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新たな戦い 7

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 翌日のこと。
 最短だ。マルが、手続きをほぼ終えたと言ってきた。

「新事業の名前、大災厄前文明文化研究所としたんですけど、長すぎましたかねぇ?」
「……それ、商店の名前か?」

 なんでそんなに長くした。覚えにくいことこの上ない。まるでサヤの国の言葉だと思っていたら、やはり発案者は関わっていたらしい……。

「印象強いのが良いと思いまして、サヤくんに相談したんですよ。
 そうしたらサヤくんのところでは、会社……商店のことをそう表現することもあるそうなんですけど、会社名は千差万別。研究所と銘打った店も存在するということで、我々の活動を考えたら、この名前がふさわしいと思ったんですよ」

 それとも他に、ふさわしい名を思いつきますか?と、聞かれたのだが、ふさわしい名と言われても……とっさには思い浮かばない。
 じゃあとりあえずはこの名でいきますか。と、言うから、うん……。と、頷くしかないよな。代案も無いんだし。

「それでですね、サヤくんの世界では、ポスターなるものがあるそうで。
 まあようは、張り紙ですね。求人を、それで出したりもするんですって。
 で、これを一応、商業会館の壁に張り出してみようかと思うんですけど」

 そう言って渡された紙には、でかでかと赤墨や黒墨で、こう書かれていた。

 求む!職人(職種は問いません)
 商店名……大災厄前文明文化研究所
 店主……商業会館所属ウーヴェ
 募集人数……不特定多数
 年齢・性別……不問
 給金……要相談
 条件……秘匿権の放棄を前提条件とさせて頂きます。
 開発された新製品の作り方は、職人全員が共有できます。
 所属された職人は、条件にもよりますが、別に店を持ったり勤めることも可能です。一度相談してみてください。
 備考……セイバーン男爵家御子息、レイシール様による交易路計画の一環となる新事業です。
 秘匿権を放棄して、一流の職人を目指す新しい試みです。
 詳細は面談の折にお伝えします。
 内容が気になった方は、商業会館か、バート商会へご連絡ください。
 また、こちらから急に声を掛ける場合がありますが、その際はとりあえず話を聞いてください。

「……なにこれ」

 意味が分かりません……。
 一体何を募集しているのだか、さっぱり分かりません!

「良いんですよ。まずは興味を持ってくれさえすれば。
 あと、人の頭に残るのが最優先です。
 まずこの秘匿権放棄というのも、別段取り上げるでもなんでもなく、一応レイ様が持っておくって建前になるってだけですし。まあ、ちゃんと商店を建てたら、そこで書類の保管は行う方が良いかもしれませんけどね」

 そんな風によく分からないことだけを言い、くるくると紙を丸めてしまう。
 あ、そうそう。本日よりマルは、監禁終了だ。部屋を出ることを許された。
 まだひょろひょろだし、骨と皮の状態であることには変わりないが、部屋で少しずつ身体も慣らしていたようで、歩く姿はしっかりとしている。
 で、そうなった途端にこれだ。

「こんなもので人が来るのか?」
「さぁ?  分かりませんけど、まあ来ると思いますよ。
 所属する気があるかどうかはともかく、話を聞きには来るでしょうねぇ。意味がわからなくて」

 ケタケタと笑う。良いのかそれで……。
 まあ、まだ問題の店を建てる目処も立っていない。
 拠点村を作る候補地は一応目星をつけたが、姫様より交易路計画開始の許可が届かない限り、着工はできない。そのため、金と資材置場の許す範囲で、材料を集めているだけの状態だった。
 だからまぁ、焦ることもないのかなと、考え直す。

「それはそうとレイ様、サヤくんが早く買い物に行きたがっていましたよぅ。昨日何か約束したんでしょ?   逢瀬を楽しんでこられたら如何です?」

 不意打ちでそんなことを言われ、飲もうと思って手を伸ばしていたお茶を取り落としてしまった。
 な、なんでそんなことを言う⁉︎
 慌てて周りを確認するが、ハインはいなかったことに気付く。ほっと息を吐くと、呆れた顔で言われた。

「……なんで黙ってるんです?」
「色々あるんだよ!」

 主に頓着しない部分が色々とね!
 これ以上言われる前にと、慌てて応接室を後にし、サヤを探して回ると、店側でギルと立ち話をしているのを発見した。本日は男装のサヤだ。
 身振り手振りで何かを伝えていて、ギルも難しい顔だ。

