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新たな問題 20

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 サヤにどんな理由があったって、どうでもいい。それは本心だ。
 だけど、彼女が傷つけられたことを想像するのは、耐えられない。
 それを一人で抱えているのかと思うと、怖くなる。
 彼女のことを、まだほとんど何も知らないのだと、話してもらっていないのだという現実に、苦しくなる。

 ギルたちの泊まる客室に、二人はいなかった。
 サヤの部屋だろうかと思い、別棟の彼女の部屋に行ったけれど、ここにもいなかった。
 他に二人のいそうな場所はどこだろうかと、焦りながら足を進める。
 可能性の一つとして考えていた調理場へ向かう途中で、職人らとともに到着した荷物の、食品類を積み上げていた、中庭側の勝手口前で、二人は見つかった。

 なにやら荷物を前に、キャッキャとはしゃいだ声を上げている。その様子に心底ホッとしつつ、足を向けた。

「あっ、レイ様、見てくださいこれ!    芽花野菜がほら、たっくさん入ってたんです」

 足音にいち早く気付いていたサヤと、その反応に振り返ったルーシー。
 俺を見るなり、ルーシーがそう言って、ブンブンと手を大きく振って俺を呼ぶ。
 微笑ましい二人の様子に、ちょっと疲れていた気持ちが癒される心地だ。
 サヤが楽しそうに見えるのにも、心が救われた。

「サヤさんったら、面白いんです。芽花野菜が冬のものだって知らなかったって言うんですよ!
 しかもサヤさんの国では、これ、すっごい変な名前なんです!」

 元気なルーシーがそう言ってくすくす笑う。
 サヤは少々、恥ずかしそうだ。芽花野菜が冬の作物だって知らなかったとは……冬の貴重な食材なのに。

「サヤの国では、あまり食さないの?」
「いえ、その……なんというか……ブロッコリーは、年中出回っているので……」

 そう言われてびっくりする。
 だけどまぁ、サヤの国だしな。夏場に氷が作れるくらいだ。芽花野菜だって作れるのだろう。
 ……って、今なんて言った?

「ぶろっこりぃ?」
「ね?    すごく変な名前!    ぶろっこりぃ、面白くないですか?」
「芽花野菜の方が面白いですよ……だって人参も茄子も野菜なのに、人参野菜なんて言わないじゃないですか」
「人参野菜!    芽花野菜は芽花野菜なのに!」
「もぅ、ルーシーさん笑いすぎです!」

 頬を膨らませて怒った顔をするサヤに、ルーシーはとりあわない。
 ツボにはまったのか、腹を抱えて笑っている。
 そんなサヤを見ていたら、なんかもう、たまらなくなった。
 頭に手をやって、一つ撫でたら、不思議そうな顔をして見上げてくる。そんなサヤをそのまま、腕の中に抱き込み、額に唇を押し付けた。

「れっ、レイシール様⁉︎    人前、あかんって、何度も言うてる!」
「あっ、おかまいなく!    じゃあ私、後ろを向いてますからっ!」
「そ、そういうことじゃ……レイ!    いい加減怒るしな⁉︎」
「サヤ。この前はごめん。無茶なことした……髪、痛かったよな……」

 この前がいつのことか、それで察したのだろう。ピタリと動きが止まる。
 そうして、グイグイを胸を押され、無理やり引き剥がされた。

「きっ、気にしてませんから、大丈夫です。
 それでは、私はそろそろ、仕事に戻りますから……」
「待ってくれ。話をしようって、この前も言ったろう?」
「もう話すことは無いと、私も言いました」

 ルーシーの目を気にしてか、必死で俺から逃れようとするサヤだったが、俺だけでなく、ルーシーにまで行く手を阻まれて、足を止めた。
 屋敷に逃げ込もうとするサヤより早く、入り口に移動したルーシーが、腰に手を当てて立ち憚ったのだ。

「サヤさん。お話は大切ですよ!」
「でも、もう……言うことなんて、なにも無いんです……」
「サヤさんになくても、レイ様にはあるんですよ!    聞いてあげてくださいな」
「…………ぅ……」

 いつになく頼もしいなルーシー!
 そんな彼女に感謝の視線を送ってから、もう一度サヤを腕の中に。

「もうっ!    抱きつかないと話せないんですか⁉︎」
「うん。そうなんだ……不安で、こうしてないと無理だよ」
「…………何か、あったんですか?」
「ちょっとね……父上とガイウスたちに、嫌な思いをさせてしまったなって……」

 そう言えば、サヤは抵抗しなくなった。
 葛藤はあるだろうに、腕の中で、じっと我慢している。
 そのいじらしい姿にまた愛しさがこみ上げてきて、彼女の尻尾になった黒髪を、指で梳いた。

