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拠点村 13

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 言い返せなかった……。
 事情があるだなんて、言えない……。
 ルカの言うことが正しいと、俺は重々、承知していたから。
 ルカの知らない、危険なことも、沢山させた……今もさせている……そう思うから、言い返せない。

 ルカの腕が、俺を力任せに引き寄せる。
 目前の顔が、歯を食いしばって、俺を睨みつけていた。
 あぁ……これは、殴られるな……。でもそれは、仕方がないことなのだろう。
 好きな相手を、こんな風に扱われているだなんて知れば……俺だって、許せない……。
 そう思ったのだけれど。

「それ以上はやめておけ」

 まるで気配など無かったのに、ディート殿の声は間近にあった。

「レイ殿はとやかく言わぬだろうが、ハインが煩いぞ。
 それに、事情を知らぬ者が、口を挟むものではないしな」

 ゆらりと現れた人影が、ルカの腕を掴む。
 さして力を込めたようには見えなかったが、ルカが小さく呻いたから、とっさに制止をかけた。

「ディート殿」
「分かっている。だが他が来る前に、手は離せ。目溢しもできぬことになる」

 その言葉に、ルカは渋々手を離した。
 しかし、俺を睨む目つきは、揺るがない。

「…………」

 すまない。
 そう謝るべきかと思ったけれど、それも違う気がした。
 とりあえず、座り込んだままのサヤを、助け起こすため、手を伸ばす。

 …………伸ばして、良いのか?

 ルカが言った通り、酷いことを、させることになるのに……。
 そう思うと、腕が動かなかった。
 ただサヤを、見下ろすことしかできず、グラグラと不安定に揺れる気持ちを、持て余す。
 口にできないことは、俺が背負い、受け止めるしかないと、ハインにも言われた。
 けれど……。
 俺は、サヤと離れたくない我儘を、無理やり通しているだけかもしない……。

「レイは、なんも、悪ぅない!」

 深い闇に沈みかけた気持ちを、寸前でその声が、救い上げる。

「ルカさん、騙してたんは、かんにんや。
 せやけど、レイはなんも悪ぅない。全部私が、やりたくてやってる!
 あかんって、言われた……安全なところで、恙なく暮らしてほしいて、危険なことはやめてほしいて、散々言われてる!
 私が出しゃばる度に、ものすごぅ心配させて、かすり傷ひとつで、ものすごぅ悲しませて……。
 せやけど、私は嫌やから、我儘言うて、こうしてる!
 女やったら、なんなん?    そんなん、私には関係ない。やれることをやって、レイを守りたいって思うの、何か間違うてる⁉︎
 大切やから、守りたいだけや……。私は、戦える。せやから前に立つ。それの何が、間違うてるって言うん⁉︎」

 座り込んだままだったけど、サヤは強い口調で、そう言った。
 怖かったはずだ。震える腕が、身体を庇うように抱きしめている。
 それでも俺を、守ろうとする。

「ルカと言ったか。
 其方の気持ちは分かる。この国では特に、女は守られて然るべきという風潮が強いからな。
 だがサヤは、異国の者で、武人だ。己をこの国の女の括りには収めたくないらしい。
 この者の強さは俺が保証する。近衛に推挙されてもおかしくないほどの腕だぞ。まあレイ殿は、俺やハインと鍛錬することにすら、蒼白になっているがな。
 だがそれでも……好きにさせてやる度量を、俺は評価するが」

 腕を組んで、口元を綻ばせる。
 ディート殿にも、サヤが女だと知られてしまった様子だけれど、やはりそれに対しては何も無かった。度量が広いのは貴方ですよ……。

「好きな女を好きにさせてやるのも、男の甲斐性ではないか?
 無理やりにでも、安全な場所に閉じ込めておくことだって、出来るのだぞ?
 だがそれは、サヤにとっては羽根をもがれたも同然なのであろうな。彼女は自らの居場所は、自ら決める気性の持ち主だ。公爵家にだって楯突いた。そんな女を、其方はどこぞに、閉じ込めて守れというのか?
 本人の意思を無視してそうするのが、其方の正義か?」
「ディート殿……もう……」

