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最後の詰め 1

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 リカルド様は力が抜けた様子で、足元に視線を落としたままだった。
 なので、言葉を続ける。

「ヴァーリンの世代交代をして頂きます。御領主様は、退位が望ましいかと。
 次の領主様は、順当であればハロルド様ですよね?   ならば、それで良い。
 長老様は、これからの対処となりますが、姫様の同意を得まして、拘束、蟄居でしょうか」

 ちらりと執務室の隣、応接室に視線をやりつつ、俺は考えを述べる。
 反応がないし、それで良いということなのだと思う。

「王家の方は短命である。ということについてなのですが……。
 こちらは逆に、根拠がないのです。本来ならば、寿命に影響は及ばない筈なので……。
 ですからこれは純粋に、お身体に負担を掛けすぎているのだと思うのですよね。
 姫様を王とし、その上でお守りする為に、環境も改善しなければなりません。
 俺は、王家の方がどの様な暮らしをなさっているかが分かりませんから、なんとも言えないのですが……、少なくとも、負担を減らすこと自体は、できると思います。
 姫様を王とすること……国王様にとっては、辛い選択であると思うのです……。ですが、病の駆逐の為にも、白き方である姫様自身が王となり、采配を振るうべきだ」

 ルオード様なら、間違いなく、姫様の負担を配慮した動きが出来ると思う。
 陽の光や、強すぎる灯。そういったものをある程度意識するだけでも、格段に違う筈だ。
 姫様は、あの客間を過ごしやすいと仰っていた。なら、あの部屋に施したことを、王城に取り入れれば良い。

「そんな感じで如何ですか」

 そう問うと「……白く生まれた者はどうなる」という、硬い声。
 首を傾げて、その問いの意味を暫く考えた。……?   特に問題は、無い様に思う。

「どうもなにも……ただ王家の方と同じ病に罹患されているだけです。
 王家の白を根絶することを目指すからには、なんの害もない。
 それは特に、問題視されないと思いますよ?」

 そう答えた俺に、リカルド様は面食らった顔で、俺を見る。
 口封じとか、監禁とか、そういった手段を選ぶと思われていたのかな?
 だが、言ったまま、その通りの意味で、白く生まれたことにはなんの意味もない。

「それよりも、これからが大変です。
 尊き白と言われるあれを、病だと公表しなければならない。
 国は揺らぎますよ。特別な象徴であっただけに。
 リカルド様には、その問題への対処をお願いしたいのです。
 姫様を、お守り頂けませんか……。エレスティーナ様の遺言には背くことになるかもしれませんが……本当の意味で姫様をお守りする、正しい形なのではないかと、俺は思うのです」

 エレスティーナ様が、姫様の願いを知っていたならば、そんなご遺言は残さないのではと思うのだ。
 たった十四年で終わってしまった、儚い方。まだ子供であったのだ……。大切な妹を守る為に、思いつくことを必死で仰っただけなのかもしれない。

「斑の病も、あれは、陽の光の毒が及ぼすものですので、人から飛び火は致しません。
 ですから、病自体をどうこうするなんてことは出来ませんが、親族と触れ合うことすら禁ずる必要は、なくなる。
 病の方を、一人で逝かせるなんてことは、今後、せずとも良いと思います……」

 エレスティーナ様には救いであったろう。リカルド様が最後を、共に迎えてくれたことは。
 だけど……それをたった一人で見送ったリカルド様は、どれほど苦しかったろう……?
 リカルド様とて、当時は幼かったのだ。なのに、それをたった一人で、今日まで背負ってこられた。
 それを考えると、胸が苦しくなる。離別の苦しみは、今後俺に訪れるものだ。人ごとなんかじゃない……。
 そんな風に思うと、なんだかたまらなくなった。

「……今日まで、よくぞ、耐えてらっしゃいました。
 俺みたいな者に、こんなこと言われてもとは思うのですが……その……。
 もう、苦しまないで、頂きたいのです。
 先程は、王家の滅びに加担しているなどと言いましたこと……謝罪します。
 貴方が悪いのではない……習慣の連鎖が、それを招いただけだ。
 リカルド様は、本当に、王家の盾であられます」

 そう言うと、なんともいえない困った顔をする。

「……其方、一体何が目的だ?」

 警戒よりも、不信感?   違うな、解釈不能?   困惑した様な、表情。
 警戒は、まだしている。けれど、憤りを少々押さえ込んだリカルド様が、俺にそう問う。

「其方の利益が、見えてこぬ……一体何だ?   其方の行動の意味が、全く理解出来ん」

 そんな風に言われて、俺も困ってしまった。
 だってそれは、前にも伝えたことだからだ。

「言いましたよ。
 俺はここを離れたくない。俺は俺の役割を全うしたいだけです。
 自分が決めたことを、やり遂げたい。
 それ以外に理由があとすれば……姫様は、王になりたいと望まれて、その能力がある。
 彼の方にその夢を、失って欲しくなかった。
 俺は彼の方に、お返ししきれない程の恩義があります。だから、俺の出来ることはしなければと思った。
 それだけです」

