上 下
349 / 1,121

拠点村 18

しおりを挟む
 俺の言葉に、一同はなんともいえない顔をした。
 そうなれば、素晴らしいことだろう。けれど、現実はそう簡単ではない。皆がそれを、理解している。

「そりゃぁ……すげぇ志だと思うけどなぁ……。思うけど……金が掛かるだろう?」
「そうだよな。子供一人育てるのにだって、相当かかるだろ。それを何十人もだろ?    この村で、そんなこと、やってられんのか?」
「しかも孤児って、タチ悪いぞ?ちゃんと育つ保証もねぇしよ……」
「世間の規則や常識教えるだけで難儀しそうだよなぁ」
「はじめのうちの大赤字は覚悟しているよ。だけどこれは、それでもやりたいことだから……。
 俺がこの村で目指しているのはね、価値観の共有を、許容できる社会なんだ。
 秘匿権を放棄するっていう、あの試みも、根幹はここに繋がる。
 誰かの幸を妬んだり、不幸を不幸のままにする社会じゃなくて、皆で少しずつ、前に進む社会なんだよ」

 そう言うと、皆が一様に、意味不明。と、表情を固めた。
 まあ正直、このことを絡めてしまうと、意味不明だよな、ほんと。苦笑が零れたが、ふと、思いついた。

「例え話をしよう。
 ここに、ある道具を作れる職人がいる。その道具は『洗濯板』という名だ」

 そう言って一同に視線を巡らせた。

「洗濯板というのは、画期的な道具でね。服の汚れが、手で洗うより断然早く、綺麗になるんだ。
 それを作れる職人はただ一人。そしてその職人が秘匿権を得て、その洗濯板を売り出した。
 するとどうだろう……その洗濯板は評判を呼んで、飛ぶように売れた。
 売れたけどね……作れる職人はただ一人だ。求める人すべてに供給できるほど、数をこなせない。すると、何が起こると思う?
 洗濯板は、高い金を出してでも良いから欲しい!    と思った、金持ちらが我先にと金を出し、得ることになった。
 そうなると、もうそれは特別な品だ。少ない数を高く売る方が、職人だって楽に儲かる。
 そうやって時は過ぎ……その職人が死に、洗濯板は、世から姿を消すこととなった。
 その職人には子がなく、継ぐ者がいなかったから……作れる人が、いなくなってしまったからね」

 えー……なくなるのかよ……。と、どこかで声が上がった。
 それを俺は、ここぞとばかりに掬い取る。

「そうなんだ。技術を秘匿するということは、そういうことが起こり得る。
 というか、俺たちは日々そうやって、色々なものを失くしてきていると思うよ。ただ一人しか作れなかった特殊な道具や、美味な料理を、秘匿権というもので守っているつもりで、どこかに失くしてしまっているんだ。
 で、この村で俺がしようとしていることは、その洗濯板を作れる職人が、何十人といればどうなるか……ということなんだよ」

 そう言うと、各々が思考を巡らせ、口を開く。

「そりゃぁ……たくさんの人が、使うんじゃねぇかな」
「安く手に入るなら買うよな。作れる奴が多いなら、高値にもならんだろうしな」
「そうだね。だけどそれだけじゃない。その先があるんだよ」
「……その先?」
「その先って、何が先だ?」

 ちんぷんかんぷんと言った様子で、顔を見合わせる職人ら。
 しばらく色々やり取りしていたが、俺の求める答えは出てこない。

「全員後継がいねぇってことはねぇだろ。次の代も続くよな」
「……そのうち売れなくなる?」
「なんでそう思う?」
「いや、誰でも持ってるだろうし……」
「そりゃねぇだろ。包丁だって持っててもまた買う。壊れたりとか、磨耗したりとかよ」
「じゃあなんだ?    他なんかあるか?」
「あはは、それ、私たち知ってるわ!」

 と、急にカーリンの声が飛び込んできた。
 賄い作りを終えて、この人だかりを覗きに来たらしい。
 ユミルやダニルもニコニコと笑っている。三人には簡単な答えだろう。

「何が起こるんだ?」
「もう降参するから教えてくれよー」

 奥の方からのそんな声に、ユミルが俺を見るから、俺は笑って頷く。

「それはねぇ……もっと良いものができんのよ!」

 カーリンは、胸を張ってそう答えた。
 そして、ユミルとダニルも合いの手を入れる。

「こうした方が良いんじゃないか……こうしてみたらどうだろうか……この方が便利なんじゃないか……みたいな、いろんな人の意見が、もっと良いものを閃く切っ掛けになるんですよね」
「さして遠くない将来に、どんどん改良されて、はじめとは比べもんにならないほど、良いものになるな」
「うん。それが答えなんだ。更に相乗効果があるぞ。
 その洗濯板で、洗濯にかかる時間が減る。服の汚れが落ちやすくなる。
 そうすると、時間に少しゆとりが出るし、服を買い替える回数が減るな。
 空いた時間にその分働いたり、休んだりできるし、余った金を他のことに使える。
 そうやって、少しずつ生活が楽になる。家計に余裕が持てるようになれば、病気になった時だって医者にかかれる。子供の将来のために、貯蓄することだってできるだろう。
 たかだか一つの秘匿権を放棄し、皆で共有するだけで、それだけ豊かになれたら、凄いと思わないか?」
「そ、そんな夢物語みたいなことって、あんのかなぁ……」

