上 下
334 / 1,121

拠点村 6

しおりを挟む
 ディート殿に、姫様の病の性質や、獣人の生まれる条件。世の中の仕組みについての話なども含め、延々と話すこととなった。
 一応信心の方は大丈夫か?    と確認したのだが、獣人と絡む人間が信心など拘っているものかと笑われた。まあ、拘ってたら関わりにくいのは確かだしな。
 途中、耳の良いサヤが、ディート殿に全部を明かしている俺に気付き、お茶を入れてきてくれたのだが、少々不安そうにこちらを見るも、大丈夫だよと伝えると、一礼して部屋を去る。
 程なくして、仕事を終わらせたのか、また執務室にやってきて、話に加わった。

「はぁ……壮大な話だな。我らが皆、人と獣人の混血か」

 一通りを聴き終えた後の、第一声は、たったそれだけ。

「白化の病の性質を考えると、辻褄が合うのですよ。
 我々が皆、種を元から有していると考える方が自然ですしね」
「まあそうだな。そもそも、身に降りかかる不幸と自身の行いは、全く影響しあっておらんのは明白だ。
 でなければ、世の中に『悪い杭ほど残り立つ』などという言葉は無いだろうしな」
「『正直者ほど損をする』とかね」

 結局、さした抵抗もなく受け入れたなぁ、この人……と、感心するしかなかった。
 表情を伺っていても、全然素なのだ。
 案の定というか、ジェイドが前々から俺たちの周りに潜んでいた者の一人だということも察知されていた。

「面白いことを考える……忍とな」
「サヤの国にはある職種ですからね。考えついたというわけではありませんよ」
「いやいや、百人にその話をしたとして、それを使おうと思って形にする人間は、普通おらんだろう。行動力が半端ないな」
「で、元国境警備担当のディート殿は、彼らを裁くのですか」
「裁かれるのは依頼人であろうが。
 とりあえず、元の職からは足を洗った様子であるし、レイ殿の管理下のもと、更生して正しく暮らすならとやかく言う必要もなかろう。
 罪を犯して我が領地に押しかける罪人が少しでも減ってくれるなら、こちらは喜びこそすれ、困ることはない」

 そう言って、机の茶に手を伸ばし、一気に煽った。

「そもそもな、俺も今の世の在りようには一言物申したいと、常々思っていた。というか、我が領地の国境警備隊は全員同じ思いであろうと俺は確信している。
 考えてもみろ、今の形であると、必ず一定量の犯罪者が量産され続けるのだ。これではいつまでもイタチごっこではないか。
 我が領地では、親を亡くした子は、大抵近所のどの家庭かが引き取る。
 任務中に殉死する者も多いうえ、警備は常に人不足。子供を路頭に迷わせておく余裕など無いのでな。
 そうして育った者は、別段悪事に染まりもせん。見捨てるから悪事を働くしかないのだろうが」

 ディート殿の話に、俺たちは口を半開きで聞き入ることとなった。
 意外だったのだ……。他の領地のこう言った話は、あまり聞くことがないから……。

「面倒を見る余裕が、無い家庭も、あるのでは?」
「将来の戦力だ。多少の無理は承知で引き受けるし、そういった子供を引き取る場合手当も出る。
 それに、我らの領地は、国境警備員となる子を一度に教育する場がある。各家庭の負担は、案外少ないぞ」
「一度に教育⁉︎」

 サヤが食いついた。

「学校ですか?」
「似たようなものだ。
 国境警備は連携が大切なのでな。一定量の力量が備わらぬと邪魔だ。それは十歳までに身に付けさせる。
 例えば任務上の隠語や、任務の際の行動などだな。年齢によって役割が違う。はじめに配属される十歳の任務は伝令と雑用だ。そのための必要最低限の能力は備えさせる」
「向き不向きもあるのでは?」
「む……そこはまあ……。だが、あまりに戦力外の者は、前線任務には回さぬように後方担当になるな。足手纏いも困るし、死なれても困るのだ」
「……ディート様の領地……犯罪件数も少なそうですね」
「そこだ!    そうなのだ。我が領民の犯罪件数は決して多くない。孤児とてほとんどおらんのだ。にも関わらず、犯罪者が減らん!    この腹立たしさが分かってもらえるか⁉︎」

 それはたしかに腹立たしいだろうなと思った。
 それだけ統率がとれており、獣人もさして差別対象になっていない様子ならば、当然治安も良いはず。
 なのにディート殿の領地、ヴァイデンフェラーは、決して治安が良いとは言い難い状態なのだ。
 その理由が、国境に隣接するということ。
 隣国は、シエルストレームスなのだが、あの国への玄関口が、フェルドナレンからは、ヴァイデンフェラーひとつしかない。
 逃げようとする、もしくは入国しようとする罪人が、彼の領地をただ通過しようと押し寄せる。

「子供は皆で育てれば良いのだ。そうすればちゃんと、まともな大人になる。
 だのに、王都をはじめとする都の孤児はどうだ。自己責任?    馬鹿が。子供に自己責任もクソもあるか。社会の責任だ。
 前世だの、今世の行いだの……ごちゃごちゃ言う前に、生活を正せば良いではないか。堕ちるに任せておくから罪人が減らんのだ。
 神殿が孤児の更生に努め、育てているというが、全く機能しているように見えぬのが、本当に腹立たしくてな」

 昨日、ハインに聞いた話を思い出し、自然とサヤの視線が床に落ちた。
 更生……あの実態も、更生というのだろうか……。
 機能……していないのだろうな。神殿は。
 元から、なのか、時代の流れによって、なのかは分からない。
 番号持ちだの、狂信者だの、まだよく分かっていない言葉も多い。
 ただ、俺たちが見て、日常だと思っていた世の中の仕組みは、思いの外、裏や闇があるのだろうということだ。
 孤児と関わるような貴族は、少ない。だから……この実態も、ほとんど知られていないのではないか……。

 これも、放ってはおけない……もう関わるしかない、問題なのだと、思った。

「何か、考えよう」

 膝の上で拳を握り、俯くサヤの手を、握った。
 我がことのように受け止めて、悩んでくれる優しいサヤ。見て見ぬ振りはしないと、そう伝える。

「知った以上は、当たり前だなんて、思いたくない……。
 何か、できることを、探そう」

 正義感とか、使命感とか、そういったものではなく、ただそこにハインがいて、苦しんでいたということが、捨て置けなかった。
 ハインは救い上げられたと言ったけれど、きっといまだ、救われていない。
 だって、あんなに辛そうに、苦しそうに、語ったのだ。
 きっとそうやって死んでいった仲間を、明日は我が身だと思いながら、見送っていたのだ……。

「何かしら力になれることがあれば、俺も手を貸そう。
 レイ殿の試みようとしていることは突飛だし、一体何がどうなるやら予測もできんが……何もせず手をこまねいているよりは、ずっと良い。
 価値観の根本を覆せば、孤児の扱いだって変わるやもしれんしな」

 そう言ってくれたディート殿に感謝を伝え、とにかく今は元気を出し、昼からの視察を楽しもうと気合を入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

処理中です...