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荊縛の呪い 13

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 祝詞日最後の一日が来た。

 赤縄を出る一団を迎える場に、俺は参加できなかった。
 万が一を考えてくださいと、ハインに止められてしまったためだ。
 快復したとみなされているとはいえ、複数人と接触することは不安を拭えないと言われ、そんなのハインら俺の側仕えが行けば一緒のことだと言ったのだが、念のためだと押し切られてしまった。
 迎えには、エルランドとハイン。そして浅葱がマスク着用で向かい、本日の報告書……手紙を携えて戻ってきた。

「恙無く、移動は無事に終わりました。
 ロゼと、スヴェン他十三名。申告通りです。
 それから……遠目にですが、サヤがいましたよ」
「え⁉︎」
「宿舎の前の通りから手を振ってました。元気そうでしたから、ご安心ください」

 ハインの言葉に、心臓がぎゅっと、掴まれたような心地がした。

 会いたい……。

 その衝動が、ぶわりと大きく膨れ上がって、一瞬駆けだしてしまいそうになる。

「……そう……」

 やはり行けば良かったな……。
 もう何日姿を見てないだろう……。
 今日、たった十四名が赤縄を超えたけど、それはまだほんの一握り。日々少しずつ、そうやって移動が増えていくのだろうけれど、サヤたちが戻るのは一番最後の一人が、赤縄を出る時……。
 まだまだ……ずっと先…………折り返してすら、いないのだ。
 今日も発病した者が、きっと出る……。そうしたら、サヤの戻る日は、また伸びる……。

「……ハインの祝いも、できなかったな……ごめん」
「どうせ定かではない誕生日ですから、気にもなりません」

 さらっとそう返され、手紙を渡された。

「代表者との面会は、整理等が落ち着いた昼以降となっています。
 それまでに仕事を片付けてしまいましょう。
 お茶を入れてきますから、進めておいてください」

 そう言ったハインが執務室を後にする。
 まだマルも来ていない部屋は、俺一人。多分廊下にはシザーかオブシズが警護に立っていることだろう。

 受け取った手紙の封を切って、中身を取り出した。
 今日は三枚……。二つ折りにされている、一番最後の一枚が、濡らしてしまったのか、少し歪んでいた。一枚目から目を通すため、手紙を広げる。

 一番初めの一枚目は、いつもユストだ。
 昨日の報告を、細かに綴ってあり、そこに記されたものを、マルが後でまた図におこす。
 二枚目には、近日中に完治とみなされる人数と、何かひどく拙い文字……?だと、思われるものが綴ってあった。

「あ?……り、がとう……?」

 たぶん、そうだと思われる……。
 紙の結構な領域を侵犯して綴られていた歪な文字。その下に、サヤの手で端ギリギリを使って上記の文字の理由が綴ってあった。
 病より快復した幼子が、どうしても感謝を伝えたいと、初めての文字に挑戦したとある。
 消毒して書かせたけれど、念のため手洗いと消毒を怠らないようにと忠告が添えてあり、その説明が下端だけでは書ききれず、紙の縦端を上の方に向けて綴られていて、この幼子の文字が想定外の大きさになってしまっているのだなというのを伺わせるものだから、つい笑ってしまった。

「はじめての……ははっ」

 そんな温かく、愛しい気持ちで三枚目の紙面に移り、それがサヤの手であることが分かって、胸が高鳴った。
 が……。

「…………子供……死亡…………」

 重篤な状態であった二人の幼子のうち、一人が亡くなったと、綴られていた……。

 初めての死者ではない。もう数人、亡くなっている。
 そういう病だと分かっていた。分かっていたけど…………。
 幼い子供が来世へ旅立ったという現実は、やはり、重かった…………。

 サヤは、亡くなった子を身綺麗に整えてやりたいから、柘植櫛と椿油の入った小袋を、明日の荷物に入れてほしいと綴っていた。
 自室の寝室にある小机の中に、しまわれているとある。

 そして、この紙の歪みは…………水滴を落としたようなこれは、サヤの、…………。

「涙…………」

 今日初めて、通りの向うに姿を現したと、ハインは言っていた。手を振っていた。元気そうだったと。

 違う……。
 サヤは、辛くて、悲しくて、堪らなかったのだ。
 誰かに縋りたかった、苦しみをぶちまけたかった。
 だけど、今あそこから出ることはかなわない。弱音を吐くことも許されない。
 だから。けど、それでも。
 そんなギリギリの葛藤を、きっと耐えて、一目見るだけで、我慢したのだ。
 遠目から、俺たちの誰かを、探したんだろうか。もしかしたら、俺を…………っ。

