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社交界 6

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 国王様の容態が安定したという話は、少し肩の荷が下りる思いだった。
 姫様を王にはしないと心に決めていらっしゃった国王様……その思いを知ってなお、俺はそれを踏みにじったわけで……。
 姫様の願いであったとはいえ、不敬では済まされないことをした自覚があった。
 王家の白が病であるという話も含め、国王様へのご負担は相当なものであったろうと思う……。

「あちらに戻り、ヴァーリンを筆頭に、公爵家の系譜を調べた。
 面白かったぞ。アギー以外の三家は、時代を追うごとにやはり出生率が低下しておった。
 王家程ではないがな。
 特に、血を重要視しておる家系ほど、それが顕著に現れていたうえに……白を隠していた。
 時代の中、記録に残っているだけで六人。
 しかし……王家の白を特別視するために、伏せられておったわけだな……」

 その白く生まれた方々が、どのように扱われたか……という部分に、姫様はあえて触れなかった。
 記録に残っている……と、表現された以上、残らなかった方も存在した可能性がある。そのことにも、触れなかった。

「はじめこそ荒れたがな。
 父上の容態が落ち着き、私が目に見えて健康になれば文句も付かぬわ。
 何よりこの白の行き着く先にある滅亡と、白を退ける手段が揃っていた。
 公爵家の中では、白よりも血の重視。それで話が纏まった」

 だから、姫様を王へと推すことを、公爵家四家が全て認めたのか。
 しかし……王家の白を象徴とすることを推してきた神殿は…………。

「神殿には伏せてある。戴冠を済ませてからの発表にするからな」

 さも当然のように姫様。
 つまりそれは……。

「……神殿に喧嘩を売る気ですか…………」
「売る気は無いが、結果としてそうなろうな。
 だが……良い機会と思うことにした」

 二千年前はともかく、今神殿の力はさほど強くはない。
 フェルドナレンは比較的平和で、比較的豊かだ。
 無論その一言で済ませて良い話ではないのだが、神の教えに縋り、耐え難きを耐えねばならない時代ではなくなってきている。
 それに伴い神殿の力も弱まってきているのだが、当人らはそれを良しとはしていない。
 当然だろう。権力というものは、一度持つと手放せない呪いがかかる。それは神に仕える身であっても抗えないことであるらしい。
 そんなわけで、近年は神殿の力を削ごうとする貴族側との対立も多いと聞いていた。

「色々口出しも多い。政教分離だと何度言っても聞かぬ。
 この際だ。私の代で三割がた削ってしまおうと思う。また白を持ち出されてもたまらぬしな」

 賢王の白を声高に唱えていた神殿は、姫様の攻撃対象とみなされたらしい……。
 とばっちりが申し訳ない気もするな……と、そう考えていたのだが。

「とりあえず戴冠式まであとひと月程となったわけだが……その前にもうひとつ、確認しておくことがある。
 レイシール……誓約は本当に、セイバーン殿の知らぬことであったのだな?」
「はい……。
 父は……自身の代になってから、誓約は一度も使用されておらず、許可も出していないと……。
 そもそも父はその……神殿に赴いていないと」
「セイバーンはそうであろうな。館が何故か村にある……あの村に神殿は無いであろうし、メバックにも無いのだろう?」
「はい。領地を取り仕切っていた時も、ほぼ村巡りで……都市は基本的に、部下の方々で役割分担されていたそうで……。
 自身が神殿に訪れたのは、俺の、貴族としての認知が最後だと」

 そもそも父上は、正直信心深いとは言いがたい人であるようだ。
 神頼みしてもどうにもならぬことの方が多い。そこに時間を割くならば、自らの手や足を動かす方が成果を得られるとのお考えで、必要最低限しか神殿に赴いていなかった。
 それこそ……俺の認知や、兄上の成人儀式、兄上の出産報告と認知。その前は……異母様との、婚姻……。
 母は妾であったから、こちらの報告はされていないという。
 更にその前は、自身の成人儀式……そして、俺の祖父母……父上のご両親の、葬儀……。

 名代を立てられる場合は全てそうしていたという。
 たったそれだけしか赴いていない神殿だ。記憶違いなどあり得ないと、言い切られた。

 セイバーンの麦の農法は他所と違うことが多い。
 水路が巡らせてある辺りからして珍しい。そんなだから、畑の管理には気を使う。父上は特殊な農法を徹底させるために、農地を巡って指導を行っていたそうだ。
 なので自ずと、人に任せられる仕事はそちらに回され、大きな街や都の管理は配下の方々に委ねられていた。そんな風であるから、大きな都市にしか無い神殿に、わざわざ立ち寄ったりもしない。

 で、誓約だが……。
 これは領主にしか出せないものであるらしい。
 誓約は、人生を左右する。
 例えば剣を持たないと誓えば、それを生涯守ることになる。
 当然貴族がそうすれば、国に仕える身だ、支障をきたす。
 けれど神に誓ったことだ。国の命より優先される。
 とまぁ、そんな風になってもらっては困るわけで、ホイホイと簡単に、感情に任せて誓うものではない。なので許可制、領主権限となっているそうだ。

「其方の誓約……国の誓約記録には記されていなかった」

 そして。
 領主の許可のもと、領主自らの手で神殿に奉納され、記録、管理される。
 更には、国に報告され、こちらにも記録が残るらしい。知らなかったのでびっくりした。

