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死の予感 2

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「ちょ……駄目、絶対に駄目だ‼︎    駄目に決まってるだろ⁉︎」

 反射でそう、言葉が勝手に口から溢れたのだけど、サヤは聞いていない。
 ハインに何かを言い、シザーを呼んで、身振りで説明を加えつつ、話を始め。
 こっちの声は聞こえているだろうに、一切無視。
 桶を持った村人を呼び止め、また何かを伝える。

「サヤ⁉︎」

 呼び掛けるけれど、吹き上がった熱風を吸ってしまい、仰け反って咳き込んだ。
 くそっ、私が行きますって、何考えてそんなことを口にしたんだ。
 舌打ちして、もう一度露台の下を覗き込んだのだけど、サヤの姿が無い……。慌てて視線を巡らせると、まだ火の回りが遅い、右側に移動していた。ジークらに、地面を指差し何かを伝え、シザーに腰から外したものを手渡して、次にしたことはというと、先程の村人から受け取った桶の水を、頭から被ること。

「駄目だって、言ってるだろーーーー⁉︎」

 いかにも火の中に飛び込みますといった準備に、本気で怒って吠えた。
 けれど、やはり無視される。
 何杯かの水を被り、ずぶ濡れになったサヤは、顔の水を手で払う。
 その仕草すら艶やかで、どこか色っぽく見えてしまうものだから、俺の頭はどうなってるんだと一人で苦悩した。
 いかん。このままだとサヤが火に飛び込む。駄目だ。死のう。俺が飛び降りれば、そんな危険なことはさせないで済む。
 混乱した頭で露台に手を掛けると「レイ‼︎」という、殺気すら感じる鋭い声。
 反射で手が引っ込んだ。そして視線は、本気の顔のサヤに吸い付いたまま……。

「待っとき」

 有無を言わせぬ一言。
 シザーに渡していたものを、もう一度受け取って。サヤはシザーを残し、少し後方に下がった。
 シザーはその場に腰を落とし、両手をがっちりと組む。
 何をしているのか分からず、首を傾げた次の瞬間、サヤはシザーに向かい、遠慮のない助走を開始した。
 そのまま激突するかと思われたが、シザーの組まれた手に、サヤの足が乗ると、シザーは仰け反るようにして上に振り上げる!

 ……嘘だろ?

 と、思った……。
 サヤが、ふわりと宙に舞ったのだ。
 呆気にとられてしまった。俺がいるのは三階で、跳躍して届くような、そんな高さじゃない。
 何より、そんな方法で宙に跳ね上がって、着地を、どうするつもりだ⁉︎

 そのまま落ちれば、怪我ではすまない。
 ゾ……と、背筋が凍った。
 けれどサヤは、まるで天使のように軽やかに空中を駆けて、離れた三階の露台に、手を掛けた。
 少し高さが足りず、露台の手摺りがサヤがそこに降り立つことを阻んだけれど、彼女は更に、信じられないことをする。
 反動を利用するように、手摺りに掛けた手に力を入れると、足りない距離分をひょいと軽く、上がってしまったのだ。
 猫のようにしなやかに、露台の手摺り上に両足を降ろす。
 そうしてそのまま、手摺りの上を駆けたかと思うと、すぐ隣の部屋の露台に跳躍。

「ばっ……っ⁉︎」

 静止なんてする隙も与えてもらえなかった。
 なんの躊躇いもない動作だったのだ。そして当然のように手摺り上に着地して、また跳躍。
 次の瞬間には、俺の目の前にいた……。

「…………」

 信じられず、見つめるしかできない。
 サヤは、濃紺の衣装と白い肌の対比が、とても美しかった…………。
 濡れた髪は煌めいて、鳶色の瞳も炎を映し、まるで燃立つ、最高級の紅玉のよう。
 ただひたすら圧倒されて、見つめていると……。

「……ただいま、レイ」

 そう言ってから彼女は、約束の間際にもした、啄ばむような口づけを、俺の唇に落とした。
 柔らかい感触に、現実味が無い…………。

「時間、ないから。レイ、私の背中に乗って」

 そのまま背を向けて、俺の前にしゃがむ。
 呆然としていると「早う!」と急かされ、慌てて言われた通りにした。
 サヤの濡れた背中に密着して、腕を体の前に回し……っ。

