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新たな戦い 5
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そう聞くと、右腕の男はもう駄目だとばかりに頭を抱えてしまった。
エルランドはというと、そんな男の肩に手をやり「まいりましたね」と、溜息を吐く。
「いつからそんなこと、考えてらっしゃったんです? 私は結構、演技派なんですけどね」
「頭からかな? 貴方はその人を右腕だと俺に言ったのに、名は伏せた。交渉ごとも一人で進めてらっしゃいましたし、金額を確認する時も、安く値を出すその人を、窘めていたように見受けられたので。
相場より安くても良いから取引がしたい……って焦っているなら、何か理由があって正当な取引ができない立場であるのかなぁと。
だけどエルランドさんは、この方がそんな立場に甘んじて良い人だと思っていないんだなぁと。そんな風に読んでたんですけどね」
見ていたままを言葉にすると、二人揃って唖然とした顔になる。
「ま、待ってください……指数までご存知でらっしゃる?」
「一応は。でも早すぎると読み取れませんから、競せりなんかは何やってるのかさっぱりでしたよ」
「競りを見たことまであるんですか⁉︎」
「ものすごい早起きをして、連れていかれましたよ。
あれは眠気も吹き飛びますね。大声のやりとりをしているのに、言ってることはさっぱりだし、実は指で会話しているって言われて、意味不明すぎましたよ」
子供心にも、その不思議な空間がとても面白かったのだ。
彼らが指で何をしているのかを理解したくて、指数も教えてもらったのだけど、結局早すぎて意味不明なままだった。
まさかそれが、ここで役立つとは思っていなかったが。
「もう一つ知っていることがあります。
エルランドさんが通る道。貴方は、その帰り道の出発点ではそれなりの荷を持ってらっしゃる。
けれど、それは途中で降ろしてしまう。だから、途中から空荷になるのですよね。
そこからを埋める商売として、その方と、俺たちの仲介に立とうと考えたのではないですか?」
無論、それだけではなく、その右腕という男の力になろうとしたのだろう。だが、彼は商人。ただ働きはしないのだ。それは彼の矜持であるのだと思う。
そして、マルの情報量は半端ない。少しでも特徴があると、だいたい目をつけている。
だから聞けば、すぐにこれくらいのことは教えてくれるのだ。
つまり、その荷を下ろす先。そこが問題の地なのだと思う。
「御見逸れしました……ホセ……すまん。この方、俺より上手だったわ……」
天を仰いでエルランドは呻いた。そして「もう全部言っちゃおう」と、ホセと呼ばれた彼を促したのだった。
◆
俺の予想はだいたい当たっていた。
ホセというその男は、もともと腕が良く、大店に努める山師であったという。
それがある山の中で遭難し、一度は死んだと思われたらしい。
実際は山で滑落し、足の骨を折って動くに動けなかったのを、山間に住む村人に助けられ、介抱されていたのだという。
「まぁぶっちゃけますと、そこでこいつ、ある女性に惚れ込んでしまいまして……怪我が回復して戻ってからも、山師の仕事の傍らで、ちょくちょくその村に通うようになったらしいんですね。
で、その女性の妊娠を機に、所帯を持つ覚悟を固めて、いざ挑んだんですが……断られたと。
まあその山、いわくつきの山でしてね。罪人の住処だって言われていて、人が基本的に踏み込まない地なんですよ。
良い石も取れる。質も申し分ない。けど、その山のものは手をつけてはいけない決まりになっているそうで、どれだけ質が良くとも取引に応じてもらえない。
とても貧しくて、寂れた村なんですよ。地質の問題で作物を育てるにも難儀する地なのだそうで、自給自足も難しい。
私はホセとは長い付き合いで、彼の目も人間性も信用している。実際その村にも行きましたし、村人にも接しましたけどね、ごく普通の、村でしたよ」
そう言ったエルランドの瞳に、一瞬だけ強い意志がチラついた気がした。
嘘は、見受けられない。ただきちんと言葉にしていない何かはあるのだと思う。
まあそれが縁で、エルランドの道は、その村の間近を通る際、生活に必要な物資を買い付け、届けることが含まれるようになったそうだ。
ホセも断られ続けたものの、通いどおし、子供の出産を機に、なんとか受け入れてもらえたという。
