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荊縛の呪い 14

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 昼食を済ませて、しばらくした頃、スヴェンが来たと知らせがあり、兵舎の待合室に待たせてあると言われ、マスクを手渡された。
 それを身に付け席を立つ。
 館には父上や、その身の回りを世話する使用人らが動き回っているため、避けた。
 現在騎士らは村門や危険区域の警備で出払っており、人も少ないため、この場所となったのだ。

「待たせてすまなかった」

 ハインとシザーを従えて赴くと、スヴェンは待合室の窓際にて直立不動で待っており、着席を勧めなかったのか……?と、そう思った矢先。

「す、スヴェン⁉︎」

 両腕を胸の前で組んで膝をつき、床に頭を擦り付けるほどに深く下げる姿勢をとる。

 面識ないよな⁉︎    面識ない相手になんで俺、神の如く拝まれてる⁉︎

 そもそも流浪の身であり、孤児や獣人の集まりである彼らは、本来無神の民であるはずなのだ。
 神を崇める習慣のない彼らに、こんなことをされる意味が分からない。

「我らにとっての貴方様は、神に等しい」

 などと更に馬鹿げたことまで言いだすから、正直頭が混乱した。

「そんなわけないだろう⁉︎    良いから、頭を上げてくれ、床に膝をつける必要もない!」
「世辞でも、戯言でもないのです。
 我ら皆が今、貴方様に同じ想いを抱いています。
 我らは貴方様に救い上げられた。
 獣すら分け隔てなく、そのかいなに抱いて下さった。
 自身へ飛び火するかもしれぬ危険を犯して。
 領民ですらない、神にも見放された身に、人の扱いを与えて下さったのです」

 いっこうに頭を上げないので、立たせようと一歩を踏み出したら「来てはなりません!」と、鋭い声。

「万が一など、起こってはなりません。
 ですからどうか、この距離を保っていただきたい。
 顔を上げて話すこともお許し下さい。
 飛沫を浴びせるようなことは、起こしてはならないのです」

 部屋の端にいたのはそういう理由か……。

「……マスクだってしてる……そこまで大ごとにする必要はないから……。
 そもそもお前たちはもう快復したのだろう?    病は全て、身を離れたはずだ。
 それでもこうしたのは、ほとんど気分的な保険だよ……」
「ならば、我らの心の安寧のためにも、どうかお頼み申します。
 この距離を保っていただきたい……」
「…………分かったから…………だけど、拝するのはほんと、やめてもらえるか。
 俺は只人なんだよ。神と同列だなんて、おこがましい。
 今回のことだって、人として当然のことをしたまでだ。そんな大層なことじゃないんだよ……」

 大げさにもほどがある……。

 半分呆れてそう言ったのだけど、マスクに覆われた顔を上げたスヴェンは、神を崇拝するが如き視線を改めなかった。
 だから溜息を吐いて、それをやめなさいと言葉にする。

「スヴェン……」
「努力します」

 いや、努力とか……。まぁ、良いか、とりあえず話を進めよう。

 床に膝をつくのはやめてくれたものの、礼の姿勢を崩さないスヴェンに、面会を希望した理由を問うた。

「その前に、一応伝えておこう。越冬はこのまま、ここで行なってもらえば良い。
 今この村には住人も少ない。基本的に、館の周辺……北東方向に集まっている状態だから、気を付けていれば接触もそう多くならないだろう。
 食料の備蓄は、問題無いか?」
「はい。ですが特徴の強く出ている獣人は、落ち着けば山城に移してうこうと考えております」
「雪が積もるのだぞ?」
「狼に雪はさしたる問題とはなりません。
 ですが、一度に運べる人数も少なく、幼き者、年老いた者は騎狼することも難しいため、申し訳ありませんが……」
「良い。元からそのための宿舎だ。あまり無理はするな。大丈夫だから」

 彼らの警戒心はとても強い。
 そうそう見咎められるようなヘマはしないだろうし、普段から隠し慣れている彼らだから、滅多なことは起きないだろう。
 雪が積もれば、外を出歩く者だって極端に減るし、見咎められる心配をする必要もないほどだ。

