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荊縛の呪い 17

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「そろそろサヤさんに戻ってきていただかないと、社交界の準備ができません……」
「…………うん、分かってるんだけどね……」
「もう四十日以上サヤさんを見ていません!サヤさん不足が甚だしいです!」
「…………うん……そう、だよね、ほんと……」

 そんなことは俺だって叫びたいのだ。

 ニの月に入り越冬も半ばに差し掛かった。
 ここのところルーシーが不機嫌である……。
 と、いうのも。サヤの社交界に関する準備が進まないからだ。

 俺がサヤ以外を娶らないと宣言し、父上がそれを承諾したことで、サヤの夜界への同伴は半ば決定事項である。
 とはいえ、今までそんな予定も無かったわけで、通常半年かけて用意するはずの礼装を、越冬の間にまずひとつ、確保しなければならない。
 アギーの社交界に出席するためだ。
 本来であれば三着くらい欲しいのだけどな……主催者のアギー関係者の身につけた衣装とかぶる色は、避けたいところだから。
 とはいえ……アギー公爵様は八人の妻を持ち、三十人以上の子がいらっしゃる……いわゆる大家族だ。色がかぶらない方がおかしい。よって、アギー公爵家の夜会に関しては、正直その心配はしなくて良い。
 因みに、王家の夜会は絶対に被らない。
 王族一族はいつも白い衣装と決まっているからだ。

 で、サヤの礼装だけど。
 時間が無いため、祝賀会で身につけた青い衣装。あれにもう少し手を加えて、上着は冬用を新調することでギルと話がついていた。
 簡素な無地であった部分に、同色でふんだんに刺繍を入れるという。
 それに合わせて、装飾品はもっと煌びやかなものに変更しなければならない。
 本来ならこの時点で計画座礁だ……が。
 ここは拠点村であり、越冬中の職人がいる。そして、装飾師という新たな職を作り上げようとしているルーシーがいるのだ。
 サヤの衣装の刺繍をどういったものにするかは、ギルとルーシーできっちり決めてある。そして…………。

「ルーシー、ロビンがずっと待ってるよ……」
「はっ、そうでした!
 見てください。見事な装飾品が出来上がりました!    これを早くサヤさんに身につけていただきたい私の熱意、なんとか伝わらないものでしょうか⁉︎」

 …………うん。ほんと伝わってほしい。

 ルーシーの後方で、途方にくれていたロビンが前に押し出され、執務机の上に、結構大きく、平たい箱が差し出された。

「確認を、お願いします……」

 いきなり公爵家の夜会に参加するための装飾品をお願いされて、白目を向いていたロビンである。その後我に返って泣きそうになっていた。
 いまだ不安が大きいのか、表情が自信なさげで、怖がらせてしまい申し訳ないなと思う。
 けれど、正直名は売れていないけれど、ロビンの腕は俺も認めるところだ。
 受け取った箱の蓋を開けると……そこには立派な真珠をふんだんに使った装飾品が、いくつか並んでいた。

「冬の社交界におけるサヤさんの主題は、水の乙女、です。如何ですか?」

 この真珠……ギルがサヤの誕生日の祝いとして、送ったものを崩した。
 腕輪のみそのままで残したが、五連の首飾りはバラされて三連になり、首飾りだけでなく、髪飾りとピンに作り変えられた。

 サヤの見事な黒髪は、下ろしてこそ目立つし、美しいとは、ルーシーの談だ。
 そのため、髪飾りは横髪を編み上げてまとめるのみの、小ぶりなものと、編んだ髪を括るためのものがひとつずつ。
 ピンは、コイルピンと呼ばれていた、髪を直接飾るものが複数。
 まるで水中を揺蕩う水泡のような、繊細な意匠……。使われている金属は全て銀で、真珠の主張を引き立たせてある。