「国に報告が無いものは無効である。
 と、父上より許可は頂いた。書類も後で渡そう。誓約書自体は回収できぬが、そもそも其方の誓約を殆どの者が知らぬのだから、特に問題も無かろう」
「あ、ありがとうございます!」

 姫様の計らいで、俺の誓約の有無が確認し直されていたのだが、本日で正式に無かったことになるようだ。
 まぁ、そうしてもらわなければ困る。父上と話せないでは、領主の仕事を引き継ぐこともままならない。

「だが其方のその発言で、一つ問題が確認された。
 誓約書の印はセイバーンのものだ」
「……?」
「領主印が本物でなければ、流石に受理されはしないのだよ。セイバーン殿が知らぬと言うなら、領主を騙った者がいるという問題だけではない。印の偽造によるものか、盗み、捺印され戻されたか……まぁ、とにかく不正だ。そもそも誓約書の存在が不正であるから、ただの上塗りでしかないが、領主印までが偽造されたとなるなら、相当な問題ということだな。
 調べようにも十五年以上前のことであるし……多分何も出てこんだろう。
 一応其方も、それを心に留めておけ」
「は……はい…………」

 さらりと言われたが……。
 これはそんな簡単なことではないと、すぐに分かった。

 印は偽造できない。
 ……できないとされている。
 これは特殊な温度管理が必要な鉱石、聖白石で作られており、その加工ができるのはアギーのみ。印の製造を指示できるのも、行えるのも、国と、アギーだけとされている。

 血の気が引いた。
 こ、これは……大変な事態だ。
 アギーの中に、裏切り者や、不正を働く者が潜むかもしれないというその事実……。
 なにより、セイバーンの領主印ひとつでは、済まないかもしれない…………。
 偽造が最も困難であるはずの領主印が偽造されてしまったとなれば、略式の家紋印は?    王家の紋章印は?
 なのに姫様……そしてアギー公爵様はというと、ニタリと笑って……。

「本来なら、一生明るみには出なかったであろうことが分かったのだぞ。こっちには美味しいだけだ。
 折角尻尾を晒しておるのだから、掴んでやらねば可哀想だものな。……まぁ、いつ掴むかは、こちらが選ばせてもらうが」
「左様ですな。なに、戴冠式までは流しておいてあげましょう。
 領主以外からの申請を通してしまった、神殿の不祥事ですからな。最も痛手となる場で使わねば。
 領主印の製造記録はあちらも確認できませんから、ひとつ掴めたこちらが有利。
 いやぁ、良いものをいただきました」

 そんな風に和んでしまっている……。
 良いのか……それで……。

「……だが、ひとつ問題があろう。
 もし領主印が偽造されたのだとしたら、今後のセイバーンにも影響がある。
 セイバーン殿や、レイシールのあずかり知らぬところで印が使われてしまえばどうなるか……。
 その辺は、どのように対処するつもりだ」

 それまでただ黙ってその場にいたリカルド様が、冷静にそんなことを指摘してきた。
 見た目が苛烈な方だからな……こういう冷静な反応されると空気が引き締まる……。
 それに対し、姫様はあっさりと「意匠を改め、セイバーンの領主印を作り直す」とのこと。

「許可は得ているから心配するな。王印入りの書面も確保してきたぞ。
 これは可及的速やかに処理すべきことであるからな。領主印の偽造……まして悪用など、許してはならん。
 とはいえ……領主印だからな……考え直すとなると大ごとだし、家紋印も同じく変更することとなるし……うーん……。
 できるならば、秘密裏に行いたいのだがな……。
 これは上手く使えば、最高の切り札となり得るものであるし……だからどこで領主印の改定に踏ん切るかという問題になってくるのだが……」

 姫様の言葉に、俺たちは唸った。
 それは、そうだ……。
 せっかく偽造されている可能性に気付き、先手を打てるのだから、わざわざそれを相手に知らせたくはない。
 けれど領主印はかなり精密な、細かい細工を緻密に組み込んだ彫りのもので、考え直すとなると、大ごとだ。今日考えて明日作り直すなんて風に、簡単に済ませられるものではない。
 更に、取り急ぎ俺が役職を賜る段階でまず、家紋印自体が必要になるだろう。
 俺はまだ成人前で、当然庇護者……父上の了承を得なければならないからだ。
 が、領主の場合、領主印の略式意匠が家紋印となる。領主印を改定してしまわなければ、こちらの修正も当然難しい……。
 領主印が偽造されていると知った以上は、極力早く、正式な印を変更してしまいたい。
 でなければ、今の印を使い続けている間の書類の信用性にも絡んでくるわけで……。

「極力早く意匠は考え直す必要がある。
 レイシール、できるならば、この社交界中に済ませてしまいたい。
 セイバーン殿が来てくれたことは僥倖だったな。ここで処理しようと思えばできるということだから」
「……そのような……簡単に決められるものか?    あの緻密な意匠を改めるなど……」
「できるかどうかではない。するしかないのだ」

 きっぱりと言い切られてしまった。
 するしかない……まぁ、そうだよな。けれど……それただの無茶振りですよね……。
 ちょっと明後日の方向を向いてしまいたくなった俺に対し、姫様はにんまりと笑って「慣れておろ?」とのこと。
 慣れたら大丈夫になるとでも言うつもりか…………。

「とにかく、レイシールとセイバーン殿を呼び出す口実をいくつか用意せねばな」

 ウキウキと楽しげにそう言う姫様に、俺は脱力して頷くしかなかった……。
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