「…………っ!」

 今ほど、傍を離れていることが苦しかったことはない……。
 縋りたいと思っているサヤに、指の一本すら差し出してやれない。
 苦しさや悲しさを、吐き出すことすら、させてやれない。

 拳を握って、それを机に叩きつけた。
 サヤの胸の痛みは、こんなものではないだろう。
 なんでもいい、サヤに今、何かしてやりたかった。

「どこに行かれるのです?」

 執務室を出ようとしたら、丁度お茶の準備を済ませたのだろう、ハインが扉を開き、執務室を出て行こうとする俺を呼び止める。

「サヤの部屋に行ってくる……頼まれものを、取りに」
「鍵を持ってないでしょうに。
 少し待ってください…………これです。必ず返してくださいよ」

 懐の隠しから取り出した鍵束。それの一つをつまみあげて、束ごと俺に差し出したハインから、それを無言で受け取った。

 別棟にあるサヤの部屋に足を進める。
 また、いつの間にやらシザーが後ろに付き従っていたが、黙って進んだ。
 サヤの部屋に来て、鍵を開ける。俺は中に入るが、シザーは遠慮したのか、扉の前に待機する様子だ。
 綺麗に整えられた室内。
 そのまま真っ直ぐ寝室に進んで、少し躊躇ったけれど……中に入った。
 壁際に置かれた寝台。その傍に置かれた小机。あまり室内を見ないように気をつけながら、足を進めて、小机に一つしか付いていない引き出しを開けると、何度か見かけた小袋が。
 しかしそこに中身は入っておらず、小袋の上に、入っているはずの二つが並べて置かれていて、俺は、呆然と、それを見下ろすことになる。

「……………………空?」

 横に倒されていた小瓶に……蜜よりも淡い色の油が、もう入っていなかった……。
 慌てて手にとって縦に持ち直すと、横倒しの瓶に薄く広がっていた油が、僅かに数滴程、底に溜まる。だけど、それっぽっちになっているだなんて、思っていなかった俺は、これを亡くなった幼子のために使おうというサヤの気持ちに、また胸を打たれた。

 亡くなってしまえば、そこにあるのはただの残骸だ。
 なのにサヤは、その残骸にすら、愛情を注ごうとするのか。
 この油を使い切ってしまったら、手入れが必要なサヤの櫛も、そう遠くない未来に、失ってしまうというのに……。

 視界が少しぼやけて、手がおぼつかない……。
 小袋の上に置かれたもうひとつの方、櫛も手に取って、二つをその小袋に入れた。
 少しそのまま上を向いて、涙が乾くのを待って、寝室を出て、部屋の外に。扉の鍵を、きっちりと締めた。

「おかえりなさい……ませ」

 執務室に戻ると、ハインが訝しげに一瞬言葉を詰まらせたけれど、鍵を突き出すと、無言で受け取った。

「これを、明日の荷物に。
 大切なものだから、入れる場所に気をつけてやってくれ」
「畏まりました」

 執務机に戻って、机の上に、紙を取り出す。
 だけどいざ筆を取ると、手が止まった。

 幼子は、可哀想だったけれど、きっと来世では幸せな家庭に、生を受けるだろう。とか……。
 この病は、そういったものだから、あまり気に病むな。とか……。
 サヤはよくやってくれている。これは仕方がないことなんだ。とか……。

 そんなことを書けば良いのだろう。だけどきっと、それはどれも、サヤの慰めにはならないのだろう。
 そんなことよりも。

 どうか無事に戻ってくれ。とか。
 傷ついてまで、そこに居なくても良いんだ。とか。
 病が飛び火してしまう前に、今すぐやめて、帰ってきてくれ。とか。
 ……そんなことを書き殴りたい衝動を、抑え込むのに必死だった。

 考えて、考えて、考えて……それでも何も、思い付かなくて。

 もどったら、どんなこだったのか、おしえてほしい。

 そう綴るので、精一杯。
 無力感に、やるせなさばかりが募った……。
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