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地位と責任 21

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 物分りよく理解してくれたとは思っていないけれど……。
 それ以上の追求は、されなかった。
 しばらく何か言いたげだったサヤも、普段通りになってホッとする。

 その後、遠慮がちにウーヴェが戻り、結局あの鍛治職人二人ともが、所属を決めたことを教えてくれた。
 女性の方がハンネ。男がロブランという名で、ハンネが姉弟子にあたるらしい。
 女性の職人は嫌厭されがちで、ロブランと組んで仕事をさせられていたということなのだが、腕は確かであると、ウーヴェは言った。

「細やかな工夫をしてくれますし、繊細な作業も器用にこなします。
 女性ならではの視点といいますか。何かを作り上げることよりも、試行錯誤を繰り返し、完成度を上げることに長けています」

 ただ、女性であるがゆえに体力は劣るということで、結果、弟弟子のロブランがそれを担っていたのだという。

「レイシール様であれば、性別は問われないだろうと、思いましたので……」

 俺を伺うようにしてそう言うから、苦笑しつつ、こだわりはないと伝えておいた。
 そこにこだわってたら、サヤを男装させてまで従者にしている俺ってなんなんだって話だ。

「環境にだけは、気を付けてやってほしい。職人が増え、女性であることをとやかく言われるようなら、配慮してやってくれ」

 ここでも何かしら、言われることがあると思うけれど、女性であることの前に、何ができるかだ。
 まあ、ウーヴェが見つけてきた職人なのだから、彼ならばそこは、きちんと考えてくれると思う。

 手押しポンプの一件が片付いて、あの一号基はバート商会に進呈するから、たまに試験使用させてやってくれとお願いしておいた。
 先程の話のせいか、ギルは怖い顔のまま、あまり良い反応は返してくれなかったのだけど、夕刻頃起きてきたルーシーは、歓声を上げてサヤに飛びついた。

「叔父様、裏庭にお風呂、作りましょう!」
「………………あぁもう……分かったよ……」
「次の生産が決まったら、本店用にも購入しましょう!
 私、家にも欲しいです。お母様がきっと喜ぶわ!」

 いや、ちょっと待って……拠点村から外に出すのはまだちょっと、ここは試験的にって前置き付きなんだから。
 それに貴族関係で色々あるから、一基だけで勘弁してください。職人が増えて、木栓の性能がもう少し向上したら、また知らせるから……。

 と、そんな感じで夕飯の時、日中に調理場を借りたサヤが作った菓子がふるまわれた。

「かっ……可愛い!」
「卵プリン……もしくは、ウフプリン って呼ばれてるんですよ。
 今回は、カラメルソースと生クリームを用意しましたから、お好きな分量を加えてください」

 確か、生クリームは乳脂を泡立てたやつだよな。前にフルーツサンドというので食べた覚えがある。
 カラメルソースというのは初めて聞く。

「カラメルソースは、少し苦いですから、掛けすぎると大変ですよ」

 甘い菓子に苦いものを掛けるのか……。不思議なことをするな……。

 とはいえ、サヤが用意したものは美味だと理解している皆は、まずはそれぞれを少量試し、一口味わってから、あとは好みの調節を行なった。
 ハインはソースが凄く気に入った様子。シザーは乳脂の方が良いらしい。ギルは両方の配分に拘っている。ジェイドは……プリンそのままを堪能する様子だ。
 俺は断然、カラメルソースだ。甘いと苦いが程よく合う。びっくりするくらい、美味。

「なんで卵の殻って思ったが……これは、良いかもな……」
「捨てられる器だと思えば、処理はまあ、それなりに手間ですが、使えますね」

 卵割り器も使わせてもらったのだが、これも結構面白かった。
 卵を安定する台に乗せ、帽子状の方を卵に当てて、棒に貫かれた錘を持ち上げ、手を離すだけ。するとカツンと小さな音がして、卵の上部だけが丸く割れているのだ。
 たまに失敗して他まで砕けてしまうこともあったが、概ね成功した。これは面白い。

「温泉卵……半熟の卵を食べたりするのにも使えるんです。
 美味しいですよ。とぅるっとしてて。塩やコショウをちょっとだけ振って、匙ですくって食べるんです。故郷では、お醤油でしたけど」

 ……なんでだろうな……サヤが言うと美味な気がしてならない……。食べたくて仕方がなくなる……。

「明日の朝食はそれだな……」
「畏まりました。料理長に伝えておきます」

 ちなみに、ワドたち使用人や料理長にも、卵プリンは振舞われた。本当に沢山、作ったらしい。
 特に女性ウケが良かったとのこと。
 あえて卵の殻に入れる必要もないんじゃないのかという、男性使用人の一言に、場が震撼したと、後でルーシーが教えてくれた。
 可愛いことは正義である。ということが、女性の共通認識だと分かったそうだ……。


 ◆


「サヤさんのご注文でした品、一つ試作が到着したのですけど……本当にこれで、良かったかしら?」

 翌日、今日もカメリアの装いであるサヤのもとに、ルーシーが小箱を持ってやってきたのは、昼手前の頃。

「見せて頂けますか?」

 そう言ってサヤが受け取った小箱の中に入っていたのは、随分と長い紐だった。
 紐……というより、縄か?    いや、その中間といったところだな……。
 太さはさほどでもないのだが、紺色に染めてある紐は、随分と長い様子。飾り紐の長さではない……。
 サヤはその紐を持ち、グッと、引っ張った。

「うん。良いように思います……。
 ありがとうございます。ちょっと、確認してみますね」

 そう言って、何故か呼ばれたのはジェイド。
 どうやら忍道具の提案である様子なので、ルーシーには申し訳ないが退室いただいた。

「如何ですか?」
「……あぁ……思ったよりだいぶ細いが……強度は案外、しっかりあるな。確かに普段使ってンのより、軽いしかさばらねぇが……。
 素材は?    これ、麻の手触りじゃねぇンだけど……」
「髪の毛を一緒に編み込んでもらったんです」

 サヤの言葉に、少々驚いてしまった。
 髪を……編み込んだって?

