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新たな問題 12

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うん……。確かに。

「お待たせして申し訳ありません。
 私はレイシール・ハツェン・セイバーン。ここの責任者です」

 失礼のないように、顔の神経をいつも以上に意識した。
 そして目の前の人物を見る。

 …………これは……変装?    にしては……うーん……。

 なんと言えばいいのか分からない目の前の人物に、俺は内心途方にくれ、とりあえず、長旅ご苦労様でしたと声をかける。
 鷹揚に頷く医師…………だと思う人物。うん……横の二人は、どう見ても子供だし、やっぱりこの異様な風体の人が医師だろう。

 横の二人が、多分助手と報告されていた者らだ。
 だがどう見ても……カミルくらいの年齢だな。十歳に到達しているかどうか……そんな感じの少女が二人。頬を紅潮させて、甘めに作られているであろう牛乳茶を必死でちびちびやっている。子供はやはり、甘いものに目がないな。

 そして件の人物……。こちらもやはり小柄だ。
 焦茶色を基調としたブカブカの衣服を身に纏い、動物の毛皮でつくられた防寒対策の帽子を被り、顔には明らかな付け髭。
 もじゃりと、顔の半分を覆うそれが、なんとも意味不明だった。
 だってどう見ても……女性なのだから。

「ユストのお身内の方と伺っています。
 このような時期に承諾いただき、本当に有難く思っています」
「あっ、いいのいいの。暇してたし?」
「…………そうですか」

 声も高く、喋り口調も女性的で作っている様子もない。男装じゃないのかな?    でもならなんで付け髭……まさか、これも防寒対策か?
 サヤの男装と練度に差がありすぎて、どう受け止めれば良いのだろうかと少々悩む。これで医者だと言われても、胡散臭さ以外無い……。
 どうしてそんな格好をしているのか、聞いても良いのかな?    だけど、下手なことを言って刺激するのもなんだし……。
 どう接したものかと困っていたのだけれど、その問題は全て、ユストの登場で解消された。

「姉貴⁉︎    あんた何トチ狂った格好してきてんの⁉︎」

 やっぱりお姉さんですよね。

 ハインに呼ばれたのだろう。慌ててやって来たユストはそう叫び、急いでその姉に走り寄ると、顔のヒゲをひっぺがす。
 すると「やぁん!」という、可愛く高い声と共に、そのひっぺがされたヒゲに手を伸ばす女性。ユストの姉……らしいが、これまたそうは見えない……。
 小柄と、表現したが、まさしく小柄だ。ユミルと大差ない身長……サヤより頭一つ分ほど低い。そしてモジャモジャのつけ髭の下から現れた顔も、とても幼く見えた。ユストの姉と言われるより、妹と言われた方がしっくりくる。
 付け髭じゃ男装にもならなかったのが納得の童顔だ。

「大変失礼しました!    この人ちょっと、色々解釈がおかしいところがあって!
 だけど腕は確かなんで、ほんと確かなんで!    お目汚しかとは思いますけどとりあえず一回使ってやってください!」
「いや、ユスト……ちょっと驚いたけど別に、そこを疑ってはいないよ。大丈夫」
「やだぁユストどうしたの?    そんな必死に頭下げて」
「姉貴の尻拭いだよ!    名前聞かなかった⁉︎    セイバーンって名乗ってらっしゃらなかった⁉︎」

 いつもゆったりとして、どこか茶目っ気があり、おおらかなユストが必死だ。付け髭を握りしめているのがなんとも違和感をかもしている。
 そして、姉上はまたユストと違った方向に、大変おおらかである様子だ。

「珍しいお名前よね。言ってた言ってたぁ」

 面白い話を聞いたみたいにきゃっきゃとはしゃいで答えるものだから。

「それっ、なんで、そんな反応になんの⁉︎」

 ユストはお手上げとばかりに床に崩れた……。もう駄目だといった感じ。

「セイバーンってなかなか無い性よね。領地名と一緒ってちょっとびっくりしちゃったわ。
 でもユスト、流石に私だって知ってるのよ?    ここの領主様は、アルドナン様。レイシールさんじゃないってことは!」

 どうだ!    と、言わんばかりだが、ユストには衝撃にしかならないらしい。

「親父からどう聞いてここに来てんの⁉︎」
「薬物中毒の人がいるから行って来いって。本人の意思じゃないから無碍にもできんって、すごく渋い顔してたぁ」
「……親父いぃぃっ」