だが……その村の貧しさは、住みだして更に、酷いものだと知った。
近場の村と呼べるものは歩いて三日掛かるほど遠く、交流もほぼ無い。
女性に村を出ることも提案したが、それはできないと言われたそうだ。
地質が仇となって作物を育てるのも難しく、山の恵みに頼る状況。夏場はまだ良いが、冬は本当にギリギリの生活になるらしい。
そんな収入源のない村だ。ホセはほとんど出稼ぎに出ている状態で、家族との時間は少ないそうだ。
売れる石があるのに……。これさえ取引できれば、こんな苦しい思いをさせずに済むのに……。その思いが日々募り、エルランドに相談したということだった。
「とはいえね、もう数年、どうにもできずいたわけです……。
玄武岩は重くてね、あまり遠くにも運べませんし、我々の運べる量は限られます。
大手は当然、あの地に手を出さない。
調べてみたのですけど、かつてあの山は……捨場であったようでしてね。
それが、あの山のものに手をつけない理由であるみたいなんですが……」
捨場……。
貧しい地域にはあると聞く。口減らしのため、病の者や老いた者を置き去りにする地だ。
流石に最近はあまり聞かない言葉であったが、それはセイバーンが、比較的豊かであるからだろう。
顔を俯けたまま、ホセは口をきかない。あまり喋ること自体が得意ではない様子であったし、俺の答えを恐れている故の態度だと思う。
「分かりました。ではまず一度、その石材を見てせいただけますか?
流石にすぐ返答はしかねます。大きな買い物になるのでね」
そう言うと、弾かれたように顔を上げた。
「一応お聞きしたい。貴方の住む村は、セイバーン領内ですか」
その言葉に、また表情が硬くなる。
だったらなんだ。そう叫びたい気持ちをぐっと堪えたのだと思う。
「領内であるなら、我々の管轄に、知らない村があることになる。
その地の特徴からして、納税もされていないのでしょうし、浮き地である場合もありますね。
ああ、納税されていないことを咎めているのではないんですよ。そうではなく、当然庇護も何も受けられない状態であるということですよね?
領内であれば、俺の管轄だと主張できるのですけど……他領であるなら、あまり手出しもできない」
俺の言葉に、ホセは苦しい顔をする。
俺の言うことを信じれるのか……ただ税を課すと言われるだけじゃないのか……庇護なんかしてもらえるのか……色々な思考が頭を混乱させているのだろう。
そのホセに変わり、またエルランドが口を開く。
「見本は用意してあります。ただここにはございません」
話を切りに来たと感じた。
まあそうか。この場で即決できることではないだろう。村の今後を左右しかねない話だからな。
「ああ、良いですよ。では、今の質問も保留にしましょう。
見本の用意、何日ほどかかりますか」
あっさり話を引くと、しばらく沈黙の後「……二日もあれば」と答えが返る。
「分かりました。じゃあ二日後に、また見本を持って、来ていただけますか。
返答も、それまで保留で構いませんから。
ああ、もう一つお聞きしたいのですが……お子さん、一緒にいらっしゃってるんですか?」
俺の問いが急に子供のことに変わったので、また少し、意表をついてしまったらしい。かなり不安に駆られた表情をさせてしまった。
あ、これは別に意図していないのだけどな。ちょっと色々、腹を探りすぎたかもしれない。
「いや、菓子が少々余ってしまいました。
もし父上のお仕事を待って留守番をしているなら、手土産が必要かなと……。よければ持って帰られますか?」
ただの勘だったのだが、なんとなく、同行しているのではないかと思ったのだ。
そう問うと、戸惑われたものの、最後にはこくんと、顎を引く。
「ちょっと待って下さいね」
いそいそと席を立って、執務机に移動する。失敗書類……ああ、これならまあ、見られて困るものでもないな。
「私の従者の故郷では、こんな風にするって話なんですよね」
その失敗書類に机の菓子をひょいひょいと集め、最後に紙をすぼめて捻る。
小さな巾着のようになったそれを、はいとホセに手渡した。
袋や皿を用意しても良かったのだけど、それだと色々気を使われそうな気がしたのだ。
「では二日後、同じ時間で良いですか? またここで、お待ちしています」
微笑んでそう伝えると、戸惑いの拭えないまま部屋を後にする。
最後にエルランドは、ちらりと俺を振り返った。
俺の行動の意味を、考えているのかな?
