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最後の詰め 2

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 そのまま作戦会議となり、近衛のいる借家に使いが走った。
 部隊の班長が呼ばれ、応接室でそのまま作戦会議が始まる。
 リカルド様の部屋で眠る二人は、武器を回収され、部屋に監禁。近衛の者が見張りに立っている。起きたら驚くことだろう。

 姫様の希望で、確実な叛意を確認したいとなった。
 彼女なりのけじめであるのだろう。本来なら、そのまま有無を言わさず斬り捨てることも可能であるのだが、そうはしないという。

「有耶無耶のままでは野望を捨てられぬだろう?
 だから、はっきりと心を折っておく。それをこの目で確認する。
 これは私のけじめだ」

 そう言われれば、従うしかない。
 けれど、姫様の提案に、ルオード様が猛然と否を示した。

「承知などできるわけがません!
 万が一のことがあった場合、どうされるのです⁉︎」

 森の部隊を制圧する作戦に、姫様自身が同行すると言ったのだ。
 リカルド様もふざけてるのか⁉︎   と、ご立腹だ。

「何を言う、必要であろうが。私が立ち会わずしてどうするという。
 私には武の嗜みもある。そこいらの姫と一緒にするな」
「貴女は唯一のお立場でしょう⁉︎」

 必死で訴えるルオード様。
 姫様本人を前線に出すなど、とんでもないことだ。
 二年前であれば、俺が替え玉としてその役を担えたのだけれど、いかんせん、無駄に背が伸び過ぎてもう無理だった。
 嫌な予感がする……そう思っていたら。

「あの、私が替え玉をします」
「サヤ……」

 その予感は的中した。言い出すと、思ったんだ……。

「武術の心得もございます。背格好だって似ておりますし、雨除け外套で顔も隠れます。この中では私が適任です」
「サヤ、これは、命懸けのことなんだ!   姫様の代わりをするということは、何かあった時、サヤが的になるってことなんだぞ⁉︎」

 必死でそう訴えたが、彼女がそれを聞くとは、思っていなかった。

「お役に立ちます。大丈夫、無理はしません」

 決意した顔で、凛とそう言う。
 駄目だ、サヤ一人をやるだなんて……そんなことはさせられない!
  
 血を流す争いとなるかもしれない。
 サヤが傷つくこともだが、サヤが誰かを傷つけることもだが、サヤを、血みどろの争いに巻き込みたくなかった。
 彼女は強い。それは確かにそうだけど、それは武術的なことだけだ。心は、違う。
 しかも彼女は無手なのだ。二十人近い武人の中に、身一つで立たせるなど、とんでもない!
 誰もが武器を所持しない彼女の国で、血を流す争いは滅多に無いだろう。彼女にその覚悟をさせるのか?   今までの比じゃない、殺し合いの場になるかもしれないんだ!
 そんなことは、絶対に、させてはいけない!
 なのに……、

「私は、自分で決めるんです。
 ここに関わることを、私が決めました。
 貴方がなんて言おうと、聞きません」

 きっぱりとそう言われてしまった。
 強い意志のこもった瞳が、俺を真っ直ぐ見据える。

「レイシール様の大切な方は、私にとってもそうです。
 他に背格好の似た者はおりませんし、姫様がいらっしゃらないと困るのも事実でしょう?
 なら、私は私のやれることをやります」

 サヤを姫様に仕立てる為に、姫様の衣装が用意された。
 細身の女性に扮するのだから、服が身体に合わないかもしれない。皆はそう心配したのだが……。

「大丈夫です。目算では入ります」

 サヤはそう言い、衣装を受け取った。
 リーカ様が手伝うと仰られたが、着替えは一人で行うとサヤは言った。
 性別を隠さなければならないので、どうしたってそうなる。
 不審そうな顔をするリカルド様だったが、ルオード様が事情があるのですと庇って下さった。

