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地位と責任 9
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いく日かそのように過ごし、また異母様方が父上のおられる別邸に出向く日となった。
「レイシール様、髪を整えましょう」
「ああ」
本日は早めに起床したため、準備にもゆとりがある。
サヤに促されて長椅子に座り、三つに分けられた髪が結われて行くのを、眺めていた。
本日は、左寄りから編み込まれ、左胸に髪が垂れてくる仕様だ。
「今年の夏は早く過ぎたなぁ……」
「やることが沢山ありましたもんね」
ふと呟いた言葉に、サヤがそんな返事を返してくれた。
うん。サヤとの出会いに始まり、氾濫対策に追われ、命を狙われるやら、川の経過観察やら、それに合わせて姫様の騒動やら……本当に忙しかった。
あっという間に秋が来た。とはいえ、まだ日差しも暑いし、秋の雰囲気は全く無いのだけど……。
……結局、ギルの誕生祝い、山城のゴタゴタでできなかったんだよなぁ……。
ルーシーの時も過ぎてしまって、しかも誕生祝いが女中体験っていう、中途半端なものだったし……。
十一の月に入る前に、一度メバックに顔を出すかなぁ……。
今行くと、バート商会への風当たりが強くなりそうで遠慮していたのだけど、次の機会は、もう無いかもしれないわけだし……。
そんな風に考えていたのだけれど……。
「レイ……?」
「ん?」
朝も早い時間から、様付きじゃなく呼ばれるのは珍しい。
視線をやると、隣に座ったサヤは俺の顔を見つめていて……やや不安そうな顔で「あの……」と、また言い淀む。
「……大丈夫?……その……お見送り……」
「? 大丈夫だよ? もう準備もこの通り……」
「そうやのうて! い、異母様や、お兄様を……目にするのは…………辛いんや、あらへんかなぁって……」
……あぁ……。
「大丈夫。いつものことだから、もう慣れてるよ」
笑顔を意識してそう言うと、サヤは少し困ったような顔で、それでも「そう……なら、ええんやけど……」と、無理やり笑った。
まともな環境で育ってきたであろうサヤには、この状況というのは異様であるらしい。
そりゃあまぁ……ねと、思うけれど……。
母が、結局のところ、誰の手で殺められたのかなんて、分からない。
あの二人が関わっているではあろうけれど、あの二人自身が手を汚したわけではないだろうし……。
命じる立場の人たちだからな…………。
自分で手を下すようなことは、きっとしない。
そんなことするまでもなく、簡単に処理できたろう。
処分しろと、ただそう言うだけで良いのだから。
あの方々にとって、俺の母は変えのきく消耗品の分類だったというだけの話である。
妾は所詮、貴族ではないのだ。
まあ俺も、その分類なんだろうけどな。
だけど……領主一族という立場だって、本当はなんら変わらないのだと、それを示してやろう……。
貴族だって国家の部品だ。その立場を与えられているのは、責任を果たすためなのだ。
ただ恩恵を与えられているだけではないのだと、示してやる……。
「…………レイ」
「ん? ああ、終わった? じゃあ、そろそろ行こうか」
未だ心配そうな表情のサヤに、大丈夫だよと笑いかけ、ハインが俺たちを呼びに来たので、長椅子から立ち上がる。
玄関広間に着くと、前日遅くに帰宅したマルが、シザーとともに立っていた。
「いってらっしゃい。すぐお戻りでしょうけど。
あぁ、シザーは王都より派遣された護衛官ということにして伝えてありますから、説明は不要ですよ。
シザー。レイ様のお命をさっくりと狙ってしまえる精神構造の方々なので、要警戒ですからねぇ」
マルにそう言われ、どこかソワソワとしていたシザーがピタリと動きを止める。
「…………」
言葉は発しないものの、こくりと頷き、腰の剣に手を掛け重みを確認するシザー。
うん。異母様の前で気弱な様子は見せない方が良いからな。
「頼りにしているからな、シザー」
そう声を掛けると。またこくり。
うっすらと覇気をまとわりつかせると、途端に隙の無い、見事な武人の様相だ。
本日は、このシザーを加えた四人で異母様のお見送りとなった。
いつもの定位置にて出立を待ち、馬車が動き始めてから頭を下げる。