「他意はないですよ」
一応そう伝えたのだが、もちろんその言葉がそのまま受け取られるわけもなく……意味深な視線で「そうですか」という返事。そして「失礼します。また後日」と、退室していった。
エルランドはというと、そんな男の肩に手をやり「まいりましたね」と、溜息を吐く。
「いつからそんなこと、考えてらっしゃったんです? 私は結構、演技派なんですけどね」
「頭からかな? 貴方はその人を右腕だと俺に言ったのに、名は伏せた。交渉ごとも一人で進めてらっしゃいましたし、金額を確認する時も、安く値を出すその人を、窘めていたように見受けられたので。
相場より安くても良いから取引がしたい……って焦っているなら、何か理由があって正当な取引ができない立場であるのかなぁと。
だけどエルランドさんは、この方がそんな立場に甘んじて良い人だと思っていないんだなぁと。そんな風に読んでたんですけどね」
見ていたままを言葉にすると、二人揃って唖然とした顔になる。
「ま、待ってください……指数までご存知でらっしゃる?」
「一応は。でも早すぎると読み取れませんから、競せりなんかは何やってるのかさっぱりでしたよ」
「競りを見たことまであるんですか⁉︎」
「ものすごい早起きをして、連れていかれましたよ。
あれは眠気も吹き飛びますね。大声のやりとりをしているのに、言ってることはさっぱりだし、実は指で会話しているって言われて、意味不明すぎましたよ」
子供心にも、その不思議な空間がとても面白かったのだ。
彼らが指で何をしているのかを理解したくて、指数も教えてもらったのだけど、結局早すぎて意味不明なままだった。
まさかそれが、ここで役立つとは思っていなかったが。
「もう一つ知っていることがあります。
エルランドさんが通る道。貴方は、その帰り道の出発点ではそれなりの荷を持ってらっしゃる。
けれど、それは途中で降ろしてしまう。だから、途中から空荷になるのですよね。
そこからを埋める商売として、その方と、俺たちの仲介に立とうと考えたのではないですか?」
無論、それだけではなく、その右腕という男の力になろうとしたのだろう。だが、彼は商人。ただ働きはしないのだ。それは彼の矜持であるのだと思う。
そして、マルの情報量は半端ない。少しでも特徴があると、だいたい目をつけている。
だから聞けば、すぐにこれくらいのことは教えてくれるのだ。
つまり、その荷を下ろす先。そこが問題の地なのだと思う。
「御見逸れしました……ホセ……すまん。この方、俺より上手だったわ……」
天を仰いでエルランドは呻いた。そして「もう全部言っちゃおう」と、ホセと呼ばれた彼を促したのだった。
◆
俺の予想はだいたい当たっていた。
ホセというその男は、もともと腕が良く、大店に努める山師であったという。
それがある山の中で遭難し、一度は死んだと思われたらしい。
実際は山で滑落し、足の骨を折って動くに動けなかったのを、山間に住む村人に助けられ、介抱されていたのだという。
「まぁぶっちゃけますと、そこでこいつ、ある女性に惚れ込んでしまいまして……怪我が回復して戻ってからも、山師の仕事の傍らで、ちょくちょくその村に通うようになったらしいんですね。
で、その女性の妊娠を機に、所帯を持つ覚悟を固めて、いざ挑んだんですが……断られたと。
まあその山、いわくつきの山でしてね。罪人の住処だって言われていて、人が基本的に踏み込まない地なんですよ。
良い石も取れる。質も申し分ない。けど、その山のものは手をつけてはいけない決まりになっているそうで、どれだけ質が良くとも取引に応じてもらえない。
とても貧しくて、寂れた村なんですよ。地質の問題で作物を育てるにも難儀する地なのだそうで、自給自足も難しい。
私はホセとは長い付き合いで、彼の目も人間性も信用している。実際その村にも行きましたし、村人にも接しましたけどね、ごく普通の、村でしたよ」
そう言ったエルランドの瞳に、一瞬だけ強い意志がチラついた気がした。
嘘は、見受けられない。ただきちんと言葉にしていない何かはあるのだと思う。
まあそれが縁で、エルランドの道は、その村の間近を通る際、生活に必要な物資を買い付け、届けることが含まれるようになったそうだ。
ホセも断られ続けたものの、通いどおし、子供の出産を機に、なんとか受け入れてもらえたという。
だが……その村の貧しさは、住みだして更に、酷いものだと知った。
近場の村と呼べるものは歩いて三日掛かるほど遠く、交流もほぼ無い。
女性に村を出ることも提案したが、それはできないと言われたそうだ。
地質が仇となって作物を育てるのも難しく、山の恵みに頼る状況。夏場はまだ良いが、冬は本当にギリギリの生活になるらしい。
そんな収入源のない村だ。ホセはほとんど出稼ぎに出ている状態で、家族との時間は少ないそうだ。
売れる石があるのに……。これさえ取引できれば、こんな苦しい思いをさせずに済むのに……。その思いが日々募り、エルランドに相談したということだった。
「とはいえね、もう数年、どうにもできずいたわけです……。
玄武岩は重くてね、あまり遠くにも運べませんし、我々の運べる量は限られます。
大手は当然、あの地に手を出さない。
調べてみたのですけど、かつてあの山は……捨場であったようでしてね。
それが、あの山のものに手をつけない理由であるみたいなんですが……」
捨場……。
貧しい地域にはあると聞く。口減らしのため、病の者や老いた者を置き去りにする地だ。
流石に最近はあまり聞かない言葉であったが、それはセイバーンが、比較的豊かであるからだろう。
顔を俯けたまま、ホセは口をきかない。あまり喋ること自体が得意ではない様子であったし、俺の答えを恐れている故の態度だと思う。
「分かりました。ではまず一度、その石材を見てせいただけますか?
