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祝賀会 3
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暫くすると、サヤが戻ったのか、コンコンと扉が叩かれた。
ハインが対応に出ると、意外な人物が同行していた。
「草⁉︎……またなんで給仕の格好……」
「護衛かねて潜伏してンのに決まってンだろ」
小綺麗な服装で、いつもはざんばらであることが多い髪も整えられている。
草の有能さはよく理解していたつもりであったけれど、こんな風にしてると本当に兇手だなんて思わない。
マルの指示なんだろうなぁ。万が一を考えてくれているのだろう。
「一応、あんた付きの給仕だ。なンかありゃ言え。
まあ、武器の携帯は流石にできねぇンでな、小刀程度しか持ってねぇけど」
「……それ隠し持ててる意味が分からないけどな……」
こういった場だ。当然武器の所持は許されていない。
だから俺も今日は、無駄に重い長剣を身に付けていないわけだが、検査もあったはずなのに小刀は有しているという草が凄すぎる。
「で、警戒しとく相手とかあれば聞いとけって指示なンだけど?」
「ああ、この書類にひとまとめにしてあるみたいだ」
「ちょっと見せろ」
先ほどレブロンから受け取った書類を渡す。
ざっと視線を通した草は、あっさりとそれを俺に突き返した。
「分かった。あと半時間ほどしたらまた呼びに来る」
「ああ、頼む」
「あとな、今晩終わったら、顔を出すってよ」
「ん?」
「頭だ。部屋に行く」
あ、胡桃さんか。どうやら連絡が取れたらしい。
部屋というのは、バート商会の俺の自室で良いのだろうか……? まあ、セイバーンに戻るのは無理な話だし、それで良いんだろう、うん。
サヤが貰ってきてくれた、温かいお茶を飲んで、暫く気持ちを落ち着けるに努めた。
ここからは、演技力を問われる。
相手は貴族でないにしろ、商人だ。それなりにこちらの内心を読んでくるだろうし、隙を伺っているだろう。
だが俺は、長くバート商会で世話になった。ただそこいらの貴族よりは、彼らの仕事を……内情を理解しているつもりだ。それを上手く利用する。多分俺も、貴族とはいえ成人前だと侮られているだろうから、そういった風に振舞えば、逆に隙を捉えることができるはずだ。
「あの……」
「静かに。集中してるだけです。
心配しなくとも大丈夫ですよ、ああ見えて得意分野です」
ハインとサヤが何かやりとりしているのを思考の端で捉えつつも、それは次第に遠退いた。
社交の場は戦場と同じだ。だから、今までとは違う。だが、神経を張り巡らせる範囲が違うだけだ。そのためのことは、充分学んだ。
そして、どんな俺が望まれるかを定める。そのように演じるために、思考を組み立てる。
「そろそろだ」
草の知らせを受けて、席を立った。
サヤを左側の腕に誘い、扉に足を向ける。ハインは反対側、斜め後ろに付き従う。
「草、今はどう呼べば良い」
「レオンだ」
「レオン、基本的に、殺意以外はこちらに任せて貰えれば良い。私で対処できる。
護衛よりも、諜報を頼みたい。できるだけ動き回って、興味深げな話は拾ってほしい。そうだな。例えば……昼間の、商業広場についての話題は特に欲しい」
「分かった」
良い意味で頭が冴えていた。
久しぶりだ。上手く集中できている時の、視野と思考が広がっている感覚。
左腕に捕まるサヤが、しきりと俺を見上げてくるから、安心させる為ににこりと笑い掛けておいた。
うん、気持ち的な余裕もある。大丈夫だ、いける。
扉を開いた草が、一礼して中に入る。少し待って、俺もそれに続いた。会場に散らばった人が、皆頭を下げている中、足を進める。
「皆、面をあげてくれ」
席に着き、おきまりの文句を口にし、意識して口角を引き上げ、本日の戦いを開始した。
◆
司会役の口上を聞き、今年の氾濫対策の経過報告が行われた。氾濫対策の先に続く交易路計画が発表され、連名の責任者としてアギー家のクリスタ様の名が紹介され……といった感じに、進む。
俺はその間中特にすることが無い。会場に視線をやり、たまに微笑み、隙があれば、隣の席に座るサヤに声を掛けた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