「あの……少し、サヤと話をしてきます」

 姫様の衣装は背中に釦のあるものであったから、どうしたって手伝いが必要だろう。
 しかし、ルーシーも帰してしまったし、手伝える者がいない。
 なので仕方なく、そう言って共に、部屋を出た。

 サヤの部屋で、サヤの着替えを待つ。
 サヤは衣装を持って寝室へ消えた。
 俺とハインは、部屋の長椅子で待機だ。
 二人して無言で、ただ待った。ハインも、少々眉間にシワがよっており、怖い顔になっている。
 サヤのことを心配しているのだろう……そう考えていたら、

「……レイシール様、草を、呼びましょう」

 急にそう、声を掛けられてびっくりした。
 獣人を嫌悪するハインは、自ら彼らと関わろうとしない。なのに、そう口にしたからだ。

「サヤのことが、心配なのでしょう?
 ならば、彼らに影ながら、補佐してもらえば如何ですか。
 不殺の約定がありますから、そう踏み込んだことは、出来ないと思いますが……」

 それでも、多少は違うだろうと、言った。

「ああ、そうだな……ありがとう、そうしよう」

 露台で笛を吹くと、近くに控えていたのか、サッと現れる。
 事情を説明すると、不敵に笑った。

「ああ、やっとそれっぽい仕事だ。良いぜ、守ってやンよ」
「不殺は守るんだぞ。間違っても、先走ったことはしないでくれ」

 先程、約定の穴を利用し、長老を弑して来ようとしたことを言うと、バツが悪そうにそっぽを向く。

「分かってらぁな……。で、予定は明日早朝だな?」
「ああ、知らせは……」
「笛を吹いてくれりゃ良い」

 そう言ってまた闇に消える。
 草のおかげで、少しだけ、塞いでいた気持ちが楽になった。

「あの、レイシール様……手を貸して頂けますか」

 室内に戻ると、寝室から顔だけ覗かせたサヤが、申し訳なさそうに言う。
 化粧が変わっていた。顔は極力白く見えるよう白粉がはたかれ、逆に唇は、冴えた赤色に。目元も女性らしく整えられていて、とても美しい。

「ルーシーさんに、頂いたものがあって助かりました」

 真っ赤な唇を凝視していた俺に、その赤い唇を笑みの形にしたサヤが言う。

「申し訳ありません。やっぱり……どうしても背中の、真ん中あたりの釦に、手が届かなくて……」
「レイシール様、お願いします」

 俺が何か言う前に、ハインがサッとそう言い、足早に長椅子まで退避してしまう。
 いやまぁ……やぶさかではないんだが……なんか、意図を感じてしまうな……こいつ、本当は何か、察してるのか?
 そう思いつつも、サヤが一番慣れているのは俺であるだろうし……と、寝室に足を向ける。
 扉は開けたままにした。
 俺と密室にするというのもなんかその……いけない気がしたのだ。

「申し訳ありません……三つくらい、残っているかと」
「ああ、うん。今とめるから」

 衣装の間からサヤの素肌がのぞいているものだから、正直目のやり場に困る……。
 とはいえ、この美しく着飾った姿で、危険な場に赴くのだと思うと、無性に不安が膨れ上がってくる……。

「……サヤはなんで、こんなことに、首を突っ込むかな……」

 つい愚痴りたくなったのは、許してほしい……。

「危険だって言っても、考え直してはくれないの?」
「ええ。決めましたから。それに、危険なのは万が一の場合だけです。近衛の方々だって一緒にいますし、私は姫様として、守られているんですよ?そうそう危険なことなんて、ありませんよ」

 サヤの借りた衣装は、灰色の、全身を覆い隠すものだった。
 首までかっちりと詰まっていて、全体に刺繍が施された豪奢なものだ。
 身体の曲線にぴったりと添い、まるでサヤのためにあつらえた様に美しい。
 その身体を見ていて、ふと気付いた。

