上 下
318 / 1,121

新たな戦い 12

しおりを挟む
 その後、どうにかこうにか、帰り着き、昼食を済ました頃には、買い付けたものが順々に届きだしていた。
 バート商会の使用人が、報告をくれたので、荷物の受け取りと、一つお願い事の手紙を託し、俺たちは調理場を借りて、まずは干し野菜作りの下準備を進めることとなった。
 まずは野菜を丹念に、洗うところからだ。

赤茄子トマトは半分に割って、ヘタと中の種を匙で全部掬い出します。
 甘唐辛子ピーマンも半分に割って、種を取ります。これは更に、縦向き一センチに切ってください。
 胡瓜キュウリは輪切りです。三ミリくらいでお願いします。
 水気が腐敗の原因になりますから、野菜に水気が浮いたら、手拭いで拭き取ってください」

 野菜の下ごしらえは、ハインとルーシーが担当だ。
 他にも、調理場にあった野菜をいくつか試してみる。
 南瓜は割らなければ冬まで保つのだが、一つを全部使い切るのはなかなか大変だ。なので使い切れなかった時に保存できるかを試すため、これも干してみることにした。
 あとお馴染みの萵苣レタス。そして茄子。
 本来は、形も色々なものを干せるらしいのだが、時間的な猶予が明日の昼までしかない。なので、できるだけ小さく、薄く刻むらしい。

「洗濯バサミが欲しいです……そしたら萵苣が沢山干せるのに……」

 調理場の一角で、せっせと針と糸を操りながら、サヤがそんなことを呟く。
 また何か新たな道具を思い浮かべている様子だ。ほんと、いくらだって湧いてくるな……。
 更に、竹笊の量が足りない……。切った野菜を重ならないように広げて置くため、場所を思いの外使用するから、調理場のものも借り受けた。
 まあ、足りないのには訳がある。サヤが野菜を干すための道具を作ると言い、笊を二枚使っているのも原因だ。

「バランス取れてますか?」
「えっと……均衡が保たれているかって意味?……うん。まっすぐに見えるけど」
「良かった。じゃあこれに、綿紗めんしゃを取り付けます」
「……綿紗はなんで取り付けるんだ?」
「虫除けです。雑菌が付いてしまいますし、日持ちを考えると、できるだけ清潔に、乾燥させたいので」

 竹笊を紐で繋ぎ、空中で二枚が連なるようにしたサヤが、綿紗をそれに縫い付けようと悪戦苦闘しだす。何せ笊だ。針を刺す場所がなかなか無い。

「上部だけ縫い付けて、周りはぐるっと囲うだけじゃ駄目なのか?」
「隙間があると、虫が入りますから。うーん……チャックがないからここは重ねないと仕方がないとして……風で開かないか心配ですね……。だけど重ねを大きくすると、陽を遮るし……」
「サヤさん、これ、綿紗を袋状に縫ってしまって、笊に野菜を乗せたらがばっと被せて、縛るようにしたらどうかしら」
「あっ、それ名案です!」
「じゃあ縫い物は私が代わるわ。サヤさんは、竹炭とやらを頑張ってらして?」

 縫い物をルーシーに代わってもらったサヤが、今度は裏庭に向かい、届いた鉄鍋に竹を敷き詰めていく。

「極力、敷き詰めて、空間を空けないようにするんです」

 底が穴だらけの鉄鍋が竹でぎっちり埋まってる状況はなんかもう……意味不明すぎて何を言えば良いやら……。
 それが出来上がると蓋をして、鍋の準備は終了の様子だ。庭に煉瓦を重ねてかまどを組む。……煉瓦は買い忘れていたので、使用人に買ってきてもらった。ほんの数個だったし。

「ハの字に組むって言ってました。火の回りが効率良いのだって。
 じゃあ、鍋を乗せて下さい。下で火を炊きます」

 初めは、かまどに火を点けるのが少し苦手だったサヤも、もう手馴れたものだ。種火はあっという間に大きくなる。
 鉄鍋を火にかけ、蓋の上に重石と、蓋穴の上に筒状の竹を置いた。

「これは煙突の代わりです」

 程なくして竹筒の煙突から、黄味がかった白い煙がどんどんと立ち昇りだした。
 まあ、穴が空いているのだから、当然中の竹に火が移っているだろう。
 燃やすだけなら、何故鉄鍋に入れたのか……。色々不思議すぎて何からつっこめば良いのかも分からない。

「……後は、火を消さないまま焼き続けます。風を送ったりはしないで下さい。
 今は、煙が白いでしょう?  これは、竹の水分を多く含んでるんです。炭になると、 これが、青味がかった透明になります。
 そうしたら、一旦土に鍋ごと埋めて、火を完全に消して冷まします」

「じゃあ、火の番を交代でして、見守っておけば良いんだな?」
「はい。あ、私が見てますから、皆さんは休憩を……」
「サヤ、火の番はまず私がしておきますから、干し野菜の方を確認してきて下さい。
 下処理は終わりましたので、あれで良いのかどうか」