 姫様には沢山与えて頂いた。なら、それを返そうと思うのは道理だ。
 本当なら、姫様の為に、自分を殺してでも行動するのが、忠義であるのかもしれない。
 けれど俺は、それをしたくなかったし、誓約的にも出来なかった。
 だから、他の手段を模索したというだけだ。
 出来るだけ、誰かが苦しまずに済む方法。それを探したつもりだ。
 俺にはこの案が、限界だった。

「違う!
 それは望みとは言わぬ、其方、自分が何をしたか分かっておるのか⁉︎」
「無駄だ。それはな、自ら望むことをせぬ」

 声を荒げたリカルド様に、そのような声が掛かった。
 あ、いらっしゃる気になったのか。
 応接室の扉が開く。
 扉を開けたのはハイン。そして姫様と、リーカ様と、ルオード様。従者の方と武官。
 実は応接室で事の成り行きを見守って頂いていた。
 姫様の登場に、リカルド様らが慌てて、膝をつき、首部を垂れると、姫様は鷹揚に声を掛けた。

「リカルド、面を上げよ。
 事態は承知した。
 其方らは、叔父の暴走をどうこうできる立場ではなかった。それは私も理解しておる。
 ハロルドのことを思えば、言い出せなかったのだな……あれは、潔い奴だしな」
「次の領主は、ハロルド以外、考えられません!
 あれは、真っ直ぐ、誠実に、生きてきた。
 叔父のことが明るみになれば、彼は自分の首など、差し出してしまう……!
 家の者も、事態を知る者は殆どおりません。だからどうか……っ」

 必死で懇願するリカルド様に、姫様は面倒臭そうに声をかける。

「私は、ヴァーリン全てを裁こうなどとは思うておらん。
 まあ、知らぬのだろうな。伏せねばならなかったのだろう……。公家の闇だ……。
 リカルド、白化は神の祝福ではない。これは呪いだ。其方の叔父は、そこを大きく勘違いしておるのだろう。
 白い者が生まれる血筋……賢王が生まれる血筋……そういう、ことだな?」

 我々の血筋も、王家に引けを取らない、気高い血筋なのだと、勘違いした……。
 姫様とリカルド様が結婚し、子が出来ず、姫様が早逝すれば、王家は揺れる。
 王はいるけれど、王族は滅びるという事態になる。そうしたら、白き方を差し出すのだ。相応しい方はここにいる……と。そういった筋書き。
 姫様は、一つ、息を吐いた。そして為政者の顔になる。

「この病はな、正直蔓延はびこらせたくない。好きなことを好きに出来ぬなど、つまらんよ。
 私はこれを、我が子孫に残したくはない。だから、取引といこうじゃないか」

 顔は上げたものの、膝をついたままのリカルド様を見下ろし、言葉を口にする。

「私は其方とは結婚しない。其方は、私を王へと推挙する。
 その見返りに、私は今回のことに目を瞑る。レイシールが申した通り、その案で進むぞ。
 父上には、それで納得して頂く。その折にも協力せよ。私が王となるべきなのだと、お前の口からも述べてくれ。
 父上は、其方を買っておるからな」

 その言葉に、は。と言葉少なに返事を返す。
 横からそれを眺める俺には、リカルド様の表情が、少し、和らいだ様に見えた。
 姫様は、口にしたことを無かったことにはしないだろう。

 つかつかと歩いた姫様は、そのまま長椅子に座った。リーカ様がさっと、膝掛けをかける。ルオード様と武官の方が、長椅子の背後、両側を固め、従者の方も横に付き従う。
 俺も、警戒を解いたサヤと共に、リカルド様の後ろ側で同じく膝をついた。

「其方の叔父殿は病だ。人前では矍鑠かくしゃくとされていたが、もうそれがかなり悪化しており、ここ暫くは館で、伏せっておられるのだよ。そして、そのまま、天に召されて頂こうか。
 その為には……この状況を、沈黙のままに、処理しなければならない」

 姫様の言葉に、一同が頷く。
 少し体を緊張させたリカルド様に、俺はそっと話し掛けた。

「大丈夫、病は本当です。
 心が折れてしまえば、もう、立ち上がれないでしょう。それ程には、弱ってらっしゃいますよ。
 静かに場を処理してしまえば、誰にとっても、それが真実になる」

 敢えて手にかけずとも良い。時間が解決してくれる。
 穏便に、何も無かったことにする。
 ことが上手く進めば動けるようにと、近衛の方々にも準備をして頂いている。今夜のうちに作戦を立て、明日早朝に決行すれば、誰の目にも触れず、終わるだろう。
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