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地位と責任 23

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 求められた、気がしたのだ。
 ついその衝動のままに、動いたら、柔らかい唇とかかった吐息に、頭がぐらりとした。

 舌で唇をこじ開けて、口内に入って、サヤの舌先に触れた。
 サヤは一瞬だけ、びくりとして身を引きかけたけれど、それ以上は逃げなかった。
 舌を絡めて息を継ぐ暇もないほどに貪って、言葉にしない部分を全部、サヤの身体に求めた。
 歯列の裏を舌でなぞると、またびくりと肩が跳ねる。
 息を吐くような小さな甘い声が微かに聞こえ、首筋を撫でられたような、妙な高揚感に頭が支配された。
 ぎこちなく、固まっていたサヤの身体がしだいに弛緩してくるのを感じながら、頭の中は白一色。
 俺、いったい何をしてるんだろうかと、どこかで朧げに感じていた。
 ただ、サヤの香りと、腕の中の柔らかさや温もり、唇や舌に感じる感触や快感に必死で、ふらりとサヤが傾き、強制的に口が引き剥がされて、ようやっと我に帰っ…………うわっ⁉︎

「サヤ⁉︎」

 長椅子から崩れ落ちそうになったサヤをとっさに抱え込む。
 ま、間に合った……床に頭をぶつけたら大変だ。それくらい無防備な、防御なんて考えていない動きで、これはまさかとサヤを見ると、案の定……。
 呼吸なんて忘れていた様子で、瞳を潤ませ、頬を紅潮させたサヤが、必死で喘いでいた。
 濡れた唇の端から、少しだけ唾液が溢れていて、それがまた妙に艶かしくて、その慣れていない感じに、欲望が刺激される。
 サヤの唇に吸い付きそうになる視線を必死で剥がした。

「ご、ごめ……っ」
「…………」

 謝ろうとしたら、首に腕が絡みついて来る。
 身体が密着して、胸の柔らかさや、首筋にサヤの吐息を感じて、ゾクリとした、快感に近いものが、背筋を走る。

「……傍にいたい」 

 触れそうなくらいに首に寄せられた唇から、そんな言葉が溢れ……。

「レイが、私の帰る場所になってくれるって、言うたんやもん……。
 一番最善や言う方法が、レイを失くす方法なんやったら、そんなんはいらへん。
 レイが貴族でも、そうじゃなくても、なんだっていい。でも私は、レイがいてくれなあかんの。
 レイを失くさへんためやったら、なんだってする……だからお願い」

 そう言ったサヤが。

「行かせて……」

 今度は自分から、おずおずと唇を重ねてきて……。
 啄むように、唇を触れ合わせるだけの、子供のするような口づけをした。
 涙をためた瞳が、どこか惚けた感じに、俺を見ていて、今の状況が、ちゃんと頭で理解できているのか不安になる。
 そもそもこんなことしながら、俺は何を要求されているんだろう……。
 危険なことをしに行こうとしているサヤへの口づけに、必死になってしまっていた自分に、頭を抱えたくなった。

「そんな、危険なこと、しなくて良いんだ。
 あくまで万が一だって、この前も言ったろう?連座になる可能性は低いし……」
「違うやろ?    レイは絶対に、そうなるって分かってるんやろ?
 万が一とかやない。絶対の最後を、思い描いてるから、私が行くんを、止めるんやろ……」

 耳を、疑った。
 何を、言うんだ?

「みんな気付いてへん思うてたん?
 そんなわけあらへんやろ。レイが自分のことやと極端に後ろ向きな思考になるの、みんなよう、分かってはるのに」

 サヤの両手が、俺の両頬を挟み込むように包んだ。

「死なせへんって言うてるの……そのためなら、なんだってするって、言うてるんや……。
 セイバーンを終わりにするって、姫様頼みやないんやろ?
 自分でそうしよ、思うてるんやろ?
 お父様がどうかなんて関係なしに、自分で全部片付けよう思うてるから、余計な犠牲を払うな、危険なことはしなくていいって、そう言うてるんやろ……。
 姫様に私の保護をお願いするって、そういうこと、やろ……」

 眼前にあるサヤの瞳が、虚無の俺を宿して、俺を見る……。今にも溢れそうな涙をたたえた瞳に、俺が逆さで映っている……。

「せやから私のこと、触れもせえへんように、なってたんやろ……。
 未練が残るって、思うたん?    おあいにく様。せやけどギルさんは、レイはまだ私に執着してるって、言うた。
 だったら私は、その執着かて利用する。それでレイが残るんやったら、それくらい……」

 また唇が、重ねられた。
 今度は戯言のような、啄む程度のものではなく、舌を俺に挿し入れてくる。
 けど……そのあまりの拙さに、呆然とした。
 何をどうして良いかもよくわかっていないといった風な、ただオロオロと彷徨うような舌使い。
 必死さだけが伝わってくる……。快感も何もないそれに……愛しさがこみ上げてきた。

 呼吸すら忘れてしまうくらい、彼女は慣れていなかった。
 それはそうだろう。こういったことを全くしてきていないのだということは、今までの彼女の振る舞いで、よく分かっている。
 初めの口づけは勢いあまって、唇にぶつかっただけだった。
 そもそもが、こういったこと全般を、恐怖の対象にしていたのに……カナくんとは、触れ合う程度のことすら、できなかったのに……。
 俺を、こんな風にしてまで、求めてくれるのか……。