 どうやら姉上は、たいした説明もされずここに寄越されたらしい。

「ユスト、じゃあはじめから、説明しようか」
「そんなっ⁉︎    レイシール様の手を煩わせるなんていけません。俺がキッチリ言って聞かせてきます。暫くお時間をいただけますか⁉︎」
「ちょっとユストこのかっこいい子……まさか偉い人?」

 かっ、こいい……ですか?    それは、どうも……。
 でも「子」の括りなんだな……。

「だからさぁ!    セイバーンって、つまり領主一族の方!    この方は、次期領主様!」

 叫ぶみたいにユストが言い、姉上は固まった。そして暫くの沈黙の後……。

「まったまたぁ!    そんなわけないじゃない。なんでそんな人が私呼ぶのよぅ。そもそもあんたにそんなコネ無いでしょぉ」
「事情も全部手紙に書いたんだよ!    ああくそっ、ほんとクソ親父っ、じゃあなんで姉貴あんな壊れた男装してここにきたんだよ⁉︎」

 やっぱり男装だったのか……。

「男の方がウケが良いと思って」

 ウケ……。
 男性優位をウケと表現されたのは初めてだ。斬新というしかない。
 頭を抱えてしまったユストが少々不憫だな。

「ユスト、落ち着いて。俺はべつに気にしてないから。
 どちらにしろ、事情はこちらからもお伝えしなくちゃと思ってたんだ。だから別に、手間でもないんだよ。
 でも、ユストが来てくれて良かった。同席してくれないか。その方が姉上殿も安心できるだろうから」

 そう言うと、何故かキャー!と、歓声を上げる姉上。

「やだぁ姉上殿?    どうしましょう、凄く上等そう!」
「もう喋らないでくれ……」

 これ以上失礼のないよう、監視のために残ります……と、ユストは悲壮な声でそう言った。
 その言葉を合図に、サヤに俺たちの分のお茶もお願いして、俺はユストを席に促した。


 ◆


 姉上の名はナジェスタ。
 ユストと血の繋がりは無いのだと、彼女は言った。

「というか、うちの兄弟大半がそうで……」
「あ、ユストはちゃんとお義父さんの血を引いてるのよね」
「姉貴っ!    あんたちょっと黙っててよ⁉︎」

 ユストの家系は代々医師の家系なのだが、その方針は一風変わっているのだという。
 なんでも、元は何かの思想を掲げた医師団の出であったのだそうだ。

「命に貴賎は無いという思想の元で、国籍、民族、宗教、社会的地位または政治上の意見によるいかなる差別をせず、治療を行う……っていう……。
 まあ、そんな感じなんですけど、今の社会じゃなかなか、通用しないんですよね、それ」

 そうだろうな……。
 医療行為には金がかかる。簡単には手に入れられない道具や薬も多く、そもそも医師が不足しているのだ。どうしたって優先順位は金に左右される。

「それに、貴族方っていうのはその……こちらの意思は関係なしな部分ってあるでしょう?
 目の前の子どもの命が自分の腕に委ねられているって時に、腹痛だからすぐ来い……みたいなことがあったりする。それを嫌っちゃって……。
 それでその……極力関わりをお断りさせてもらってるって状況なんです」

 申し訳なさそうにユストが言う。
 とはいえ、全く関わらずにというわけにはいかないだろう。

「そうなんですよねぇ……。だから、順番にとやかく言わない人だけ相手にするって感じで。
 とはいえ、腕だけはあるので、なんとかやっていけてるんですけど……なにせ世話する弟子も多いから、いっつもカツカツで」

 金が無い客の治療も優先度が高ければ受ける。治療後に踏み倒されることも多いらしい。
 更に、医師になりたいという子を紹介されれば端から全て弟子にする。
 当然生活費等は全て負担するのだそうで、自ずと兄弟は増え、家計は火の車なのだそうだ。

「その弟子から医師になった人もそれなりにいて、そちらからの支援でなんとかやっていってます。ただまぁ……流石に親父と同じ思想で活動できる医師なんてそうそういなくてね。環境だってあるし……」
「私みたいに医師になっても使い道のないのだっているしねぇ」
「姉貴、黙って」

 使い道のない?

