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対の飾り 6
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サヤが納得するまで木箆で白い塊を捏ねた。
そうすると、これでクリームチーズなるものが完成したとのこと。
ここまでがまさか一つの料理であるとは思わなかった。
「今度はこれを使って、本日のお菓子、スフレチーズケーキを作ります」
「料理したものを料理するんだ……」
なんかもう、よく分かりません。
次からちょっと大変です。なんて言うから身構えたのだけど、まずしたことは卵を割って、黄身と白身に分けることだった。
で、黄身だけが白い塊に投入され……。
「練ります」
……またですか……。
全てが均一に混ざるまで、俺が黄身を木箆で混ぜ込んでいる間に、リヴィ様は白身の方を調理するらしい。
サヤが開発した調理道具……と言うことは内緒にしてある泡立て器で、白身を泡立てるのだと、サヤは言った。
「真っ白でふわふわの状態になるまでします。持ち上げたらツンと立つくらい」
まずはお手本を見せますねとサヤ。そうして、椀を抱え、泡立て器をこれでもかというくらい振り回し始めた。それはもう、一生懸命にだ。
泡だらけになった白身をリヴィ様に渡して、もっと泡立てます。と、サヤ。
「もっとですの?」
「もっと、もーっとです。この椀からはみ出そうなくらい大きくなります」
お、大きくなるんですか⁉︎
そこからは二人で交代しつつ、必死で白身をかき混ぜ続けた。
これが一番大変な作業であるらしい。
サヤが休憩している間に俺の方の作業を確認してもらい、黄身がちゃんと全体に混ざっていることを認めてもらったので、俺も白身を泡立てるのに参戦することとなった。
「…………まだ⁉︎」
「もうちょっと。だいぶん良くなってきました」
「…………これ、本当に、大変ね……」
「泡立て器があるからまだ楽なんですよ。これを肉叉(フォーク)でやってると三倍以上大変です」
「嘘でしょ⁉︎」
腕がだるくなったら交代。そうして必死で作業をし続け、やっとサヤが納得してくれた時には、もう腕がパンパンだった……。
「…………ハインもサヤも、凄い……」
「私も、料理長がとても偉大な方なのだって、よく分かりましたわ……」
「今日は卵白が多いのでちょっと大変ですよね。でも、慣れると効率良い混ぜ方とかも分かってくるので、もう少し楽になりますよ。
はい。では次の作業に進みますね。放っておくと泡が潰れて、元の白身に戻っていってしまうので」
それは嫌だ!
腕は疲れていたけれど、気合いで作業に戻ることとなった。
真っ白の綿みたいになった白身に、砂糖を投入。また泡立てるという作業だ…………。ここまでくると拷問の一種かと思えてくる……。
「もう半分以上出来上がったも同然ですから、頑張って!」
サヤにそう応援されつつ、作業を完遂。
砂糖を入れると泡立ちにくくなるということで、ほんともう、苦行だった……だけどやりきった!
「で、次は何⁉︎」
半ばやけくそ。
そう言うとサヤは、にっこりと笑って……。
「これでほぼ終わりですよ。先ほどの黄身を混ぜたクリームチーズに、これを三回に分けて加えます。
泡を潰さないように気をつけなければいけないので、はじめの一回だけ泡立て器で混ぜたら、後は木箆でさっくりと素早くです」
言われる通りに作業を進め、淡い黄色のふわふわした状態になったそれを、薄く油を塗った器に移した。
焼き型なるものがあれば取り出せるようにするそうなのだけど、この国にはその器具が無いので、素焼きの器ごと調理するらしい。
湯を張った天板にその器を並べ窯の中へ。
焼き色を確認しながら、湯を足したりしつつ、約半時間ほど焼いた。
その間にサヤは先程の残った汁を使って、小麦粉や他の材料と捏ね、麺麭を作るのだから凄い……。
「ホエーはとても栄養が多いので、捨てるにはもったいないですから。
スープにしても良いのですけど、少し酸味があるので麺麭に入れた方が食べやすいかもしれません」
生地が出来上がると、固く絞った手拭いで包んで、発酵させるそう。
今日の晩餐にはその麺麭を出してくれるという。
「さてっ。それじゃ、そろそろ完成だと思います。みんなでお茶にしましょうか!」
◆
