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社交界 5

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「今そのようなことは良い。
 それよりも時間が惜しい。本題に入るぞ」

 咳払いをひとつ。
 姫様が表情を引き締めたので、俺も居住まいを正す。

「ジェスルの件だ。報告書はまことか。
 火玉まで使われたと?    しかもセイバーンを金蔓にしておったとあったが……」
「はい……。
 とはいえ、証拠はありません。全て灰になってしまいましたから……。
 バンスの別邸も調べましたし、父上の……その……父上が幽閉に至った状況も……お聞きしたのですが……」

 姫様の言葉に、俺は今日まで掛けて調べてきた事柄を頭の中に並べた。
 ことがことだけに、内容を書き記すことも憚られ……数少ない資料は現状、俺とマルの頭の中だけにある。

「表層は全て、異母様と兄上の暴走……でした。
 母の死も……兄上、の、手によるもので…………。
 捉えた幹部らの尋問も続けているのですが、主要な人物は含まれていない様子で、さした証言は得られておりません。
 ただ……。
 土嚢壁を作る過程で、長きにわたって横領を働いていた執事の尾を、偶然掴んでいたのですが、そちらから少し、手繰れたことがございます。
 それがどうも……ジェスルの裏に繋がっていたようで……」

 実際、父上の幽閉に至った事柄からは、ほとんど何も手繰れなかった。
 こちらから分かったことといえば……。

 高価な調度品や衣類、装飾品の購入は、異母様の日常的な買い物で、これはジェスルにいた頃よりの変わらぬ習慣だったということ。
 確かにそれにより、ジェスルには大きな金が動いていたが、異母様に金策を行なっていたという自覚は無い様子。
 現在バンスに幽閉されている異母様は当初、調度品や衣類の購入が禁止されたことに半狂乱だったという。

 次に兄上だが……。
 兄上は、正直言って、奇怪だった。
 酒を飲んだ時に気が大きくなり暴れる……。それは確かに、そうだったのだろうと思う。
 けれど、マルが言うには、条件による行動が見え隠れしているらしい。どういうことかというと、要は……。

「暴走を、操作されていたかもしれない……というのです。
 実際亡くなる直前にも、違和感がありました……」

 寝台の下に潜み、隙を突いて俺に襲いかかってきた兄上。
 部屋に撒かれていた酒や油……握られていた刃……。
 意味のよくわからないことを口走っていたし、結局最後は窓から身を躍らせた。

「部屋に油を撒き、その匂いを酒で誤魔化し、窓を開けて換気するとともに、そこから逃げたように見せかける……。あの状態の兄上に、はたしてそんな思考力があったのか……」

 それができるなら、その前にやれることがもっと沢山あったし、逃げればよかった。
 なのにあそこに潜み、俺が来るのを待っていた……俺が一人になるのを、淡々と……。

「まるで……時間稼ぎのための、捨て駒みたいに……」

 部屋を家具で閉ざし立て篭もり、更に俺を襲ったことで、かなりの時間を無駄に浪費した。事実執事長や裏に関わっていたであろう者らの大半が逃げ果せてしまっている。更には、火玉で証拠も燃えた……。

「影を使っていたという事実もありますし、ジェスルは、ジェスルの意思で、セイバーンを支配し、金策を行なっていたと考える方がしっくりくるのです」

 そして裏……。俺の命を狙った執事から手繰れた情報は……。

「メバックの両替商より得た金を、一部横領していたのですが、やはり大半はジェスルに送金されていました……。
 其の者は兇手を使いましたし、裏と繋がる手を持っていたのは確かです。
 マルが抑え、泳がせていたのですが……其の者も現在、姿を眩ませております」

 俺の報告に、姫様とリカルド様、そしてアギー公爵様が難しい顔をする。
 各々が、暫し逡巡した後、結局姫様が、口を開いた。

「……そうか……。
 だがな……あのジェスル殿が、そのようなことに手を出していたなど、にわかには信じ難い……。
 あれは小者だ。スヴェトランの抑えを任せられるとも、思えぬほどのな……。
 それに、セイバーン殿との強引な婚姻は、今のジェスル殿ではなく、その父親……先代の行ったことだ。
 先代ならばまだ考えられるのだが……それこそ、もう十年以上前に亡くなられておるしな……」

 姫様の言葉に、リカルド様やアギー公爵様も頷きを返す。
 ……やはりそうなるのか。
 これは父上も同意見だったのだよな……。

「しかし、その先代殿が亡くなった後も、金策と思われる行為は続けられております……」
「うむ……そうなのだよな……。記されていた金額を考えても、金策としか思えぬ額だ……。
 だが……現状では何も言えぬ。
 春、戴冠式で、其方自身の目でもって確認してみよ。ジェスル殿をな。
 こちらからも、それとなく探っておこう。
 だが、とにかく今、ジェスルの絡んだことは全て伏せよ。
 其方は男爵家、相手は伯爵家だ。分かるな?」
「はい。心得ております」

 証拠もないのに糾弾はできないし、証拠があったところで下位の発言力は低い。
 だからこそ俺たちも、兄上を病死として扱ったし、異母様の引退も、兄の病死による心労としたのだ。
 ジェスルが金策に明け暮れ、それを何に使っていたのかは甚だ疑問だし、捨て置ける金額ではないのだが……今はそれより、春の戴冠式。こちらの心配が先だろう。

「姫様…………病については、どう……?」
「無論、公表すると決まった。だが出せば、神殿の反発が大きかろうな。
 私を王にという話もな、神殿が最後まで反対でなぁ……。今だに反対しておるが、リカルドも父上も……更には公爵家四家も認めたので、なんとか押し切った。
 まあ、こちらも春までは我慢だな」

 多分まだおおごとの最中なのだと思う……。
 だからルオード様は王都に残り、姫様が王都を離れていることを伏せている……。
 ずっと、王家の白を神の祝福と称えてきた神殿だ……。それを覆そうというのだから、並大抵の覚悟では挑めない。

「ま、そこも私が未籠もれば話は変わってくる。生まれた子が白でなければ尚更な……。
 とはいえ、そこは産んでみぬことには分からぬし、授からぬことにはどうにもならぬ。焦っても仕方あるまい。
 とにかく戴冠式を済ませてしまえばこちらの勝ちだ」

 そう宣ってから姫様は「そうそう……」と、サヤを呼んだ。
 ずっと黙って成り行きを見守っていたサヤが、慌てて「はいっ」と、返事をする。

「サヤ、其方には感謝する……。
 父上がな、一時期は本当に……もう難しいと言われるまでに至っておったのだがな……。
 現在は落ち着いておる。其方に教わった通り、光が毒であった。
 だから……私は揺るがぬ気持ちで、王となれる。我々は病だと、言い切れる。これと戦える」

 その言葉に、サヤは眉の下がった笑顔を作った。
 不安はまだ大きいだろう……それでも、感謝の言葉が嬉しいのだ……。

「これからも、フェルドナレンの力となってくれたらば、有難い。
 とはいえ!    其方はフェルドナレンには仕えておらぬのでな。強要はせぬと誓おう。
 ……其方の望むことを、望むようにすれば良い」
「…………はい。有難うございます。
 私は……レイシール様のお傍に……地方行政官長のお仕事を、支えたいと思います」
「そうか……。うむ。宜しく頼む」

 ……あー……サヤが俺の妻となる決意を固めてくれたこと……いつ言おうかな……。
 アギーの二十九番目の方を紹介する手はずになってるって言ってたけど……。
 ……まあ、夜会の時で良いか。うん。
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