流石にすぐ返答はしかねます。大きな買い物になるのでね」
そう言うと、弾かれたように顔を上げた。
「一応お聞きしたい。貴方の住む村は、セイバーン領内ですか」
その言葉に、また表情が硬くなる。
だったらなんだ。そう叫びたい気持ちをぐっと堪えたのだと思う。
「領内であるなら、我々の管轄に、知らない村があることになる。
その地の特徴からして、納税もされていないのでしょうし、浮き地である場合もありますね。
ああ、納税されていないことを咎めているのではないんですよ。そうではなく、当然庇護も何も受けられない状態であるということですよね?
領内であれば、俺の管轄だと主張できるのですけど……他領であるなら、あまり手出しもできない」
俺の言葉に、ホセは苦しい顔をする。
俺の言うことを信じれるのか……ただ税を課すと言われるだけじゃないのか……庇護なんかしてもらえるのか……色々な思考が頭を混乱させているのだろう。
そのホセに変わり、またエルランドが口を開く。
「見本は用意してあります。ただここにはございません」
話を切りに来たと感じた。
まあそうか。この場で即決できることではないだろう。村の今後を左右しかねない話だからな。
「ああ、良いですよ。では、今の質問も保留にしましょう。
見本の用意、何日ほどかかりますか」
あっさり話を引くと、しばらく沈黙の後「……二日もあれば」と答えが返る。
「分かりました。じゃあ二日後に、また見本を持って、来ていただけますか。
返答も、それまで保留で構いませんから。
ああ、もう一つお聞きしたいのですが……お子さん、一緒にいらっしゃってるんですか?」
俺の問いが急に子供のことに変わったので、また少し、意表をついてしまったらしい。かなり不安に駆られた表情をさせてしまった。
あ、これは別に意図していないのだけどな。ちょっと色々、腹を探りすぎたかもしれない。
「いや、菓子が少々余ってしまいました。
もし父上のお仕事を待って留守番をしているなら、手土産が必要かなと……。よければ持って帰られますか?」
ただの勘だったのだが、なんとなく、同行しているのではないかと思ったのだ。
そう問うと、戸惑われたものの、最後にはこくんと、顎を引く。
「ちょっと待って下さいね」
いそいそと席を立って、執務机に移動する。失敗書類……ああ、これならまあ、見られて困るものでもないな。
「私の従者の故郷では、こんな風にするって話なんですよね」
その失敗書類に机の菓子をひょいひょいと集め、最後に紙をすぼめて捻る。
小さな巾着のようになったそれを、はいとホセに手渡した。
袋や皿を用意しても良かったのだけど、それだと色々気を使われそうな気がしたのだ。
「では二日後、同じ時間で良いですか? またここで、お待ちしています」
微笑んでそう伝えると、戸惑いの拭えないまま部屋を後にする。
最後にエルランドは、ちらりと俺を振り返った。
俺の行動の意味を、考えているのかな?
「他意はないですよ」
一応そう伝えたのだが、もちろんその言葉がそのまま受け取られるわけもなく……意味深な視線で「そうですか」という返事。そして「失礼します。また後日」と、退室していった。
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