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荊縛の呪い 7
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悶々と一人頭を悩ませていると、コンコンと部屋の扉が叩かれた。
ハインとジェイドが戻ったのだ。その背後にもう一人、小柄な人影……。
ハインは、荷物の準備ができたと俺に言い、ジェイドは、吠狼の中に行商団と接触をした者は一人もいないと、俺に言った。
「引き継ぎも済ませてきた。
俺がここを離れる間、俺の代わりはこいつが受け持つ。獣だが……見た目は分からンだろ」
そう言って前に押し出されたのは浅葱。
そしてそれは、ジェイドの決意が揺らいでいない……ということだ……。
「…………行くのか……」
「あいつに任せて、俺が引っ込ンでおくなんざ、できるか」
「……命の危険があるって、分かってるよな……」
「…………今更悔いたって遅ぇ。
なンで止めなかったンだよ。お前あいつの押しに弱すぎンだろ」
ジェイドの覚悟を確認したのに、サヤのことを返されて……その通りだと、俯くしかなかった……。けれど。
「……正直、村に入れてもらえるなんて、思ってなかったんだ、我々は」
あまり聞きなれない声が、そんな風に耳に届いたものだから、俺は重たい頭を上げて、視線を声の方に向けた。
浅葱だ……。父上救出の時に、少し言葉を交わした程度の縁。その彼が、ジェイド不在の代わりを務めてくれるという……。
それはつまり、ジェイドが死亡した場合、彼が人前に、姿を晒し続ける覚悟をしているということだ。
「浅葱も、良いのか……? 種が晒される危険が、増してしまうんだぞ?」
「貴方は、本当に変わり者だ。今、俺の心配をなんでする? こんな問題を持ち込んだのは、我々だぞ」
冷めた表情でそんな風に返されて……俺はつい、苦笑を零す。
ついさっき、似たことをエルランドに思っていた自分に気が付いたのだ。
「なんでかなんて、分からないけど……なんでだろうな……ほんと。
だけど、手の届く場所に君らがいて、やれることが俺たちにはあった。
だから…………だからサヤも、ああしたんだろう……」
行くと言った。
危険は承知で、最善を尽くすと、彼女は決心したのだ。後悔しないために……。
「今回のこと、問題を持ち込まれたなんて風には、思ってない……。
だって君らは、俺の友で、志を共にする同志だ。
悔いているのは…………自分の不甲斐なさだよ。
俺にもっと力があれば……取れる手段があれば……もっと違う方法を、サヤを一人で行かせるような手を、取らずに済んだのになって、思うから……」
本当の最善は、ユストをあそこに向かわせることだ。
だけど、そうした場合に起こるであろうこと……獣人を目にした彼が、どう行動するか……。それを考えてしまって、俺は踏み出せないでいる。
彼に知られたら、それは騎士らに……そしてガイウスらの耳に、最後には村の者らにだって、知られてしまうだろう。
そうなれば全てが終わる。
いつかはそうしなければならない。
だけど今ではないんだ。まだ始まってないこの状況で、知られてはいけない。
つまり俺は、今を守るための無茶を、サヤ一人に押し付けている…………。
「…………俺にできうる限り、守る……。
病相手じゃ分が悪いが……あいつをちゃンと、ここに返す。
だけど次は……もうこンなことにすンな。
俺らは……元から、そういうもンだから、お前が受け入れられないっつったところで、それが当然ってだけの話だったンだ。
お前にそンな顔、させたかったンじゃない……」
思いがけない言葉を、ジェイドが口にしたせいで、俺の思考はプツリと途切れた。
「…………え?」
「悪かったと、思ってる……。お前はお人好しだから、こうなるって、分かってたはずなンだよ、俺たちも……。
だから、次はもう、いい……。もう充分だから……。俺たちは、本来はお前が守る必要の無い存在だ……領民じゃないンだからよ……」
その言葉がまた、心臓に刺さった。
「ギルの荷物がまだです。
ギルが戻りましたら全てが揃うので、宿舎に向かうのは、それが届いてからにしてください。
全体の人数と、罹患してから、回復した者……もう、病に侵されないと分かる者が何人いるかを確認して、手紙に記してください。
食事にまで手を回していられないでしょうから、当面は汁物と麵麭程度になりますが、こちらで用意して、毎食届けます。
鍋は次の食事時に回収しますから、指定の位置に……」
ジェイドとハインがやりとりしているのを耳にしながら、俺はジェイドの言葉に頭を囚われていた。
そんなことを、言わせたかったんじゃない……。
もし実情を伝えられず、沢山の骸を前に、事実を知ったとしたら、俺はきっと、今よりもっと苦しかったと思う。
頼ってもらえなかった、信じてもらえなかった……そのことに苦しくなった。
なんで、言ってくれなかったんだと、きっとそう言う。
信頼してもらえなかった自分の不甲斐なさに、悔しくて、悲しくて、絶望しただろう。
つまり俺は……ジェイドらに、信頼してもらえていたと、いうことなのだ。
だから縋ってくれた。頼ってくれた。
そしてそれを今、後悔させている…………?
