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拠点村 2

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 セイバーンに戻ってすぐ。胡桃さんと草が、夜半に訪ねてきた。
 室内に通し、決定を伺ったのだが……。

「強制はできないわぁ。絶対に知られたくないと思っている者だって少なからずいたから」

 まずそう告げた胡桃さんは、でも……と、言葉を続けた。

「協力すると言う者は、拒まない。
 貴方たちのやりようを見て決めるって言う者もいたしねぇ。
 今のところは、数人よぅ」

 そして、サヤの影となる者も、まだ数人だと述べた。

「竹細工職人、飾り紐職人、刺繍職人、家具職人……うち一人が獣人ねぇ」
「……ありがとう、ございます!」
「……少ないって、文句はないのぅ?」

 そう問われたけれど、そんなの、一人もいない可能性だって、当然考えてた。

「俺と貴女たちの縁は、まだ浅い。
 その上で、人生を左右する決断です。有難さ以外、ありませんよ」

 そう伝えると、溜息を吐かれてしまった。

「職人の連中だけど、秘匿権なんて持ち合わせていないわよぅ。
 貰うだけになっちゃうけど、それでも良いの?」
「当然構いませんよ。重要なのは、秘匿権じゃない。それを独占しないという価値観の方です。
 まだこの考え方自体に違和感しかないと思いますけど……。そこはおいおい、理解していただけたら嬉しい。
 けど、別に強制ではないんです。職人の彼らの場合は、新たな技術や道具の知識も報酬に含むのだと、解釈しておいてください」

 体験しないと、きっと理解もできないと思うのだ。だから知っていくうちに、分かってもらえたら嬉しい。

「宿の方の話は、了解したわぁ。
 動かせないような怪我人や病人、老人、子供が中心になるんだろうけどぉ、それでも良いのよねぇ?」
「ええ。構いません。
 一棟貸しですから、中の掃除と、鍵を渡すことができれば問題無い。貸している最中は掃除もいりませんしね。
 では、村の建設が進みましたら折を見て、連絡します。
 それで、そのことで草にお願いがあるんだけどね……」

 始終黙りっぱなしだった草に視線をやると、嫌そうに顔を歪めた。

「なンだよ……」
「もうこの際、俺に雇われる気はないかな?」
「はぁ?   もう雇われてンだろうが、忘れてンのかよ……」
「いや、違う。表面上もだよ。使用人をしないかって話」

 胡桃さんたちとの関係を密にするためにも、近くにいてくれる者がほしかった。
 彼はかなり幅広く演じられるみたいであったし、能力的にも優れているし、何より一番関わっていると思うのだ。
 そして、こちらのやることを、全て把握し、胡桃さんにも報告してもらう。そんな役だから、人の身であっても犬笛が聞こえるという彼がうってつけだった。

「ここの二人と同じようにしろなんて言わない。姿を隠して、ずっと色々、してもらっているけど、晒したとしても問題ない立場になるだけなんだ。
 ただ、必要があるときは、従者を演じてもらうことになるかもしれないけど」
「言ってる意味が分かンねぇよ!」
「うーん……具体的な役職名が思い浮かばないんだよ。
 多分一番近いのは武官なんだけど……武官とも違うんだ。
 サヤの世界での忍は、普通に配下としての姿があるらしい。オニワバンっていうらしいんだけど、庭師はおかしいだろ?」

 庭の管理とか必要ないし。

「えっと、言葉では説明しにくいんです。御庭番……もしくは隠密などと呼ばれていたんですけど。
 普段は近習として仕えているのですが、忍の里から派遣された身で、護衛が必要な場合は変装して近くに潜み、陰ながら護衛をしたりします。当然普通に、武官として行動する場合もあるんですけど、臨機応変に立場を変えます。
 ようは、斥候と、狩人と、武官と、密偵と……混ぜたような役割で、これこそが忍と言えばそうなんですが……必要なときに、必要なやり方でそばに潜みます。
 この前の祝賀会の時みたいな感じに」
「……意味、分かンねぇって……」
「やることは、今までの草さんと一緒ですよ?
 ただ、名前を得て、配下の一人に数えられる。それだけだと考えていただけたら、それで問題も無いと思います」
「名前……」
「呼ばれたい名があれば、それで良い。人前で、草とは呼びにくいんだよ……正直胡桃さんも、本当は呼びにくい……」

