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暗躍 2

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 観測所には、常時二人、近衛の方が在中し、時間毎の雨量と、川、土嚢壁の様子を管理して下さっているのだが、現在は居ない。土嚢壁の見回りに出てもらっている。

「すいません。こんな手でしか、引き剝がしが思いつかなくて」
「良い。少し溜飲が下がった。始終張り付かれる日常なのでな」

 監視も兼ねてある。だが、それに気付いていない風を装っているということか。

「何故あの二人を組ませた」
「まあ、多分これで当たっているだろうと思ってたんです。
 信頼出来る方というのは、お一人なのだろうと推測してましたから」

 三人中二人が信頼出来るならば、一人をどうにかすることは容易いだろうが、逆は当然難しいだろう。それに、湯屋についてきていた二人を信頼していないからこそ、わざわざ監視させる為と、余計な動きをさせない為に、連れ歩いているのだと思ったのだ。

「とはいえ、時間はさして取れません。せいぜい半時間ですか。
 お互い、腹を割って話したいと思ったのですが……リカルド様は、仮面を外してくださるのだと、認識して問題ないのでしょうか?」
「其方、何故私が粗暴を演じていると判断した。……姫からの情報ではなかろう。あれは、私の気質をもう歪んだものと思うておろうしな」

 鋭い眼光が、俺を抉るように見る。
 まあ……情報じゃないしなぁ……。

「雰囲気です。
 と、言っても信じてもらえないかもしれませんが……リカルド様の擬態は本当、隙がないと言いますか……完璧だと思いますよ。
 ただ俺は……貴方が演じていない時を、たまたま知っておりましたし……運良く差異に気付いたというだけです」

 姫様の替え玉をしていなかったら……、そしてリカルド様が、俺を少女だと思い込んで、手助けしていなかったら、気付けなかったかもしれない。
 俺の言葉にリカルド様は眉間のしわを深くしたが、それ以上はなにも仰らなかった。一応は受け入れてもらえるらしい。

「では時間も無いのでさっさと本題に入ります。
 森に潜んだご年配の男性。この方、ヴァーリンの……長老で間違いないかと、思うのですが?」

 俺の言葉に、リカルド様の形相が、一層怖くなる。

「であろうな。
 あれは狂人だ。姫を侮り、脅しつければさっさと婚儀を挙げると本気で思っておる様子でな。
 その様なことをすれば、下手をしたら一族連座で最後だ。奴が手を出す前に連れ帰りたいと思ったのだが……」

 違うな。何か含みを感じる。
 長老がいらっしゃっていると告げた時、リカルド様の瞳に強い焦りが見えた。
 今も、凄く張り詰めている……。何か、とてつもなく不穏な相手であるらしいな、森の連中は。
 確かに一族の、しかも長老という立場の人間がその様な暴挙に出れば大問題だろうが、それに対する焦りでは無い気がする……。視線が、揺れる瞳が、何かを必死で考えている様子を伺わせた。
 けど……俺たちにそれを伝える気は無い様子だ。
 まあそうだろう。まだそこまで全てを晒してはくれないか。

「こちらが取れる手段といたしましては……一応の足止めですか。
 ただ、武の心得がある者が多い様子なので、此方も少々、手出ししにくい。
 いかんせん、私は手が少なすぎまして」

 使える部下が従者二人だ。
 それに、ハインやサヤを向かわせるつもりはない。多勢に無勢であるし、危険すぎる。
 ならば、忍の面々に助力を願うこととなるのだが、危険なことは極力してほしくない。草が言っていた様な、車軸に傷を入れておく等の処置が、ギリギリ出来るかどうかだ。

「手出しはせぬ方が良い。狂人だと言った筈だ。行商団に偽装までしておるなら、それで誤魔化せていると思うておろうよ。下手に手を出せば、口を封じられる」
「……姫を連れてその商団の潜む前を進むのは、危険ではないのですか?
 貴方の手は、俺より少ない。一つきりでしょうに」