「ナジェスタは、ユストが推すほどの腕前なのだろう?」

 不思議に思いそう問い返すと、これまたナジェスタには不思議な顔をされた。そしてユストも渋い顔で、答えをくれる。

「女だからです……」
「性別は腕に作用しないだろうに」

 その言葉にナジェスタは目をまん丸に見開き、ユストは苦笑を零した。

「はは……実はそれに期待して、姉を推したんです……。
 レイシール様は、サヤさんを従者にしているし……村で働いていた職に就く女性らにも、とやかく言わない感じだったし……。
 医師の目処が立たないってこの状況なら、姉でも良いと言ってくれるのじゃないかって」

 サヤさん?    と、ナジェスタが首を傾げるから、俺の背後に立つサヤをこの子ですと紹介した。
 女性であるけれど、従者をしていると告げると、目をまん丸にする。男だと思っていたらしい。
 本当はもう、男装する必要は無いのだけれど……サヤは男装を止めようとしない。ガイウスに嫌な顔をされようともだ。
 自分を女性であると主張しないその姿が、俺の前に引かれた線そのもの。まるで、俺との関係は主従以外無いと言っているように感じる。
 まあ、動きやすさや、何も知らない相手にまで、あえて女性であると伝える必要もないと自分に言い聞かせ、本人の意思を尊重していた。
 けれどまぁ、それが功を奏した様子。そんな俺だから。と、ユストは考えてくれたらしい。

 ユストは「姉は、医師試験三回受けてるんですよ」と、言葉を続けた。

「姉は親父に匹敵する腕前です。試験だって、どれも断トツでした。でもなかなか信用してもらえなくて……女でこの童顔ですから、不正を働いているんだろうって。
 結局、監視を数人貼り付けだ状態で試験を受け直して、更に研修期間まで二倍こなして、やっと医師になったんです。
 だけどやっぱり……資格を得たところで世間には受け入れてもらえなくて……親父のところでずっと、補佐をやってて……」

 兄弟子らの中には、ナジェスタを雇うと言ってくれた者もいたらしいが、迷惑がかかるのは必至であるため断ったのだという。

「こんな顔してますけど、三十超えてるんで、経験だって相当積んでます……。
 正直俺は、外科方面はともかく内科方面は人並みで……姉には全然、敵わない。
 それでも俺は男だから、医官にだって、なれるんだ」

 ……ユストが医官を目指していたのは、家のためなんだな。
 勘当されてまで家を飛び出し目指していたのは、その給料ゆえだろう。実入りだけは保証される職だ。
 それに、軍事ごとに関わる医官は、外科技術の方が重宝される傾向がある。それも踏まえてなのだと思う。

「ユストはお義父さんの後継なのに……」
「俺よか姉貴が継ぐべきだろ。腕考えろよ。質が落ちるじゃないか」

 ぶっきらぼうにそう言うユストを、ナジェスタは困った顔で見る。
 あぁ、それも考えて、家を出たんだな……。

「事情は承知した。
 ではこの冬、父上のことをナジェスタさんに頼むことにするよ。
 薬師はもうしばらくしないと到着できそうにない。少しの間、不便を強いるかもしれないけれど……良いだろうか」

 そう告げると、ユストは安堵を表情に滲ませ、ナジェスタはえ?    と、また首を傾げる。

「ユストの……弟の補佐じゃなくて?」
「ユストは騎士です。春になれば医官の試験を受けるけれど、今はね、そちらの仕事がある。
 それに俺は、はじめから、父上をお願いする医師を求めていた。
 ナジェスタさんはちゃんと医師なのだから、ユストの補佐になる必要はないでしょう?」

 そう伝えると、驚きが過ぎたのか、呆然と瞳を揺らす。

「ただひとつ、申し訳ないのですが…………」

 ちらりとサヤを見てしまったのは、彼女と同じ立場に立たせてしまうだろうと、思ったからだ。
 居住まいを正し、ナジェスタさんを見据えてから、頭を下げる。

「俺はまだ……次期領主としては未熟で、家臣の信を得ていません。
 だから、女性の貴女を医師として招くのが俺の意思であるとしても、きっと、反発がある……。
 嫌な思いも、少なからずさせてしまうと思います……でもどうか、父上を、お願いしたい。
 たくさん苦しんできた人です。少しでも心安らかに過ごしていただきたいんです。お受けいただけますか」

 そう言うと、ユストが慌てて頭を下げないでくださいよ⁉︎    と、席を立って狼狽える。
 ナジェスタは呆然としていたけれど、そのユストの様子に慌てて、自身も立ち上がった。

「わっ、私は全然っ、全然大丈夫です!
 そういうのほんと、日常だしっ。全然気にならないからっ」

 その日常の中で、折れずに医師として生きているのは、彼女の強さだ。
 心を患ってしまいかねない、苦しい経験をたくさんしているだろうに……。

「ありがとうございます。
 ではまず、貴女に滞在していただく部屋へご案内します。
 助手のお二人もご一緒に。そうしたら、夕食までは休憩してください。
 父上との面会は、明日改めて」
「はい、あの、よろしくお願いします!
 あのでも……口調、かしこならないで……さんもいらないんで!    呼び捨ててください!」
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