「…………」
駄目だ。
そう思うと、ザワリと全身に、何かが走った。
彼らにそんなことを、思わせてはいけない。それは、今を守るための無茶を、サヤが背負った意味が、無い。
彼女が何故一人で背負うことを選んだのか。
それは、俺の立場を、信頼を、守るためだ。
俺の選択を、正しいものにするためだと、そう言った。
サヤは、俺を信頼して、その身を投じてくれたということだ。
それは、俺が彼らを友とすることを、肯定してくれているから……獣人を隣人だと、認めてくれているからだ。
じゃあ、ユストは何故怒った?
伏せられた理由で、医者としての自分を、信頼してもらえなかったからだ……。
「ジェイド、ちょっと待ってくれ……」
俺はさっき、本当はユストを向かわせるべきなのだと、分かっていた。
……じゃあ俺は…………俺の最善を、何故尽くさない……?
だから、こんなにも苦しい。
こんなにも、後悔してるんじゃないのか……?
「少し、待っていてくれ……。
まだやれてないことが、あるんだ」
俺は、後継になった。
それはつまり、将来セイバーンを背負うということだ。
そうなった時俺は、彼らを退けるのか?
セイバーンを、そんな場所にするのか?
彼らをずっとこのまま、流浪の民でいさせるつもりか?
違うだろう!
それを覆すために、この村を作った。
ならば今責任を負わずに、この先があるわけが、ないんだ!
俺の立場は、この貴族という身分は、元来そういったものだろう?
ハインとジェイドが戻ったのだ。その背後にもう一人、小柄な人影……。
ハインは、荷物の準備ができたと俺に言い、ジェイドは、吠狼の中に行商団と接触をした者は一人もいないと、俺に言った。
「引き継ぎも済ませてきた。
俺がここを離れる間、俺の代わりはこいつが受け持つ。獣だが……見た目は分からンだろ」
そう言って前に押し出されたのは浅葱。
そしてそれは、ジェイドの決意が揺らいでいない……ということだ……。
「…………行くのか……」
「あいつに任せて、俺が引っ込ンでおくなんざ、できるか」
「……命の危険があるって、分かってるよな……」
「…………今更悔いたって遅ぇ。
なンで止めなかったンだよ。お前あいつの押しに弱すぎンだろ」
ジェイドの覚悟を確認したのに、サヤのことを返されて……その通りだと、俯くしかなかった……。けれど。
「……正直、村に入れてもらえるなんて、思ってなかったんだ、我々は」
あまり聞きなれない声が、そんな風に耳に届いたものだから、俺は重たい頭を上げて、視線を声の方に向けた。
浅葱だ……。父上救出の時に、少し言葉を交わした程度の縁。その彼が、ジェイド不在の代わりを務めてくれるという……。
それはつまり、ジェイドが死亡した場合、彼が人前に、姿を晒し続ける覚悟をしているということだ。
「浅葱も、良いのか……? 種が晒される危険が、増してしまうんだぞ?」
「貴方は、本当に変わり者だ。今、俺の心配をなんでする? こんな問題を持ち込んだのは、我々だぞ」
冷めた表情でそんな風に返されて……俺はつい、苦笑を零す。
ついさっき、似たことをエルランドに思っていた自分に気が付いたのだ。
「なんでかなんて、分からないけど……なんでだろうな……ほんと。
だけど、手の届く場所に君らがいて、やれることが俺たちにはあった。
だから…………だからサヤも、ああしたんだろう……」
行くと言った。
危険は承知で、最善を尽くすと、彼女は決心したのだ。後悔しないために……。
「今回のこと、問題を持ち込まれたなんて風には、思ってない……。
だって君らは、俺の友で、志を共にする同志だ。
悔いているのは…………自分の不甲斐なさだよ。
俺にもっと力があれば……取れる手段があれば……もっと違う方法を、サヤを一人で行かせるような手を、取らずに済んだのになって、思うから……」
本当の最善は、ユストをあそこに向かわせることだ。
だけど、そうした場合に起こるであろうこと……獣人を目にした彼が、どう行動するか……。それを考えてしまって、俺は踏み出せないでいる。