作業に没頭するギルは、俺が半ば無理やり引っ張り出した。
ワドに確認したから大丈夫。
ちょっと根を詰めすぎているということで、むしろ喜ばれたくらいだ。
「あのなぁ! 時間が無いって分かってるだろ⁉︎」
だけど当の本人はご立腹。何やら煮詰まっていたらしい。
彼にしては珍しく、声を荒げて怖い表情。不機嫌を隠しもしない。
でも、こんな姿をリヴィ様に見せてしまっては、頑張った彼の方が可哀想だ……。
「分かってるよ。だけどギル……リヴィ様が心配してるよ。それでギルのためにって、調理場にまで立ってくれたんだ。
食べて差し上げてよ。とても上手にできたんだから」
そう言うと、瞳を見開いて足を止めた。
「…………は? なんつった?」
「リヴィ様が、サヤと、作ったんだよ。凄い大変だったんだからな」
「はぁ⁉︎ 公爵家のご令嬢だぞ⁉︎」
「そうだよ。初めてだったってさ」
「そりゃそうだろ⁉︎ っていうかお前、なんで止めない⁉︎ サヤだろ、そんな突拍子もないことさせたのは!」
「ギル!」
少し声を張り上げて、ギルを止めた。
もう部屋も近いんだから、あまり大声出すなよ。
「驚いたのは分かるし、公爵家のご令嬢にさせることじゃないってのは、勿論分かってるよ。
それでもリヴィ様は、ギルのためにそれをしてくださったんだ。
彼の方の前で、それ、口にするなよ? お前に喜んで欲しくて頑張ったのに、そんな風に言われたら、きっと傷付く……」
そう言うと、ハッと口に手をやるギル。
普段のお前なら、まず真っ先にそっちに気付くだろう?
なのに今、それができてない……。お前はそれだけ、周りが見えなくなってる。休憩が必要なんだよ……。
「な。お茶と菓子を味わうくらいのこと、半時間もかからないだろ? それとも、それができないほどに切羽詰まってる?
心配しなくても、お前のところの職人は皆優秀だよ。休憩の時間くらい、お前が持ち場を離れたって、ちゃんと進めてくれるさ」
そう言い肩を叩くと、バツが悪そうに視線を逸らす。
立ち止まってしまったギルを根気よく待っていると……。
「…………半時間だけな」
最後に根負けして、それだけ言って、自ら足を進め出した。
「お待たせ!
お茶、冷めてしまった?」
「大丈夫ですよ。今から注ぐところですから」
応接室に戻ると、シザーやハイン、オブシズやリヴィ様の使用人方も揃っていて、ハインが茶を器に注いでいる最中だった。
シザーとオブシズは窓辺で。
リヴィ様の使用人方は、長椅子に。
残りの俺たちは机を利用することとなっている様子。
そちらに移動すると、サヤの隣と、リヴィ様の隣の席が空いていた。当然俺は、サヤの隣に座るから、ギルは少し躊躇ったものの、リヴィ様の隣に移動した。
「申し訳ない。遅くなってしまいました……」
「お忙しいのですもの。……お邪魔ではなかったかしら」
「いえ……お茶を飲むくらいの時間は、どうってことないですよ」
やっと普段の調子を取り戻した様子で、ギルがにこりと笑う。
その二人の前に、ハインがお茶と、小皿に乗せた器を差し出した。
素焼きの器には、少し焼き目のついた黄色い麺麭のようなものが入っている。焼き上がりはパンパンに膨れていたのだけど、今は少し萎んでいた。こういうものであるらしいけど。
「…………これは?」
「なんておっしゃったかしら……すふれ……ちーずけーき?」
「乳酪と卵を使ったお菓子です。とっても腕が疲れるから、滅多に作らない特別なお菓子なんですよ!」
そう言って笑うサヤに、ギルがひくりと口元を引攣らせる。
そんな大変な作業を公爵令嬢にやらせたのかよ……という顔だが、当のリヴィ様はくすくすと笑ってなんだかご機嫌だ。
「確かに、あれは大変ね」
「でも、大変だっただけのことはあるんですよ? 食べれば分かります」
「まぁ、そうなの?」
「はい。なので、食べましょう?」
皆の前にも配り終わり、ハインも窓辺のシザーらに加わった。
それを確認して、リヴィ様がこほんと咳払い。このお茶会はリヴィ様主催だからだ。
「私の、初めてのお菓子作りですのよ。どうぞ皆様、召し上がってくださいまし」
そう言い、お茶を一口飲んでから、チーズケーキに匙を刺した。
「まぁっ、しゅわっていったわ」
「食べてもしゅわってします」
サヤの言葉に、匙で救ったそれを口に運ぶリヴィ様。パクリと一口。すると、瞳を輝かせて頬に手をやった。
「まぁ……!」
