従来のサヤの世界の袴を、そのまま再現するわけにはいかなかった。
全く異なる構造のものを、同じに見えるよう、調節しなければならなかったのだ。
その試行錯誤を延々と繰り返していたのだと言う。
「よくそのような難題を、この短期間で……」
驚きをそのまま言葉にするリヴィ様。俺も全く同じ思いだ。
ただ驚嘆するしかない俺たちに、二人はお互いを見て……。
「優秀な意匠師がいたからな」
「優秀な店主がいてこそです」
同じようにそう言い、お互いを指差す。
「まぁ!」
リヴィ様の声に、皆で吹き出した。
「けど姫様は『私の目に狂いは無かったな!』って言うんだろ?」
「そうそう、姫様は私の功績って顔するんだ、絶対に」
「そうやって貴方がたが丸投げを全うするから、いつまでたっても無理難題を押し付けられるのですよ」
呆れ口調でハイン。
リヴィ様の従者方も、素晴らしい出来栄えです。よくお似合いですと褒めてくれ、俺たちは無事、この難題を乗り越えたのだと知った。
そうしてギルも作業に戻り、それから夕食までの時間は各々が好きに過ごした。
サヤはリヴィ様と料理のお話をすると応接室に残り、俺はハインと共に報告にやってきたウーヴェの対応。
そうしている間に夕食の時間が来て、分離した乳……ホエーで作った麺麭が夕食に並んだ。
「ほんのり甘くて美味だわ」
「普段の麺麭とまた違う味わいですね」
酸味は感じるほどに無い。
麺麭の食感は、そこはかとなくもっちりふんわりしているような気がする。
「料理長が、今まで乳酪の絞り汁は捨ててたそうでな、喜んでた」
そう言いパンを口に放り込むギル。
その言葉にサヤはニコニコと笑顔だ。
「私の国でもかつてはそうしてたみたいですよ。でも、とても栄養価が高いものなので、水と置き換えられる部分で置き換えて使用する方が良いです。
檸檬や酢を絞り入れているので、多少の酸味があるのですけど、こうして麺麭にしたり、汁物にしたりすればさして気になりません。
酸味の強い食材との相性も良いので、赤茄子(トマト)料理なんかにも向いてますね」
「……俺に言われても覚えきれん……料理長に言ってやってくれ……」
渋面でそう言うギルに、リヴィ様はくすくすと笑う。いつもの上品な笑顔だ。
「それからルーシーが悔しがってた……」
「あ、ルーシーさんの分はとってありますよ!
言い忘れてました。貯蔵室に置かせてもらってたんです。よかったら食後にでもって、お伝えください」
「分かった」
ルーシーも今、忙しくしている様子。今日は晩餐にも同席できないみたいだ。
貴族とののやりとりは、家の事情も多々含まれるから、あまり関わらないようにしなければならない。
だから、あちらの状況はいまいちよく分からないのだけど、ギル曰く「問題無い」とのこと。
そうして夕食を済ませたら、ギルはお茶の時間もそこそこに、作業に戻っていった。
「間に合うかしら……」
「間に合わせますよ。ギルですから」
そのために今、こうしているのだろう。
言葉少なにお茶と歓談の時間を過ごし、そろそろ就寝だと言う頃合いになり、退室前のリヴィ様が、改まったように口を開いた。
「レイ殿……私も、明後日の昼にはここを発とうと思いますの……」
「そうですか……」
「一度アギーに立ち寄らなければなりません。その後はまた、王都でお会いすることになりますわ。
正装の完成が間に合わなかった場合は……」
「はい。俺がお届けに上がります。
アギーには立ち寄らず、直接王都に向かいます」
「よろしくお願い致しますわ。
では、そろそろ……。また明日」
「おやすみなさいませ」
リヴィ様が退室し、俺たちだけが応接室に残った。
俺は久しぶりの犬笛を取り出し、窓辺から外に向かって吹くと、程なくして露台から人の気配。
「ジェイド、悪い。
正装作りが、期日内に間に合わなかった場合、王都に向けて狼を走らせてもらうことになるかもしれない。
結構な荷物になると思うのだけど……」
「雪がもうねぇしな……橇が使えないから、背負える分だけってなる。量は最低限にしてくれ。
背に荷物があるなら……王都までは、余裕を持って六日。最悪五日で行ける」
「充分だ。それなら残りの日数はあと四日、最大で五日確保できるってことだな」
