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来世 5
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本日、天気は快晴。
「遠征日和ですねっ」
「うん。吹雪いてなくて良かった」
村の者たちに見咎められても困るので、南側の人が居ない区域から、俺たちは出発することとなった。
荷物は少ない。昼食用の諸々が入った背負い袋が一つと、花を持ち帰るための箱が一つ。
箱の中には羽毛が詰めてあるのだが、これは緩衝材がわりだ。
何か不足の事態があってもそのままセイバーン村に逃げ込めるし、これで大丈夫だろう。
防寒対策万全の服装で、俺たちは橇に綱を装着させる。本日も牽引役はイェーナだった。少しでも橇に慣れた者の方が良いだろうと判断されたためである。
「いってらっしゃいませ」
「うん。昼過ぎには戻れると思うから」
ハインに危険だから駄目です。なんて言われることもなく……。気持ち悪いくらい素直に送り出してくれたのが若干引っかかる気もしたけれど、そこはまぁ……良しとする。イェーナが一緒であるとはいえ、サヤと二人で出かけられるのだということが、なんだか今更ながらとても嬉しくて。細かいことは気にしないでいられるくらい、気分が高揚していた。
そして出発してから少し……。
「確かに、眼鏡が必要だったなぁ……これは、眩しい」
「本当に。キラキラですね」
輝く太陽の光を雪が反射し、更に蒲公英のような色のイェーナだ。色付き硝子をはめ込んだ仮面をしていても、若干眩しい。
結構な速度だし、馬車みたいに壁もないため寒風が直接顔に当たり、ものすごく冷たいのだが……。
「凄い、綺麗だ……」
「ディズニー映画みたい……」
周りの風景は、見惚れてしまうくらい、素晴らしかった。
白と、黒と、青しかない。
なのに何故こうも、完成されているのだろう……。
知っているはずの風景なのに、まるで別世界。けれどちゃんと、記憶に面影がある。
「雪の世界って、こんな風なんや……」
「もっと寂しい風景かと思ってたのにな」
晴れ渡っているからこそなのだろう。吹雪けば一瞬で、死の世界だ。だからこそ、美しいのだろう……。
そんな風に考えていたら、
「これが……神の御坐す世界なんやね……」
という、サヤの呟きにどきりとした。
「え? なんて?」
「あの子が……来世に逝く時に、通る場所やって。
真っ白の空間……そこで、羽化をするのだって。来世までは遠いから、飛んでいくんだよって、教えてくれはった。
あの子は…………こんな世界を、飛んでいくんやね」
何か思い詰めたような、押し殺した声音。
それがその子を亡くした悲しみからのみ、発せられた言葉でないことは、その重い響きで察することができた。
「あの子は、迷い子にならんと、逝けるやろか……」
不安そうに、揺れる声音で……。
「私も…………そこに逝けるんやろか……」
掻き消されそうな小さな呟きが耳をかすめ、ゾクリと背筋を冷気が撫でた。
まるで見てきたみたいに鮮明に、裸身を晒し、背に虹色の羽を広げるサヤが想像できてしまい、その恐怖が衝動的に、俺の手をサヤに向かわせる。
「れっ、レイ! 操縦しとる時に手を離したら……っ!」
席に座るサヤを背後から抱き竦めて、顎に手を回す。サヤの抗議の声は唇で塞いだ。
だけどぐらりと橇が不規則な動きをして、慌てて唇を離し、取手に縋り付く。
「っ、……あっぶな……!」
「な、何考えて……っ⁉︎ 阿呆っ! こんな時にスケベ! なんで急にそんな……バカ!」
必死で立て直す俺を、羞恥を誤魔化すように罵るサヤ。
ブレた橇の動きにイェーナが気付いた様子で速度を少し落としてくれて、なんとか転がらずに立て直すことができた。
「あのさ、サヤ。考えたんだけどね。
その子の名前、いくつか候補があるんだけど、どうにも絞り込めなくて」
「誤魔化したって駄目や!」
急に口付けしたことを誤魔化していると解釈されてしまった……。
まぁ、俺としては、目的を達成できているのでよしとする。
この世界で暮らす間や、ちゃんと天寿を全うしてから旅立つ死後の世界を、サヤひとりにする気なんてない。
なのにそんな苦しそうに、不安そうに、俺のことを忘れたみたいに、考えてほしくなどない。
「イリーナでしょ、ヘルミナ、カルラ、シスル……どれが良いと思う?
