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新たな問題 7

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 時間だけは、いついかなる時も、常に平常通り過ぎていく……。
 俺たちはお互いの境に引かれてしまった線を、超えられないまま過ごし、翌日。

 本日は、エルランドが今年最後の玄武岩を届けに来る日で、そのまま拠点村に一泊してもらう予定となっている。
 明日山城へ出発してもらい、干し野菜の備蓄を一部、拠点村まで輸送してもらうためだ。

「ロゼちゃんに、お菓子を作ります」

 そう言ってサヤは、また何かを作る様子だ。朝から調理場に行ってしまった。

 彼女は、今まで通りを頑なに、続けようとしていた。
 まるで何事もなかったかのように……。
 俺たちも、内容が内容だけに、その一線を踏み越えることがはばかられ……ただ、今を続けることしか、できないでいた……。

 午前中は、いつも通り日常をこなす。
 そんな中、ギルがルーシーを伴い、俺のもとに来た。

「ちょっと付き合え」

 そう言われ、館を出て、村の中を少し散策することとなったのだが……。
 年の暮れである今は、店も忙しいだろうに、本日拠点村滞在三日目のギルとルーシー。
 こちらのことで振り回してしまい、そういえば何故まだ滞在しているのか、聞いていなかったなと考えていたら……。

「は?    ルーシーの店⁉︎」

 拠点村に、ルーシーが店を持つことが決まったと報告された。

「えっ、と……ルーシー?    この村に店を出すには、秘匿権を放棄しなきゃならなくってね……。
 そもそもルーシーは、職人じゃないし、バート商会の後継だよね?」
「ええ。なのでバート商会の後継としてではなく、一職人として、ここに所属しました!」

 もうしたの⁉︎    聞いてないんだけど⁉︎

 状況を確認しようにもウーヴェは現在メバックだし、一体何がどうなってる⁉︎

 頭を抱えそうになったのだけど、そこでルーシーは、ここをお借りするんです。と、長屋店舗の一つを指差した。
 館にほど近い、他と変わらない、小さな店だ。

「私、装飾師という、新しい職を作ることにしたんです」

 と、ニッコリ笑顔でそう言われ、首を傾げる。
 装飾師……。名前からしても飾ることが仕事であると分かるけれど……何を装飾するのだろう?
 しかも、急にそう名乗ったからといって、それが仕事として成り立つのだろうか?
 どう答えたものやら困ってしまった俺に、ルーシーは……。

「前、サヤさんとレイ様に、相談したじゃないですか。
 後継だけど、やめられない私の好きなこと。
 それを全部、やっちゃう仕事を作ることにしたんです。それが、装飾師。
 サヤさんの国では確か……パーソナルスタイリストって、言ってましたよね」

 そう言われて、思い出した。

 ルーシーは、バート商会という、服飾の大店の後継。だけど、彼女は服以外にも好きなことが沢山あった。
 化粧も、装飾品も、髪型も。着飾ることが全て好き。
 けれど、服飾の店の後継だから、それを父親……アルバートさんに、咎められていたのだ。
 服のことに、もっと真剣になれと……。

 彼女は半ば家出のようにして、ギルの元に来た。
 そしてギルは、そんな彼女に時間を与えた。
 十八になるまで、好きにして良い。けれど、十八になったら、一度実家に、戻るようにと……。

 彼女は当初、その時間を好きなことを諦めるために使っていた。
 けれどサヤは、そんな彼女に、それは違うと言ったのだ。

「ルーシーさん、ギルさんは、お父様と話し合うようにって仰ったんでしょう?
 それは、好きなことを諦めなさいとは、違うと思います。
 ルーシーさんがどれくらい真剣で、ルーシーさんの特技が、どんな風に服飾に活かせるかを見つけ出して、直談判してこいって意味だと思います」

 好きなものを、どう仕事に取り入れるか。それを考える時間なのだと。

「だから私、一生懸命考えたんです。サヤさんの国にあるお仕事なら、この国でも需要があるのじゃないかって。
 それで、レイ様からのお仕事とか、貴族の方の社交界準備や、来年の戴冠式準備とか、色々お手伝いしてて気付いたんですけど……。
 貴族の方って、服は服屋。装飾品は宝石店。靴は靴屋……って、それぞれバラバラに、注文しますよね?
 それぞれとやりとりして、品物を調達して、最終的にひとつに纏め、着飾ることになるのですけど……。
 それぞれの注文に、結構変更点とか、出てくるじゃないですか。
 うちなんか特にそう。刺繍の色の変更や、意匠の変更。一回変えるって言ったのに前に戻すとか!    そんなのしょっちゅうなんです」

