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血の中の種 1

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「マルさんが仰った、血脈に病の巣があるという話ですが……、それ、あながち外れてはいない様に、思います」

 お茶の準備を済ませ、サヤがそう、話し合いの口火を切った。
 膝の上の手を強く握ったサヤ。
 引っ張り出す知識に自信が無いのか、凄く、不安そうに見える。
 俺は、サヤの向かいの長椅子に腰を下ろしていたのだが、移動して、サヤの左横に座り直した。
 一度、触れることを拒否されてしまったから、正直勇気を振り絞った。本当なら、震える身体を抱きしめて安心させてあげたかったけれど、隣に座るのが精一杯だ。

「大丈夫。鵜呑みにはしない。
 サヤの話は、仮説の話だよ。何が正しいかなんて、誰にも分からない。
 ただ、俺たちが知らない一つの道筋を、サヤは知ってる。それが、何かの手掛かりになるかもしれないって、思うんだろう?」

 サヤの方を見ずに、自分の手元を見据えたままでそう問うと、サヤがこくりと頷くのが、視界の端に映る。
 それで充分だと告げると、サヤが少しだけ、肩の力を抜いた。

「はい……では、お話しします。
 えっと、人の設計図の話ですけど、その二万五千枚の中には、優劣が存在します。
 例えば私の黒髪……これは高確率で遺伝します」

 そう言ったサヤは、部屋の隅の小机から紙と墨壺を持ち出して来た。
 それを机に置き、省略化されたサヤと思しき黒髪の人。その横に、髪の塗られていない、同じく省略化された人を描く。
 その下に線を引き、その線を三つに分け、そこにまた、三種類の人を描いた。黒い髪の人、斜線で髪を塗られた人、そして髪の塗られていない人だ。

「私が、ギルさんと結婚したとします。
 その場合、生まれてくる子供が金髪である確率はとても低くなります。黒が一番確率が高く、茶褐色となる場合も多いと言われます。
 瞳も同じく、碧眼の子供となる可能性は低く、鳶色よりとなる場合が多いと思われます」

 なんでギル⁉︎

 正直、話の内容はすっ飛んだ。
 俺の驚愕の顔に気付いたサヤが、ボッと顔を朱に染める。

「ちっ、違います!   私の世界には、この世界ほど多様な色彩は存在しないんです!
 遺伝子の優劣を説明しようと思うと、色合いに差をつけなきゃ分からないから……、それで、私の世界で一般的に多い髪と瞳の色が、たまたまギルさんなんです‼︎」
 慌てるサヤに、マルが追い打ちをかける。

「へー、レイ様の色もですか?」

 って、おい⁉︎

「銀髪藍瞳もありませんからっ‼︎」

 顔を両手で覆ったサヤが突っ伏してしまう。相当、恥ずかしかったらしい……。
 だって、分かりやすくって思って、想像しやすくってなったら、ギルさんしか妥当な色合いの方がいらっしゃらなかったんです、マルさんもハインさんも、無理だったんです。仕方ないじゃないですかっ。みたいなことをくぐもった声で訴えてくる。ご、ごめん……ちょっと俺も、動揺しすぎた……。

「ご、ごめん……。ちょっとその……誤解しかけたというか……」

 そうだよな、カナくんもたぶん黒髪なのだし、例にはあげられなかったか……。
 なんとか宥めすかし、話を続けてもらう。
 いや、分かってたのに、何反応してるんだ俺……。サヤとギルが結婚って考えただけで、心臓が変な動きした。