 人としての名があったのなら、それを知りたいと思った。
 もう兇手ではないのに、いまだに兇手の呼び方をしているのも、ずっと気になってはいたのだ。
 けれど、いっぺんに何もかもを要求するのも、憚られた。ただ雇っているというだけで、彼らの事情を配慮しないのも間違っていると思ったし。
 強制することではないしな……。色々事情のある人たちだから、名乗れない理由だって、あるかもしれない。

「呼ばれたい名なンざ、ねぇよ……そもそも、役割以外で持ったことねぇンだし……」

 そんな俺に、草は、言いにくそうにそう零した……。
 まるで後ろめたいみたいに、視線を逸らして。
 ちらりと覗いたその表情は、なんだかひどく、幼く感じた。
 名が無い……なら孤児だったのだろうか……。だからハインに、辛く当たってた?

「じゃあ、俺が名を贈っても、良い?」
「ここにいる間だけのもンだろ。なンだっていいよ。さっさと決めろ」

 ぶっきらぼうに、そう言われてしまったけれど、すごく戸惑っているのは伝わってくる。
 そもそも、俺の下につくつもりはないと、突っぱねられると思っていたから……少々意外に感じた。
 けれど彼は、名付けても良いと、そう言ったのだ。

「ならね、ジェイドはどうだろう。
 サヤの国では、そう呼ぶ宝石があるそうなんだ。君らしいと思う」
「はぁ⁉︎    なんで宝石なんかから?」
「理由が知りたいのか?    なら、もう少し親密になれたら、教えよう」

 よそよそしく、ぶっきらぼうに振る舞おうとするその姿が、もう少し、うち解けたら。
 威嚇中の猫みたいなその反応が、もう少し、気を許してくれるように、なったらだ。
 にっこり笑ってそう言うと怒ったように眉が釣り上がる。
 だけど瞳は、混乱の極みといった様子で、揺れていた。

「配下に数えるといっても、ジェイドの頭目かしらは胡桃さんだ。俺に忠誠を誓う必要はない。
 どうにも我慢ならないと思ったら、辞めたって構わない。
 色々無理をお願いしている自覚はあるんだ。それに、生き方というのは、その人本人に、選ぶ権利があるべきだと思う。
 命と時間の使い方は、自由であるべきだ」

 無理強いはしたくない。自分の人生は、自分の判断で使うべきだと思うから。
 今までそれを許されなかったであろう彼らには、できるだけ、自由でいてほしかった。
 甘いかもしれない。土壇場で見限られたら、俺なんてチリと同じだ。あっけなく吹き飛ぶだろう。
 だけど、それくらいの覚悟をしないで、人の人生を預かれないとも思ったのだ。

「決まりねぇ。
 じゃぁジェイド、本日付で、仕事に就きなさいな」
「しばらく客間を利用してくれ。近いうちに、ジェイドの部屋も用意する。
 ただまぁ……すぐに拠点村に移ることに、なると思うから」

 俺は後継ではないし、この別館に縛られていたのは農地管理と氾濫故だ。
 交易路計画を進めていくなら、ここにいなければならない意味は無くなる。
 サヤの今後のことも考えれば、拠点村に居を移すべきであるし、実際そのしなければ仕事が立ち行かない。
 そして、異母様方から距離を取る良い機会であるように思っていた。

「せいぜい、俺に、寝首をかかれないようにな」

 わざわざ悪態を吐くジェイドに、俺は笑って返事を返す。

「俺の首はジェイドに預けるから、どうか宜しく頼む」

 そうして、草はジェイドとなり、今ここに使用人の一人として立つこととなった。
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