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狂気 3

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 獣の少女に悪魔の使徒である自覚は無かった。

「悪魔なんて見たことないし、そもそもいるの?    ってくらいよぉ。
 だいたい、何で悪魔に使われなきゃいけないわけぇ?    べつに私たち、悪魔に何一つ与えられてないのにさぁ」

 獣人は、堕ちることを望んでいなかった。

「来世も獣人をする?
 私はもう、次は生まれたくない……次なんていらないけど、仕方ないなら、木や、花で良いわぁ……。
 知らないの?    私たち、死んだら自然の環に帰るの。悪魔の使徒なんて、なりたくないもの」

 彼女は、人と変わらなかった。

「馬鹿ねぇ……体力無いんだから無理しなきゃ良いのに。
 ほら、膝を貸してあげるから、少し眠りなさいなぁ」

 少女が、娘になった頃、マルも十五を迎えていた……。

「また落第⁉︎
 いい加減身体を鍛えた方が良いんじゃないのぅ?」
「僕は別に、構いませんけどねぇ。あそこは稼げるし、好きなことしていられるから。
 それに、とにかく読むものには事欠きませんし、食べるものに困ったりもしませんし……どちらかと言うとできるだけ長く在籍していたいです」

 王立の機関という、場所の魅力は大きかった。
 庶民では触れることすら叶わなかったであろう情報に触れられる。
 貴族の学ぶ場であるから、貴族視点の授業も多々行われるし、貴族らから溢れてくる情報も多い。迂闊な子供は時にとんでもないことを平気で口にしていたりするし。
 中でも面白かったのは、神殿の情報だった。
 貴族は二分している。
 神に対する執着を強く持つ家と、かなり形骸化している家……。
 獣人の扱いすら、全く異なっていることを知った。

 その扱いによって、獣人が担う社会の役割すら変わってくる。
 面白い。
 心底そう思っていた。

「……早く卒業して帰って来なさいよ。
 こんな風に年に二回しか会えないって、つまんないんだけど……」

 獣人が社会の底辺で担う役割について思考していた時、そんな言葉が耳に入り、驚いた。
 いい年した大人の女性が、まるで少女の我儘みたいなことを言うとは。

「僕とこうしてるの、つまんなくないんですか?」
「なんでよぅ」
「大抵僕は疎まれます」
「そりゃ貴方、その相手のこと全く配慮しないからでしょぉ。
 普通は日常的に、相手との摩擦を起こさないように、まわりに気を配って生活するもんじゃない。
 なのに貴方ときたら、どんな時でも自分の興味が最優先なんだものねぇ……」

 もうちょっと周りに優しくしなさいよ。
 なんて、言われた。

「貴女はよくそんな僕に付き合ってられますねぇ」

 情報源としては当然か。とは、思いつつ……それでも半ば本気で感心して、そう言ったのだけど……。

「……ふん、私は特別扱いしてもらえてるからね……」

 と、またもや意外な言葉が返る。

「こうやって、綺麗な服を着せてくれて、色々連れていってくれて、本当は見れないもの、知れないことを教えてくれる……。
 貴方こそ、よく私に付き合ってられるわぁ。しかもこんな風に、ずっと、何年も、まるで人を相手にするみたいに接してくれる……。
 もし私の耳が誰かに見られてしまったら……尻尾に気付かれてしまったら……そんな風になったら、貴方だってきっとただじゃすまないのに……」

 その言って顔を伏せるから、またよろしくない思考にはまっているのだと気付いた。

「気付かれなきゃ良いんですから、なんの問題も無いじゃないですか。
 そもそも、耳や尻尾を隠したくらいで貴女が獣だって、誰も気付かない。
 僕と貴女の差なんて、その程度の些細なものです。僕にとって貴女は……貴女ですよ。人とか獣とかの分類の外です」

 もう会うのをやめようなんて言われると困ってしまう。だから、本当ならもっと滑らかに動くはずの口をぎこちなく動かして、この時間を失わないように努めた。
 その言葉は、無意識ながら、本心であった。
 人や獣なんて分類を、彼はここ最近しばしば忘れる。
 情報欲しさに会っていたはずなのに、要件を先延ばしにしていたはずなのに、全く関係のない、他愛ないことを話すことが増えた。
 彼女に用意する婦人用の服も、大きさの合う適当な古着から、彼女に似合いそうなものに変わった。
 役人の娘……お嬢さんと、この女性は別の人物であると、強く認識している。
 だって、あちらは義務だ。だけどこちらは……。