「……い、遺伝の優劣って、私も、よく分からないんです。
 例えば、レイシール様みたいな銀髪と私みたいな黒髪だったらっていうのが、想像出来ません。
 私の世界では、三種の肌色の人種が存在します。褐色肌 白色肌、私の様な黄みがかった肌。
 褐色肌の方と白色肌の方から生まれた子供は、大抵褐色肌ですが、親のものより若干薄い肌であったりすることも多い様子でした。ただ、白色肌で生まれてくることは、ごく、稀です。
 黒髪の方と金髪の方の場合は黒か、茶褐色が多い。金髪はごく稀。事実としてそれは知っているのですけれど、黒髪の方と白髪の方の場合はどうなるのか……実例を知りません……。でも、私の世界に純粋な灰髪や銀髪は存在していなくて……どちらかの色になるってことなのか……この世界の様に多様な色彩を有している場合、どの様な遺伝が起こるのか……全然、分からないんです……」
「褐色肌……シザーみたいな肌色ですかね。シザーは曽祖父か祖父が異国人でしたっけ」
「両親は普通の肌の色だったのに、先祖返りをしたって話だったよな。……ああ、シザーの肌も、設計図の優劣が影響しているのか……」

 サヤが不安そうだった理由が分かった。
 きっと、遺伝というものは、神の領域なのだ。優劣はある様だと認識出来るものの、それがどんな仕組みでどう順位を組まれているのか、どんな風に選別されるのかが、分からないということだ。
 サヤの居た文明世界でも分からない。それくらい複雑怪奇なのだろう。

「分かった。じゃあ、憶測で良い。サヤが思うことを、話してくれる?」
「は、はい……。
 ……私が、聞いた話では……王族の方は、上位貴族との婚姻が多いとのことでした。その、上位貴族というのを、教えて下さい。どの範囲なのでしょう?」
「ここ近辺……二百年程の内は公爵家ですね。四家あります。
 国の内情が安定してからは、主にその四家から王妃を迎えてらっしゃいますよ」
「公爵家の四家から嫁がれる方というのは……やはり、身分のしっかりした方となるのですよね?」
「?   公爵家は、皆身分がはっきりしていると思うけど……」

 俺の問いに、サヤは少し、言いにくそうに表情を曇らせた。
 それでも、言わなければならないと気持ちを固めた様だ。口を開く。

「いえ、その……妾の方とか、順位の低い夫人の、お子では、なく……」
「ああ、その王妃様自身の血筋が、上位の血筋同士かと確認したいのですか?
 それなら、そうですね。だいたい同等以下の血にはあまり嫁ぎませんしね。せいぜい一つ、でも稀です。異母様みたいな例外もありますが。
 過去にも、類を見ない美女なんて言われる方でも、第四夫人の子だという理由で嫁げなかったりして、出世欲に駆られた実家が策略を巡らし、殺生沙汰に発展したみたいな話もありますし」

 マルの説明に、サヤが縮こまる。それを見て察した。
 ああ、俺に気を遣ってたのか。
 サヤに大丈夫だよと笑いかけると、申し訳なさそうに眉が下がる。
 まあ俺は、庶民に戻りたいと思ってるくらいだし、全然気にならないのだが。

「異国から、嫁いで来られる方は、多いのですか?」
「ほぼ無いですね、近年は。かつてはありましたよ?
 お互いの国が、内情の露見をあまり好まないので、上位貴族の方ほど、他国に嫁ぐ、他国の血を招く、というのを嫌います。
 地方貴族や下位貴族は、そこまで硬く言われませんけど、異国の血が入ると出世しにくいなんてのもありまして、率先している血筋は無いのではないかと」
「えっと、つまり……言い方は悪いのですが、血筋の高貴な方ほど、血の交流が一定の範囲内で凝り固まっている可能性が、高いですよね」

 サヤの問いに、マルがぶつぶつと何かを思案しつつ「まあ、そうなりますね」と肯定する。

「例えばリカルド様自身が良い例ですよ。
 一子のハロルド様が王家への婿入りとならなかった理由は、そこでしょうしね。
 リカルド様の母君は、同じく公爵家、ベイエルから嫁いでます。対してハロルド様は子爵家出の母だ。そうやって突き詰めていくと、あまり下位の血が入らない構造になりますね」

 それを聞いたサヤは、納得といった表情だ。そして「それが原因かと思われます」と、言った。
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