「……サヤ、痩せた?」
「あ、そうですね。私の世界にいた時より、格段に運動量が多いですから、少し痩せたか……引き締まったのかもしれません」

 前、補整着を借りていた時、少し小さかったと言っていた。
 その補整着は、多分姫様のもので、サヤは体に合わなかった為、腰の皮がめくれてしまったのだ。
 なのに今、姫様の衣装が、問題無く着れている。

 酷く、無理をさせてしまっている気がした。
 サヤは学舎に通っているくらい、お嬢様なのだと思う。あれだけの知識を身につける、学びの場。
 祖母と二人きりで暮らしていると言ったが、ひっくり返せば、祖母と二人で生活しつつでも、学舎に通えるゆとりがあるということだ。
 出会った頃から、サヤの手足はしなやかで、指先まで綺麗だった。生活に苦労していない者の手だ。
 今は……今はきっと、違う。
 この美しい衣装の下に、刃物の傷まである。もし、これ以上の怪我を、彼女に負わせてしまったら……。心を傷つけるような光景を、見せてしまったら……!

 そんな風に考え出してしまった時、くるりとサヤが、振り返った。

「そんな顔してる思うた」

 少し怒った顔で、そう言って、俺を睨め上げる。

「私の世界の学校は、座学が多い。
 乗り物が沢山あるし、速く移動できるから、それを利用することも多い。せやから、歩くこと自体が、元から少ない。
 ただそれだけのことや」

 ただそれだけと言う。
 だけど違う。それくらい、生活が激変しているということだ。
 苦しかったり、辛かったりしないのだろうか。逃げ出してしまいたくなったりしないのだろうか。俺が見ていない場所で、苦しんでいるんじゃないか。そんな不安にかられると、どうしても歯止めがきかない。
 無理をさせている。そんなサヤに今度は、酷い戦場を見せることになるかもしれない。長老の出方次第……その可能性は、決して低くないのだ。

「レイ」

 そんなどうしようもない俺に、サヤは微笑む。

「レイの大切なもんやろ。それ守ろうて思うんは、当たり前や。
 私、レイの罰と戦うて、言うたやろ」
「それはもう、しなくていい!
 俺はもう、充分得たから……もう、本当に……」

 そう言うと、サヤは俺の両手を握った。

「まだや。レイはまだ何も、言うてへん」

 そう言って、瞳を覗き込むようにして、見上げてきた。

「レイの口からまだ何も、欲しいって、聞いてへん。
 レイ自身は何も欲しがってへん。
 せやからまだ私、納得出来ひん」

 これ以上、何を望めって言うんだ……?
 俺の欲して良いものは、もう、充分得たと思うのだ。
 後は、俺が求めてはいけないものだ。
 そう思うのに、サヤは言うのだ。

「全部が全部、手に入らへんのは、仕方がない思う。
 けど、望むことだけは、自由やろ?
 レイは、それもしいひん。
 せやから納得いかへんの」

 望んでも得られない。俺にとってそれは、苦痛だ。
 俺のそんな考えを読んだかの様に、サヤは言葉を続ける。

「誰にとっても、苦しい。それは、みんな同じや。
 せやからいうて、望まへんかったら……何もないんやで?
 苦しいても、望むことをやめたらあかん。幸せになることを望まんのは、違う。
 レイが、自分の口で欲しいって、言わなあかん。
 そうせえへんと、レイは一生、何も手に入らへん」

 そう言うサヤの瞳は、まるで星を宿しているかの様だった。
 彼女だって、色々辛い経験を重ねているのに、こんな風に前を向くのだ。
 ずっと足掻き続けている、強くてしなやかな精神。
 今だってそうだ。何故そうも、前を見ていられるのだろう。
 だけどそれは……サヤ自身が、必死で磨いて育てた強さだ。
 この娘のこの輝きを失わせたくないと、強く想った。

「お願いだ、一番安全な場所にいてくれ……」
「心配せんでも、そないなる。姫様役やで?   それに、草さんも居てくれてはるんやし、滅多なことにはならへん」

 そう笑って、雨除けの外套を、衣装の上から纏った。
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