「私の国では、古来よりよく使われているんですよ。
 東本願寺……えっと、私の国の、古い神殿なのですけど、その建立の際にも使われていたそうで、今もその毛綱が残っているんです。
 髪の毛って、10本もあれば酒瓶くらい持ち上げてしまえますしね。
 お伽話にも、ラプンツェルというお姫様が、長い三つ編みをロープがわりに王子様に垂らしたりしてるんですよ」

 とのこと。

「通常の縄より細くても頑丈です。同じ長さなら軽くできますから、忍道具に如何でしょう」
「……採用」
「これ、どんな理由を付けて作ってもらったんだ?」

 縄に髪の毛を編み込むだなんて、一種異様な依頼……よく受けてくれたなと思う……。するとサヤは……。

「えっと……さる高貴な方の依頼で、と、……その…………」

 あ、詮索しないでくださいの方向か……。

「……とンでもない用途で使われる紐だと思われてそうだな、これ……」

 若干嫌そうに、手の中の紐を見るジェイドが印象的でした……。


 ◆


 冬支度のための幾日かをメバックで過ごし、セイバーンに戻ると、程なくして山城の一団が拠点村に到着した。

「な、なんですかここは……」
「水路?    なんで村に、こんなに水路が?」
「いや、これ……村の規模じゃない……よな?」

 村は随分と形を成してきた。
 主筋通りの長屋店舗はほぼ完成したし、主筋通り先にある広場の周りにも、食事処と湯屋に続き、宿が作られ始めている。
 ブンカケンの店舗兼、俺たちの館は。門前に「大災厄前文明文化研究所」と書かれた板が張り出されており、一応はもう、運営を開始していた。
 とはいえ、まだ本館も完成しきっておらず、使える部屋を無理やり使っている感じだが。
 所属職人が作った作品が、どんどんと持ち込まれ、買い取られているので、館というより倉庫としての利用が主だ。

 また、洗濯板など、この現場で使えそうなものは試験的に使ってもらったのだが……。

「絹とか繊細なものは無理だと思うけど、あたしら庶民の服はガシガシ洗って平気だからね、これ良いよ」
「私、この小さいのが好きだわぁ……泥はねとか、食べこぼしとか、袖口とか綺麗になると、達成感が違うのよねぇ」

 使用感を聞いてみたら、欲しいから売ってほしいとせがまれた……。
 洗濯板は大変好評だ。住み込みとなった女性陣は、服を洗う効率が格段に上がったと、とても喜んでいる。ちゃっかり髪留めも購入し、前髪をさりげに飾っていたりもするのだが、髪が邪魔にならず良いらしいので、装飾として使っているわけでもない様子だ。……いや、両方の用途かな。男性陣の視線が熱いし……。
 まあそんな現場の人たちを紹介しながら村の中を案内し。

「しばらく、この村の警備を担当してもらえるか」

 そう伝えると、ジークらは不思議そうに首を傾げる。
 セイバーンの兵を何故利用しないのか、それが分からないといった様子。
 ただ、半信半疑ながらも了承してくれ、その後、俺がセイバーンとの関わりを極力絶っていた理由も理解してくれた。

「くそっ……ジェスルはどこまでも祟るな……」

 ジークがそんな風に悪態を吐く。
 俺が今まで、ほぼ孤立していた状態であることは、全く知られていなかったのだという。

「思惑を感じますね……。レイシール様を孤立させることも、計算の内だった?」

 アーシュは何かしら思うところがある様子。
 とにかく旅続きで大変だったろうと労うと。二年放浪し、潜伏を繰り返したことに比べれば、大したことないという返答。人数が少ないうちは良かったが、多くなるとやはり無理が出てくる。傭兵団という形に落ち着くまで、それなりに大変であったそうだ。
 とりあえず彼らには、村の館に併設した宿舎を、当面利用してもらうこととなった。

「それはそうと、エルランド殿より、書簡を預かっております」

 彼からの連絡は、かつて所属していた学舎出の傭兵は、ヴィルジールという名であったということ。家名は捨てていたため省略するとある。
 取り急ぎ報告だけ、詳しくはまたそちらに伺った時にとされており、本当に急ぎ、まずは名前だけでも知らせようとしてくれたのだろう。

「ヴィルジール…………」

 あの人は、ヴィルジール……。
 名を噛み締めた。
 もう、貴方のような犠牲者を出すのは、ごめんです……。
 絶対に、ここを、皆を、セイバーンを守ってみせる。

 十二の月に入り、年が明けるのも間近となった頃。

「時が来ましたよ」

 と、マルが言った。

 拠点村の館のうち、本館がほぼ完成し、その一室でのことだ。

「…………サヤ?」

 支度を整えたと言い、ジェイドと一緒に現れたサヤ。
 その服装に、唖然とすることになった。
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