俺たちがここにいるのも、明後日の昼……リヴィ様がお帰りになった後で、いったん拠点村に戻る必要があるだろう。
だから、ギルが作業可能なのは、更に翌日の昼までだ。行きがけに荷物を受け取って、王都を目指す。間に合わなければ狼を残し、後を追いかけて届けてもらう。
道中で追いつけるならそれに越したことはないけれど、無理であれば王都まで来てもらうことになるな……。
それでも間に合わない場合は……一応完成している、当初正装にする予定だった細袴を使用する方向になるか。
「大丈夫でしょうか……」
「一応保険としてお願いしただけだよ。多分杞憂に終わるから」
不安そうに眉を寄せるサヤにそう笑って伝えた。
大丈夫、ギルだもの。あいつはちゃんとやり遂げる奴だから。
◆
そうして翌日の昼頃。
有難いことに、俺の心配は杞憂に終わることとなった。
「出来た」
そう言いギルが持ち込んだ袴。
それはなんとも不思議な形状をしたものだった……。
「これは、どうなっておりますの?」
首を傾げつつリヴィ様。その言葉も当然か。それは、かなり幅広の細袴だったのだ。
片足の部分に両方の足が通ってしまうほどに幅広な細袴なんて、今まで見たことがない。その太さを、ひだとして折り重ねることで、ある程度隠しているような構造。
二つの袴は一見同じ形に見えた。けれど、よくよく見ると違う。片側は細袴なのだが、もう片方は一枚の布状になっていて、腰で巻く仕様だった。
「このひだの重なり部分が思いの外難しくてな……なんとか形になって良かった。
これは、サヤの国の袴と、なんとかって袴の構造を取り入れたもんなんだ……」
「巻きスカートです」
「……覚えられねぇよ。お前の国、袴に名前ありすぎだろ。なんでいちいち形状で名前変えるんだよ……」
少々無精髭が伸び、目の下にくまを刻んだギルが不満げに、だけどどこかホッとした顔でサヤに言う。
そんなギルに変わり、サヤが細袴の構造を説明してくれた。
「これ、ひだで分かりにくいのですが、股下がちゃんとあるんです。私の国の騎士……侍の正装なんですよ。
これで剣を振るっているので、実用性は保障されていました。
もう一つが巻きスカートなのですけど……こちらは細袴の上から巻く袴です」
…………聞いてもよく分からない……。
やっぱり首をかしげる俺たちに、サヤは苦笑するばかり。
そしてギルは、そんなサヤをやや呆れ気味にじっとりと見下ろす……。
「ほんとややこしかった……ひだが重なるように織り込むのが難儀でな……。
サヤのやつ、肝心の部分うろ覚えでやがって、試行錯誤するしかねぇし……」
「申し訳ありません。でも、とても綺麗に出来てますよ?」
「そりゃな! こだわり抜いたからな⁉︎」
どこかやけくそ気味な様子のギル。寝不足と達成感で興奮しているのかもしれない。
とりあえずリヴィ様の分を、細袴。サヤの分をマキスカートなる袴で作ったから、試着してみろと言う。
すぐに小部屋が用意され、二人が袴を持って中へ。
疲れ切って長椅子に伸びたギルに、俺も「よくやってくれた」と労いの言葉を掛けた。
「まだ終わってねぇ。使用感を見てみないことにはな……」
その言葉に苦笑する。
暫く待つと、袴を身につけた二人が小部屋から出て来た。
まずリヴィ様だ。
立っている姿に変化がほぼ無い。と、いうか……袴を穿いているようにしか見受けられない。ひだの作用なのか、歩いても形が大きく崩れない。ギルによると、細袴の左右……両足のひだが、互い違いに重なるよう、折り込まれているという。だから歩いても、ひだの重なりが全て離れてしまわないのだそうだ。
「ひだは内側からギリギリで端縫いして形が崩れないようにしてある」
「…………端縫い?」
「熱や重しで形を作るだけじゃなく、見て分からない程度に縫い止めてある」
物凄く手間がかかってるってことだな。
リヴィ様は、そんな袴の構造に驚嘆の表情だ。何度も歩き、腰を振り、剣を抜いて構えを取る。
ゆっくりと基本の型を始め、その動きは次第に早くなった。そこに、リヴィ様の興奮が見て取れる。
「素晴らしい……素晴らしいですわ。これだけ動いても、足の動きが現れない……!