「ねぇ、まだ、行けないのぅ?」

 貴婦人よろしく小首を傾げて問うてくる彼女に、お嬢さんのふりは似合わないなと、最近常々思う。
 上手に人として振る舞えるようになった。貴族のご令嬢にだってなれるくらい、彼女の所作は美しい。
 でも……彼女は、豪快に笑って、野山を駆けて、時には獣の姿でだらしなく寝そべって……そんな姿の方が魅力的だ。
 そんな彼女が…………。

 …………彼女の存在なんて欠片も思い出さない、いなかったことになっている、あの家族の生活を知ることが、幸せかなぁ……。

 彼女には、記憶があったという。もう一人の自分の記憶が……。
 人の耳を持ち、尻尾のない、似てないのに似ている片割れの記憶が。
 だけどもう一人の片割れ……お嬢さんには、きっとそんなものはない。自分が双子であったことすら、知らないのだ。
 そういえば、お嬢さんに縁談が来ているという話を聞いた。
 もう成人しているから、嫁ぐのだってきっとすぐだろう。
 そうなると、あの家に接触するのは、少々難しくなる……。
 だから、本当は、頃合いなのだろう。彼女に、本当の両親や、姉妹の生活を見せるには。

「……うまい機会があればと思うんですが……なかなか難しくてね」

 だけどそれをしたくないから、年に二回しか帰れない今が、都合良い。

「そう……。でもまぁ、貴方とまた次も会えるなら、良しとするわぁ」

 こうして仕方なしに結ばれる次の約束が、嬉しいと感じる。

「次は冬ですねぇ。お土産、何が良いです?」
「………………二人でゆっくりできる時間」
「………………じゃあ、少し長めに、時間を取ります」

 いや、二回しか会えないのは、つまらないことかもしれない……もっと一緒に過ごしていたい……。
 なんとなく、切なくなってしまい……この感情はいったいなんで湧いてきたのだろうかと首を傾げる。

「今回も、これでお終いねぇ」
「ええ。また半年後に」

 そう言うと彼女は、甘えるみたいに首を擦り寄せてきて……身内同然に扱われていることに、変な満足を覚えた。


 ◆


「その秋に、彼女の片割れ……お嬢さんは嫁ぎました。
 相手はなんと貴族。とはいえ、妾の一人として……でしたけどねぇ。
 正直お嬢さんの顔は、さほどとは思わなかったのですけど、どうやらその貴族、見事な肢体が気に入ったみたいで。
 えぇ、背が高くてすらりとしていて、だけど出るとこと引っ込むところのメリハリが凄かったんですよ。
 とはいえね、正直いつその貴族の目に止まったんだろうって話だったんです。
 お嬢さんの方に面識は無かった。
 だけどたまたま街で見かけた彼女が忘れられなくて、方々に手を尽くして探し出したって話でね。そこまで思われているなら、幸せになれるだろうと……そんな感じだったそうです。まぁ、そもそも断るってわけにもいかない話でしたしね。
 だけどねぇ……次の年の夏、お嬢さんは戻ってきた」

 マルの声音は変わらず、淡々としていた。
 頭の中の図書館に出向いている時のように、無表情で。

「理由は伏せられてましたけど、帰された理由はちょっと調べればすぐに分かった。不義の疑いでした。
 嫁いだ後にも関わらず、街で男といるのを見かけた者がいたのだそうです。
 だけど僕らからしたら……そんなことあるわけない。お嬢さんは、本当にこう、奥手で、箱入り娘で、それは嫋やかな人でした。
 子供の僕と話す時だって、街を歩く時だって、二人きりになんてならなかった。それくらい、きちんと弁えてる人でした。
 だけど、貴族相手ですから、何も言い返せません。
 ただ泣き寝入りです。
 それでも僕が呼ばれまして……お嬢さんは、僕との間柄に疑いをかけられていたのだと、知りました。
 けれど、僕とお嬢さんは、お嬢さんの住む街でしか、会っていない。
 見かけたという街は全く遠く、お嬢さんは行ったこともない所でしたから、多分ただの見間違いだろうと。
 だから、もし何か言われたとしても、君は知らないと、ただそう通せば良いと、言われました。
 でも、僕には分かった。
 不義の疑いをかけられ、見られていたというのは、僕と、彼女だったんだって」
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