「…………これは……確かに美しいな…………」
「ほ、本当ですか?…………よ、良かったです……」

 俺の反応に、緊張がふつりと切れてしまったのか、ロビンがよろけてたたらを踏む。

「ロビンさんは心配しすぎです。私や叔父様の審美眼を信じていただきたいものですわ!」

 ツンとすましたルーシーの言葉に、ロビンは苦笑するしかないといった様子。
 まぁ、あの家系は良いものだけを見て育ってきているからな。その美的感覚は、生活に溶け込んだ英才教育で抜群に磨き上げられているのだ。
 正直俺みたいな下級貴族よりよっぽど目が肥えていると思う……。

「あとは真珠を使った耳飾なんです……。
 サヤさんが帰ってこないと、どんな耳飾があるのか聞き出すことすらできないので、手が付けられないんです……」

 まさしく断腸の想いなのだと拳を握ってルーシー。
 複数あると聞いていただけで、形状についてはふんわり程度であるらしい。
 社交界の時期は三の月に入ってからだ。雪が溶け始め、大きな道が開通してからとなる。とはいえ、あとひと月程度しかないわけで……。

「うん……ちょっと帰ってこれないか、聞いてみることにするから……」

 そう言っておくのがやっとだった。

 二人が退室してから……俺は懐から笛を取り出し、それを吹く。
 程なくすると、コンコンと扉が叩かれ、浅葱……を、改めアイルがやって来た。
 彼は窓からはやって来ない……。律儀なのか、必ず扉から来て、訪を告げるのだ。……季節の問題かな?

「主、何か用か」
「ジェイドに確認を取ってほしいんだ……サヤに、帰還できないかって。
 手紙にも書いて送ったのだけどね……返事が無くて……。
 そろそろ準備がギリギリになっているみたいでさ……」

 そう言うと、アイルはおし黙る。
 ここのところ、手紙にサヤの手は少ない。こちらが送った返事すら無かったりする。忙しいのは分かっているのだけど……やはり心配で不安になってしまう。
 アイルの表情を読もうとしたのだけど……その前に、彼は「分かった」と、言葉を続けた。

「確認してみよう。しばし時間をもらう」
「うん。お願いする」

 そう言うと、アイルは一礼して大窓に向かった。
 窓を少しだけ押し開き、隙間から身体を外に滑り込ませてから閉める。
 ほんの一瞬だったけれど、冷たい外気が俺の顔を撫でた。
 窓の外の彼は、きっと複雑に笛を鳴らしている。
 その笛の鳴らし方である程度の会話が可能であると言うのだから驚きだ。
 しかもこの笛の音は、俺たち人には大抵聞こえない。会話を解読される心配も無いわけである。ほんと、良くできてるよな。

 しばらくそうしていたアイルだけど、また部屋の中に戻って来た。

「主、是。とのことだ」
「……うん?」
「五日後となるらしいが、是であるそうだ。
 病の方は終息まであと僅かであると言われた。なので、サヤは一足先に戻る」
「………………ほ、本当?」
「是だ。間違いない」

 期待していなかっただけに……じわじわと膨らんできた歓喜に、胸が一瞬締め付けられたようにぎゅっとなる。喜んで良いんだよな……?    良いんだよな⁉︎    帰ってくるって、そう言ったんだから!

「五日後?」
「そうだ。朝、赤縄を出る」
「朝……なら、もうあと四日も同然だな⁉︎」
「……そう、だな。時間的には……四日半も無い」
「そうか!    分かった、ありがとうアイル!」
「うむ……」

 のちに、アイルに「あの時の主の表情は、とんでもなかった……。そして罪悪感もひとしおだった……」と言われるのだが、その時の俺はそんなことを知るよしもない。
 いざサヤが帰るとなると、そわそわしてしまって落ち着かなくなった。
 どうしよう……久しぶりすぎて、どうすれば良いのか思い浮かばない。
 迎えに行っても良いのかな?    良いよな、赤縄を出るのだから、大丈夫なはずだよな⁉︎
 ならば片付けられる仕事はさっさと済ませておこう。そうすれば、サヤとの時間をたくさん作れると思う。四十日以上我慢したんだ……ほんの数時間くらい、我儘を言わせてもらおう。それくらいは許されるはずだ。
 そんな風に浮かれてしまって、五日後の意味を、考えていなかったのだ。
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