主催者が口にしたことで、俺たちも匙を手に取った。それを突き刺すと匙から手に軽い反発と、しゅわりという微かな音。
麺麭ともプリンとも違う感覚が新鮮で、口に運ぶとやはり、全く違う、初めての味だ。
「溶ける……!」
「濃厚なのになんだこりゃあ……!」
「甘くて香ばしくて……確かに乳酪のような味なのに、違う!」
驚く一同。だけど皆が歓喜に表情を輝かせていて、最後に口にしたギルも、大きく目を見開いて……。
「うま……っ!」
その言葉に、隣のリヴィ様が、初めて満面の笑顔を見せた。
「本当に? サヤ、これは大成功ね!」
「はいっ、大成功ですね!」
二人で笑って、また一口。
「私……料理はとても大変だと思っていたのだけど……また作ってみたいわ」
「作り方、紙に書いてお渡ししますよ。
もう一回作っているから、きっとそれで充分分かります」
「そうかしら?」
「ええ。きっと大丈夫ですよ」
「……秘匿権は、犯していない……?」
「ブンカケンに所属すると、ブンカケンの持つ秘匿権は所属者全員てに公開されるんです。どんな職の、どんなものでも。
リヴィ様が作っても大丈夫ですよ」
「まぁ。じゃあ、私も所属できますの?」
キャッキャと華やぐ場に、皆も自然と微笑んでいた。
ギルもどこか遠慮した、作り顔の笑みではないリヴィ様に驚いたのか、そのやりとりにただ見惚れている。
「料理って楽しいのね。美味しいって言っていただけることが、こんなに嬉しいだなんて……私、初めてだわ。
王都に行っても……できるかしら」
そう言うと、瞳が陰った。
その表情に、ギルが反射で口を開きかけるけれど、その前にリヴィ様は、表情をまた、無理やり笑顔に戻す。
「この国で初めての、女近衛ですものね……料理ができても、良いかもしれないわ」
「でしたら、また次の機会、別の料理に挑戦してみますか?」
もうリヴィ様は、いつもの美しい笑顔だった。
公爵家のご令嬢に相応しい、気品のある表情。
その様子に、口を挟み損ねたギルは……そのまま俯き、素焼きの器に入った菓子に、視線を落とした。
そうすると、これでクリームチーズなるものが完成したとのこと。
ここまでがまさか一つの料理であるとは思わなかった。
「今度はこれを使って、本日のお菓子、スフレチーズケーキを作ります」
「料理したものを料理するんだ……」
なんかもう、よく分かりません。
次からちょっと大変です。なんて言うから身構えたのだけど、まずしたことは卵を割って、黄身と白身に分けることだった。
で、黄身だけが白い塊に投入され……。
「練ります」
……またですか……。
全てが均一に混ざるまで、俺が黄身を木箆で混ぜ込んでいる間に、リヴィ様は白身の方を調理するらしい。
サヤが開発した調理道具……と言うことは内緒にしてある泡立て器で、白身を泡立てるのだと、サヤは言った。
「真っ白でふわふわの状態になるまでします。持ち上げたらツンと立つくらい」
まずはお手本を見せますねとサヤ。そうして、椀を抱え、泡立て器をこれでもかというくらい振り回し始めた。それはもう、一生懸命にだ。
泡だらけになった白身をリヴィ様に渡して、もっと泡立てます。と、サヤ。
「もっとですの?」
「もっと、もーっとです。この椀からはみ出そうなくらい大きくなります」
お、大きくなるんですか⁉︎
そこからは二人で交代しつつ、必死で白身をかき混ぜ続けた。
これが一番大変な作業であるらしい。
サヤが休憩している間に俺の方の作業を確認してもらい、黄身がちゃんと全体に混ざっていることを認めてもらったので、俺も白身を泡立てるのに参戦することとなった。
「…………まだ⁉︎」
「もうちょっと。だいぶん良くなってきました」
「…………これ、本当に、大変ね……」
「泡立て器があるからまだ楽なんですよ。これを肉叉(フォーク)でやってると三倍以上大変です」
「嘘でしょ⁉︎」
腕がだるくなったら交代。そうして必死で作業をし続け、やっとサヤが納得してくれた時には、もう腕がパンパンだった……。
「…………ハインもサヤも、凄い……」
「私も、料理長がとても偉大な方なのだって、よく分かりましたわ……」
「今日は卵白が多いのでちょっと大変ですよね。でも、慣れると効率良い混ぜ方とかも分かってくるので、もう少し楽になりますよ。
はい。では次の作業に進みますね。放っておくと泡が潰れて、元の白身に戻っていってしまうので」
それは嫌だ!
