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影 3

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「ジェンティーローニがな、世代交代の様子だ」

 フェルドナレンには、隣接する国が三つある。東南東側にあるのがジェンティーローニ。東から北にかけてスヴェトラン。西にシエルストレームス。南側は、山脈と湖、樹海が広がっている。こちら側は未開の地だ。

 ジェンティーローニは海に面する国で、我が国との関係は比較的良好。交易等の取引もある。
 この国は確か……国王がかなりのご高齢であったと記憶している。本当かどうか、俄かには信じ難いことなのだが、御年八十三歳。いつの頃からか、ジェンティーローニ国王と呼ばれるより、竹林の聖人と呼ばれる方が多くなった。
 そろそろ世代交代かと言われて二十年かそこら経っている国だ。言うなれば、俺が生まれる前から言われ続けていることになるわけで。

「どうやら今回ばかりは本気の様でな。
 とはいえ、息子はもう結構な高齢だ。孫に譲るらしい」

 そうだよなぁと、頷くしかない。
 王が八十代なら、息子は六十代……孫でも四十代前後だ。我が国の王が、四十代……今まさに、王位から退こうとしているお年なのに、隣国では、これから王位に就くわけか……。

 ジェンティーローニ国王は、聖人と呼ばれるに相応しいお方だという。
 争いごとは好まれず、他国を刺激する様な政策は取ってこなかった。だから我が国も、静かな隣人として自然と受け入れてきた。
 それは、ある問題の国を、お互い隣国としていたからかもしれない。せめてもう一つの国とは、剣で突き合う関係でいたくないと、両者共に、思っていたのだろう。

「ジェンティーローニはな、スヴェトランと、我が国とを合わせた三国。その均衡を保ってくれていたのだよ。
 スヴェトランは好戦的に過ぎるからな。
 とはいえ、我が国は抑えに向かぬ。
 フェルドナレンは国王が変わり過ぎる故、一貫した政策を貫くには不向きなのだ。
 その為、こちらが揺らぐ時期は、あちらが国境の警戒を強化する等して、スヴェトランの注意を引いてくれていた。
 まあ、それでも尚、スヴェトランは、その世代交代の度にちょっかいをかけて来おるがな。
 お陰で、我が国も引き継ぎ自体は手慣れたわ」

 フンと、鼻で笑って姫様が言う。
 ジェンティーローニは争いごとを好まない。
 海と、フェルドナレンと、スヴェトラン。陸を二国に塞がれた様な形になるジェンティーローニは、二国間で争いが起こってしまえば孤島と変わらない。陸路を断たれてしまえば、国が危ういことになるのが、目に見えるのだろう。

 その問題のスヴェトラン。我が国の東から、北にかけて広がる大国……と言われてはいるが、国……と、表現するのは難しいかもしれない。いや、国は国なのだ。
 この国は遊牧民族の集まりで出来ていて、国民がほぼ定住していないという、不思議な国家だ。民族ごとの縄張りがある様子で、それを巡った争いが絶えない。ずっと内紛がどこかで勃発しているような、なんとも好戦的な国だ。
 話し合い。という概念が無いのか、とりあえず拳で解決する方向であるらしい。
 そんなわけだから、山脈の連なる北側はまだ良いものの、東側の国境はしょっちゅう脅かされる。隣接した領地は大変だ。
 ただ幸いにも、国としての纏まりは強くないので、攻めてきても一部族単位、少人数だ。大ごとにはならない。騎馬民族であるから逃げ足も速い。いつもちょっとした小競り合いで終わるらしい。

「父上はここ数年、病がちでな……。もうそろそろ限界だと、本人も思っている様子だった。
 だから、一応心の準備はしていた。
 今回、想定外であったのは、ジェンティーローニと、我が国の世代交代が、被ってしまったことだ。竹林のは八十を超えていると思えぬ様な、矍鑠かくしゃくとした方であったゆえな。
 どちらかが、ずらせるなら良いのだが、正直どちらもそこまで猶予はない状況だ。
 竹林のは老齢が過ぎる上に、此度、とうとう体調を崩されたらしい。待つ間にどちらかが天に召されるやもしれぬとあって、冗談にもならん事態だ。
 だから、私の……私の婚儀を急げと、言われる羽目になった。
 大抵が成人するとともに王政を担うフェルドナレン王家において、二十五まで自由にさせてもらえていた。
 私が、王に相応しくない身である故、致し方なかったのだとは思うが、な。その温情に、報いねばならぬ時が来たのだと、一度は、受け入れたのだ。
 オゼロ・ベイエル・アギー・ヴァーリン……。次の婚家はヴァーリンだと知っておったし、あの馬鹿が選ばれるのだろうと、分かっていた。
 だが…………雨季明けに、婚儀を進める手筈が整った故、油断したのか、あの馬鹿がボロを出した。
 象徴派の首魁は、ヴァーリン家の長老だと言われていたのだがな。
 あれが、収まっていたのだよ……」

 思い出しても腹わたが煮えくりかえる……っ‼︎
 といった感じに、姫様の表情が悪鬼の如く歪む。
 ああ、本気で怒ってる……。
 姫様は、一度は役割を受け入れようと覚悟をされたのだ。なのに、その覚悟が象徴派の思う壺でしかないこと、自らの夫となる者が、その中核を担う者だったことが、許せないのだ。
 それはそうだろう。
 姫様は、努力されていた。王となるために。
 学舎に居た頃には、既に王にはなれぬと言い渡されていたにもかかわらず、努力を続けてらっしゃったのだ。
 その全てを無駄にする。フェルドナレンという国自体を乗っ取られてしまう、そんな婚儀が、受け入れられるはずがない。

 これは、リカルド様はどうやら冷静な方のようですよ。なんて言ったら火に油を注ぐな……。

 姫様は、象徴派がどういったものかはご存知の様子。そして、リカルド様がその長に祭られていることを知っている。つまり、リカルド様が長であることは噂ではなく、真実か。
 だが、どうやらリカルド様は、姫様がそれを知っていることには、気付いていないのではないか?
 お互いの心の内をひた隠しにしたまま、この状況になっている。
 だから、ああいった牽制になったのだなと、納得出来た。

「……国王様は……ご存知なのですか?」
「伝えたさ。だが彼の方は……心まで、弱ってしまわれた……。
 血の呪いがある。元から、こうなる未来は見えていたと、仰った……。
 ふ、笑えるだろう?白く生まれることを、我々自身が呪いだと思っているのだよ。神の祝福などではないと」

 白く生まれる方は、良き王になると、民は思っている。だから、言祝ぐ。白い方の王政を喜び受け入れるが、貴族や、王族は、そんな風に思っていない。
 民と、国の乖離かいりだ。それが酷く、悲しかった。
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