アリーゼ、リュシー……。どんな子だったの。どの名前がしっくりくるかな」
立て続けに女性名を連ねる俺に呆れたのか、サヤの返事が来ない。
こちらを振り返ることもしないから、もしかして物凄い怒らせただろうかと、少し不安になる。
「………………カルラ……カルラが良いと、思う……」
悪かったと謝ろう……そう思い口を開きかけた時に、サヤの返事があった。
「迦楼羅天は、私の国では神様の中のお一人でな、魔を退け病を除くと言われてるお方やし……」
「神様の名前をいただくの?」
「よくあることやで。神様や、英雄の名前を、あやかれるようにって、いただくこと。
響きだけをいただいて、別の漢字をつけたりもする。
……あの子は…………カルラは、飛んでいかなあかんし……迦楼羅天は、鳥の姿をした神様やしな」
前を向いたまま、そう言うサヤに、じゃあ、カルラにしようなと、告げると、こくりと頷く。
「……もう少ししたら、交代しよ」
「そう? 俺まだ大丈夫だけど」
「私も……操縦したい」
「そうか。じゃあ……イェーナ! 一回止まってくれ!」
声を張り上げて指示を飛ばし、俺も足元の歯止めを踏んで、減速を促す。
そうしながら、自分を異物だと言うサヤが、ここで独りに慣れなければいけないと言うサヤが、死後にまで不安を抱いているなんて、耐えられないと、思った。
妻となることを受け入れてくれたけれど、きっと心は、まだ孤独だ……。
揺れ動いてる……。まだ葛藤してる……。本当に、俺を夫として良いのかどうか……。
本当に、ここにいて、良いのかどうか……。
彼女が心から安心していられるようにするには、どうすれば、良いのだろう……。
「遠征日和ですねっ」
「うん。吹雪いてなくて良かった」
村の者たちに見咎められても困るので、南側の人が居ない区域から、俺たちは出発することとなった。
荷物は少ない。昼食用の諸々が入った背負い袋が一つと、花を持ち帰るための箱が一つ。
箱の中には羽毛が詰めてあるのだが、これは緩衝材がわりだ。
何か不足の事態があってもそのままセイバーン村に逃げ込めるし、これで大丈夫だろう。
防寒対策万全の服装で、俺たちは橇に綱を装着させる。本日も牽引役はイェーナだった。少しでも橇に慣れた者の方が良いだろうと判断されたためである。
「いってらっしゃいませ」
「うん。昼過ぎには戻れると思うから」
ハインに危険だから駄目です。なんて言われることもなく……。気持ち悪いくらい素直に送り出してくれたのが若干引っかかる気もしたけれど、そこはまぁ……良しとする。イェーナが一緒であるとはいえ、サヤと二人で出かけられるのだということが、なんだか今更ながらとても嬉しくて。細かいことは気にしないでいられるくらい、気分が高揚していた。
そして出発してから少し……。
「確かに、眼鏡が必要だったなぁ……これは、眩しい」
「本当に。キラキラですね」
輝く太陽の光を雪が反射し、更に蒲公英のような色のイェーナだ。色付き硝子をはめ込んだ仮面をしていても、若干眩しい。
結構な速度だし、馬車みたいに壁もないため寒風が直接顔に当たり、ものすごく冷たいのだが……。
「凄い、綺麗だ……」
「ディズニー映画みたい……」
周りの風景は、見惚れてしまうくらい、素晴らしかった。
白と、黒と、青しかない。
なのに何故こうも、完成されているのだろう……。
知っているはずの風景なのに、まるで別世界。けれどちゃんと、記憶に面影がある。
「雪の世界って、こんな風なんや……」
「もっと寂しい風景かと思ってたのにな」
晴れ渡っているからこそなのだろう。吹雪けば一瞬で、死の世界だ。だからこそ、美しいのだろう……。
そんな風に考えていたら、
「これが……神の御坐す世界なんやね……」
という、サヤの呟きにどきりとした。
「え? なんて?」