腕は疲れていたけれど、気合いで作業に戻ることとなった。
真っ白の綿みたいになった白身に、砂糖を投入。また泡立てるという作業だ…………。ここまでくると拷問の一種かと思えてくる……。
「もう半分以上出来上がったも同然ですから、頑張って!」
サヤにそう応援されつつ、作業を完遂。
砂糖を入れると泡立ちにくくなるということで、ほんともう、苦行だった……だけどやりきった!
「で、次は何⁉︎」
半ばやけくそ。
そう言うとサヤは、にっこりと笑って……。
「これでほぼ終わりですよ。先ほどの黄身を混ぜたクリームチーズに、これを三回に分けて加えます。
泡を潰さないように気をつけなければいけないので、はじめの一回だけ泡立て器で混ぜたら、後は木箆でさっくりと素早くです」
言われる通りに作業を進め、淡い黄色のふわふわした状態になったそれを、薄く油を塗った器に移した。
焼き型なるものがあれば取り出せるようにするそうなのだけど、この国にはその器具が無いので、素焼きの器ごと調理するらしい。
湯を張った天板にその器を並べ窯の中へ。
焼き色を確認しながら、湯を足したりしつつ、約半時間ほど焼いた。
その間にサヤは先程の残った汁を使って、小麦粉や他の材料と捏ね、麺麭を作るのだから凄い……。
「ホエーはとても栄養が多いので、捨てるにはもったいないですから。
スープにしても良いのですけど、少し酸味があるので麺麭に入れた方が食べやすいかもしれません」
生地が出来上がると、固く絞った手拭いで包んで、発酵させるそう。
今日の晩餐にはその麺麭を出してくれるという。
「さてっ。それじゃ、そろそろ完成だと思います。みんなでお茶にしましょうか!」
◆
作業に没頭するギルは、俺が半ば無理やり引っ張り出した。
ワドに確認したから大丈夫。
ちょっと根を詰めすぎているということで、むしろ喜ばれたくらいだ。
「あのなぁ! 時間が無いって分かってるだろ⁉︎」
だけど当の本人はご立腹。何やら煮詰まっていたらしい。
彼にしては珍しく、声を荒げて怖い表情。不機嫌を隠しもしない。
でも、こんな姿をリヴィ様に見せてしまっては、頑張った彼の方が可哀想だ……。
「分かってるよ。だけどギル……リヴィ様が心配してるよ。それでギルのためにって、調理場にまで立ってくれたんだ。
食べて差し上げてよ。とても上手にできたんだから」
そう言うと、瞳を見開いて足を止めた。
「…………は? なんつった?」
「リヴィ様が、サヤと、作ったんだよ。凄い大変だったんだからな」
「はぁ⁉︎ 公爵家のご令嬢だぞ⁉︎」
「そうだよ。初めてだったってさ」
「そりゃそうだろ⁉︎ っていうかお前、なんで止めない⁉︎ サヤだろ、そんな突拍子もないことさせたのは!」
「ギル!」
少し声を張り上げて、ギルを止めた。
もう部屋も近いんだから、あまり大声出すなよ。
「驚いたのは分かるし、公爵家のご令嬢にさせることじゃないってのは、勿論分かってるよ。
それでもリヴィ様は、ギルのためにそれをしてくださったんだ。
彼の方の前で、それ、口にするなよ? お前に喜んで欲しくて頑張ったのに、そんな風に言われたら、きっと傷付く……」
そう言うと、ハッと口に手をやるギル。
普段のお前なら、まず真っ先にそっちに気付くだろう?
なのに今、それができてない……。お前はそれだけ、周りが見えなくなってる。休憩が必要なんだよ……。
「な。お茶と菓子を味わうくらいのこと、半時間もかからないだろ? それとも、それができないほどに切羽詰まってる?
心配しなくても、お前のところの職人は皆優秀だよ。休憩の時間くらい、お前が持ち場を離れたって、ちゃんと進めてくれるさ」
そう言い肩を叩くと、バツが悪そうに視線を逸らす。
立ち止まってしまったギルを根気よく待っていると……。
「…………半時間だけな」
最後に根負けして、それだけ言って、自ら足を進め出した。
「お待たせ!
