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仮面 7

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 ふと目を開くと、天井があった。
 いつの間にやら寝入ってしまっていたらしい。
 何か夢を見たと思うのに、起きた瞬間、それは跡形もなく霧散してしまった。
 ただ胸を締め付けられる様な、悲しい様な、苦しい様な、よくわからない感情が胸を占めていて、あまり気分の良いものを見たわけではないのだなと、漠然と感じる。
 それでも、あの夢以外を見るのは珍しい……。

 ふと視線を感じてそちらを見ると、ハインが窓辺に立ち、俺を見ていた。視線が合うと「おはようございます。一時間ほど経ちました」と、報告してくれる。
 いつも通りのそっけない対応……ということは、俺は魘されたりはしていなかったのだと思う。
 最近、ハインは俺の傍に居ないことが多い。
 二人で居た時は、それはもうべったりだったから、そう感じているだけだと思うのだが、なんかこうしてここにいるのって、久しぶりだなぁと、思った。

「ん……ありがとう。クリスタ様はどうなさってる?」
「お部屋です。先ほどギルが到着しまして、ご挨拶に行くと言うので、送り届けました」
「……え……ギル?   なんで?」
「ルーシーの回収です」

 あ、そうか。まずは試験的に十日間だけという話だったのだ。
 なんか普通に女中出来てしまっているし、ギルが思っている程、ルーシーは不器用ではなかった。試しにハインにも、ルーシーどうだった?   と、聞いてみる。

「気が散り過ぎている感は否めませんが、女中としては並かと。
 料理は確かに不得手の様でしたが、説明した事はだいたいきちんとこなせました。
 あと、ルーシーは女学院で女中になる為の講義を受けていたそうなので、基本的な事は教える必要もありませんでしたね」
「……え?   じゃあなんでギル、あんなに心配してたの?」

 って、ああ、ここが、安全じゃないからか……。
 ギルの目から見ても、姪を預けるには危ないと思う環境って事だ……。
 そう思ったのだが、ハインから帰って来たのは違う答えだった。

「ギルは知らないそうですよ、女学院の講義内容。
 淑女教育の中には、貴族の妾となる為のものもあるそうです」

 そう言われて嫌な気分になった。
 そ、そうか……大店出身の娘……って、そういえば、貴族の女中をしている事、多いよな……その中でお手付きとなって、妾や、妻となる者は確かに居るのだ。
 ルーシーはバート商会の後継だから、そういった進路は予定していないだろうが、一般的に、女性の出世というのは、こういったものだ……。そう、俺の母だって……。

「正直、人手があるのは有難いですね。
 ルーシーでなくても構いませんが、やはり手が一つ増えると助かります。
 私としては、クリスタ様がいらっしゃる間は、ルーシーの手伝いをお願いしたいのですが……。
 レイシール様?   それで宜しいですか」
「ん?   なんだって?」
「……ルーシーの雇用、雨季の間はお願いしたいのですが」
「あ、ああ。そうだね……」

 母のことを考えまいとしているのに、一度引っ張り出すと、色んなところでチラついてきて、鬱陶しい……。
 そんな俺の様子を見てどう思ったのか、ハインが大きく息を吐いた。

「……もう少し、横になっていて下さい」
「え?   もう充分休んだけど……」
「無理をするほど忙しくないのですから、それ以上悪化しないうちに休んで下さい」

 念を押されてしまった……。
 まあ、バレてるか。ハインだものな……。だけど、とりあえず大目に見てくれていたらしい。
 苦笑して、もう一度長椅子に横になる。
 それを見届けたハインがふと、思い立った様に口を開いた。

「サヤが、途中まではついていたのですが、交代してほしいというので変わりました。レイシール様の寝顔を死守したがるのに、珍しいですね」

 寝顔死守……。そ、そういう風にとらえてたのか?
 ハインのどこか見当違いな解釈に、つい呆れてしまった。けれど、本来の目的は達成できているのだから、まあ、良いか。サヤがいる間は、俺の夢は、二人だけの秘密だ。

「サヤだって、日中くらいは、俺のお守りから離れたいだろうさ」

 夜の間は、ずっとかかりきりなのだから。
 それに、サヤがいなくなったら、それがまた日常に戻るのだ。慣れなきゃならない……。
 自分にそう言い聞かせる為、口にしたのだが、どうにも皮肉めいてしまった様に感じて、狭量な自分にまた自己嫌悪する。
 サヤに自分のことを優先してほしいって、思ってた筈なのに……実際こうなれば、この体たらくだ。俺ってほんと、どうしようもない……。

「と、いうより……サヤは何をしているのでしょう?」
「ん?」

 ハインの疑問の、意味が分からなかった。

「先日、王家について聞かれました。
 現フェルドナレン国王の色彩と、クリスティーナ様の色彩について。
 正確には、知る限りの、王家の方の色彩についてですが、あいにく私はあまり興味が無かったもので、お二人くらいの特徴しか思い浮かばなかったのですが」

 王家の、色彩?