彼に知られたら、それは騎士らに……そしてガイウスらの耳に、最後には村の者らにだって、知られてしまうだろう。
そうなれば全てが終わる。
いつかはそうしなければならない。
だけど今ではないんだ。まだ始まってないこの状況で、知られてはいけない。
つまり俺は、今を守るための無茶を、サヤ一人に押し付けている…………。
「…………俺にできうる限り、守る……。
病相手じゃ分が悪いが……あいつをちゃンと、ここに返す。
だけど次は……もうこンなことにすンな。
俺らは……元から、そういうもンだから、お前が受け入れられないっつったところで、それが当然ってだけの話だったンだ。
お前にそンな顔、させたかったンじゃない……」
思いがけない言葉を、ジェイドが口にしたせいで、俺の思考はプツリと途切れた。
「…………え?」
「悪かったと、思ってる……。お前はお人好しだから、こうなるって、分かってたはずなンだよ、俺たちも……。
だから、次はもう、いい……。もう充分だから……。俺たちは、本来はお前が守る必要の無い存在だ……領民じゃないンだからよ……」
その言葉がまた、心臓に刺さった。
「ギルの荷物がまだです。
ギルが戻りましたら全てが揃うので、宿舎に向かうのは、それが届いてからにしてください。
全体の人数と、罹患してから、回復した者……もう、病に侵されないと分かる者が何人いるかを確認して、手紙に記してください。
食事にまで手を回していられないでしょうから、当面は汁物と麵麭程度になりますが、こちらで用意して、毎食届けます。
鍋は次の食事時に回収しますから、指定の位置に……」
ジェイドとハインがやりとりしているのを耳にしながら、俺はジェイドの言葉に頭を囚われていた。
そんなことを、言わせたかったんじゃない……。
もし実情を伝えられず、沢山の骸を前に、事実を知ったとしたら、俺はきっと、今よりもっと苦しかったと思う。
頼ってもらえなかった、信じてもらえなかった……そのことに苦しくなった。
なんで、言ってくれなかったんだと、きっとそう言う。
信頼してもらえなかった自分の不甲斐なさに、悔しくて、悲しくて、絶望しただろう。
つまり俺は……ジェイドらに、信頼してもらえていたと、いうことなのだ。
だから縋ってくれた。頼ってくれた。
そしてそれを今、後悔させている…………?
「…………」
駄目だ。
そう思うと、ザワリと全身に、何かが走った。
彼らにそんなことを、思わせてはいけない。それは、今を守るための無茶を、サヤが背負った意味が、無い。
彼女が何故一人で背負うことを選んだのか。
それは、俺の立場を、信頼を、守るためだ。
俺の選択を、正しいものにするためだと、そう言った。
サヤは、俺を信頼して、その身を投じてくれたということだ。
それは、俺が彼らを友とすることを、肯定してくれているから……獣人を隣人だと、認めてくれているからだ。
じゃあ、ユストは何故怒った?
伏せられた理由で、医者としての自分を、信頼してもらえなかったからだ……。
「ジェイド、ちょっと待ってくれ……」
俺はさっき、本当はユストを向かわせるべきなのだと、分かっていた。
……じゃあ俺は…………俺の最善を、何故尽くさない……?
だから、こんなにも苦しい。
こんなにも、後悔してるんじゃないのか……?
「少し、待っていてくれ……。
まだやれてないことが、あるんだ」
俺は、後継になった。
それはつまり、将来セイバーンを背負うということだ。
そうなった時俺は、彼らを退けるのか?
セイバーンを、そんな場所にするのか?
彼らをずっとこのまま、流浪の民でいさせるつもりか?
違うだろう!
それを覆すために、この村を作った。
ならば今責任を負わずに、この先があるわけが、ないんだ!
俺の立場は、この貴族という身分は、元来そういったものだろう?
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