「⁉︎」

 引っ込めた。
 手がちょうど、柔らかな場所に来てしまうのだ。弾力に焦った。そうだ。補整着を身につけてないんだった。

「首か、肩に回してしっかり掴まって。極力密着して、その方が、跳躍が安定する」

 テキパキと告げられ、こんな状況で意識している自分を心の中で罵倒した。
 言われた通り、両肩を掴むように、腕を回す。首を締めてしまわないよう気を付けて。すると彼女は、俺なんて軽いものだというように、太腿を抱えて簡単に立ち上がる。
 幅僅か二十センチ程しかない手摺りの上に登り、俺を背負ったまま、そこを歩く。
 恐ろしくて目を瞑った。
 階下からの炎を足に感じる。サヤはそこに、立っているのだ。
 そう思った次の瞬間に、身体が後方に引っ張られるような錯覚。
 助走と、跳躍。階下からの悲鳴。けれど、安堵の吐息に変わった。

 今度は、手摺りの上ではなく、露台の中に着地した。膝をつくように崩れる。彼女にとっても、これは大変なことなのだと、それで分かった。
 傷に響いて、つい上がりそうになった呻き声を咬み殺すと、サヤが「かんにん」と、小さく呟く。

「次はもうちょっと、丁寧に降りる」

 もう一つ露台を飛び移ると、そういう意味。
 それに俺は、首を振った。

「痛みなんて、一瞬のことだ。
 そんなことは気にしないで良い」

 どうだっていい。
 失敗でもしてしまえば、サヤが危険なのだ。自身のやりやすいようにしてくれと、念を押すと、後方で火が、爆発した。
 先程までいた露台だ。とうとう部屋の扉が破られたらしい。
 一瞬の差だった。ゾッとする熱風に、サヤがまた、立ち上がる。

「次、行こう」

 返事の代わりに、肩に捕まり直した。

 もう一つ露台を移り、そこでサヤは俺を下ろす。

「少し待って」

 先程シザーに渡していたのは髪を編み込んだというあの縄であったらしい。
 それを取り出して、何か複雑な括り方をした。出来上がったのは二重の輪ができた結び目で、それを俺の両脇と、足にかける。

 上着を脱いで、それを手摺りに掛けてから、サヤは俺をそこに座らせた。

「まずレイを下ろす。その結び目。そこに掴まって、じっとしてたらええ。
 下は、濡らした飼葉を集めてもろうてる。万が一落ちても、大丈夫やし、落ち着いて掴まっておいて」

 パチン。
 パリン……。
 と、雑音の中、冷静なサヤの声。
 どうせ俺が逃げなければ、彼女も逃げないのだろう。ならさっさと降りようと腹をくくって頷くと、彼女はにこりと笑った。
 そうして「ほな、下でな」と言ってから、トンと、俺の肩を押す。
 抵抗せず後方に傾いで、落下。けれど直ぐにがくんと止まった。
 そのままゆっくりと、縄を緩めて、俺を下ろす。二階に差し掛かると、部屋の中が炎に染まっていた。
 窓硝子がビリビリしていて、今にも吹き飛びそうだ……。
 顔を背け、下を見た。
 ハインやジークらが飼葉を運び、積み上げていて、そこに村人が水を掛けている。
 飼葉が燃えてしまわないように、そうしているのだろう。一階の窓はすでに割れ、火を吹いている様子だ。
 と、また、頭上で爆発!
 とうとう二階の窓硝子が割れて、炎が噴き出したのだ。熱風を感じた瞬間、フッと、身体が浮いた気がした。

 違う、落ちてる⁉︎

 縄が切れたのだと気付いた時には、飼葉に埋まっていた。

「サヤ‼︎」

 必死で這い出し、空に向かって叫ぶと、炎を吹き出す窓の上、三階の露台のサヤが見え。絶望のあまり、膝が崩れる。

 これじゃぁ、俺の身代わりになったようなものだ…………。

 けれどそんな俺に容赦なく腕が伸び、抱え上げられてしまう。

「サヤ、サヤァ⁉︎」

 周りなんて見えなかった。脚の痛みすら、忘れていた。
 俺を見下ろしていたサヤが、手摺りの上に立つ。
 そのまま、トン……と、軽く蹴って、またふわりと、宙を舞い、当然…………落ちる。

「いやだあああああアアアァァァァ‼︎」

 兄上と重なるその光景に、意識せず叫んでいた。
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