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ウォルテール 1

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 セイバーン領内で、一番アギー領に近い街はメバックだ。
 耳飾や女近衛の正装についての件もあり、最短でメバックに戻れる進路で帰郷した。
 つまり、若干無理をすれば本日中にメバックに到着できる。

「カタリーナ、申し訳ないけれど、今日はちょっと遅くまで進む。
 拠点村一つ手前にメバックがあるのだけど、そこに泊まるから」

 道中の休憩でそう伝えると、こくりと頷くカタリーナと、カタリーナに縋り付くジーナ。
 プローホルを発った当初、この二人はガチガチに固まって身売りされていく牛さながらの様子だったのだけど、少しずつ雰囲気が和らいできた。それはひとえに、馬車で共に移動する女中らの心配りがあってこそだろう。

「ジーナもごめんな。お尻が痛くなったりしてないと良いのだけどね」

 カタリーナの懐からこちらを伺ってくるジーナにそう語り掛けると、ジーナはカタリーナの後ろに隠れてしまう。
 その様子を見ていた女中頭が、しかめ面しい顔で口を挟んできた。

「若様、ジーナは幼くとも女性。それは失礼ですわ」
「えっ、そ、そうなの⁉︎」
「そのような心配されても居た堪れないだけです」

 う……そ、そんな風なの?    いや、別に俺は他意があったわけじゃなくてだね。
 うろたえる俺に追い打ちをかけるように、別の女中からも声が飛んだ。頬に手を当て、身をくねらせ。

「殿方においどの心配は……恥ずかしいですわぁ」
「ジーナちゃん可愛そうです」
「えええぇぇ、ごめんっ、そういうつもりじゃなかったんだけど⁉︎    す、すまなかったジーナ、もう言わないから!」

 女中に遊ばれて狼狽えるしかない俺に、カタリーナは目をまん丸に見開き、ぽかんと口を開けている。
 そこにやってきたサヤが、苦笑しながら「それくらいにしてあげてください」と助け舟を出してくれた。

「若様、女性慣れしてませんわねぇ」
「そんなことでは女性にしなだれかかられた時どうなさいますの?」
「かかられないよ⁉︎    近付かないし!」

 咄嗟にそう答えたのだけど、まぁ!    と、口元に手をやった女中らは二人でとても楽しそうに目を細める。そして俺とサヤを交互に見て……。

「あらあらぁ、そうでしたわぁ、若様は意中の華に心を奪われておいでなのでした」
「仲睦まじくて羨ましいです。私にもそんな殿方との出会い、無いかしら」

 キャッキャウフフと華やかに笑う女中らに、サヤまで真っ赤だ。
 ワタワタ始めた俺とサヤに、ジーナまでぽかんとしており、そこでようやっと女中頭から救いの手が。

「貴女達、拠点村に戻ったら指導係となるのですよ。そのようにいつまでも新人のつもりでいてどうするのです」
「…………は?」
「……私達のことですか?」
「五人しかいないのですよ。皆がそうなるに決まっているでしょう」
「えええぇぇ、聞いてませんんんっ」
「そんなっ、私達まだまだ未熟で……」
「教えることもまた学びです」
「そんなっ、自信ないです、もうちょっと待ってください女中頭あああぁぁ!」

 今のうちに逃げよう。

 ジーナにひらひらと手を振って、サヤと二人で退散した。本日中にメバックへ帰りつけるというのもあって、女中らも気持ちが浮き立っているのだろうな。
 皆、アギーでは何も言わず職務に邁進してくれていたけれど、やはり公爵家での日々には緊張していたのだろう。
 あと、今までどことなく距離を感じていた彼女らが、こうして話し掛けてくれることがなんだか嬉しかった。いや、どうせならもう少し穏便に。いじられ役はほどほどでお願いしたいのだが……。

 そんなことを考えながら、ハインら俺の配下が集まる敷布まで帰ってくると、何故か人数が増えている。

「ジェイド!」

 ひと月近くぶり、アギーでも会う機会が無かったからほんと久しぶりの顔だ。嬉しくなってつい駆け寄ったのだけど……。

「ギルから伝言。宿の確保済ンでる、銀の匙亭。十人まではうちに来い。サヤ必須。状況をもっと詳しく!    だとよ」

 物凄いそっけなくあしらわれてしまい、ちょっと寂しい……。
 なんかこう、久しぶりとか、元気だったかとか、あっても良いんじゃないかな。俺的には結構ジェイドらのこと、気にしてたのに……。
 そう思い、もう一人の姿を探すけれど、見当たらない……。

「アイルは来てないのか?」
「あいつは拠点村。ウーヴェとロビン捕まえに向かわせた」

 耳飾の件も動いてくれているらしい。
 ホッとした俺に対し、ジェイドは相変わらず仏頂面のままだ。そして、ちょいちょいと俺を手招いた。

「なに?」

 そちらに依ると、ジェイドの視線がサヤを気にしていることに気付く。
 ……サヤに聞かれたくないのかな?    何かいかがわしい系のことなのだろうか……。
 少し考え、サヤに、父上にそろそろ出発する旨を伝えて来てくれるかと言伝した。はいっ。と、明るく返事をしたサヤが、尻尾のような髪をひらめかせて走っていく。それを暫く見送り、ほどほど距離が稼げたというところで、ジェイドの腕が俺の首に回され、ぐいと引っ張られた。そして耳元で囁かれた内容は……。

