上 下
344 / 1,121

誕生の祝い 2

しおりを挟む
 急な呼びかけであったのに、皆がサヤのための贈り物を用意してくれていた。

 サヤが泣き止み、俺の腕を離れたため、ここからは贈り物を渡す時間だ。
 結局贈り物一号もルーシーに奪い取られた。

「一番、ルーシーいきます!
 サヤさんに着てほしくてこっそり作っていた装い一式!    私の趣味全開です!」

 大きな布鞄から引っ張り出されたのはサヤが慄く煌びやかな婦人物の礼服。
 短衣は白。サヤの意匠をもとにしてある様子で、襟があるのに背中が大きく開いている。
 襟には濃い桃色で縁取りがされ、よく見れば白と薄桃色で刺繍がされていた。
 袴の色もごく薄い桃色で、全体に施された刺繍が、時間と費用をつぎ込んでいると言っている……。
 こちらの刺繍は部分的に少しだけ濃い色糸が使われており、同じ薄桃色の重なりなのに奥行きを感じさせ、下に行くほど色が濃くなる。そして可愛らしい白と薄桃色の衣装に合わせた腰帯は、ほぼ灰色に近い桃色だった。

「サヤさんは絶対に、可愛いのが似合うんです。でも、ご本人は何故か認めてくれないんです……可愛いのは似合わないっておっしゃるんです!
 確かに、大人っぽいサヤさんは、妖艶で麗しくて押し倒してしまいたくなるくらい綺麗だと思うんですけど……だけど可愛いサヤさんも愛でたいのが、男心ではないでしょうか⁉︎」

 何故か男心を語る……。
 そしてルーシーの力説にうんうんと頷くギル……。可愛いサヤも愛でたいには賛成なんだな。

「こっそり大金つぎ込んでやがったのは後で説教しておくが、サヤは意匠案を格安で売り叩くからな。
 これは追加報酬ってことで処理させてもらう。正直、まだこちらの利益率考えたらおかしなくらいなんだが……」

 相当儲かっているらしい。

「サヤさんの好みも少しだけ取り入れて、腰帯は渋めの色にしました。薄桃色が際立ってより引き締まる良い感じに仕上がりました!
 これが完成した時で良かったです。最後ちょっと急がせましたけど、サヤさんのお祝いに相応しいと思って。
 あ、背中を出すのは恥ずかしいっておっしゃると思って、上着も用意しましたから安心してくださいね?」

 背中を見せてしまう衣装を着せられ、気絶した前科があるサヤだからな。

 次はギル。
 懐から取り出したのは、お前も幾らかけたんだと突っ込みたくなるような装飾品。見事な真珠の首飾りと腕輪だった。

「サヤは装飾品を持ってないにもほどがある。
 だから俺からはこれだ。こういうのはな、数必要なんだよ。んで、ある程度使ったら崩して、別の意匠に作り直す。
 一生を男の格好で過ごすんじゃないんだから、良いなと思うものがあれば買え!    もしくは俺やレイに言え!    分かったな。
 ……真珠はお前によく似合うと思う。黒髪に映えるから」

 中心にはかなりの大粒。そして、だんだんと小粒になっていく首飾りは、五連も連なっている。腕輪は逆に、大粒のみの一連だ。
 これだけでひと財産じゃないのか……と、考えたら、ギルの意図することが分かってしまった。財産として渡してるのだ……。最低限の金額しか受け取らないサヤの、将来に備えて。贈り物であれば、受け取るしかないだろうからと。
 こういうところが…………男前すぎる……。

「私は装飾品など分かりませんから、サヤに必要だと思うものにしました」

 そう言ってハインが差し出したのは、あろうことか刃物だった。

「木の握りが好きだとおっしゃってましたので、サヤ用の包丁です」

 黒い鞘に収まった、握りも黒い包丁だ。多分黒檀だろう。

「サヤらしいと思ったのですが」

 これといった特徴のない、とても簡素な意匠であったけれど、確かにサヤらしいと思う。細めの、六角に掘られた握りは、サヤの手によく馴染んだ。

「俺らはこういうの縁がねぇンだから、期待すンなよ」

 ジェイドも用意しているとは思わなかったが、彼は花束を準備していた。
 白い拳ほどある大きな蕾がいくつも集められ、束になっている。

「芍薬?……九月ですよね?    今……」
「種類とか知らねぇし……咲いてたから……ン」

 つっけんどんに突き出すけれど、たくさん集められた蕾は、ふっくらと膨らんでとても愛らしい。切り揃えられた茎は飾り紐で纏められていて、ジェイドがちゃんとサヤのために用意したのだと分かる。適当に取ってきた風に言ってるけど……彼もきっと悩んで、これに決めたのだと思う。

「あたしらは今日の料理。
 他の三人も賄い作りと一緒に頑張ったから、あとで一言言ってやって」

 エレノラがそう言ってにっこりと笑う。ガウリィは始終むっつり押し黙っているが、居心地悪く思っていても参加しているのが、彼の誠意なのだと思う。
 そして、これだけの品数を揃えた辺りが、彼らがサヤを大切にしてくれている証だ。