お茶、冷めてしまった?」
「大丈夫ですよ。今から注ぐところですから」
応接室に戻ると、シザーやハイン、オブシズやリヴィ様の使用人方も揃っていて、ハインが茶を器に注いでいる最中だった。
シザーとオブシズは窓辺で。
リヴィ様の使用人方は、長椅子に。
残りの俺たちは机を利用することとなっている様子。
そちらに移動すると、サヤの隣と、リヴィ様の隣の席が空いていた。当然俺は、サヤの隣に座るから、ギルは少し躊躇ったものの、リヴィ様の隣に移動した。
「申し訳ない。遅くなってしまいました……」
「お忙しいのですもの。……お邪魔ではなかったかしら」
「いえ……お茶を飲むくらいの時間は、どうってことないですよ」
やっと普段の調子を取り戻した様子で、ギルがにこりと笑う。
その二人の前に、ハインがお茶と、小皿に乗せた器を差し出した。
素焼きの器には、少し焼き目のついた黄色い麺麭のようなものが入っている。焼き上がりはパンパンに膨れていたのだけど、今は少し萎んでいた。こういうものであるらしいけど。
「…………これは?」
「なんておっしゃったかしら……すふれ……ちーずけーき?」
「乳酪と卵を使ったお菓子です。とっても腕が疲れるから、滅多に作らない特別なお菓子なんですよ!」
そう言って笑うサヤに、ギルがひくりと口元を引攣らせる。
そんな大変な作業を公爵令嬢にやらせたのかよ……という顔だが、当のリヴィ様はくすくすと笑ってなんだかご機嫌だ。
「確かに、あれは大変ね」
「でも、大変だっただけのことはあるんですよ? 食べれば分かります」
「まぁ、そうなの?」
「はい。なので、食べましょう?」
皆の前にも配り終わり、ハインも窓辺のシザーらに加わった。
それを確認して、リヴィ様がこほんと咳払い。このお茶会はリヴィ様主催だからだ。
「私の、初めてのお菓子作りですのよ。どうぞ皆様、召し上がってくださいまし」
そう言い、お茶を一口飲んでから、チーズケーキに匙を刺した。
「まぁっ、しゅわっていったわ」
「食べてもしゅわってします」
サヤの言葉に、匙で救ったそれを口に運ぶリヴィ様。パクリと一口。すると、瞳を輝かせて頬に手をやった。
「まぁ……!」
主催者が口にしたことで、俺たちも匙を手に取った。それを突き刺すと匙から手に軽い反発と、しゅわりという微かな音。
麺麭ともプリンとも違う感覚が新鮮で、口に運ぶとやはり、全く違う、初めての味だ。
「溶ける……!」
「濃厚なのになんだこりゃあ……!」
「甘くて香ばしくて……確かに乳酪のような味なのに、違う!」
驚く一同。だけど皆が歓喜に表情を輝かせていて、最後に口にしたギルも、大きく目を見開いて……。
「うま……っ!」
その言葉に、隣のリヴィ様が、初めて満面の笑顔を見せた。
「本当に? サヤ、これは大成功ね!」
「はいっ、大成功ですね!」
二人で笑って、また一口。
「私……料理はとても大変だと思っていたのだけど……また作ってみたいわ」
「作り方、紙に書いてお渡ししますよ。
もう一回作っているから、きっとそれで充分分かります」
「そうかしら?」
「ええ。きっと大丈夫ですよ」
「……秘匿権は、犯していない……?」
「ブンカケンに所属すると、ブンカケンの持つ秘匿権は所属者全員てに公開されるんです。どんな職の、どんなものでも。
リヴィ様が作っても大丈夫ですよ」
「まぁ。じゃあ、私も所属できますの?」
キャッキャと華やぐ場に、皆も自然と微笑んでいた。
ギルもどこか遠慮した、作り顔の笑みではないリヴィ様に驚いたのか、そのやりとりにただ見惚れている。
「料理って楽しいのね。美味しいって言っていただけることが、こんなに嬉しいだなんて……私、初めてだわ。
王都に行っても……できるかしら」
そう言うと、瞳が陰った。
その表情に、ギルが反射で口を開きかけるけれど、その前にリヴィ様は、表情をまた、無理やり笑顔に戻す。
「この国で初めての、女近衛ですものね……料理ができても、良いかもしれないわ」
「でしたら、また次の機会、別の料理に挑戦してみますか?」
もうリヴィ様は、いつもの美しい笑顔だった。
公爵家のご令嬢に相応しい、気品のある表情。
その様子に、口を挟み損ねたギルは……そのまま俯き、素焼きの器に入った菓子に、視線を落とした。
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