「俺は、良い領主になるよ……。そう約束する。努力するよ。きっとみんなを幸せにしてみせる。そう誓ってきたんだ……」
「……それ、お二人には、喜ばしいことじゃないんですか?」
「その交換条件に、我儘を言ったから」
「……我儘?」
「サヤ以外を娶りたくないから、他は全部断ってもらうことにした」

 そう言うと、サヤは瞬間で、ブチ切れた。

「…………そんなん、今すぐ、取りやめてきぃ!    そんな我儘、そんなん、そら、あかんやろ⁉︎」
「了解してもらった。だからもう覆さない」
「何言うてるん⁉︎    私は、絶対に、ならへんから!」

 本気で怒っているサヤは、とても怖い顔だった。覇気に気圧されそうになるのを、気合いで耐える。
 サヤは、それだけは絶対にいけないことだと、本気でそう思っている。表情に嘘は無い。
 やっぱりそうなのか……。そう思うと、胸が苦しい。でも……!

「覆さない。サヤが無いなら、俺は誰とも結ばれない。それを許してもらったんだよ。
 だから、サヤが逃げたって、無駄だから」
「レイは、後継になったんやろ⁉︎    責任とか、義務とか、そういうのん、レイは大切に、してたやんか!」
「仕方ないだろ!    それよりも大切なものができたんだから!    もう自覚したから、無かったことになんてできないんだ!」
「そんなん、気の迷……!」
「気の迷いとか言ったら、俺も怒るじゃ済まさないぞ⁉︎」

 本気を見せて声を荒げたら、少し怖かったのか、サヤが怯えたように口を噤む。
 気の迷いなわけない。こんなことを、そんな簡単に選んだなんて、思ってほしくない。

「勿論大切だよ……。貴族としての責任は、放棄しない。だから、他の全部の代わりに、これ一つを許してもらったんだ。
 それに俺は、妾の子だ……。好きな人がいるのに、それ以外の人と政略的な婚姻を結ぶなんて……誰かを母みたいにするなんて……サヤのこと無しにしたって、無理なんだ。
 だから、サヤのことは関係無くないけど、関係無い。このことがなくても俺は、そうしたからね」

 静かにそう伝えると、こくんと頷く。
 だけど腕の中のサヤが、泣きそうな顔で、悔しそうに唇を噛み締めていて……そのなんともいえない表情が、酷く胸に刺さった。
 今にも切れてしまいそうな、噛み締められた唇が可哀想で、親指で撫でて止めさせる。歯型のついてしまった唇……。

「……だから俺は、諦めないから。
 サヤが逃げたら、俺は一生一人だから。サヤが承諾しなくても、そうだよ。
 覚悟しておいて。根競べだ。俺とサヤ、どっちかが折れるまで続くから。
 勿論俺は、折れやしないけど」

 サヤを見下ろしたまま、そう言うと、怒った瞳が、俺を見上げる。
 だけどその表情すら愛おしくて、もう一度額に口付けた。

「あかんっ。もう、人前でこういうこと、しいひんって約束して!」
「しない。俺はもう、なりふりなんて構ってられないんだ。
 誰に見られてようが、そんなことどうだっていい。サヤが許してくれるまで、全力で口説くから」

 真剣に瞳を見つめて、そう伝えると、サヤは意味が分からないといった風に、目をまん丸に見開く。
 そうしてから次第に、頬を染め、唇をわななかせ、焦ったように視線を泳がせた。

「⁉︎    え、それ、なんか違わへん?」
「違わないよ。今もう、始まってるからね」
「ひ、卑怯や、そんな根競べ、私はしいひんから!」
「いいよ。サヤがしなくても俺が一方的にするから」
「私もレイ様を応援します!」
「ありがとうルーシー。心強いよ」

 にっこり笑って、腕に力を込める。
 愛おしいサヤが、離してくださいと焦って身をよじるのを、駄目だよと押し留める。

「芽花野菜か……祝詞日のお祝いと、ハインの誕生祝いをしなきゃな。
 沢山あるなら、早く食べなきゃいけないし、これを使おうか」
「良いですねそれ!
 じゃあ、村の皆さんの歓迎会を兼ねて、いっぺんにお祝いしませんか?」
「ああ、それは良いな。雪が積もり出す前に、してしまおう」
「今、その話は良いですから、離してください!」

 腕の中の温もりを、絶対に大切にするのだと心に誓って、俺はサヤの言葉を無視した。
 もう、全力で行くから。手段だって選ばないから。
 そうでもしなきゃ、俺はサヤになんて、勝てやしないのだ。
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