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新たな問題 9

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 サヤはあの時、本当は、俺の降ろされた、真下の飼葉に飛び込むつもりであったらしい。村の女性に、地面の石や硝子片を片付けておいてほしいとお願いしたのは、ほんの保険のつもりだったのだという。
 けれど階下の爆発により、二階の露台からは炎が吹き上がっていた。
 そのため飼葉は炎と煙で遮られ、着地点が定められなくて……一度は、諦めかけたのだと、そう言ったそうだ。
 ただ俺が、必死で呼んでいたのだけは聞こえていて、このまま何もせずに終わっては駄目だと、そう思い……勇気を振り絞ったのだと言われ……。

「あの時はただ興奮して……彼女はなんて素晴らしい勇者なのだろうかと、感心しただけででした……。
 だけど違った。彼女は、我々となんら変わらないのに、命懸けで、貴方のもとに向かったんですね……。
 あの状況で、あの判断力、行動力、勇気……。私には、まだどれも備わっていない……。もっと、精進しなければと、皆奮い立ちました。
 それで、サヤさんにご教授頂いているんです」

 そう言い、また視線をサヤに戻すジーク。そして呟くように付け足した。

「あんな風にまで想われる貴方が、羨ましい」

 彼は……とても難しい顔をしていた。力を込めて、崩れそうになる表情を、意識的に引き締めている。
 あぁ、これは……サヤへの好意だ。けれど俺の華だと、分かっているから……。
 気付いてしまって、また苦しくなる……。
 サヤは……愛される娘だ。そうだよな……当然だ。これからも、彼女を幸せにしたいと思う者は、きっと沢山現れる。
 だから本当は、彼女が幸せになる相手は、俺でなくても良いのだろう…………。
 そう、思うのに…………。

 どうしても、他を許すという気持ちが、彼女を諦めるという選択肢が、俺の中には無い。
 今ですら、嫉妬と焦りで、サヤを捕まえてしまいたくて、仕方がない。

「……彼女は、私の救出の際にも、いたのだろう?」

 苦しさを押し殺して、サヤに魅入っていたら、父上にそう問われた。
 ガイウスが驚きをあらわに父上を見て、それから俺を見る。

「はい……。彼女は、影ではないのですが……能力的に、行くべきでしたので」

 本人の意思だったとは、言わなかった。
 ガイウスの前だ。俺たちの関係を言えば、サヤがより、追い詰められるかもしれない……。

「やはりか。男女は入り乱れていたし、皆顔を隠していたが一人だけ……あんな風に、武器を手にしない者がいたのだよ。腰の短剣すらも使用しないので、不思議だった。
 薬の作用で、私の自我が崩壊してしまった時は、彼女が……私を一人で抑えていたよ。他の者に、周りの警戒に専念するようにと、そう言っていたのをおぼろげに覚えている……」

 何日掛かるか分からないのだから、戦力は温存した方が良い。自分は力が強いから、一人で対処できる。二人、三人と人数をかけ、疲弊して手数を減らしては、万が一の戦闘時に不利になると、そう言ったという。
 はじめの一日は、ほぼその薬の副作用に翻弄されるだけで終わったが、戻った仲間により、少量の薬を与えられて、状態が若干落ち着いた。その時彼女は疲労困憊で、皆に謝りながら、二時間だけ死んだように眠ったという。結局その後、運悪くジェスルの者に見咎められ、戦闘になり、ジェイドが傷を負うことになった。

「彼らは本当に優秀だった。徹底して、逃げることを優先していたよ。足止めだけ果たせば全力で逃走した。だが戦闘を捨てることで、確実に距離を稼いだ。
 技能もさることながら……その精神力を、凄いと思った。
 敵に背を向ける勇気というのは、なかなか難しい……。それだけの実力と、自信と、仲間への信頼がなければな。
 きっと戦う方を選べば、犠牲は払ったかもしれないが、ジェスルの影らを掃討できたろうと思う。けれど私を守るために、危険を冒すことは避けたのだよな。
 一つの生き物のように、皆で唯一の目的を貫く胆力を持って、誰一人として、優先順位を間違えなかった。その目的のための最善にのみ、邁進していた」

 父の言葉に、胸がいっぱいになる。
 父上が獣人かれらに忌避感を持っていないのだということが、嬉しかった。
 そして改めて、サヤの献身を知り、愛しさと苦しさに翻弄される。
 サヤのあの言葉が、どれ程の苦悩を繰り返したすえの言葉であったのかと、考えずにはいられなかった。

「優秀な影だった。
 お前は、不思議な縁を持っているな……」
「たまたまです。
 俺は色々不甲斐ないので……皆に助けられなければ、できないことばかりなのです。
 その結果、沢山の人に支えられて今に至りまして……俺は皆の縁が、更に呼ぶ縁に、助けられているだけです」
「……それだけで、セイバーン村をほぼ三年、守り抜けるとは思えないが」
「村人自らが頑張ってくれただけですよ。俺は、言われたこと、やるべきと書かれたことをこなすのに、精一杯でしたから」

 本当にそうだったのだ。
 それだって、ハインに支えられてやっとこさ。そんな状況だった。

「…………あの時見せられたのは、お前だったのだと、聞いた……。
 ロレッタと見間違った……あまりに自然に、あそこにいるから……」

 不意に挟まれた母の名に、どきりとする。
 再会から今日まで、父上は必要最低限のことしか、家族については口にしなかった。
 俺を気遣ってであろうし、まだ苦しみが大きいからだろうと、そう思っていたのだけれど……。

「…………似てましたか?」
「似ていたな。あまり時間も与えられなかったが……ロレッタなのだと、思い込むには充分だった……。
 気付いていれば、お前をこんなに長く、苦しめることも、なかったろうに……」

 苦いものを口に含んだ、そんな表情と、声音。
 父上の戦いは、俺のためではなく、母のためであったはずなのだ。

「それは俺も同じです……。
 母の死と、父上の急病を、ただ鵜呑みにしました……。
 あの時、違和感に気付いていたら……少しでも、抵抗していたら……こんなにも長く、父上を苦しめることは、なかった……」

 何度も何度も見送った。異母様と、兄上を。
 その歪な日常を、もっときちんと、見ていれば……。おかしいと、考えていれば……。

「もしそうしていれば、今日ある縁の大半は、結ばれていませんでしたね」

 けれど、ボソリと呟かれたハインの言葉に、意表を突かれた。

「こうして、お二人が再会することも、無かったのではと思います……。
 ここに戻ったばかりの頃の我々は、たった二人だったではないですか。それでは何もできませんでしたよ。
 遠回りして苦しんだかもしれませんが……それ以上の実りは、手にされているのでは?」

 素っ気ない口調であったけれど、労りのこもった言葉。
 辛かったけれど、それだけじゃなかったと、思い出させてくれる。

「そうだった……。
 うん。そうだったな」

 そう考えると、これは通るべき道だったのだと、思えた。
 これはきっと、サヤや皆に、出会うための道だった。
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