「ルーシーも聞かれた様でしたよ。王家の呪いについて答えたそうです。
 王家のことを聞きたいのなら、ディート殿にでも伺えば良いと思うのですが……。
 レイシール様は、何を聞かれてますか」
「……俺は、特に何も……聞かれて、ない……」

 胸騒ぎがした。
 せっかく疑いが晴れたというのに、サヤが王家の何かを探っている様子なのだ。下手をすると、怪しい行動を取っていると疑われかねない。        
 それに俺やマル、ディート殿にではなく、ルーシーとハインに、王家のことを聞いた。
 どう解釈しても、サヤは、相手を選んで情報収集をしている。
 そこで思い出した。
 そうだ、先程サヤは、ディート殿にも何か、話し掛けていた。

「ディート殿は、今、何処に?」
「部屋の外に。護衛の任に就かれてますが?」

 ディート殿を呼んだ。
 やってきた彼は、サヤが何を聞いてきたかを問うと、少々困り顔で「秘密にしておいてほしいと、言われたんだが……」と、言うものだから、更に焦った。

「お願いします、教えて下さい。
 サヤは、自分で勝手に行動することがあって……それは大抵、俺や、俺の周りのための行動で、結構無茶をすることもあって……!秘密を望むということは、多分、聞かれれば反対する様なことを、考えているのかもしれない!」
「……だが、聞いたからといって、どうこう出来るものでもないことだ……」
「教えて下さい!   あの子は異国の者だ。この国の忌避されることや、禁句とされているものを、知らない可能性が高いんだ。
 あの子が良かれと行動することが、何かに触れてしまう可能性だってある!」

 身分にだって囚われないんだ。クリスタ様にああ言われてすら、簡単に拒否するのだから。
 俺の真剣な様子に、根負けしたのか、ディート殿が溜息を吐いて口を開いた。

「サヤには、誓約について聞かれた……」

 ……誓約⁉︎
 王家のことではなく?

「この国の習わしを知らないから、教えてほしいと……。
 だから、神と交わす約束事で、本来は家同士の婚姻等で、絶対に離縁が許されない場合に交わされると教えた。あと、生涯を通してする、個人的な誓いとか……。ああ、でも、領主殿の承認が必要であるから、個人が勝手に誓えるものではないのだと」

 知らない事実が、含まれていた。
 けれど、今はそれを振り切る。

「他には……」
「……誓約の……結び方だ。書面に血判を押すと。それを、神殿に奉納し、管理してもらうのだと伝えた。
 ……あと、誓約のことは、他言することすら出来ないと……」

 俺をちらりと見て、ディート殿が言う。
 サヤが気にしたのは、明らかに俺のことだと分かった。
 王家のことと関係するのかどうかは分からないが、これは確実に、先ほどの、湯屋での会話が原因だ。
 以前、サヤには話したことがある。父上に、自ら近付くことは、許されていないと。誓約については一切口にしていない筈だから、完全に知られた訳ではないと思いたい……。しかし、わざわざ内緒にしてくれと、念押ししたことが、気にかかる……。

「……ディート殿……、サヤの様子は、どうでしたか……」
「何か、考えている風ではあったけれどな。
 別段、思い詰めている様子もなかったし、いつも通りだと思うが?」

 そう言われたが、正直疑いは晴れなかった。
 特に今は、サヤが何を考えているか、察しにくいのだ。
 俺の前では仮面をかぶるサヤ。
 つまり、俺が知ったらいけないことをしている。そう考えるのが妥当だ。

「……ギルは、今どうしてる……」
「?   クリスタ様のところか……挨拶を終えたなら、部屋に戻っているのでは?」
「サヤは?」
「今の時間は食事処です。いつもの料理講習会ですね」
「っ、ディート殿、申し訳ないが、暫くここに居てくれ。
 俺はとりあえずギルの所へ行く」
「お一人で行動しないでください!」

 俺は部屋を飛び出した。
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