俺も相手を見ないし、異母様方だって俺たちを歯牙にもかけていないだろうから、視線もよこさず通り過ぎる。
もう気持ちはザワつかなかった。
ただ無心でいつもの役割をこなし、呆気なく馬車列が通り過ぎていく。
最後尾が門の外へと姿を消してから、ゆっくりと体を起こした。うん、今日も恙無く済んだ。
「さて、俺たちも久々の拠点村に行こう!」
今日の移動は大人数だ。
四人乗りの馬車一台に、幌馬車が一台。
四人乗りの方は当然俺たちなのだけど、御者はハイン。マル、シザー、サヤ、俺が中だ。
幌馬車の方は、御者がジェイド。食事処へ届ける荷物と、ユミル、カミルが同乗している。
家移りを考えている二人に、本日は拠点村を見学させるのだ。
二人の祖父も誘ったのだけど、馬車の揺れは腰に響くとのことで、往復は厳しいらしい。なので、孫の二人のみとなったのだが……。
「うわー!村って言ってたのに……これ町じゃねぇの⁉︎
すげー、マジで水路がいっぱいだーっ」
「か、カミル……ちょっ、落ち着こう。みんなが、見てるから……」
村に着くなり、興奮したカミルが駆け出して、それをユミルが必死で追いかける状況が展開された。
ハインは馬車を仮置き場に進めて行き、ジェイドは幌馬車をそのまま村の中に進める。荷物があるため、食事処まで乗り付ける予定なのだ。
それを、馬車を降りた俺たちは、徒歩で追いかける感じで、村に足を踏み入れたのだが……。
拠点村は、半月ほどで、随分と様変わりしていた。
民家や、館の建設も始まっており、水路の引かれた場所では路面の舗装も進められている様子。大通りに関しては、交易路同様、石で舗装する予定なのだ。
現場で働く職人は皆忙しそうにしつつも、俺に気付いた者から、久しぶりと声が上がる。
それに手を振って応えていると、ゆったりと歩きながらシェルトがやって来た。
「半月ぶりだなぁ、お嬢ちゃん」
「……?」
お嬢ちゃん。という単語に首を傾げるカミル。
苦笑する俺を見てニヤニヤ笑うシェルト。
「それ、そろそろやめてくれないか」
「え? お嬢ちゃんってレイ様? おっさんさ、レイ様男だぜ。綺麗だけど勘違いすんなよっ」
「…………お? いっちょ前に言いやがる坊主だな。どうした、子連れで?」
「あれ、村で見てなかったかな? カミルと言うんだ。ユミルの弟だよ。近いうち、湯屋の管理を任せることになって、今日は下見だ」
「ほぉ……ユミル嬢ちゃんの弟かぁ。この歳でいっぱしに仕事すんのか。そりゃすげぇなぁ」
「おっさん……ねぇちゃんにも手、出すなよ……」
「ガキは範疇外だね」
「レイ様だって十八だぞ!」
「いやカミル……揶揄ってるだけだから、真に受けるなよ……」
やや不穏な会話を慌てて止めつつ、視線を巡らせる。
ルカ……は、見当たらない。いないのかな……? それにしても、また職人が増えているように見受けられるのだが……。
「……人数多くないか?」
「上物の建設が進められるようになったんでな。マルの旦那が増やして良いとよ。館の建設は急いだ方が良いんだろう?
それで大工を増員してある。あんたの汚名も払拭されつつあるし、そうなるとここは、良い儲け口だからなぁ」
「……あぁ、そうなのか。ウーヴェが頑張ってくれているからな。……シェルトの助言通りだったよ」
「ふん」
そら見ろと、片眉を上げるシェルトに苦笑しつつもありがとうと伝える。
今日はしばらく見学させてもらうよと言えば、好きにしろという返事。ただし、赤い紐が貼ってある場所は、危険箇所だから立ち入るなと注意された。
「カミル、まずは家を見に行ってみるか。まだ全部は出来上がっていないそうだけど」
「見る! カバタ見てみたいんだっ!」
「じゃあレイ様、僕らは先に食事処へ行っておきますねぇ。あ、シザーとジェイドは荷物運びに借り受けますよぅ」
「あぁ、じゃあサヤとハインはこちらに付き合ってくれ。ユミルも、手伝いは後で良い。今は、こっちを見に行こう」
「え……でも……」
「大丈夫だから。男手が二人もいるからさ、荷運びの手伝いは必要無いよ」
因みにマルは、男手に数えられていない。戦力外だ。
遠慮するユミルを、サヤがまあまあと宥め、手を引くこととなった。顔を染めるユミルに、カミルが姉ちゃん顔赤いぞと揶揄いの声を掛けると、ユミルはもうっ!と、怒った素振りで、カミルの頭をコツンと叩く。