 しかも身中の虫を二匹飼っている状況だ。
 森に潜んでいて動きが無いのは、待ち伏せの為であるかもしれない。
 もし数日待って動かないなら、その可能性が大いに高いだろう。
 そして、待ち伏せであるなら……目的は婚儀を急がせる為ではない。もっと、明らかに、危険なものだ。
 俺の指摘にリカルド様の顔が、より険悪になる。

「……王都に向かう道は、あれひとつか」
「回り道ならありますが、アギーに出るまでの日数が倍以上かかります」
「ちっ……無駄に早く動きおって……やはり昨日のうちに発てておれば……」
「それはどうでしょう。下手をしたら、先回りされていた可能性もありますよ。
 昨日の早い段階で、こちらに知らせが入りましたから」

 リカルド様の反応を漏らさぬ様、視線は終始一貫、逸らさない。

「……あの配下のお二人がどうにか出来るならば、こちらも姿を偽装して前を通る……という手段が使えるのですが……。定期的に連絡を取り合っていたりする可能性もありますし、厄介ですね。
 とりあえず、しばらく滞在頂き、隙を伺うのが最善かと」

 ……偽装行商団の目的を探っているということは、あえて伏せた。誤魔化したということは、知られたくない、知られてはまずいと思っているということだ。
 探っている可能性は考えているだろうが、断言していないことが大切だ。探っているかもしれない。の、段階であるなら、余計な労力は割けないだろうし、強硬手段も取りにくい。
 俺の提案に、リカルド様も頷く。

「……不本意だがその様だな」

 そうしてから、何やら不可解そうに俺を見る。

「何故それほどまで、心を砕く。姫の思惑に、反して良いのか?」
「姫様の思惑とは外れておりませんでしょう?
 貴方は別段、王家を傀儡にするつもりで象徴派に籍を置いておられるのではない様子ですし」

 そう答えると、ますます不可解そうな顔になる。

「何故その様なことを、疑いもなく断言する……?   其方の目的はなんだ。私に何をさせたい」

 疑うというより、理解出来なくて不可解といった顔だ。
 俺はそれに苦笑を返す。目的と表現するなら、それは一つきりだから。

「俺は、ここを離れたくない。俺には俺のやるべきこと……やりたいことがありますし……、こんな俺のために、人生まで賭けて、ついてきてくれた友人もおります。
 ここが、セイバーンが、俺が骨を埋める場所だ。
 もう、王都ではないのです」
「……領主になる為の後ろ盾が目的か」

 領主?
 考えてもいなかったことを言われて、少々びっくりしてしまった。

「後継は兄です」
「……其方が、実質のそれではないのか?   確かに、その方の兄よりも、適していると思うが?
 まだ成人すらしておぬ。なのに……其方の頭の構造はどうなっておるのかと、少々疑いたくなる」

 土嚢壁や湯屋。衝撃的なものを突きつけすぎた様だ。
 だがこれは、俺が凄いんでもなんでもないからなと、やはり苦笑するしかない。

「領主だなんて……そんなもの、別に望んでおりませんよ。
 事業だって、たまたま俺が、責任者となっただけです」

 俺は何もしていない。手を差し伸べられて、それに縋り付いたというだけだ。
 俺が願ったことを、皆が一生懸命頑張ってくれているだけ。

「分不相応であることは、俺自身が重々承知しております。俺には無理です。
 そんなことより、これからのことを話しましょう。時間が惜しい」

 俺のことを詮索している場合ではない筈だ。
 俺は強制的に話を戻す。

「リカルド様が仮面をかぶる必要がある理由を考えましたら、象徴派の暴走の歯止めとなっておられる可能性が、高いと思いました……。
 象徴派の派生が、ヴァーリンである……という噂を伺っております。
 そうであれば、派閥の者は身内の方が多いのでしょうし……それが絡む問題故に、長となられたのかと」