 やって来たハインがそう言い、サヤはまた、調理場へと向かった。くるくるとよく働く。
 これはあれだな……居た堪れなくって必死で働いている感じだ。さっきから俺の方見ないしなぁ……。
 今までだったらそんなサヤの態度に、少なからず傷つき、狼狽えていたろうと思う。
 けれど、俺を受け入れてくれた先程のサヤを思えば、あの態度も仕方がないのだよなと納得ができる。ただ恥ずかしいだけだと分かっているから、落ち着くまでしばらくそっとしておくしかないかなと、冷静に考えられた。

「しっかし……今回のはほんと、特別意味不明だよな……」
「まあそうですね。ですが、サヤが言うことですから意味のあることなのでしょう」

 たちこめる煙に咳き込みつつ、ギルが呟き、ハインがそれに言葉を返す。
 ハインはいつも通りだが、ギルは若干、表情が硬い……。サヤの奇行に不安が募り、少々心配している様子だ。

「ギル。サヤにそんな顔を見せないでくれよ。彼女が不安になってしまう」

 畏怖すら感じていることが伺えて、とっさにそう注意を促す。
 するとバツが悪そうに視線を泳がせ。

「分かってる。けど……これがこの後、なんかすげーこと引き起こすんだって分かってるだけに、どんなもんが出てくるのかって考えると、ちょっと不安になるんだよ……」

 そんな風に言うものだから……ちゃんと言い含めておこうと思った。

「ギル、サヤの知識は、神に与えられた奇跡や恩恵じゃない。
 彼女が努力して、手に入れてきたものだ。それだけの時間を使って、経験して、犠牲を払って、身につけてきたんだ。
 ……それを、そんな風にされたら、傷つく……。ギルは、ただ優しさから与えようとするサヤを、怖いと思うのか?」

 誰かのためにと知識を晒し、それによって怖がられ、それでも恨み言ひとつ言わず、グッと堪える。彼女ならそうするのだろうと、想像できる。俺を責めることすらしなかった、彼女だから……。
 だけど、当然傷付かないわけがない。女性に優しいギルだから、そんな風に我慢するサヤは、嫌だよな?

「……すまん。そうだよな……。前も似たようなことあったのに、……悪かった」

 パンパンと頬を叩いて気持ちを切り替える。
 そうしてから「火の番は俺らがしとく。お前はあいつんとこ行っとけ」と、追い払われてしまった。
 まだ避けられると思うんだけどなぁ……。そんなことを思いつつも、サヤと一緒にいられるのは嬉しいわけで、調理場に向かって足を進めた。
 すると、ルーシーとサヤの会話が聞こえてくる。

「あっ、レイ様。見てください、完成ですよ」
「良い感じです。これなら軒に吊るして、干し野菜を作れますよ」

 ニコニコ笑顔の二人に迎えられた。
 彼女らの前には、二つの竹笊を三本の紐で連ね、さらに綿紗で包めるように工夫された、何やら不思議なものが出来上がっていた。

「この笊に野菜を並べて、軒や物干し竿に吊るして使います。
 干し野菜は、一日程度で半乾き、二日から五日……場合によってはもっと長く干しもするのですけど、カラカラに乾いたのを本乾きと言います。つまり、干す時間で日持ちが変わる……水分を多く捨てた方が、長持ちするんです。
 朝から夕方前までの時間を、この状態で持ち運んで干します。夜は室内に取り込みます。雨の日は干せません。逆に水分を含んでしまうので。
 そんな感じで出し入れが必要なので、それなりに手間がかかります。
 でもこれなら、出し入れはそれほど手間じゃありませんし、風が吹いても袋の中にしか飛び散りませんから安心ですよ」

 そう言われ、そうか、風が吹いたら飛ぶよな。と、改めて気付く。

「ここみたいに、窓が硝子張りであれば、部屋の中の日当たりが良い場所に置いておけば良いのですけど、きっとそんな環境じゃないから……」
「……あ、これ……ホセたちのために、作ってたのか」
「っ、あっ、だ、駄目でしたかっ⁉︎」

 俺のつぶやきに、サヤが慌てる。

「で、でも……野菜を乾かすのを、ずっと見てる時間もないと思うんです。だからその……朝干したら、夕方までほっとけるようにしておければ、片手間に取り入れられるかと……す、少しでも、生活が楽になればと……」
「うん、ありがとう。親身になって考えてくれたんだろう?
 そうだな……ただ干し野菜の作り方を伝えるだけじゃ、生活に取り入れられる保証はないんだものな」

 そう行って頭を撫でると、ホッとした顔になる。
 ……そしてそれを見ていたルーシーがムフフとなんだか意味深な顔をする……あ、し、しまった。

「ではっ、私のお仕事は終わりましたし、この干し笊の検証はお二人にお任せしますっ」
「いや、ルーシー……」
「あっしまったーっ!    私、急ぎの仕事があるんです、失礼しますねーっ」
「……うん……」

 すっごく、あからさまだよ、ルーシー……。
 調理場に二人で取り残されて、そのなんともいえない余韻に浸る。
 なんとなく気疲れして、あとは黙々と、干し笊に野菜を並べるのを手伝った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

処理中です...