そんな様子に和まされつつ、俺たちは足を進めた。
「レイシール様、髪を整えましょう」
「ああ」
本日は早めに起床したため、準備にもゆとりがある。
サヤに促されて長椅子に座り、三つに分けられた髪が結われて行くのを、眺めていた。
本日は、左寄りから編み込まれ、左胸に髪が垂れてくる仕様だ。
「今年の夏は早く過ぎたなぁ……」
「やることが沢山ありましたもんね」
ふと呟いた言葉に、サヤがそんな返事を返してくれた。
うん。サヤとの出会いに始まり、氾濫対策に追われ、命を狙われるやら、川の経過観察やら、それに合わせて姫様の騒動やら……本当に忙しかった。
あっという間に秋が来た。とはいえ、まだ日差しも暑いし、秋の雰囲気は全く無いのだけど……。
……結局、ギルの誕生祝い、山城のゴタゴタでできなかったんだよなぁ……。
ルーシーの時も過ぎてしまって、しかも誕生祝いが女中体験っていう、中途半端なものだったし……。
十一の月に入る前に、一度メバックに顔を出すかなぁ……。
今行くと、バート商会への風当たりが強くなりそうで遠慮していたのだけど、次の機会は、もう無いかもしれないわけだし……。
そんな風に考えていたのだけれど……。
「レイ……?」
「ん?」
朝も早い時間から、様付きじゃなく呼ばれるのは珍しい。
視線をやると、隣に座ったサヤは俺の顔を見つめていて……やや不安そうな顔で「あの……」と、また言い淀む。
「……大丈夫?……その……お見送り……」
「? 大丈夫だよ? もう準備もこの通り……」
「そうやのうて! い、異母様や、お兄様を……目にするのは…………辛いんや、あらへんかなぁって……」
……あぁ……。
「大丈夫。いつものことだから、もう慣れてるよ」
笑顔を意識してそう言うと、サヤは少し困ったような顔で、それでも「そう……なら、ええんやけど……」と、無理やり笑った。
まともな環境で育ってきたであろうサヤには、この状況というのは異様であるらしい。
そりゃあまぁ……ねと、思うけれど……。
母が、結局のところ、誰の手で殺められたのかなんて、分からない。
あの二人が関わっているではあろうけれど、あの二人自身が手を汚したわけではないだろうし……。
命じる立場の人たちだからな…………。
自分で手を下すようなことは、きっとしない。
そんなことするまでもなく、簡単に処理できたろう。
処分しろと、ただそう言うだけで良いのだから。
あの方々にとって、俺の母は変えのきく消耗品の分類だったというだけの話である。
妾は所詮、貴族ではないのだ。
まあ俺も、その分類なんだろうけどな。
だけど……領主一族という立場だって、本当はなんら変わらないのだと、それを示してやろう……。
貴族だって国家の部品だ。その立場を与えられているのは、責任を果たすためなのだ。
ただ恩恵を与えられているだけではないのだと、示してやる……。
「…………レイ」
「ん? ああ、終わった? じゃあ、そろそろ行こうか」
未だ心配そうな表情のサヤに、大丈夫だよと笑いかけ、ハインが俺たちを呼びに来たので、長椅子から立ち上がる。
玄関広間に着くと、前日遅くに帰宅したマルが、シザーとともに立っていた。
「いってらっしゃい。すぐお戻りでしょうけど。
あぁ、シザーは王都より派遣された護衛官ということにして伝えてありますから、説明は不要ですよ。
シザー。レイ様のお命をさっくりと狙ってしまえる精神構造の方々なので、要警戒ですからねぇ」
マルにそう言われ、どこかソワソワとしていたシザーがピタリと動きを止める。
「…………」
言葉は発しないものの、こくりと頷き、腰の剣に手を掛け重みを確認するシザー。
うん。異母様の前で気弱な様子は見せない方が良いからな。
「頼りにしているからな、シザー」
そう声を掛けると。またこくり。
うっすらと覇気をまとわりつかせると、途端に隙の無い、見事な武人の様相だ。
本日は、このシザーを加えた四人で異母様のお見送りとなった。
いつもの定位置にて出立を待ち、馬車が動き始めてから頭を下げる。
俺も相手を見ないし、異母様方だって俺たちを歯牙にもかけていないだろうから、視線もよこさず通り過ぎる。
もう気持ちはザワつかなかった。
ただ無心でいつもの役割をこなし、呆気なく馬車列が通り過ぎていく。