 誰かの、疑問。
 たったひとつの道具で、そんな都合良く、物事が進むだろうか?と、そう考えている。
 そのつぶやきにも、別場所から答えが返った。

「けど、この村……もう一つ、やっちまってるよな……」
「やっちまってるって?」
「水路だよ。水汲みがいらねぇんだぜ?」

 シン……と、また、静まった。
 水汲みというのは、大体の家において、重労働だ。
 井戸から水を汲み上げること、それを家まで運ぶこと、更には何往復も繰り返すこと。
 井戸が近場にない場合もある。だけど一度に運べる水の量は、どうやったって両手に持てる手桶分だけなのだ。

「こんな水路の使い方なんて……今まで考えたこと、なかったよな……。
 これだってよ、秘匿権行使すりゃ、ここだけのもんになるんだ……。そりゃ、なかなか取り入れられるもんじゃないけど……でも、できなくはない。
 セイバーンなら、他にもやれる場所があるかもしれないって思うし、水源が近い地域なら可能性高いぜ」
「俺ら、口止めもなんもされてねぇじゃん……できちまうよ」
「えええぇぇぇぇ、良いのかそれ⁉︎」
「構わないさ。取り入れられるなら、どんどんそうしてもらったら良いよ。
 とはいえ、水路の管理を必要とすることだから、形だけでは駄目だ。ちゃんとそこを、現地で徹底してくれよ?    それだけ心得てくれれば、どこでだって利用したら良い。
 水路があれば、湯屋も設置しやすくなる。風呂も普及するようになれば、更に生活が豊かになるだろう。
 そうやって、少しずつのことだって、たくさんが連なれば、大きく変わる。
 この技術を、特定の人だけが利用する特別な何かにして守るより、ずっと価値があると思わないか?」

 少し、実感が伴ったのだろう。
 またザワザワと、周りが少しずつざわめき合う。

「風変わりな村になるんだと思うよ、ここは。
 だけど……いつかそれが、当たり前になれば良いと、俺は思うんだよ。
 秘匿権は、元はと言えば、貴族の特権確保が発端で、貴重な技術な保護を謳いつつも、結局は権力者が得をする制度になっている。
 貴族なら、文句を言ってくる者は限られるから、権利を害される恐れは少ない。だが、庶民ではそうはいかない。似た技術同士が争えば、秘匿権は大抵金持ちや、貴族が得る。弱者は利益を得難い。
 また、隣人に妬まれたり、組合のあたりが厳しくなったり、結構色々、問題が発生する」

 説明すると、思い当たる節はある様子で、あー……と、皆が、思案顔になる。

「つまりな、案外得している人間は少ない制度なんだ。得していると思っている相手も、生き辛くなっているだけだったりする。
 そんなもの、大切にしておくことはないさ。秘匿権なんてものに囚われなくても、人は豊かになれる。俺はそれをここで、証明できたらと、思ってる」

 秘匿権の全てが悪いとは言わない。特殊な技術の保護というのも、一面では大切なことだ。
 特に権力者が持っておくことで、時代の流れから消えていく可能性は少なくなる。貴族は世襲の意識が、民間より強固だから、養子を取ってでも名を繋げる。そうして家名が続く以上、その技術も引き継がれていくのだ。
 本当に特殊で、大切な技術なら、そうやって守っていくことも必要だろうが、今はそれが乱用されすぎている。

「そんなわけだ。
 俺がここでしたいと思っていること、なんとなくでも、理解してもらえたなら、嬉しく思う。
 ここが良い村になるよう、皆の腕を貸してくれ。よろしく頼む」

 秘匿権のこと。そして獣人のこと。社会の形や信仰のこと。
 言えることと、言えない思惑。色々があって、混沌とした村になる。
 だけどそれは、必ず俺たちの未来に必要なことであるとも思っている。いつかは立ち向かわなければならない問題だと。
 だから社会の縮図をここに作る。小さな波紋から、大きな波を作っていく。何年掛けてでも。
 いつかやらなければならないなら、俺が、俺の意思でもってそれを始める。
 言葉にすることで、その決意を新たにして、俺は皆に頭を下げた。

 無理だって、そう思っている者も、少なからずいるだろう。
 だけどその無理を、現実にするのが領主一族端くれの、俺の役割。存在意義だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...