 先程の会話からして、間違いないと思う。
 リカルド様は、違和感無く派閥の長となる為に、十年という時間を費やしたのだ。
 エレスティーナ様の早逝を切っ掛けに、何かしら問題が起こったのかもしれない。
 身内が多く絡む派閥の暴走。下手をすれば、家の取り潰しにすらなり兼ねない。しかも長老が先導しているとなると、厄介だ。一族の総意であると捉えられてしまう可能性が高い。
 本当なら、さっさとどうにかしてしまいたいのだろうが、下手に手出しが出来ないのだろう。ヴァーリンの領主様は現在リカルド様の父上、まだ世代交代の様子は見せていない。その領主殿が叔父である長老を支持しているのではないだろうか。

 この状況で、どうやって長老の暴走を食い止めるか。それを考えた場合、今一番、発言権が高くなりそうなのは、リカルド様なのだ。
 リカルド様が王となれば、長老だけを切り離すことも可能だろう。

「リカルド様が婚儀を挙げれば、象徴派の目的が叶う日が、近い様に見せかけられますし、貴方の発言権も増すでしょう。それが狙いなのですよね?」
「……そうだ。
 あれらは、本来の象徴派理念を曲解している。
 しかしどう言ったところで、あの狂人が健在なうちは、阿呆な夢を見続けるだろう。
 だが今あれを律することが出来る者が、家におらぬ……。とっとと没してくれれば良いのだが、無駄に頑丈ときた」

 相当振り回されているのかなぁ……。言い方が物騒だ。
 だけど毒殺だとか暗殺だとかって暴挙を選ぶつもりは無い様子だ。
 出来る限り、穏便に済ませたいとの考えなのだろう……。

「……ならば、姫様に、貴方本来のお姿を、晒すべきではないですか?
 彼の方が貴方との婚儀を拒否しておられるのは、象徴派を警戒しているからです。
 貴方が派閥の傀儡ではないと分かれば、協力して頂けるのでは?」
「駄目だ。あれの文官にもヴァーリンの者はいる。
 それに、間者が居らぬとも言い切れぬ……。
 あの狂人は無駄に手が多い。どこまで耳や目を潜ませているか、分からん」

 実際俺にもああして貼り付けている。と、リカルド様。
 これは大分、厄介である様子だ。

「それに……あれは、私が今更態度を変えたとて、納得すまいよ。
 私を夫にしたくないというのは、本心であろうしな。
 あれが王になりたいと願っていることは、私とて理解している。だが……私は、エレンに……あれを守ってくれと、今際の際に託されている」
「守るというのは、王となり、その激務により身を削ることから……という意味ですね?」
「そうだ。現に、王を見よ。まだお若いというのに……。
 王も、あれを玉座に据えることは望まれておらぬ……女に生まれたのだ。あえて茨の道に踏み込まずとも良かろう……」

 そうか。
 王様が姫様を王位に就けないと言っているのは、お身体を心配されている故か。
 唯一残った娘を、失いたくない。そういった考えからか……。
 姫様こそ、苛烈な性格だ。きっと王となれば、妥協はすまい。
 身を削ってでも、献身的に国に尽くす。しかし王やリカルド様は、姫様にその様な無理をしてほしくないと考えているのだ。
 姫様の望みと、姫様を愛する人たちの望みは、どうしたって相入れない。

 頭の中で、ではどうする。と、考えを巡らす。
 例えリカルド様が婚約を解消しようが、王様は姫様を玉座には望まれない。
 それでは、姫様の夢は叶わないのだ。
 リカルド様の言い方からしても、王様とリカルド様は、きっと交流がある。二人の総意として、王にはしないと決めてあるのだろう。
 だから、あの様に……あえて居丈高な態度を演出していたのだなと思う。王も納得済みであるからこそ、象徴派を黙らせる為の演技を、容認されているのだ。

「…………王位か……」

 王位に就くことは、命を削るのだろうか?
 サヤは言っていた。白い方でも寿命は我々と変わらないと。
 ならば、命を削ってるのは王としての務めではなく、その環境なのではないか?

「リカルド様。姫様は、王に相応しくないと、思われますか?」
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