最後尾が門の外へと姿を消してから、ゆっくりと体を起こした。うん、今日も恙無く済んだ。
「さて、俺たちも久々の拠点村に行こう!」
今日の移動は大人数だ。
四人乗りの馬車一台に、幌馬車が一台。
四人乗りの方は当然俺たちなのだけど、御者はハイン。マル、シザー、サヤ、俺が中だ。
幌馬車の方は、御者がジェイド。食事処へ届ける荷物と、ユミル、カミルが同乗している。
家移りを考えている二人に、本日は拠点村を見学させるのだ。
二人の祖父も誘ったのだけど、馬車の揺れは腰に響くとのことで、往復は厳しいらしい。なので、孫の二人のみとなったのだが……。
「うわー!村って言ってたのに……これ町じゃねぇの⁉︎
すげー、マジで水路がいっぱいだーっ」
「か、カミル……ちょっ、落ち着こう。みんなが、見てるから……」
村に着くなり、興奮したカミルが駆け出して、それをユミルが必死で追いかける状況が展開された。
ハインは馬車を仮置き場に進めて行き、ジェイドは幌馬車をそのまま村の中に進める。荷物があるため、食事処まで乗り付ける予定なのだ。
それを、馬車を降りた俺たちは、徒歩で追いかける感じで、村に足を踏み入れたのだが……。
拠点村は、半月ほどで、随分と様変わりしていた。
民家や、館の建設も始まっており、水路の引かれた場所では路面の舗装も進められている様子。大通りに関しては、交易路同様、石で舗装する予定なのだ。
現場で働く職人は皆忙しそうにしつつも、俺に気付いた者から、久しぶりと声が上がる。
それに手を振って応えていると、ゆったりと歩きながらシェルトがやって来た。
「半月ぶりだなぁ、お嬢ちゃん」
「……?」
お嬢ちゃん。という単語に首を傾げるカミル。
苦笑する俺を見てニヤニヤ笑うシェルト。
「それ、そろそろやめてくれないか」
「え? お嬢ちゃんってレイ様? おっさんさ、レイ様男だぜ。綺麗だけど勘違いすんなよっ」
「…………お? いっちょ前に言いやがる坊主だな。どうした、子連れで?」
「あれ、村で見てなかったかな? カミルと言うんだ。ユミルの弟だよ。近いうち、湯屋の管理を任せることになって、今日は下見だ」
「ほぉ……ユミル嬢ちゃんの弟かぁ。この歳でいっぱしに仕事すんのか。そりゃすげぇなぁ」
「おっさん……ねぇちゃんにも手、出すなよ……」
「ガキは範疇外だね」
「レイ様だって十八だぞ!」
「いやカミル……揶揄ってるだけだから、真に受けるなよ……」
やや不穏な会話を慌てて止めつつ、視線を巡らせる。
ルカ……は、見当たらない。いないのかな……? それにしても、また職人が増えているように見受けられるのだが……。
「……人数多くないか?」
「上物の建設が進められるようになったんでな。マルの旦那が増やして良いとよ。館の建設は急いだ方が良いんだろう?
それで大工を増員してある。あんたの汚名も払拭されつつあるし、そうなるとここは、良い儲け口だからなぁ」
「……あぁ、そうなのか。ウーヴェが頑張ってくれているからな。……シェルトの助言通りだったよ」
「ふん」
そら見ろと、片眉を上げるシェルトに苦笑しつつもありがとうと伝える。
今日はしばらく見学させてもらうよと言えば、好きにしろという返事。ただし、赤い紐が貼ってある場所は、危険箇所だから立ち入るなと注意された。
「カミル、まずは家を見に行ってみるか。まだ全部は出来上がっていないそうだけど」
「見る! カバタ見てみたいんだっ!」
「じゃあレイ様、僕らは先に食事処へ行っておきますねぇ。あ、シザーとジェイドは荷物運びに借り受けますよぅ」
「あぁ、じゃあサヤとハインはこちらに付き合ってくれ。ユミルも、手伝いは後で良い。今は、こっちを見に行こう」
「え……でも……」
「大丈夫だから。男手が二人もいるからさ、荷運びの手伝いは必要無いよ」
因みにマルは、男手に数えられていない。戦力外だ。
遠慮するユミルを、サヤがまあまあと宥め、手を引くこととなった。顔を染めるユミルに、カミルが姉ちゃん顔赤いぞと揶揄いの声を掛けると、ユミルはもうっ!と、怒った素振りで、カミルの頭をコツンと叩く。
そんな様子に和まされつつ、俺たちは足を進めた。
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