 そう話すルーシーに、そうだね……と、相槌を打つ。
 俺は全部ギルに任せるから、靴やら小物まできっちり揃えられているけどね……。
 だけど他の貴族は、そんなことはしてないだろう。ルーシーの言うとおり、個別に注文をしているはずだ。……中にはズボラな、俺みたいなのもいるだろうけど……。

「その変更点が起きるのって、それぞれに注文しているものが上手く噛み合わないからだと思ったんです」

 そう言ったルーシーは、店舗の中に足を踏み入れた。
 まだ木の香りが強い店内を見渡して、とてもワクワクと、期待した表情で。

「それで、この村って沢山の職人さんが集まるじゃないですか。だから、みんなでいっぺんに、一つのものを作ればどうかしらって。
 例えばですよ?
 冬の社交界で、サヤさんが着飾るとして、その時の礼服の意匠議題を、花の精と決めて、それぞれの職人が、その議題に合わせた意匠を提案して、このお店に集めるんです。
 サヤさんを花の精にするために、とびっきり似合うものを、みんなでそれぞれ確認しながら作っていくの。
 サヤさんそういうの、たしか……こばれーしょ……?    こらばれーしょん……あっ、コラボレーションっておっしゃってたんだわ!」

 そう言ってルーシーは、くるりと俺を振り返る。

「それで、装飾師の役割は、その出来上がったものすべてを使って、サヤさんを飾ること!
 冬の社交界の主役を完璧に作り上げるんです!」

 きちんと管理のもとで完成された、全身を装飾するために集めた、一つの作品を、化粧や髪型も含め、完璧に整えるのだと、力強く宣言する。

「貴族の方とのとやりとりって、大変だから、一手に引き受ける役を担うというのもあるんです。
 例えば、腕は確かだけど伝手を持たない職人さんの作品って、売り込みにくいでしょう?
 けれど私が受けた仕事を、私から他の職人さんに回せば、貴族の方と直接の接点がなくても問題無いじゃないですか。
 最終的に、素晴らしいサヤさんを作り上げれば良いのだから。大切なのは装飾品の質であって、職人の伝手じゃないのだし」

 そんな風に言うルーシーは、とてもしっかりとして見えた……。
 押しが強く、いつもどこか暴走しがちというか……突っ走ってしまう印象のルーシー。
 けれどそれは、言いかえれば行動力が人並みはずれてあるということで……。決して彼女の、短所ではない。
 その並外れた行動力を遺憾なく発揮するため。バート商会の利益に繋げて、好きなことを捨てないため。彼女は初夏のあの時から今までずっと、考えて考えて、そして行動に出たのだ。

「ウーヴェさんに伺ったら、この拠点村には若手の職人さんが多く集まるっておっしゃったし、貴族方との繋がりを欲する人も多いと思うの。
 なら私の立ち位置って、その橋渡しも兼ねることができるじゃない?    って。
 貴族方とのやりとりって、練習も必要だと思うし……。つまり装飾師の役割は、職人と貴族方との緩衝材であり、集めた作品の演出家なんです。
 ……っと、そんな風に考えてるんですけど、どう思われます?」

 キラキラと表情を輝かせて熱く語っていたルーシーが、パッと俺に向き直る。
 そのやる気に満ちた様子に、俺はつい……笑ってしまった。
 サヤのことが辛すぎて、笑えないと、思ってたのに……。

「ルーシーらしいし、とても良いと思う。
 ギルもそう思ったから、許可したのだろうし」

 そう言いギルに視線を向けると、ギルは眉間にしわを刻んだ微妙な顔。

「……お前が拠点村なんて都合の良いもの作るから……」

 そう言って溜息を吐く。
 うん、まさしく拠点村は、そのための場だしな。

「……まあ、いいかと思ったんだ。ここ、試験的に色々するのに、都合が良いようになっているだろう?
 手間も金もおさえられるから……試しにやってみるのもありだってな。
 総合的に整える職種と言うなら、バート商会の中に置いても意味があるし……」

 そう言って、ガシガシと頭を掻く。
 これはあれだな。ギルのこの表情は……心配で仕方がないけれど、手を離してやるべきだっていう……兄の顔。
 ルーシーを一人前に扱って、だけど影ながら背中を支えてやろうと、そう決意している顔だ。

「俺も応援するよ。
 俺たちはルーシーにたくさん助けてもらった。君の飾ることに関しての腕前は信頼しているしね」

 ルーシーはハインの怖い顔にも物怖じしないし壁を作らない。
 だから経験を積めばきっと、貴族とだって堂々と渡り合う女傑になるだろう。

「そう言っていただけて、安心しました。
 とはいえ、初めての職種で手探りから始める感じですから、はじめはバート商会の伝手をおおいに利用すると思うんです。
 なのでレイ様。贔屓にしてくださいね?」

 ちゃっかりとそんな風に言うルーシーに、俺は笑って「よろしくお願いするよ」と答えた。
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