動きやすいのに、形状が袴に見えるなんて!」
その様子に、やはり袴の裾さばきを気にされていたらしいと悟った。
何もおっしゃらなかった……だけど、やっぱり彼女は女性。しかも貴族の中の貴族として育ったアギー家の方なのだ。
その様子を見ていたギルが、とても誇らしげに微笑む。どこか眩しげに、リヴィ様を見つめて……。
足の動きが隠されているからか、リヴィ様の型はまるで流水のように流れ、翻る袴が美しかった。
剣の型なんて見飽きるくらいに見ているはずなのに、まるで違うものに見える……優美だ。
大変満足そうなリヴィ様にホッとしつつ、俺はサヤの方に視線を向けた。
「それで、サヤの方は一体どうなってるの?」
「こちらは、細袴の上から巻きつけてあります」
サヤの身につけている方は、袴が一枚の布状となっており、腰に巻く仕様になっているようだ。
その重なる部分の下は、同じくひだを沢山折り重ねた部分があり、足を大きく開いたとしても広がる。だから、中が簡単に見えることはないし、足さばきにも対応できる様子。
「でもこれの良いところは、こうすると即座に外れる所です」
サヤがそう言い、腰の部分の紐を解くと、ストンと落ちる……お、落ち⁉︎
「脱いじゃ駄目だろ⁉︎」
前それ俺たちに怒られたのもう忘れた⁉︎ っていうか、なんでこんなもの作った⁉︎
「ギル⁉︎」
衝撃と焦りを即座にぶつけると、ギルが喚き返す。
「しょうがねぇだろ⁉︎ サヤは脚を使って攻撃するんだぞ⁉︎
オリヴィエラ様の細袴じゃ、剣術の足さばきには対応できても、蹴り技には対応できなかったんだよ!」
「裾が広がって視界を遮るので邪魔なんです」
至極当然のことのようにサヤ。
そう言われ、ハッとした。
サヤの脚は、俺の顔にだって届くのだ……。そこまで脚を上げることも、この新たな細袴には可能だろう。
けれど規格外に広い幅が、逆にサヤの視界を塞いでしまうのか……。
「女近衛は、剣術以外を得意とする方が多いと記してありました。
槍や弓矢……私の無手。全てが同じ衣装では、誰かの動きに支障をきたします。
なので、見た目はほぼ同じ形で、形状の違うものを作ろうと思ったんです」
だから、従来のサヤの世界の袴を、そのまま再現するわけにはいかなかった。
全く異なる構造のものを、同じに見えるよう、調節しなければならなかったのだ。
その試行錯誤を延々と繰り返していたのだと言う。
「よくそのような難題を、この短期間で……」
驚きをそのまま言葉にするリヴィ様。俺も全く同じ思いだ。
ただ驚嘆するしかない俺たちに、二人はお互いを見て……。
「優秀な意匠師がいたからな」
「優秀な店主がいてこそです」
同じようにそう言い、お互いを指差す。
「まぁ!」
リヴィ様の声に、皆で吹き出した。
「けど姫様は『私の目に狂いは無かったな!』って言うんだろ?」
「そうそう、姫様は私の功績って顔するんだ、絶対に」
「そうやって貴方がたが丸投げを全うするから、いつまでたっても無理難題を押し付けられるのですよ」
呆れ口調でハイン。
リヴィ様の従者方も、素晴らしい出来栄えです。よくお似合いですと褒めてくれ、俺たちは無事、この難題を乗り越えたのだと知った。
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