 サヤの腰に手を回して、彼女を受け入れた。
 舌を絡め取って、彼女の中に押し戻し、そのまま行為を続けると、また彼女は小さく喘いだ。

「鼻で息しなきゃ、また苦しくなるよ」

 薄眼を開けて、合間にそう伝えると、サヤの頬が、サッと朱に染まる。
 また息止めてるよと思ったのでそう言ったのだけど……彼女にとってその忠告は、無粋なことであったようだ。頬の手が、爪を立てた。
 そして頬を離れ、肩を伝って自身の腰、ベルトへ伸びて。
 簡単に緩めてしまえるそれの構造を知っていたけれど、彼女はまるで初めて手にしたみたいに、モタモタとゆるめ…………。

「いい」

 その手を握って、押し留めた。
 なんでもするって……それはさすがに、駄目だよ。

「よくないっ」

 羞恥に染まった泣きそうな顔で、サヤがそう言い返す。
 誰かに何か吹き込まれているのかな。
 色仕掛けでもなんでもしろって……?
 言いそうなのはハインかなぁ……だけど最近は、結構サヤのこと大切にしているし、流石にそれは……ジェイド?    まさかマル?    さっきギルの名が出ていたけれど、流石にギルはこんなこと言わないだろうし……。ウーヴェとシザーは絶対に無いしな……性格的にも。

 俺の手を払って、必死でベルトを外そうと躍起になるから、襟のない衣服のせいで、露わになっている首筋に口づけをした。
 ここのくすぐったさはロゼにさんざん教えられている。耳の裏側に向かって唇を沿わせていくと、サヤはもうベルトどころではなくなったらしい。

「あっ、や、やだっ……」

 くすぐったさと羞恥で身を縮こまらせてしまった。
 うん。これでそうなるくらいだから、その先はやっぱり無理だと思うよ……。

 頭の靄は、取り払われてしまっていた。
 腹の底の闇も。
 最近ずっと、視界がどこか、霞んでいたような気がする……。
 サヤは美しくて可愛い……そんなことすら、忘れてしまっていた気がする……。
 ただ俺の身の回りのものへの執着心だけで、取られまいと、躍起になっていた……皆の意思なんて、視野に入ってもいなかった……。
 あれだけ必死にサヤが訴えてくれたのに、それすら耳を掠めただけで、こんなことまでさせて……それでようやっと、目が醒めるだなんて…………。
 腕の中の彼女が、愛おしくて抱き締めた。

「ありがとう……。
 正直まぁ、嬉しいんだけど……それは今、することじゃないと思うんだよ……」

 こんな形で彼女を抱いたら後悔しか残らないと思う。
 成人するまで待つって、決めているし……。
 そもそも、そんな重装備を外していくのはきっと大変だ。
 必死でそれを外していくサヤを想像したら、なんだか笑えた。

「この先は、お互いがもっとちゃんと、大人になってからにしよう。
 俺はまだ成人できてないし、責任も取れないから……。こういうことをする以上は、きちんとしたいんだ。
 それに……俺が領主になるしかない場合は……その……色々負担をかけるから……。そんなことも、ちゃんと説明してからにしないと……」

 うぅ、将来ヤりますって宣言してるみたいで、恥ずかしいことこの上ないな……。

「……それは、この先を、ちゃんと考えてくれるって、いうこと?」

 腕の中のサヤがそう問うてくるから、うんと、頷く。

「……無責任なことは、したくない……から」

 サヤのこともだけれど、拠点村や交易路計画や、他にも沢山ある、関わっていること……。
 サヤにも言われた通り、それは、無責任だった……。俺が始めたんだものな……。

「じゃぁ、行かせて」

 それ、だけは…………。

「…………本気で、行くつもり……?」

 コクリと、腕の中のサヤが、躊躇なく頷く。

「怪我くらいは、許してもらわなあかんかもしれへん……。
 せやけど私かて、レイと約束した。自分を大切にするって。いなくならないって。
 無茶はしいひん。危ないことは、極力避けるようにする。けど、行く。私が行く方がええ。お父様を担いだって、人並みに走れる自信がある。遠くの小さな音だって、拾える自信がある。
 私……このために、こんな力を、授かったんや思う……このために、ここに来たんや……」

 そう言って、また顔を上げた。
 決意と、それ以外で揺れる瞳で、俺を見上げて……。

「なぁレイ、一緒に、幸せになってくれるって、言うたやろ?
 せやったら、レイも幸せにならんと、あかんもん……。
 そのために行かせて…………私はちゃんと、帰ってくる」

 これ以上、何を言えば、良いんだろう……。
 俺のために行って、俺のために帰ってきてくれると言う彼女に。
 引き止める言葉が、出てこない。
 行かないでほしい気持ちは、一切こ揺るぎもしてないなのに……。
 腕に力を込めて、力いっぱい抱きしめた。

「絶対……………………絶対に、何があっても、帰ってきてくれる?」
「うん…………。何があっても」

 そうしてまた、啄む細やかな口づけをして「約束」と、彼女は言った。
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