「聞こえる話は、冗談半分と考えて、聞き流せば良いよ。品定めをされる場だから、聞こえないのを良いことに、好き勝手、口にしているだけだ」
耳が良いサヤのことだから、会場のざわめきの中から、色々拾ってしまっていると思ったので、そう声を掛けておく。
「夜会は、二つの側面があるんだ。
一つ目は、交渉の場。普段知り合えない者に会えるからね。色々な商談がまとめられることが多い。
二つ目は、婚姻……身内の結婚相手を探す場なんだよ。社交場だからね。
まあ、祝賀会が主だから、今の二つは副産物だと思っていればいいよ」
サヤにだけ聞こえる小声で伝える。
俺の品定めで済めば良いが、サヤにとって宜しくない内容も含まれているかもしれない。だから、心配しなくて良いと、伝えるつもりで口にした。
「今回はカメリアが俺の横にいてくれるから、特に二つ目は俺には関係ない。とはいえ、たぶんそのネタで絡んでくる者もいると思うから、気を悪くしないでくれ。
絡んで来ても、俺はサヤしか眼中にないって話をするだけだから」
「あ、あの……はい。分かってますから……」
何故かサヤが上ずった小声で遮る。
視線をやると、サヤは口元に手の甲をやっていて「は、恥ずかしいです……」という小声の呟きが、かろうじて耳に届いた。
会場のざわめきすら大きくなった気がして慌てた。
頬を染めて俯く姿がものすごく愛らしかったから。
……ま、まぁ……睦み合っていると見えるだろうし、ある意味良い演技になった。うん。たぶん。絶対そうだ。
そんな風にしながら会は進み、俺も一度簡単な挨拶を口にする。
面識の無い女性の視線はあえて無視して、会場で見つけたルカや、警護に来てくれている見知った衛兵らに視線を送った。結構来てるな、有難い。あとで一言でも良いから、お礼を伝える時間があれば良いのだけど……。
一通り予定が消化され、会場に楽団が呼ばれた。
演奏が始まり、皆が席を立つ。机や椅子は壁際に移動され、そこからはただ夜会の要素が強くなる。
俺はサヤを伴って、挨拶へとやってくる面々に対処することとなった。ハインも当然背後にいて、睨みを利かせていると思われる。
「レイ様! 久しぶりだな」
「やあルカ、元気そうで良かった。雨季の間は恙なく過ごしていたかい?」
「俺の心配より自分の心配だろうが。っと……し、心配……ですよ……でしょう?」
「ははっ、今は良い。貴族はどうせ私だけだろう?」
「レイ様、甘やかさないで下さい。いつまでたっても身に付かないです」
「ウーヴェも相変わらず大変だな」
一番に来てくれたのは二人で、たぶん順番とか考えないルカを止めにウーヴェが巻き込まれた感じだろうなぁと見当をつける。
ルカは赤みの強い小綺麗な服装で、普段よりかなりキッチリして見える。ウーヴェは相変わらずの黒服だった。
まあ、俺としては嬉しいだけで、何の問題も無いので、ただ会話を楽しむことにする。
「今日はちょっと、堅苦しい喋り方をするが、あまり気にするな」
「あぁ、大店会議の時のレイ様見参だな。普段より男前……イデッ!」
「本当のことだけどな、お前はもうちょっと口を慎め」
ずんずんと大股でやって来たギルがそう言って、ルカの頭に落とした拳をグリグリと抉る。
本当のことってお前な……と、思いつつも、貴族らしく爽やかに笑っておく。
「やあギル、園の蝶や蜂は如何なものかな」
「そうですね……四割は散りましたが、思うように捗ってはおりません。ただ、まあ行動に移すのはほんの一握りでしょう」
「……旦那、何語喋ってんだ?」
「これが本来の貴族とのやりとりだ、馬鹿」
「ルカも聞いて少し慣れておく方が良い。これからあの事業で、貴族が絡むことも増えるからね」
「えぇ? 聞いてて分かるようになんのか? 嘘だろ?」
嫌そうな顔をして一歩引いたルカが「あれ、サヤ坊は護衛じゃねぇの?」と、唐突にギルに問うた。
一瞬言い淀んだギルだったが……。
「……マルの看病に残ってる」
と、とっさの言い訳を口にする。
少し挙動不審気味になっているのは、急な問いに焦ってしまったのだろう。ルカの背後で、ウーヴェも強張った表情をしているものだから、助け舟を出すことにした。
「ルカ、サヤはまだ十四だから。ここには流石に連れてこれない」
「あぁ、そういやそうかぁ。あいつまだガキだもんなぁ。夜会は早いか」