「俺からはこれをやろう。ヴァイデンフェラーの者は身の守りとして必ず持つ。災いを一度肩代わりしてくれると言われている」

 ディート殿が首元から引っ張り出したのは、風変わりなものだった。

「黒水晶の剣だ。ああ、俺は迷信を信じないのだがな、母が押し付けてきたので身に付けていただけだ。
 なに、帰郷の度に押し付けられるから結構ある。これは形が気に入っていたのだが、少々線が細い。サヤの方が似合うだろう」

 剣の形に加工された水晶は、柄や握りも見事に再現されており、柄頭には細い鎖が通されていた。

 で。
 間に合わないだろうと思っていた俺の贈り物。
 無理をさせてはいけないからと、あえて日付も伝えていなかったのに……ロビンは二日間徹夜で制作してくれたらしい。
 ギルが届けてくれたそれを、木箱ごとサヤに渡した。今度は箱が贈り物だとは思われなかった様子。サヤと一緒にワクワク覗き込んでいたルーシーは、中にあったそれに、こてんと首を傾げた。

「……透かし彫りの筒……」
「なんだこれ……いや、透かし彫りは見事だけどな」

 同じく覗き込んだギルにも分からなかったらしい。

 ロビンの作ってくれたそれは、羊歯シダの葉を何枚も互い違いに重ねたような意匠だった。細かく丁寧な仕事だ。鈍い銀色で、高さは二十センチほど。筒状になっているが、一部は開いている。薄い金属で、手に取ってみるも、本来の籠手に比べると、かなり軽い。

「腕の細かい数字を聞かれたんだが……じゃあ腕につけるんだよな、これ……」
「まあ、付けてみろ。そうすれば分かる」

 ニヤニヤと笑うディート殿。注文した時にいたから分かっているものな。
 袖をまくったサヤが手を通すと、手首の少し上から、肘の手前までを覆う。ちょうど止まる場所で、自然と固定される様子だ。

「…………籠手?」
「あぁ、成る程」

 サヤの呟きに、ハインの納得の声。

「ディート殿がね、やっぱり、剣を受けられる手段は講じるべきだと言うから……。
 こういう形状なら、装飾品だと誤魔化せそうかなって。薄いし、袖を直せば目立たないだろ?」
「そういうことか!
 あー、確かにな。腕で受けられたら、多少は身の守りになるか。避けるだけよりは断然良いと思うぞ!」
「また新しい装飾品かと思いました。サヤさんの腕に羽根が巻いてあるみたい。とても良くお似合いです!」
「あとは使用してみれば分かろう。鍛錬が楽しみだな」

 ディート殿がそんなことを言うから慌てた。

「いや!    急に使用はちょっと……先に、剣で切れたり、割れたりしないか確認してから……」
「馬鹿を言うな。なんのための籠手だ。そもそも俺はこれが割れたとて腕を切り落とすようなヘマはせんぞ⁉︎」
「……籠手あっても関係ねぇンじゃねぇか?」

 冷静なジェイドの指摘に、ハインは冷ややかな視線で俺を見て、大きく溜息を吐く。

 そんな俺たちのやりとりに、数々の贈り物を両手に抱えて、サヤは困ったような、恥ずかしいような……だけどとても嬉しそうに笑ったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に引っ越しする予定じゃなかったのに

ブラックベリィ
恋愛
主人公は、高校二年生の女の子 名前は、吉原舞花 よしはら まい 母親の再婚の為に、引っ越しすることになったコトから始まる物語り。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け ※一言でも感想嬉しいです! 孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。 ——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」 ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。 ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。 ——あぁ、ここで死ぬんだ……。 ——『黒猫、死ぬのか?』 安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。 ☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

【R18・完結】おっとり側女と堅物騎士の後宮性活

野地マルテ
恋愛
皇帝の側女、ジネットは現在二十八歳。二十四歳で側女となった彼女は一度も皇帝の渡りがないまま、後宮解体の日を迎え、外に出ることになった。 この四年間、ジネットをずっと支え続けたのは護衛兼従者の騎士、フィンセントだ。皇帝は、女に性的に攻められないと興奮しないという性癖者だった。主君の性癖を知っていたフィンセントは、いつか訪れるかもしれない渡りに備え、女主人であるジネットに男の悦ばせ方を叩きこんだのだった。結局、一度も皇帝はジネットの元に来なかったものの、彼女はフィンセントに感謝の念を抱いていた。 ほんのり鬼畜な堅物騎士フィンセントと、おっとりお姉さん系側女によるどすけべラブストーリーです。 ◆R18回には※がありますが、設定の都合上、ほぼ全話性描写を含みます。 ◆ヒロインがヒーローを性的に攻めるシーンが多々あります。手や口、胸を使った行為あり。リバあります。

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...