「ウォルテールが逃げやがった」
「……え⁉︎」
「もう半月ほど前だ。訓練の最中だったから、当初は事故って動けねぇのかなって、探したンだが、どうも姿をくらませたっぽい。
 ここンとこ大人しかったらしいンだがな……やられた。昨日急使が来て、お前に知らせとけとよ」

 や、やられたって……やられたって、まずいんじゃないのか⁉︎

「獣の時に逃げやがった。匂いを辿ったンだが、川を挟まれて追えなかったって話だ」
「川って……この時期に川に入ったってこと⁉︎」
「騒ぐほどじゃねぇよ。獣ならさして苦にならン。まぁ、寒いけどな」
「獣の時にって、じゃあ衣服とかは……」
「全部無しだよ。後をどうするつもりで逃げやがったのか……」
「……だけど、ウォルテールって見つけた時もそんなだったんだろう?」

 そう問うと、嫌そうな渋面になる……。
 ウォルテール……ちょっと浅慮というか、獣人としての血が濃い特徴が出ているのか、短絡的な面がある。
 能力としては優れているのだろうけれど、まだ幼さもあり、暴走しがちだった。
 最近大人しかったとジェイドは言ったが、その獣人特有の部分が不意に出てしまったのかもしれない……。

「見つけたら、どうするんだ?」
「半殺しだ」
「……殺さないな?」
「そこまでしねぇよ。だが掟を守れねぇ奴なンざ、群には不要だ。放り出してやりたいが……逃げた奴放り出すのは無駄だからな」
「…………」

 かなり剣呑な表情のジェイドに、群の規則を守るということが、とても重要なことなのだと伺えた。
 心情としては放り出したいのだろう。だけど……ウォルテールは幼いながらも獣化できてしまう。獣人としてかなり濃い血を有しているし、何より尾や耳、足等、表層に特徴が強く出ている。そのまま野放しにしておくわけにはいかないのだ。
 とにかく、今も探しているけれどまだ見つけていないから、一応伝えておくという。

「……あいつのこと、サヤにはどうする」
「……うん……サヤは……心配するだろうな……」

 どう、伝えよう……。

「あの野郎、サヤに執着してたからな……こっちに来やがるかもしれねぇ」

 その言葉に胸が騒めく。
 ウォルテールは、サヤを好ましく思っている。彼らが荊縛に侵されていた時、サヤが身を呈して彼らの看病に当たった時から。
 彼はサヤに姉と離ればなれになってしまったのだと語ったそうで、サヤにその姉を重ねてしまっているふしがある。
 まだ十三と若く、姉の代わりということもあり、今のところ肉欲を伴う感情ではない様子だから、サヤにも拒絶反応が無くて……正直俺としては、少々気になる状況だった。

「……言わないわけにもいかないさ。どうせすぐ分かるんだろうし」
「……そうかよ。まぁ、万が一あいつがサヤの所に逃げ込ンでも、庇いだてすンなよ。落とし前はつけさせるからな」
「……分かった」

 彼らには彼らのやり方があるのだろうから、こちらが余計な口出しをしすぎない方が良いのだろう……。
 そうこうしてる間にサヤが戻り、言いにくくなる前にとウォルテールのことを伝えた。
 心配そうに眉を寄せるサヤ。

「もしウォルテールがサヤの所に来ても、ちゃんと引き渡すんだよ。
 落とし前はつけさせるけど、その後は群れにまた、迎え入れてもらえるみたいだから……」
「……はい。あのっ、ジェイドさん……私からも事情を聞いてみますから……その……」
「お前は、主の番だろうが、余計な口は挟むな。何かをする必要もねぇ。
 必要以上にあいつに関わンな。余計お前に執着させるだけになンだよ」

 ぴしゃりとジェイドにそう言われ、サヤは項垂れた。
 分かってはいるけれど、放っておけないのだろう……。ウォルテールはどうにも他に反発してしまうし、サヤに一番懐いているようだったから。

「ま、まぁともかく、もしウォルテールが来たらって話なんだから。
 それに何より、無事である確認が一番先だよ。もう何日も経っているなら、心配だ……」
「けっ、自業自得だろ」

 そんな風にやり取りし、とりあえずメバックには共に向かおうということになった。
 周りに紛れて適当についていくと、ジェイドは姿をくらませてしまったけれど、きっとすぐ近くにいるのだと思う。

「ウォルテールさん……どうして……」
「うん……」

 ……もしかして。
 という、考えはあった。
 けれと、まさかな……と、その可能性は振り払ったのだけど……陽が、山の向こうに隠れる頃合いになって、俺のまさかは現実となった。
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