カカと笑ってルカが納得する。単純で良かった……。そう思ったのだが、次の瞬間真っ赤になってガチガチに固まった。
視線が、俺の左側に一点集中していた。
ハインが対応に出ると、意外な人物が同行していた。
「草⁉︎……またなんで給仕の格好……」
「護衛かねて潜伏してンのに決まってンだろ」
小綺麗な服装で、いつもはざんばらであることが多い髪も整えられている。
草の有能さはよく理解していたつもりであったけれど、こんな風にしてると本当に兇手だなんて思わない。
マルの指示なんだろうなぁ。万が一を考えてくれているのだろう。
「一応、あんた付きの給仕だ。なンかありゃ言え。
まあ、武器の携帯は流石にできねぇンでな、小刀程度しか持ってねぇけど」
「……それ隠し持ててる意味が分からないけどな……」
こういった場だ。当然武器の所持は許されていない。
だから俺も今日は、無駄に重い長剣を身に付けていないわけだが、検査もあったはずなのに小刀は有しているという草が凄すぎる。
「で、警戒しとく相手とかあれば聞いとけって指示なンだけど?」
「ああ、この書類にひとまとめにしてあるみたいだ」
「ちょっと見せろ」
先ほどレブロンから受け取った書類を渡す。
ざっと視線を通した草は、あっさりとそれを俺に突き返した。
「分かった。あと半時間ほどしたらまた呼びに来る」
「ああ、頼む」
「あとな、今晩終わったら、顔を出すってよ」
「ん?」
「頭だ。部屋に行く」
あ、胡桃さんか。どうやら連絡が取れたらしい。
部屋というのは、バート商会の俺の自室で良いのだろうか……? まあ、セイバーンに戻るのは無理な話だし、それで良いんだろう、うん。
サヤが貰ってきてくれた、温かいお茶を飲んで、暫く気持ちを落ち着けるに努めた。
ここからは、演技力を問われる。
相手は貴族でないにしろ、商人だ。それなりにこちらの内心を読んでくるだろうし、隙を伺っているだろう。
だが俺は、長くバート商会で世話になった。ただそこいらの貴族よりは、彼らの仕事を……内情を理解しているつもりだ。それを上手く利用する。多分俺も、貴族とはいえ成人前だと侮られているだろうから、そういった風に振舞えば、逆に隙を捉えることができるはずだ。
「あの……」
「静かに。集中してるだけです。
心配しなくとも大丈夫ですよ、ああ見えて得意分野です」
ハインとサヤが何かやりとりしているのを思考の端で捉えつつも、それは次第に遠退いた。
社交の場は戦場と同じだ。だから、今までとは違う。だが、神経を張り巡らせる範囲が違うだけだ。そのためのことは、充分学んだ。
そして、どんな俺が望まれるかを定める。そのように演じるために、思考を組み立てる。
「そろそろだ」
草の知らせを受けて、席を立った。
サヤを左側の腕に誘い、扉に足を向ける。ハインは反対側、斜め後ろに付き従う。
「草、今はどう呼べば良い」
「レオンだ」
「レオン、基本的に、殺意以外はこちらに任せて貰えれば良い。私で対処できる。
護衛よりも、諜報を頼みたい。できるだけ動き回って、興味深げな話は拾ってほしい。そうだな。例えば……昼間の、商業広場についての話題は特に欲しい」
「分かった」
良い意味で頭が冴えていた。
久しぶりだ。上手く集中できている時の、視野と思考が広がっている感覚。
左腕に捕まるサヤが、しきりと俺を見上げてくるから、安心させる為ににこりと笑い掛けておいた。
うん、気持ち的な余裕もある。大丈夫だ、いける。
扉を開いた草が、一礼して中に入る。少し待って、俺もそれに続いた。会場に散らばった人が、皆頭を下げている中、足を進める。
「皆、面をあげてくれ」
席に着き、おきまりの文句を口にし、意識して口角を引き上げ、本日の戦いを開始した。
◆
司会役の口上を聞き、今年の氾濫対策の経過報告が行われた。氾濫対策の先に続く交易路計画が発表され、連名の責任者としてアギー家のクリスタ様の名が紹介され……といった感じに、進む。
俺はその間中特にすることが無い。会場に視線をやり、たまに微笑み、隙があれば、隣の席に座るサヤに声を掛けた。
「大丈夫?」
「は、はい……」
「聞こえる話は、冗談半分と考えて、聞き流せば良いよ。品定めをされる場だから、聞こえないのを良いことに、好き勝手、口にしているだけだ」
耳が良いサヤのことだから、会場のざわめきの中から、色々拾ってしまっていると思ったので、そう声を掛けておく。