 それくらいで……。
 ルカの気持ちは痛いほど分かるから、そんな風に責めないでやってくれと思う。
 俺だっていまだ、相当な葛藤の中にいるのだ。できることならと、いつも考えている。
 だから、ルカの言葉は、俺の心の声でもあるのだ。
 ルカの視線が、辛かった。けれど、これだけは、伝えておかないといけない。

「……偽りを伝えていたことは……本当にすまない。
 けれど、どうか、伏せていてもらえないか……。俺のもとにいる以上、男である方が、安全なんだ……」
「おい……っ⁉︎」
「分かっているよ!    分かっているけど……堪えてもらえないか。頼む」

 たとえどんなに責められようと、それが今、サヤにとっては最善なんだ。
 それをどうか、分かってくれ。
 あと、少しの間だけだ。セイバーンを離れるまで、どうか……。

 俺にできることは、ルカに頭を下げることだけだった。

 そうこうしている間に、休憩を終えたのか、人のざわめきが聞こえてきだし、俺たちはこの話を続けていられないことを知った。
 いまだ座り込んだままだったサヤに、やっとのことで手を差し出す。サヤは、躊躇なく、その手を掴んだ。
 小刻みに震える手は、力がうまく入らない様子で、反対の手で支えて、サヤを立たせる。

「そんな顔、レイがする必要、ない」

 サヤにそう言われ、口元を無理やり笑みの形にしたけれど、彼女の表情は晴れてくれなかった。
 なんとか場を取り繕ったところで、ウーヴェが俺たちを探していた様子で、こちらに駆けてくる。
 近付くにつれ、何か良からぬ雰囲気を察したのか、表情が曇った。

「レイ様……何か……」
「いや…………」

 どう言ってよいやらと言いよどんでいると。

「なんでもねぇ」

 ルカはそれだけ口にして、ふいと、立ち去ってしまった。
 身体中から怒気を立ち昇らせるようにして、なんでもないは通じないだろうけれど……とりあえず、サヤのことを伏せてくれたことだけは、分かった。
 不安そうにするウーヴェに、一応事情を伝えておくことにする。
 ルカの性格だと、全部隠して仕事をするって、無理だろうしな。

「……ルカに、サヤの性別を、知られてしまったよ……。
 それで、何をさせているんだって、怒られたんだ。
 ウーヴェ、ルカの言い分はもっともだから……それは俺が重々承知しているから。彼は悪くないよ。
 だけど、サヤはまだ、女性であることは伏せなきゃならない。
 ……ルカが、ここの仕事を辛いと思うようだったら……配慮してやってくれ。
 あと、彼の話を、聞いてやってもらえるか……」

 秘密を一人でひた隠しにしておくのは辛いだろうし、それはウーヴェにしても同じことだと思ったから、そう伝えておく。
 ウーヴェは、畏まりましたと言葉少なに言って、ルカを追いかけて走っていった。

「……戻ろうか」

 今日はちょっと、このまま視察を続けられる、雰囲気じゃないしな……。
 きっと俺がここにいたら、ルカの怒りは収まらない……。お互い、落ち着く時間が必要だ。

 帰り支度をしていたガウリィたちに、先に戻ると伝え、俺たちは帰路についた。
 帰りの馬車の中で、サヤは「申し訳ありません」と、俺に言った。

「祝賀会の時……でした。
 ロビンさんが、私をサヤって……おっしゃったあの時…………気付いたって…………。
 全部、私です。私が招いた。私が悪いんです。レイは……なんも、悪ぅ……ないのに…………ごめんなさい……」
「サヤも悪くないよ……。そんな風に、考えなくて良い」

 肩を抱いて、腕をさする。
 震えはだいぶん治ってきたように思うけれど、サヤが思いつめてしまっていないか心配だった。
 サヤが悪いんじゃない……たまたまここで発覚したというだけで、遅かれ早かれ、似たようなことは起こったと思う。
 ルカを怒らせ、傷付けてしまったことは悔やまれるけれど……俺の示せる答えは、あれ以外、無かった。
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