「少し特殊な村だし、調理場なんかには規則も多い。利用方法の説明に、後で人をやろう。
 足りないもので、備蓄に余裕があるものは譲ることもできる。一旦調べて、また報告してほしい。
 それから……」

 少し、悩んでから……けれどやはり、必要だろうと、口を開く覚悟を決めた。

「亡くなった者の埋葬だけどな……この村にはまだその設備が備わっていないんだ。
 馬車で一時間半のセイバーン村にはあるのだけど、どうする?」
「我らは自然に還ります。神の元へは逝けませんから。
 かといって、悪魔の使徒も、望んでおりません……ですから、自然の環に組み込まれることが、我らの希望です」

 マルの言ってた通りか……。
 彼らの埋葬は、鳥葬や獣葬が主であるという。
 身体の全てを自然に返す。
 墓も、作らないと言っていた。
 持っていた私物は全て仲間で分けられ、使われる。その者の存在は、生活に取り込まれ、そのうち溶けて、消えるのだ。

「死した者の骨も、肉も、血の一滴も。余さずセイバーンに捧げます。この地の繁栄を願い、土地を潤す糧となります」

 また突拍子もないことを言い出した……。

「頭目より、言伝を頼まれております。面会を希望しましたのは、それをお伝えするため。
 我ら豺狼組は、余さず吠狼となります。赤子の一人まで。年寄りの残り僅かな時間も全て、貴方様に捧げます。
 救っていただいた命全てを、貴方様の礎に、時を刻む、歯車の一つに……」

 ……ぁぁぁあああ!    もう、限界っ!

「スヴェン!   己の船を操るための櫂を他人に明け渡すなど、愚かなことだ!そんなことはしなくて良い!
 俺にそのようなものは必要ない。俺の好きにしろと言うなら、皆がそれぞれ、自分らしくあることを望む。
 せっかく拾った命なら、自分のために使え!」

 まるで手駒になるとでも言うような言葉の数々に、俺はとうとう、堪忍袋の緒が切れた。
 それは、彼らが一番嫌うことだと、俺はもう知っている。彼らが一番嫌がることをしてもらって、何が嬉しいものか!
 俺は別に、恩を着せようとか、そんなつもりで行動したのではない。
 ジェイドに、あんな言葉を言わせたくなかった。知り合った皆を、骸にしてしまいたくなかっただけなのだ。
 俺もたくさん助けてもらった。だから、こんなのはお互い様だ。
 命を捧げられるようなことではない。
 せっかく助けた命を、俺のためだと簡単に手放すような言葉を、口にしてほしくない!

「だいいちまだ、終わってすらいない……。
 皆がちゃんと無事快復した後に、礼の言葉だけ、受け取ろう。
 胡桃さんにも、今まで通りで良いんだって、伝えてくれ」

 そう言うと、スヴェンは……困ったように眉を寄せてしまった。
 あー……自分たちの決意が、迷惑だったのかとか、負担になってしまったとか、その手のいらないことを考えてそうな顔だ……。

「気持ちは、嬉しいよ。それは本当だ。
 だけど俺は、皆が幸せになってくれるのが一番嬉しい。
 人らしく暮らして、幸せだって笑ってくれたら、それが一番良いんだ。
 お前たちは、すべからく、只人だよ。俺と一緒。なんら変わらない。
 ……そうだな、俺に命を預けるほどの覚悟をしてくれるなら、自らを貶めない練習をしてもらおう。
 自身を獣や孤児だと卑下することを禁止する。
 それから、皆、髪色で呼び合うのではなく、名前を持ってくれ。
 捨てたものを拾い直すのでも、新たに名付けるのでも構わない。
 俺への報酬は、それが良い」

 そう言うと、スヴェンは呆けたように瞳を見開いて、押し黙ってしまった。

「スヴェン。たぶんね、俺にだって獣人の血は少なからず流れているんだよ。
 世界中の皆が、ほぼ例外なくそうなんだと思う。
 だからね、どうか自分を安く扱うな。大切にしてほしい」

 そう伝えると顔を伏せた。
 震える身体を無理やり抑え込むみたいにして、しばらく沈黙し……最後に小声で「畏まりました……」と、呟いた。
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