「荒い布なぁ……綿紗で良いなら用意できるが、何に使うんだ……」
「ちょっと作りたいものがありまして……」
「また秘匿権引っかかるやつか?」

 そんな言葉が聞こえたから、慌てて割って入る。

「ギル、今回は、俺がお願いしてるんだ」

 そう言うと、あまり無茶なことさせるなよと眉を顰める。

「大丈夫だ。一応地盤は固まった。
 事業の手続きは昨日で終わったらしいから、秘匿権が絡んでも、事業の一環だと言いくるめられるさ。
 それに、これは人命が関わってるから。秘匿権なんて言ってる場合じゃないんだよ」

 俺たちでさえ冬場の食事は貧しいことが多いんだ。下手をしたら、ホセの村では冬を越せない者が存在する可能性もある。
 マルの地元だって、そうだと聞いた。だから、これはホセたちだけでなく、我々にとっても重要なものになる予感がしてる。

「まぁ、そう言うなら……どれくらい必要なんだ?    あ、いや、いい。用意しとく。
 それより先に買い出し行って来い。どうせ見なきゃ意味分かんねぇもん作るんだろ?」

 サヤをつれて、一旦部屋に戻る。
 本日は俺も変装だ。まずは商店を色々見て回るつもりでいた。貴族の格好で行くと、いちいち歓待されて長くなる。
 髪をまとめ直してもらい、服装も長衣から短衣に着替える。

「お揃いですね」

 と、サヤが微笑むのが何やら恥ずかしいが……ようは従者に見える服装になったわけだ。
 とはいえ、顔は晒せないので、陽除け外套を上に纏う。

「……これは暑いな……」

 薄地とはいえ、三枚重ねればやはり暑い。

「うーん……ハインさんに服を借りるってどうでしょう」
「それだ」

 サヤの意匠で作られた従者服を借りることにした。
 ハインを探すと、洗濯の最中であったのだが「好きに持っていってください」と、洗濯を優先されてしまう。

「これは凄いですね。楽しくて仕方ありません」
「……楽しいんだ……」

 洗濯板に夢中であったようだ……。

「落ちないと思っていた汚れも落ちます。惜しむらくは、水を少しずつ流してくれる人手が欲しいのですけどね。いちいち水につけ直して確認するのが少々手間です」
「ああ……穴を開けた桶とか用意すれば良かったですね」
「……桶も買ってこようか」
 穴を開ければ済むなら、ついでに買おう。うん。
 ハインの部屋に勝手に入って衣装棚をあさり、上着と短衣を一式借り受けた。
 ついでにベルトも借りて、長剣の代わりに短剣を下げておく。

「おお……快適」
 陽除け外套があるので多少機能は損なわれるが、それでも段違いだ。
 小刀が仕舞えないのが少々困ってしまったが、そこは従者の基本装備として長靴の中に入れておく。腰帯も重ならないし細いので、腰回りが暑くない。

「ああ、これは売れる……」

 素直にそう思える一品だった。サヤは凄い……。
 けれど、俺はこれで随分涼しいが、サヤはこれに、まだ重ねて着ているんだよな……。

「外出しても大丈夫なのか?」

 もう夏の盛りだ。心配でつい、そう聞いてしまったのだけどサヤは微笑んで「大丈夫ですよ」と言う。

「ここは、私の国より湿気が低いです。日陰に入れば全然涼しいですから、心配いらないですよ?」
「サヤの国は暑いところなんだ」
「暑いですけど、気温的にはそこまで暑くはないんです。もっと暑い地域は沢山あります。京都は……湿気が多くてむしむししてて……うーん……ずっと茹だちはじめた鍋の上に立ってる感じです」

 サヤも陽除け外套を纏ったが、頭巾は端を折り、顔を晒すように調整して被った。
 とりあえず、極力日陰を歩くようにする。
 まずは商業広場に出て、そこは素通りし、東の大通りに向かう。

「密閉性の高い入れ物って、何に使うんだ?」
「乾燥させた野菜をしまっておく器です。そのままにしておくと、やはり湿気が心配なので、乾燥剤を入れた密閉容器に野菜を保管するんです」
「カンソウザイ?」
「はい。その乾燥剤が炭なんですけど……とりあえず作ってみることにしたので、蓋のできる鍋が欲しいですね。
 タジン鍋の蓋をした、パスタ鍋が売ってたら最高なんですけど……」

 それは一体どういう鍋……。

「うーん……まあ、金物屋にも寄ろう。あと竹細工の笊だったよな」
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