「夜会は、二つの側面があるんだ。
一つ目は、交渉の場。普段知り合えない者に会えるからね。色々な商談がまとめられることが多い。
二つ目は、婚姻……身内の結婚相手を探す場なんだよ。社交場だからね。
まあ、祝賀会が主だから、今の二つは副産物だと思っていればいいよ」
サヤにだけ聞こえる小声で伝える。
俺の品定めで済めば良いが、サヤにとって宜しくない内容も含まれているかもしれない。だから、心配しなくて良いと、伝えるつもりで口にした。
「今回はカメリアが俺の横にいてくれるから、特に二つ目は俺には関係ない。とはいえ、たぶんそのネタで絡んでくる者もいると思うから、気を悪くしないでくれ。
絡んで来ても、俺はサヤしか眼中にないって話をするだけだから」
「あ、あの……はい。分かってますから……」
何故かサヤが上ずった小声で遮る。
視線をやると、サヤは口元に手の甲をやっていて「は、恥ずかしいです……」という小声の呟きが、かろうじて耳に届いた。
会場のざわめきすら大きくなった気がして慌てた。
頬を染めて俯く姿がものすごく愛らしかったから。
……ま、まぁ……睦み合っていると見えるだろうし、ある意味良い演技になった。うん。たぶん。絶対そうだ。
そんな風にしながら会は進み、俺も一度簡単な挨拶を口にする。
面識の無い女性の視線はあえて無視して、会場で見つけたルカや、警護に来てくれている見知った衛兵らに視線を送った。結構来てるな、有難い。あとで一言でも良いから、お礼を伝える時間があれば良いのだけど……。
一通り予定が消化され、会場に楽団が呼ばれた。
演奏が始まり、皆が席を立つ。机や椅子は壁際に移動され、そこからはただ夜会の要素が強くなる。
俺はサヤを伴って、挨拶へとやってくる面々に対処することとなった。ハインも当然背後にいて、睨みを利かせていると思われる。
「レイ様! 久しぶりだな」
「やあルカ、元気そうで良かった。雨季の間は恙なく過ごしていたかい?」
「俺の心配より自分の心配だろうが。っと……し、心配……ですよ……でしょう?」
「ははっ、今は良い。貴族はどうせ私だけだろう?」
「レイ様、甘やかさないで下さい。いつまでたっても身に付かないです」
「ウーヴェも相変わらず大変だな」
一番に来てくれたのは二人で、たぶん順番とか考えないルカを止めにウーヴェが巻き込まれた感じだろうなぁと見当をつける。
ルカは赤みの強い小綺麗な服装で、普段よりかなりキッチリして見える。ウーヴェは相変わらずの黒服だった。
まあ、俺としては嬉しいだけで、何の問題も無いので、ただ会話を楽しむことにする。
「今日はちょっと、堅苦しい喋り方をするが、あまり気にするな」
「あぁ、大店会議の時のレイ様見参だな。普段より男前……イデッ!」
「本当のことだけどな、お前はもうちょっと口を慎め」
ずんずんと大股でやって来たギルがそう言って、ルカの頭に落とした拳をグリグリと抉る。
本当のことってお前な……と、思いつつも、貴族らしく爽やかに笑っておく。
「やあギル、園の蝶や蜂は如何なものかな」
「そうですね……四割は散りましたが、思うように捗ってはおりません。ただ、まあ行動に移すのはほんの一握りでしょう」
「……旦那、何語喋ってんだ?」
「これが本来の貴族とのやりとりだ、馬鹿」
「ルカも聞いて少し慣れておく方が良い。これからあの事業で、貴族が絡むことも増えるからね」
「えぇ? 聞いてて分かるようになんのか? 嘘だろ?」
嫌そうな顔をして一歩引いたルカが「あれ、サヤ坊は護衛じゃねぇの?」と、唐突にギルに問うた。
一瞬言い淀んだギルだったが……。
「……マルの看病に残ってる」
と、とっさの言い訳を口にする。
少し挙動不審気味になっているのは、急な問いに焦ってしまったのだろう。ルカの背後で、ウーヴェも強張った表情をしているものだから、助け舟を出すことにした。
「ルカ、サヤはまだ十四だから。ここには流石に連れてこれない」
「あぁ、そういやそうかぁ。あいつまだガキだもんなぁ。夜会は早いか」
カカと笑ってルカが納得する。単純で良かった……。そう思ったのだが、次の瞬間真っ赤になってガチガチに固まった。
視線が、俺の左側に一点集中していた。
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