「あの子が……来世に逝く時に、通る場所やって。
真っ白の空間……そこで、羽化をするのだって。来世までは遠いから、飛んでいくんだよって、教えてくれはった。
あの子は…………こんな世界を、飛んでいくんやね」
何か思い詰めたような、押し殺した声音。
それがその子を亡くした悲しみからのみ、発せられた言葉でないことは、その重い響きで察することができた。
「あの子は、迷い子にならんと、逝けるやろか……」
不安そうに、揺れる声音で……。
「私も…………そこに逝けるんやろか……」
掻き消されそうな小さな呟きが耳をかすめ、ゾクリと背筋を冷気が撫でた。
まるで見てきたみたいに鮮明に、裸身を晒し、背に虹色の羽を広げるサヤが想像できてしまい、その恐怖が衝動的に、俺の手をサヤに向かわせる。
「れっ、レイ! 操縦しとる時に手を離したら……っ!」
席に座るサヤを背後から抱き竦めて、顎に手を回す。サヤの抗議の声は唇で塞いだ。
だけどぐらりと橇が不規則な動きをして、慌てて唇を離し、取手に縋り付く。
「っ、……あっぶな……!」
「な、何考えて……っ⁉︎ 阿呆っ! こんな時にスケベ! なんで急にそんな……バカ!」
必死で立て直す俺を、羞恥を誤魔化すように罵るサヤ。
ブレた橇の動きにイェーナが気付いた様子で速度を少し落としてくれて、なんとか転がらずに立て直すことができた。
「あのさ、サヤ。考えたんだけどね。
その子の名前、いくつか候補があるんだけど、どうにも絞り込めなくて」
「誤魔化したって駄目や!」
急に口付けしたことを誤魔化していると解釈されてしまった……。
まぁ、俺としては、目的を達成できているのでよしとする。
この世界で暮らす間や、ちゃんと天寿を全うしてから旅立つ死後の世界を、サヤひとりにする気なんてない。
なのにそんな苦しそうに、不安そうに、俺のことを忘れたみたいに、考えてほしくなどない。
「イリーナでしょ、ヘルミナ、カルラ、シスル……どれが良いと思う?
アリーゼ、リュシー……。どんな子だったの。どの名前がしっくりくるかな」
立て続けに女性名を連ねる俺に呆れたのか、サヤの返事が来ない。
こちらを振り返ることもしないから、もしかして物凄い怒らせただろうかと、少し不安になる。
「………………カルラ……カルラが良いと、思う……」
悪かったと謝ろう……そう思い口を開きかけた時に、サヤの返事があった。
「迦楼羅天は、私の国では神様の中のお一人でな、魔を退け病を除くと言われてるお方やし……」
「神様の名前をいただくの?」
「よくあることやで。神様や、英雄の名前を、あやかれるようにって、いただくこと。
響きだけをいただいて、別の漢字をつけたりもする。
……あの子は…………カルラは、飛んでいかなあかんし……迦楼羅天は、鳥の姿をした神様やしな」
前を向いたまま、そう言うサヤに、じゃあ、カルラにしようなと、告げると、こくりと頷く。
「……もう少ししたら、交代しよ」
「そう? 俺まだ大丈夫だけど」
「私も……操縦したい」
「そうか。じゃあ……イェーナ! 一回止まってくれ!」
声を張り上げて指示を飛ばし、俺も足元の歯止めを踏んで、減速を促す。
そうしながら、自分を異物だと言うサヤが、ここで独りに慣れなければいけないと言うサヤが、死後にまで不安を抱いているなんて、耐えられないと、思った。
妻となることを受け入れてくれたけれど、きっと心は、まだ孤独だ……。
揺れ動いてる……。まだ葛藤してる……。本当に、俺を夫として良いのかどうか……。
本当に、ここにいて、良いのかどうか……。
彼女が心から安心していられるようにするには、どうすれば、良いのだろう……。
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